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隣国の王子

 王子は少し考えて、やっと思い出した。彼にとって、知恵を持つ以前の記憶は忌まわしいもので、現在の自分から分断されたように、記憶の奥に仕舞い込んである別の人物となっていた。

「私のことは覚えていなくとも、約束自体は覚えていたのだろう?だからここに……」
「いや、すまない。覚えていたわけではなく、ここに来たのは本当に偶然だ。それに、結婚だなんて、あの時は人の顔をよく見ていなかったから気づかなかったが、あんたは男じゃないか。それに……」

 目の前の男の顔を凝視してから、すぐにばつの悪そうな顔をして、訂正した。

「いや、失礼。侮辱するつもりはない」

 王子の言葉に引っかかる部分もあったが、ニケは優しく笑って立ち上がった。

「私が醜いのは承知している。しかし、家柄も、身分も、そしてこの知恵も、誰にも劣らず君に見合ったものを持っているつもりなのだが」
「確かにそうだ。いくら断っても次々と舞い込んでくる見合い話より、よほど良い」
「それなら、王子様」

 ニケは王子の頬にそっと手を添え、自分の方に向かせた。

「よく見て。この醜い顔を」

 添えられた手を離そうとしたが、獣のような、それ以上におぞましい形相に視界を支配され、恐怖で動けなくなった。歪んだ鼻、額にあるこぶ、左右非対称な唇、異様に離れた目。

「何を……」
「王子様、あなたは魔法を授けられている。真に僕のことを想えるなら、その可能性があるなら。この顔が、醜い私が、あなたには見えないはずだ」
「馬鹿なことを言うな!」

 思いもよらないニケの行動に驚き、突き放そうと腕に力を込めるが、腰に腕を回され、引き寄せられてしまった。

「離せっ」
「暴れないで。ほら、ちゃんと見て」
「……!!」

 抵抗していた王子は一瞬で、その顔に見入った。ひとつ瞬きするたびに、少しずつ顔が変化していく。

「お前、一体何が……」

 不自然なこぶは消え、美しくバランスの取れた高い鼻、まぶたの皺は消えて二重となり、血色の良い滑らかな唇からこぼれる声だけは変わらず、鈍く空気を震わせていた。

「顔が、今、変わって」
「ほら。もう、醜くないでしょう」

 ニケが微笑むと、先ほどまで確かにあったおぞましい姿が嘘であったかのように、辺りまで輝いて見えた。
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