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隣国の王子

 ある時、美しい兄が国境の森に抜け出して、木の根に腰掛けて一人ぼうっとしていると、隣国の方から人が歩いてきた。とても立派な服を着ているが、顔は醜く、背中が歪み、背丈が低かった。隣国の王子、ニケだ。ニケは噂に聞いていた隣国の美しい王子の絵を見て、自らが持ち得ない美貌に憧れ、実物を一目見たいと思い城を抜け出してきていたしかし王子はそういった噂話も何も頭に入らなかったため、全く誰だかわかっていなかった。

「王子様、あなたはそれほどまでに美しいのに、どうして悲しい顔をしているのです。顔を上げて。あなたは僕が出会った中で一番、いやきっとあなたの美しさに敵う人は世界に存在しないだろう」
「いや、美しさがあっても仕方がない。あんたのように醜かったとしても、頭が回る人の方が、よほどいいんだろうな。美しさは何もできないが、知恵があれば人の役に立つ」 

 王子の謙虚な態度を見て、ニケは大変関心した。

「あなたは、自分に知恵がないことをよくわかっていらっしゃる。それこそが、知恵を持つことができる何よりの証拠だ。私の周りには、私と知恵比べをしようとして見栄を張って訪れる者が後を立たないが、そういう奴らに限って、自分の無知を知らないのだ」
「……」
「私は赤子の頃、妙な仙女に力を授けられたのだという。一番愛する人に、自分と同じだけの知恵を授ける力だ。どうだろう、私と共に生きてくれると約束できるなら、この知恵をあなたに与えよう」
「……」

 ニケは易しく話しているつもりだったが、王子は何も理解できていなかった。ただ、怪しい取引であることだけは、なんとなく感じ取っていた。

「本当に、俺でもあんたと同じだけ利口になれるのか?」
「えぇ、約束ができるなら」

 王子は少し考え、考えても何も答えが出てこないことに気づいて、とりあえず頷いた。常に弟と比べられることに嫌気がさしていた彼は、とにかく知恵を欲していた。

「一年後の同じ日に、またここで待っているよ」

 隣国の方へ消えていくニケの姿をぼうっと見送り、そろそろ戻ろうと王子が立ち上がった途端に、世話役から言いつけられていた諸々の予定が王子の頭をよぎった。この後は王城経営についての会議に出席し、それが終わる頃には隣国の式典に出席していた父が帰ってくるから立派なディナーを整えなければならないとメイド達が話していた。明日は絵画の展覧会に招かれているから、そのための勉強もしなければいけない。今まで蔑ろにしてきたスケジュールの密度にやっと気づいた王子は、急いで森を出た。
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