【仁王夢】十六夜
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楽しいことは長続きしない。
そのことを身に染みて実感した。
「やあ、雪宮さん。俺のこと覚えてる?」
仁王くんとお出かけをしてから数日後。
仁王くんや香穂ちゃん、蓮二が授業のため、一人でキャンパス内を歩いていると、横から声をかけられた。
足を止めて隣を確認し、暫し記憶の糸を手繰り寄せる。
この整った顔立ちの男性は見覚えがある。記憶より声が低いけれど――――
「もしかして木村くん……?」
恐る恐る答えると、彼は顔を輝かせてガッツポーズをした。
「そう、そうだよ! 覚えていてくれて嬉しいよ!」
やはり木村くんか。
彼の名前が出てきたのは、先日仁王くんから忠告を受けていたからだ。
話を聞いたときは現実味がなかったが、嫌でも本当のことだと思い知らされた。
この日から私が一人で行動している時に限って、木村くんが現れることになる。
*
「次のコマは空いてる? カフェに行こうよ」
「次のコマは……」
次の授業の教室に行くため、生協前を通りかかったところで木村くんが前方からやってきた。
押しが強くて断りづらい。彼と会話しようとすると、声が掠れる。
今まで関わりがなかっただけに最初は戸惑いが大きかったが、回数が重なると恐怖心が芽生えつつある。
どうやって躱せば良いのだろうか。
「残念ね、次は物理学の授業があるの。だから、あなたと遊ぶ暇はないわ」
返答に窮していると、後ろから透き通った声が耳に届いた。
振り返ると、彼女は微笑んでいるが、木村くんに冷ややかな目を向けている。まるで虫を見るような目線だ。
「香穂ちゃん!」
「ふーん、一ノ瀬さんか。……それじゃあ仕方ないね。また誘うから」
木村くんが手を振りながら、あっさりと去っていく。
粘られるかと思っていたので助かった。
「誘わなくて良いから! 時雨ちゃん、大丈夫!?」
「うん、なんとか……」
香穂ちゃんに両手を握られてホッとする。
緊張していたせいか手が冷たくなっていたので、彼女の手が温かく感じられた。
次第に心が落ち着き、香穂ちゃんと一緒に教室へ向かった。
授業が終わった後、お昼の時間ということもあり、仁王くんと蓮二も加わって、カフェテリアでご飯を食べることに。
どうやら香穂ちゃんが二人に連絡してくれたらしい。
自分のことでいっぱいいっぱいだったので、胸が熱くなった。
「さて、作戦会議の時間だ」
蓮二が鞄からA4サイズの紙を五枚取り出し、テーブルの上に広げた。私たち四人と木村くんの時間割だ。
「何で柳くんが、私の時間割を知っているのよ」
「学生課の方に聞いた。まあ、仁王も時雨の時間割は知っているだろう」
「プピーナ」
あ、誤魔化した。
仁王くんが表情を変えずに目をそらす。
そういえば、私が時間割作成しているところを見てたんだっけ。
中学時代は色んな選手のプレイスタイルを追究、精神状態まで模倣していたようだし、それに比べたら私の時間割を覚えるのは、苦でもないのだろう。
「はあ……突っ込むだけ無駄ね。木村への対策を考えましょう。それでどうするの?」
香穂ちゃんが頭に手をあて、蓮二に続きを促す。
彼のデータ収集の出所を、確認するだけ無駄なことを悟ったようだ。世の中知らない方が良いこともある。
「フッ、話が早くて助かる。それでこれを見てもらうと分かるんだが――――」
まず木村くんの時間割から空いている箇所を洗い出し、その時間帯に私が授業が入っているか確認。
授業が入っていない場合は、香穂ちゃん、仁王くん、蓮二の時間割と比較した。
当然のことながら、私だけ空いているところがある。
その時間はどうするかだが――
