chapter.1
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薄月の冷たい光が射す。
窓辺に腰掛けたスパーダはほのかな光を頼りにページを捲った。
「暗いところで本を読んでは目が悪くなりますよ」
まるで子供を叱るように言われスパーダは苦笑いで返す。
「エヴァ、休まなくていいのかい?」
「もう。貴方こそ」
静かに部屋に入ってきたエヴァは柔らかなガウンを羽織り、眠る支度は出来ているようだった。
スパーダは本を閉じ手元に置くとエヴァに歩み寄り肩を抱き寄せる。エヴァも抱きしめ返すとスパーダを見上げて優しく微笑んだ。
「私も行こう」
そうエヴァを促して寝室に移動しようとした時、魔の気配を感じて窓の外に視線を移す。
フラフラと今にも落ちそうに拙く飛ぶ一羽の鳥。家の中に入ろうとしているのか何度かガラスにぶつかっていたが、見つめるスパーダの視線に気づき窓の縁に止まった。
(……ケテ…、…タスケテ…)
絞り出すような苦しげな声がスパーダだけに届く。役目を終えた鳥はサラサラと跡形もなく消えてしまった。
どうしようかと思案していると見上げるエヴァの視線に気づいた。
「行かれるのですか?」
声が聞こえていないはずのエヴァも何かを感じとったのか、顔には出さないようにしているが心配そうだった。
「君は休んでいてくれ」
スパーダはそう言ってエヴァの額に口付けると閻魔刀を手にする。
弱々しいが僅かに残る魔の残滓を辿り始めた。
一振り、切り飛ばされた四肢が舞う。
二振り、塵を撒きながら悪魔が散る。
三振り、けたたましい怨嗟が響く。
森の中にひっそりと佇む一軒家に群がる悪魔を斬り伏せると、スパーダは破られたドアを踏み越えて家に入る。室内は悪魔達に蹂躙され無残に荒らされてしまっていた。
徘徊していた悪魔がスパーダに気づき無造作に腕を振り上げた。鞘に収まったままの閻魔刀でいなし、抜きの一閃で首を落とす。悪魔は声も上げられずに塵となって崩れ落ちた。
そうして何体かの悪魔を葬ると、残る気配は最奥の部屋のみとなった。
一際強い力を持つ存在を感じ、柄を握る手に力が籠る。
ーーオオォォォォォン
常人なら発狂してしまいそうな断末魔が聞こえ、スパーダは駆け出した。
黒い獣。
大の大人ほどの体躯の黒い獣が喰いちぎらんばかりに悪魔に噛みついていた。もがけばもがくほど黒い獣は悪魔に牙を剥き、爪を突き立てる。
グシャリ、と鈍い音を立てて巨大な体躯に押し潰され悪魔は塵と化した。
黒い獣のギラついた赤い眼がスパーダを捉える。
呼応するようにスパーダは閻魔刀の柄にゆっくりと手をかけた。
「ダメ!」
黒い獣が牙をむき出しにして身を低く屈めると、その後ろから掠れた制止の声に閻魔刀を抜く手を止める。スパーダは飛びかかってくる黒い獣を半身をずらして躱し、声の主を見遣った。
血塗れの男性とそれを抱え肩で息をしている女性ーー便りの主の悪魔だった。
人間が面白いと魔界を抜け出した変わり者の悪魔。どうやって探し当てたのか、裏切り者の顔を見物しに来たのだとスパーダに会いに来たことがあった。
その後の交流などあってないようなものだったが、この襲撃は一体何が起こっているのだろうか。
男性はピクリとも動かず、悪魔も浅くはない傷を負っているようだった。
「外の悪魔は片付けた。後はアレだけだ」
「あれは娘なの…」
「娘?」
悪魔の弱々しい魔力と黒い獣の放つ怒気は確かに同質のものだった。不安定に揺らぐ魔力は暴走によるものか。
軽やかに反転した黒い獣は威嚇するよう低く唸る。スパーダは悪魔を横目で見つつ牽制しながら間合いを取ると閻魔刀の柄に手をかけた。
「ミアっ、もう…いいの、もういいのよ…」
母親の呼びかけにもいっさい反応を示さず、黒い獣はただ敵と認識したスパーダを破壊の衝動のままに襲おうとしている。
このまま暴れさせるのはもっての外、本人の意志ですらないとすれば鎮めてやらねばならない。その為には、何か触媒になる物が要る。
スパーダが一瞬、意識を逸した隙に黒い獣が飛びかかってきた。
「許せ、少々手荒い真似をする」
黒い獣を鞘に収めたままの閻魔刀で薙ぎ払うと、鈍い音を立てて壁に叩きつけられた。
「ミア!!」
悪魔の悲痛な叫びを他所に、スパーダは触媒となり得る物を探す。部屋には悪魔の持ち物であろう魔界に縁のある品が多く置かれていた。
どれでもいい訳ではなく、暴走した魔力を受け入れられる程の堅牢な器でなければならない。
悪魔の首元に金色の輝きを見つけてスパーダはこれならばと思った。
長い間身につけていたのだろう、そのペンダントは悪魔の魔力によく馴染んでいた。
「借りるぞ」
黒い獣が動かないうちにとスパーダは悪魔が首からかけている琥珀色のペンダントを引きちぎる。それを黒い獣に宛てがうと閻魔刀の柄頭を打ちつけた。
ペンダントが淡く光り、それが瞬く間に黒い獣の身体を包み込む。たてがみのように揺らいでいた黒い気がペンダントに吸い込まれていくとその中から少女が姿を現した。
気を失っているようだったが、息はあり目立った怪我をしている様子もなかった。スパーダは少女を抱えると悪魔のそばに横たえた。
「ス、パーダ…。助けに来てくれた事、感謝する」
悪魔は虚ろな視線をスパーダに向け、力なくそういった。もう永くはない事は明確だった。
「何があった」
「報復、かしら…貴方と同じ“裏切り者”だから」
「……………」
逆賊スパーダ。
人間界に降り立ち幾星霜、裏切り者に死をと刃を向けてきた同胞を数多葬ってきた。その凶刃はスパーダのみならず人間に味方する者全てに向かうというのか。
「こんな事を頼める義理はないのだけれど…、この子をお願いできないかしら?」
悪魔が義理とは、どうにも可笑しく思ったが人間との暮らしで得たものはスパーダもよく知るところだ。
魔界にいた頃は全く無縁だった他者に想い想われる事が様々な事象を生み出す。それは時に弱く脆いが、思いがけない強さを持つ時もある。
「わかった」
ずっと抱きしめたままの遺体、悪魔にとっての夫で少女の父親であろう男を見る視線はエヴァがスパーダに向ける表情によく似ていた。
悪魔の青白い指が少女の頬を撫でる。ゆっくりと瞼が開き、彷徨った視線が母親を見つけた。
「あぁ、ミア。一人にしてしまう事を許してね…でも、これからあなたは自由よ。自分の目で世界を見て、あなただけの生き方を見つけてね…」
「…お母さん?嫌だよ、お母さん!!」
「ミア、あなた、愛しています…」
母親に抱きつこうとした少女の腕が空を切ると、悪魔の身体は黒い光となって弾けた。
わずか少女の周りを漂っていたがそれも直ぐに消えてしまった。
「…っ、うっ…、う、うわぁぁぁぁあああん!!!」
堰を切ったように泣き出す少女にスパーダはかける言葉が見つからず、エヴァが良くしているようにその背中を優しくさすり続けた。
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