このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

この世の全て

 昼過ぎの強い日差しが眩しい。帽子を被っていたが、婦人たちの日傘が羨ましかった。
 アリアス城下には、八百屋や居酒屋などから、宝飾店、鍛冶屋、仕立て屋など、一通りの店が集まっている。他国と比べても、非常に活気があるといえる、自慢の街だ。

「殿下!ご機嫌麗しゅう」
「ほら、ボク・・もご挨拶しなさい」
「うちの店も見ていってよ、殿下」

 街の人は王子を見かけると、笑って声を掛けた。一般の民には堅苦しい礼儀を求めず、どんな呼びかけにも一人ひとり丁寧に答えるため、王子の人気は過去に並ぶ者がいないほど高かった。
 一年前までは街に出ることが全くなかったため、国民は王子のことをほとんど知らなかった。ただ、花のように美しく、絹のように滑らかな肌を持ち、宝石の輝く瞳をしているということだけは誕生の際に伝えられていたため、姿を見せない王子に国民たちは想像を膨らませていた。社交場で実際に王子の姿を見た貴族もいるが、王子は一言も口を聞かなかったため、声が出せないとか耳が聞こえていないとか、そのような噂が一部に流れていた。

 初めて1人で街に抜け出した時は、誰も自分たちの王子の顔を知らなかったため、外から訪ねてきた見知らぬ高貴な美男子だと思われていた。臆することなく接してくれる町人たちと語り合い、楽しく過ごしていたのだが、すぐに従者が騒ぎ立てて、王子だということがバレてしまった。その時の従者たちの慌て様は、非常に愉快だった。それから何度も1人で城下を1人で歩き、呆れた従者たちも見逃してくれるようになった頃には、町人たちは自分の正体を知っても萎縮することなく接してくれるようになった。

 中央広場に人々が集まっている。その中心から軽快な音楽が聞こえてくる。気になって近づいてみると、芸人たちが踊りを披露していた。3人の男が弦楽器、笛、太鼓を叩き、ドレスを着た女性と背の高い男性がヒールの靴を履いた足を素早く動かし、タップダンスを踊っている。街を揺らす太鼓の深い響きに、ヒールが地面を叩きつける乾いた音が遊ぶように重なり、周囲の人々を楽しませていた。

 オレンジ色のドレスをふわりと広げ、その中からすらりと伸びた白い足。男の劣情を誘うような、熱く鋭い視線。男たちは女の踊りに見惚れていた。

 一方で、男性の方も美しかった。白いシャツの開けた胸元と、肘まで捲られた袖から、小麦色の肌が見えている。黒いズボンの上からでもわかる、筋肉質で長い脚が自由に舞う様子は、見ていてほれぼれする。キレがあり、かつ、しなやかな動き。女の踊りに応えるようでいて、確実に自分の世界を築き上げている。

 ふと、男と目があった。その瞬間、男はニヤリと笑った。鎖で縛られたように、動けなくなった。強烈な魅力にとらわれて、目が離せない。


(あ、と、で)

 唇が小さく動いて、ウィンクが投げかけられた。
 
4/4ページ
スキ