純愛
ナマエ
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姉さんは昔から私とワースの盾になって護ってくれていた。
ワースが生まれてくる前から姉さん独りで、身代わりになり折檻や軟禁、聞くに耐えない暴言を一身に受け止めてくれていた。
もちろん姉さんが部屋から出られないときやいないときを見計らって私達二人も同じようにお父様から体罰を受けたときもあった。
だが姉さんはそんな時でさえ傷ついた身体を隠しながら魔法を施してくれたり傍に寄り添い慰めてくれていたのだ。
常に私達を心配し笑顔を絶やさない気高く尊敬する人だった。
「オーターもワースも価値がないなんてことはありません」
「生まれた瞬間から神に祝福された尊い私の大切な弟なのですよ」
「自身を持ちなさい!」
「姉さんはあなた達二人に出会えたことに感謝してもしきれないくらいです」
「何があっても私が護ります」
「生まれてきてくれありがとう」
「私をオーターとワースの姉にしてくれてありがとう」
こんなクソみたいな家庭で育ってきた割には自己肯定間が強く誰にでも別け隔てなく優しく美しい姉が眩しくていつしか憧れの存在になった
成長するにつれて姉さんのようにどうのこうのと戯言を並べ手のひら返しをしたお父様に軽蔑のまなざしを向けたのは記憶に新しい
俺が姉さんに近づいてしまったら穢れて壊れてしまう
崇拝する姉さんのようになれることはまず天地がひっくりかえってもむりだろう
むしろお父様の言葉に日に日に嫌気と憎悪の念を抱くようになった
お前如きが姉さんの何がわかるというのか
あの聖女のごとく清らかな貴い存在がお前の目に入ること自体烏滸がましい
気持ち悪い…吐き気がする…
そう考えるたび抗う力も無い非力な自分を映し出されてるようで逃げるように実家を出た
警察魔法学校に入った年はよく頻繁に姉さんは顔を出してくれていた
「オーターまた遅刻しますよ?」
「……⁉姉様!」
たびたびイーストン魔法学校からお忍びで抜け出したりしてきてわたしのことが心配だからと朝が苦手な俺を起こしに来る姉さんにいつも心臓がもたない
この気持ちの行方に気づけない俺は病気にでもなったのかと姉さんの訪問のたびにクエスチョンマークが増えた
焦りがバレないように息を吐く
「オーターは遅刻しなさそうに見えてこういったところはルーズなんですから最初はびっくりしたのよ」
姉さんにはいったい俺がどんな風に見えているのか
その年姉さんは神覚者に選出された
それからは魔法局での勤めがあるみたいで忙しく前ほど会う機会が減った
それでも時間を見つけては足を運んでくれている姉さんに淡い期待を抱いてしまうたびに自己嫌悪に陥りそうになる
「アレックスくんに遅刻のこと怒られたみたいですね」
「いいバディを持ちましたね」
いつの間にかアレックスと友だちになって情報交換をしている姉さんのコミュニティー能力には感嘆させられる
「神覚者の仕事は大丈夫なのですか?」
「あらあら、姉を心配して下さってるのですか?」
「平気ですよ!徹夜して終わらせてきたので」
「いや、それは大丈夫じゃないですよね…」
「オーターに会いたくて頑張ったんです」
姉さんの笑顔を見るたびに胸が苦しくなる
その笑った顔を見せるのは俺だけにしてほしい他のやつになんかに微笑まないでくれ
いつしか憧れは羨望や嫉妬と形を変えていく
自分だけの所有物にして幽閉してしまいたい
凛として咲く花のごとくあの清純な姉さんを手折ってしまおうか
私の手でゆっくり蝕んで汚してしまいたい
恋だの愛だといった感情を知る前に
姉弟というしがらみのせいで深い沼に落ちるしかなくなってしまったのだ
「入学おめでとう」
「ふふ、イーストンの制服よく似合ってますね」
「アレックスくんの想いもあるでしょうが、自分を大切にしてくださいね」
「オーターのことです…自己管理は大丈夫だと思いますが、心配なものは心配なんですよ」
「でも、目標ができたことはいいことですね」
「姉さんはいつでもオーターの支えになります」
「神覚者である私を利用するのも選択の一つですからね」
イーストン魔法学校に編入する際にも余計なことを言うのでなく心の底から心配していると慈しむように頭をなでてくれた
神覚者に選ばれたときはまるで自分のことように喜び抱擁してくれた
咄嗟のことに反応できず
姉さんの異香に酔ってしまいそうになった
首に顔をうずめていつまでも堪能していたい
理性とのせめぎ合いに顔を顰めた
このときばかりは姉さんの弟であることを呪うしかなかったのだ
擦れた思いを消化することができないまま愛憎を募らせる日々が続いた