「仁王くんか蓮二と一緒に授業を受ける……?」
「ああ。幸いその時間の授業は、学科全員受講するし、出席確認するわけじゃない。もちろん時雨が受講しても良ければの話だが」
蓮二が手を顎にあてながら説明。学科が異なる木村くんが、わざわざやってくることはないとのこと。
私と香穂ちゃんは驚くばかりだったが、仁王くんを見ると落ち着いており、頷き返された。
きっと私がいないところで、二人で予め策を練っていたのだろう。
「もちろん一緒に授業を受けるよ!」
個人的に他学科の授業に興味がある。
こうして私は時々、仁王くんか蓮二について行き、一緒に授業を受けることになったのだ。
*
「雪宮さん、今いいかな?」
「え……」
今日の授業が終わったので、キャンパス内からバス停へ向かっていると、木村くんに話かけられた。
予想外の展開に、血の気が失せる。
今の時間帯は、彼は授業を受けているはずだ。なぜここに――――。
絶句して固まっていると、それを了承と受け取ったのか、木村くんがどんどん近づいてくる。
もうダメかと思ったとき、目の前に幼馴染の姿が現れた。
「時雨は俺と用事があるから無理だ」
木村くんの目が見開かれる。
「チッ、柳か。ナイト気取りかよ」
「この時間は物理化学の授業じゃないのか? ずいぶんと余裕だな。この前テストで赤点を取って、補習だったにも関わらず」
蓮二の表情は見えないが、恐らく開眼しているはずだ。後ろからでも分かる。
それだけ彼の声は、怒気を帯びていた。
「フン!」
蓮二が相手だと分が悪いと思ったからか、木村くんはその場から去っていった。
完全に見えなくなったのを確認してから、蓮二が振り向く。
手をそっと包まれて、手が震えていることに気づいた。
「今回は間に合ったから良かったが……不穏な気配があったら、仁王か一ノ瀬、俺を呼ぶんだ。必ず。何かあってからじゃ遅い」
「うん……」
蓮二が心配そうに私の顔を覗く。
その後、彼は手の震えが収まるまで、そばに居てくれた。
*
二度あることは三度あるという言葉があるが、木村くんは何度も私の前にやってくる。
その日は私以外が授業のため、化学実験の予習がてら一人で図書館へ訪れると、待ち構えていたかのように、木村くんが図書館の側にある木の影から現れた。
「ようやく二人きりになれたね。この時間は、一ノ瀬さんも柳も仁王も授業だろう? この前みたいに邪魔される心配はない」
なぜあなたが時間割を把握しているの?
木村くんが私の手首を掴んできたため、咄嗟に腕を捻ると彼は口角を上げていた。
「……ああ、照れなくても良いよ。中学のときだって、井上に俺のことどう思っているか聞かれて、恥ずかしいから普通って答えたんだろう?」
違う。本当は今もあなたのことが苦手で――嫌いでしょうがない。
私を掴む手の力が強くなった。
恐怖で声が出せない。だんだん目頭が熱くなる。
――――不穏な気配があったら、仁王か一ノ瀬、俺を呼ぶんだ。必ず。
ハッと蓮二の言葉思い出し、掴まれていない方の手で鞄のポケットから携帯を取り出す。急いでトークアプリを起動させ、仁王くんに電話しようとした。
しかし木村くんに携帯を叩かれ、地面に落ちる。地面を滑る携帯を、ただただ目で追うしかなかった。
「そんなつれないことをするなよ。さ、まずはキャンパスの外に出ようか」
木村くんは今にもスキップしそうな上機嫌さに、背筋が凍る。
大人しくついていくしかないのだろうか。
助けて、仁王くん――――。
目を瞑ったその時だった。
「雪宮さんをどこに連れていくつもりじゃ」
待ち望んだ声が耳に届き、慌てて目を開くと、仁王くんが木村くんの腕を掴み、私から引き剥がしていた。
そのまま木村くんを地面にポイッと放す。
