バカシアイコントラクト 外伝

 紙の擦れる音が部屋に響く。ビリビリと破かれた紙片を口に運び噛みごたえのないそれをムシャムシャと咀嚼する少女。
 蜘蛛の糸を束ねたような銀の髪。髪は背中位まで伸びており寝転がっている彼女の髪は床に広がっていた。折角アンティークドールのような深い緑のドレスを着ているというのに、着ている本体がなんとも操り糸が切れたかのようにだらしなく寝そべっている光景は残念と表現せざるおえない。
 モグモグ、ゴクリ……口内の紙片を嚥下し、まだ食い終わっていない本の文字を読みながらああこんなこともあったかなとうわ言のように発した。
「マルガレーテ入りますよ。うわっ、汚っ。寝ながら食べないでくださいね?」
 ハインリヒが床に散らかる本を踏まないように本と本の間をぬって部屋に侵入してくる。
「……何か用ーーあ」
「ごほん、ハインリヒ。いい加減覚えて下さいね。でもまぁ今日も僕のことよく覚えてました」
 マルガレーテはその鬱陶しい顔死んでも忘れるもんじゃないわと憎まれ口を叩く。
 それは息災で結構とにっこりと笑うハインリヒと名乗る少年。
「今回の味は如何ほどです?」
「不味い」
「それは、良かった!ちゃんと君の現実のお味で何よりじゃありませんか!」
「うん。不味いけどあっちに消費される前に腹入れられて満足。こんな不味い記憶をあっちが食べたらお腹を壊すでしょうし」
「君がこちらで活動するにはその魂の記憶の紙片が必要不可欠ですからねぇ。勿論実体が保てなくなったら保護はしてやりますのでご安心を。地獄の化物に見つかっても保護は抜かりありませんよ。何しろマルガレーテに唯一持ち得ている僕という駒は他者の手に渡ると面倒になりますからね」
「その前にターゲットをさっさと探してよね。遅い」
 無理言わないでくださいよ。ただでさえ力が制限されてポンコツになってるのに鳴りを潜めている怪異を探すのは骨が折れるんですよとハインリヒが不平不満を漏らすとふーんと興味なくしたように返答する少女。
 そんな姿をみてやりにくいですねぇと頬を掻きながらボヤく少年。
 おや? こっちは要らないんですかと手づかずの本を持ち上げる。
「そっちは美味しそうなやつ。私には不要」
「甘くて蕩けて幸せな気分になれるかもしれないのに要らないんですかぁ?これも元々は君の過去たるものなのに?」
 少しイラっときたのかそんなものあのオッサンにあげればいい。私は娯楽も夢も不要なのと別の本を掴み投げ渡す。
 少年はおっとと本をキャッチしてやれやれと溜息をつく。
 私は夢はみないの。現実を直視するだけ。だから、残酷だとしても受け入れがたい真実が一番信頼できるのと己の意見をのべるマルガレーテ。
「だから、唯一直接私を救えた貴方に信頼するしかないの。頼りにしているわ今度は貴方を上手く利用してあげるから」
「ああ、君は、実に愚かしくて、実に愛しいですねぇ。夢に抗う時、夢に溺れた時、貴女の破滅する瞬間が楽しみで楽しみで仕方ありませんよ」
 そうにこりと笑うハインリヒには彼女の末路など予測するまでもない。
 どんなに邪悪で醜悪であろうと自身を救済するたった一つの奇跡を逃し、世界に見棄てられた者の辿る道は何時だって破滅だ。
 愚直に元の道を辿り直して、真実を知り、望みすら潰えた彼女は何時正気を失ってもおかしくはない不安定な状況だった。
 でも、少年は今度は友として彼女を然るべき時まで導くと決めていた。彼女から取り上げた記憶は決して彼女自身を救いはしないが別の可能性なら引き寄せる事はゼロではないだろうと。
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