それでも姉さんの一番近くにいられるならもういっそ姉弟という関係でいいのでは…と考え始めた矢先に事件はおきたのだ
「婚約者ですか?」
「ええ」
「なぜ、いまなんですか?」
「お父様から前から言われていたの」
「先延ばしにしてきたのですが…さすがに、ね?」
と今まで見たことのない哀しそうな顔をした姉さんがいた
「あなた達はせめて好きな人と添い遂げるんですよ?」
「オーターはマドル家を継ぐんですから私がいてはダメでしょ?」
「せめてよいとこに嫁いで貴方のバックアップをできる様にとは考えていますから…安心なさい」
あぁ、そうだ姉さんは昔から
自分のことは二の次…自己犠牲の塊
こんな時まで俺達のことを考えて
「姉さんが幸せなら」
気が利いた言葉や引き止めることさえできない自分を後ろからぶん殴ってやりたかった
それからは放心状態だった
どうやって生きているのかさえも曖昧な気がした
いつの間にか世界が滅亡するか否かの瀬戸際に立たされていた
イノセントゼロの根城から負傷したマッシュ・バーンデッドを連れ撤退を余儀なくされた時
姉さんは瀕死のマッシュ・バーンデットに詠唱魔法をかけていた
だが途中で敵に追いつかれてしまう
誰かが殿を努めないといけない状況だと判断し、すぐさま道に境界線を作り一人残った
丁度いい死に場所が出来たなと心の荷が下り安堵している自分に自嘲の笑みがもれる
だが神というものは遊戯に飢えているらしい
急に温かな光りと求めてやまない香りに包まれたかと思ったら目の前に姉さんが立っていた
「な、ぜ…ね、ねぇさ…ま、が⁉」
「弟が死の瀬戸際に立たされているのに姉だけ生を感受するなど恥ずべきことです」
ボロボロのくせに笑顔で振り向く
だが直ぐに目の前から姿が消えた
何事かと姉さんがいた場所を見直した
崩れ落ち息も絶え絶えな姉が地面に座りこんでいたのだった
「姉様⁉」
駆けつけるとそこには今にも死にそうな顔して血を吐いている
「一体何があったのですか⁉」
「マッ…ゲホッゲホッ」
「彼を助ける…ために…禁忌の魔法を使いました」
「はっ?」
「先程まで息はあったのでは」
コクリと力なく頷く
「オーターと別れてすぐ…ゴホッ、マッシュ君にかけていた…魔力の…バイ…ゲホッ、パスが切れたんです」
「グッ、これは…メリアドールさんの…ゲホッゴホッ…とこま、で持たないと……瞬時に……判断し……ました…」
「だから…私の生命を捧げて」
「彼に出来る限りの魔力を注いだの…」
死んだものを蘇らせる魔法
それは古来から禁忌中の禁忌だ
「ごめんなさい」
「こんな……不出来な姉で…っ」
今まで見たことない姉の涙をこんな状況下で拝見するとは思いもしなかった
「姉様喋ってはいけません」
「メリアドールさんのとこに行けば今の状況を打破できるかもしれません」
「むりよ」
「これはきっと呪いの類よ」
「呪いは相手に必ず跳ね返る」
だがらメリアドールさんでもお手上げのはずよ
と死ぬ前の人間とは思えないくらい安らかな微笑みを浮かべている
姉と私の視線がぶつかり合う
一瞬うつむいたと思ったら
はにかんだ眼差しを向けてきた
「オーターあなたのこと愛してます」
息を呑んだ
「ずっと前から慕っていたの…気持ち悪いわよね…
でも死ぬ前くらい許してほしいの…」
「ごめんね、ごめんね、」
「でも好きなの貴方のことが好きですきでどうにかなりそ…!」
言葉を紡ぐ前にずっと触れたかった唇に口づけをする
驚愕の色を瞳に宿している
「愛してますよ…姉様」
「いや、ナマエ」
長年しまってきた想いを伝えると…姉さんは花が綻ぶように笑う
あぁ…この瞬間をずっと夢みてたの
ようやく私は貴方の姉ではなく一人の女性として
……私はほんとに幸せ者ね
「 」
ゆっくり瞼を閉じる
灯火が燃え尽きてしまいそうな身体をこちらに預けてきた、愛しい存在を優しく抱きかかえて歩き出す
お互いの想いが通じた今はもう言の葉など必要なかった
姉弟じゃなかったらなんて野暮なことはいわん
きっと今世は結ばれることはなかったのだろう
「姉さま」
「どうやら世界は救われたみたいですよ」
「実のところ姉さんがいない世界なんて滅んでしまったほうが良いと思っていたのですが、残念です」
今にでも起きてオーターと名前を呼んでくれそうな寝顔だというのに
魂はもぬけの殻
もう一度触れるだけのキスをする
先程より冷たくなった唇に自身の熱を注ぎ込むように
「……ナマエ」
"来世では必ず逃さないからな"
"覚悟するんだな"
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