「な、なぜここに……! 今の時間帯は授業のはずだ!」
目に見えて、木村くんが狼狽えている。
「ハ、そんなのお前が一番分かっているじゃろ。とっとと失せな」
「ぐ……!」
絶対零度の眼差しを向けられた木村くんは、顔を歪めながら理学部の棟へ走り去っていった。
仁王くんは私の携帯を拾い、ポチポチと操作した後、耳にあてた。
「柳、予想通りそっちに木村が行った。……え? あー、急いでたら鞄ごとカフェテリアに忘れたぜよ。……それじゃ」
どうやら、蓮二に電話をしたらしい。通話が終わり、私に携帯を差し出す。
「すまん、勝手に借りたナリ」
「ううん。仁王くん、ありがとう……」
安心したら腰が抜けて、その場に蹲る。
仁王くんもしゃがみ、私の頭を撫でてくれた。
涙腺が緩み、頬に涙が伝う。なかなか涙が止まらないでいると、ハンカチを貸してくれた。
「ん。雪宮さんが呼んでくれたから、速く駆けつけることができたぜよ」
「それでも速くないかしら……?」
仁王くんに助けを求めてから、そんなに時間は経っていないはずだ。絶体絶命だったから、時間が遅く感じたのかもしれないけれど。
詳しく聞くと、仁王くんは胸騒ぎがして授業をサボり、カフェテリアにいたらしい。
ぼんやりと外を眺めていると、私が図書館へ向かっているのが見えたため、そこから注意深く図書館周りを観察。
図書館近くの木に人影が見え、私から電話が来たため猛ダッシュ。
カフェテリアから図書館は数分かかる。さすが元テニス部ということか。
「とにかく雪宮さんが無事で良かった」
仁王くんが破顔すると、心がぽかぽかした。
私は彼に助けてもらった今日のことを、忘れはしないだろう。
*
それから、木村くんが私の前に現れることはなくなった。
風の噂によると、自主退学したらしい。
不思議に思い、仁王くんや蓮二に聞いてみると、知らないと返された。
――――絶対、嘘。
二人とも意味深な表情をしていた。
知らぬが仏。木村くんがいなくなったのだから、良しとしよう。
無事平和が戻ってきたので、今日は久しぶりに仁王くんとカフェでのんびり寛いでいる。
二人用のテーブル席で、向かい合って座っていた。
「そういえば、再会したあのとき、何て言おうとしたの?」
「あのとき?」
仁王くんが小首を傾げる。可愛い。
「ほら、巾着を返してくれた後」
「あ、あー……」
どうやら思い出したらしく、目をさ迷わせていた。そして手を顎にあてながら、考え込んでいる。
「そのうち分かるって言ってたけど、分からなくて」
「…………」
珍しく慌てていたので、印象に残っていた。
先ほどから仁王くんが無言なので、私はアイスティーで喉を潤す。
やがて考えが纏まったのか、仁王くんが姿勢を正した。
「雪宮さん、好いとうよ」
「え……!?」
突然の仁王くんからの告白に、コップを落としそうになった。何をどう考えたら、告白にたどり着くのか。
しかし仁王くんの表情が、テニスをするときのように真剣なので、冗談で言ったわけではなさそうだ。
「それで。お前さんは、どうなんじゃ?」
じっと見つめられ、鼓動が速くなる。
コップをテーブルの上に置く。
心を落ち着かせるため一度咳払いし、息を吐いた。
「わ、私も好きです……」
顔が徐々に紅潮するのが自分でも分かった。
目の前の彼はというと目を見開いた後、片手で口元を覆っていた。彼も頬がほんのり赤い。
「安心したぜよ。……やはり、言葉にするのは大事じゃな」
「ええと?」
「これで落ち着いて話せる。巾着の中にネクタイが入っているということは、雪宮さんは俺のことが好きだと思ったんじゃ。さすがにネクタイの意味は、柳あたりに聞いて知っていると思ったからのう」
そして、あのときの言葉が紡がれる。
「だって、時雨は俺のこと好きじゃろう?」
「!!」
妖艶に微笑みながら問われると、大人しく頷くしかなかった。
そのことを身に染みて実感した。
「やあ、雪宮さん。俺のこと覚えてる?」
仁王くんとお出かけをしてから数日後。
仁王くんや香穂ちゃん、蓮二が授業のため、一人でキャンパス内を歩いていると、横から声をかけられた。
足を止めて隣を確認し、暫し記憶の糸を手繰り寄せる。
この整った顔立ちの男性は見覚えがある。記憶より声が低いけれど――――
「もしかして木村くん……?」
恐る恐る答えると、彼は顔を輝かせてガッツポーズをした。
「そう、そうだよ! 覚えていてくれて嬉しいよ!」
やはり木村くんか。
彼の名前が出てきたのは、先日仁王くんから忠告を受けていたからだ。
話を聞いたときは現実味がなかったが、嫌でも本当のことだと思い知らされた。
この日から私が一人で行動している時に限って、木村くんが現れることになる。
*
「次のコマは空いてる? カフェに行こうよ」
「次のコマは……」
次の授業の教室に行くため、生協前を通りかかったところで木村くんが前方からやってきた。
押しが強くて断りづらい。彼と会話しようとすると、声が掠れる。
今まで関わりがなかっただけに最初は戸惑いが大きかったが、回数が重なると恐怖心が芽生えつつある。
どうやって躱せば良いのだろうか。
「残念ね、次は物理学の授業があるの。だから、あなたと遊ぶ暇はないわ」
返答に窮していると、後ろから透き通った声が耳に届いた。
振り返ると、彼女は微笑んでいるが、木村くんに冷ややかな目を向けている。まるで虫を見るような目線だ。
「香穂ちゃん!」
「ふーん、一ノ瀬さんか。……それじゃあ仕方ないね。また誘うから」
木村くんが手を振りながら、あっさりと去っていく。
粘られるかと思っていたので助かった。
「誘わなくて良いから! 時雨ちゃん、大丈夫!?」
「うん、なんとか……」
香穂ちゃんに両手を握られてホッとする。
緊張していたせいか手が冷たくなっていたので、彼女の手が温かく感じられた。
次第に心が落ち着き、香穂ちゃんと一緒に教室へ向かった。
授業が終わった後、お昼の時間ということもあり、仁王くんと蓮二も加わって、カフェテリアでご飯を食べることに。
どうやら香穂ちゃんが二人に連絡してくれたらしい。
自分のことでいっぱいいっぱいだったので、胸が熱くなった。
「さて、作戦会議の時間だ」
蓮二が鞄からA4サイズの紙を五枚取り出し、テーブルの上に広げた。私たち四人と木村くんの時間割だ。
「何で柳くんが、私の時間割を知っているのよ」
「学生課の方に聞いた。まあ、仁王も時雨の時間割は知っているだろう」
「プピーナ」
あ、誤魔化した。
仁王くんが表情を変えずに目をそらす。
そういえば、私が時間割作成しているところを見てたんだっけ。
中学時代は色んな選手のプレイスタイルを追究、精神状態まで模倣していたようだし、それに比べたら私の時間割を覚えるのは、苦でもないのだろう。
「はあ……突っ込むだけ無駄ね。木村への対策を考えましょう。それでどうするの?」
香穂ちゃんが頭に手をあて、蓮二に続きを促す。
彼のデータ収集の出所を、確認するだけ無駄なことを悟ったようだ。世の中知らない方が良いこともある。
「フッ、話が早くて助かる。それでこれを見てもらうと分かるんだが――――」
まず木村くんの時間割から空いている箇所を洗い出し、その時間帯に私が授業が入っているか確認。
授業が入っていない場合は、香穂ちゃん、仁王くん、蓮二の時間割と比較した。
当然のことながら、私だけ空いているところがある。
その時間はどうするかだが――
「仁王くんか蓮二と一緒に授業を受ける……?」
「ああ。幸いその時間の授業は、学科全員受講するし、出席確認するわけじゃない。もちろん時雨が受講しても良ければの話だが」
蓮二が手を顎にあてながら説明。学科が異なる木村くんが、わざわざやってくることはないとのこと。
私と香穂ちゃんは驚くばかりだったが、仁王くんを見ると落ち着いており、頷き返された。
きっと私がいないところで、二人で予め策を練っていたのだろう。
「もちろん一緒に授業を受けるよ!」
個人的に他学科の授業に興味がある。
こうして私は時々、仁王くんか蓮二について行き、一緒に授業を受けることになったのだ。
*
「雪宮さん、今いいかな?」
「え……」
今日の授業が終わったので、キャンパス内からバス停へ向かっていると、木村くんに話かけられた。
予想外の展開に、血の気が失せる。
今の時間帯は、彼は授業を受けているはずだ。なぜここに――――。
絶句して固まっていると、それを了承と受け取ったのか、木村くんがどんどん近づいてくる。
もうダメかと思ったとき、目の前に幼馴染の姿が現れた。
「時雨は俺と用事があるから無理だ」
木村くんの目が見開かれる。
「チッ、柳か。ナイト気取りかよ」
「この時間は物理化学の授業じゃないのか? ずいぶんと余裕だな。この前テストで赤点を取って、補習だったにも関わらず」
蓮二の表情は見えないが、恐らく開眼しているはずだ。後ろからでも分かる。
それだけ彼の声は、怒気を帯びていた。
「フン!」
蓮二が相手だと分が悪いと思ったからか、木村くんはその場から去っていった。
完全に見えなくなったのを確認してから、蓮二が振り向く。
手をそっと包まれて、手が震えていることに気づいた。
「今回は間に合ったから良かったが……不穏な気配があったら、仁王か一ノ瀬、俺を呼ぶんだ。必ず。何かあってからじゃ遅い」
「うん……」
蓮二が心配そうに私の顔を覗く。
その後、彼は手の震えが収まるまで、そばに居てくれた。
*
二度あることは三度あるという言葉があるが、木村くんは何度も私の前にやってくる。
その日は私以外が授業のため、化学実験の予習がてら一人で図書館へ訪れると、待ち構えていたかのように、木村くんが図書館の側にある木の影から現れた。
「ようやく二人きりになれたね。この時間は、一ノ瀬さんも柳も仁王も授業だろう? この前みたいに邪魔される心配はない」
なぜあなたが時間割を把握しているの?
木村くんが私の手首を掴んできたため、咄嗟に腕を捻ると彼は口角を上げていた。
「……ああ、照れなくても良いよ。中学のときだって、井上に俺のことどう思っているか聞かれて、恥ずかしいから普通って答えたんだろう?」
違う。本当は今もあなたのことが苦手で――嫌いでしょうがない。
私を掴む手の力が強くなった。
恐怖で声が出せない。だんだん目頭が熱くなる。
――――不穏な気配があったら、仁王か一ノ瀬、俺を呼ぶんだ。必ず。
ハッと蓮二の言葉思い出し、掴まれていない方の手で鞄のポケットから携帯を取り出す。急いでトークアプリを起動させ、仁王くんに電話しようとした。
しかし木村くんに携帯を叩かれ、地面に落ちる。地面を滑る携帯を、ただただ目で追うしかなかった。
「そんなつれないことをするなよ。さ、まずはキャンパスの外に出ようか」
木村くんは今にもスキップしそうな上機嫌さに、背筋が凍る。
大人しくついていくしかないのだろうか。
助けて、仁王くん――――。
目を瞑ったその時だった。
「雪宮さんをどこに連れていくつもりじゃ」
待ち望んだ声が耳に届き、慌てて目を開くと、仁王くんが木村くんの腕を掴み、私から引き剥がしていた。
そのまま木村くんを地面にポイッと放す。
「な、なぜここに……! 今の時間帯は授業のはずだ!」
目に見えて、木村くんが狼狽えている。
「ハ、そんなのお前が一番分かっているじゃろ。とっとと失せな」
「ぐ……!」
絶対零度の眼差しを向けられた木村くんは、顔を歪めながら理学部の棟へ走り去っていった。
仁王くんは私の携帯を拾い、ポチポチと操作した後、耳にあてた。
「柳、予想通りそっちに木村が行った。……え? あー、急いでたら鞄ごとカフェテリアに忘れたぜよ。……それじゃ」
どうやら、蓮二に電話をしたらしい。通話が終わり、私に携帯を差し出す。
「すまん、勝手に借りたナリ」
「ううん。仁王くん、ありがとう……」
安心したら腰が抜けて、その場に蹲る。
仁王くんもしゃがみ、私の頭を撫でてくれた。
涙腺が緩み、頬に涙が伝う。なかなか涙が止まらないでいると、ハンカチを貸してくれた。
「ん。雪宮さんが呼んでくれたから、速く駆けつけることができたぜよ」
「それでも速くないかしら……?」
仁王くんに助けを求めてから、そんなに時間は経っていないはずだ。絶体絶命だったから、時間が遅く感じたのかもしれないけれど。
詳しく聞くと、仁王くんは胸騒ぎがして授業をサボり、カフェテリアにいたらしい。
ぼんやりと外を眺めていると、私が図書館へ向かっているのが見えたため、そこから注意深く図書館周りを観察。
図書館近くの木に人影が見え、私から電話が来たため猛ダッシュ。
カフェテリアから図書館は数分かかる。さすが元テニス部ということか。
「とにかく雪宮さんが無事で良かった」
仁王くんが破顔すると、心がぽかぽかした。
私は彼に助けてもらった今日のことを、忘れはしないだろう。
*
それから、木村くんが私の前に現れることはなくなった。
風の噂によると、自主退学したらしい。
不思議に思い、仁王くんや蓮二に聞いてみると、知らないと返された。
――――絶対、嘘。
二人とも意味深な表情をしていた。
知らぬが仏。木村くんがいなくなったのだから、良しとしよう。
無事平和が戻ってきたので、今日は久しぶりに仁王くんとカフェでのんびり寛いでいる。
二人用のテーブル席で、向かい合って座っていた。
「そういえば、再会したあのとき、何て言おうとしたの?」
「あのとき?」
仁王くんが小首を傾げる。可愛い。
「ほら、巾着を返してくれた後」
「あ、あー……」
どうやら思い出したらしく、目をさ迷わせていた。そして手を顎にあてながら、考え込んでいる。
「そのうち分かるって言ってたけど、分からなくて」
「…………」
珍しく慌てていたので、印象に残っていた。
先ほどから仁王くんが無言なので、私はアイスティーで喉を潤す。
やがて考えが纏まったのか、仁王くんが姿勢を正した。
「雪宮さん、好いとうよ」
「え……!?」
突然の仁王くんからの告白に、コップを落としそうになった。何をどう考えたら、告白にたどり着くのか。
しかし仁王くんの表情が、テニスをするときのように真剣なので、冗談で言ったわけではなさそうだ。
「それで。お前さんは、どうなんじゃ?」
じっと見つめられ、鼓動が速くなる。
コップをテーブルの上に置く。
心を落ち着かせるため一度咳払いし、息を吐いた。
「わ、私も好きです……」
顔が徐々に紅潮するのが自分でも分かった。
目の前の彼はというと目を見開いた後、片手で口元を覆っていた。彼も頬がほんのり赤い。
「安心したぜよ。……やはり、言葉にするのは大事じゃな」
「ええと?」
「これで落ち着いて話せる。巾着の中にネクタイが入っているということは、雪宮さんは俺のことが好きだと思ったんじゃ。さすがにネクタイの意味は、柳あたりに聞いて知っていると思ったからのう」
そして、あのときの言葉が紡がれる。
「だって、時雨は俺のこと好きじゃろう?」
「!!」
妖艶に微笑みながら問われると、大人しく頷くしかなかった。