【柳夢】カラーパレット
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柳くんとお出かけの日。
部屋の鏡を見ると、頬に赤みがさしていた。
デートと思うと心臓が早鐘を打つため、意識し過ぎないようにしないと。
目を閉じて深呼吸をし、今日行く予定の本屋を思い浮かべる。その本屋は最近オープンし、大型書店で品揃えが良いと友達に聞いたので楽しみだ。
きっと私が好きなシリーズの新刊が売っているはず。
柳くんの気になる本も置いてあるだろう。彼は何の本を買うのかしら。
ゆっくり瞼を開き、もう一度鏡の中のを覗く。そこにはお気に入りの服を身に纏い、浮かれている私がいた。
気持ちを落ち着かせるどころか、結局は柳くんのことを考えて、心拍数が高くなっている。
この後、頭の中が柳くんでいっぱいいっぱいになることを、この時の私はまだ知らない。
苦笑しながら、お出かけの準備を再開するのだった。
*
本屋は隣の駅にあるので、待ち合わせ場所である地元の駅前で合流し、予定の電車に乗って束の間。
柳くんと物理的に距離が近い。隣の席に座っているから、当たり前なのだけれど。動けば肩が当たりそうだし、簡単に手が触れそうな距離だし、なにより顔が近い。
常に柳くんを意識してしまい、顔から火が出そうだ。それに一緒にお出かけして、彼に楽しんでもらえるか心配で、心臓がせわしなく動く。
本屋に行くのはこれからだというのに、こんな調子で大丈夫だろうか。
そっと隣の柳くんを見ると、何故か彼は口角を上げていた。
「…………柳くん?」
「いや、雪宮のあれこれ考えている様子が面白くてな」
その時タイミング良く、もうすぐ駅に着くアナウンスが流れた。考えていた内容までは悟られてなくて、ホッとする。
それから、本屋の場所について説明していると、目的の駅に着いた。
「す、すごい……」
駅から歩くこと数分。
あっという間にたどり着き、本屋を目の当たりすると、ありきたりな感想が溢れた。
大型書店とは聞いていたが、まさか地下一階から八階全てが本屋だったなんて。てっきり一つのフロア全体が本屋くらいの規模かと思っていたので、良い意味で驚かされた。
柳くんは顎に手を当てて、しげしげと眺めている。
「噂には聞いていたが、予想以上の規模だな」
「そうね、色々な本に出会えそうで楽しみだわ。柳くんは欲しい本、決まってる?」
「雪宮が前に薦めてくれた小説の新刊が、今週発売だっただろう? まず、それを買おうと思っている」
「私も! 柳くんが気に入ってくれて嬉しいな」
シリーズ本なのだが、一巻が面白くて、いつでも読めるように既刊全て買ったとのこと。薦めた本を読んでくれただけではなく、集めてくれたのが嬉しい。
フロアガイドを見ると、文学フロアは二階。エレベーターもあるが、一つ上の階なので階段で上ることにした。
二階に足を踏み入れると、目の前のエリアに新刊コーナーが。平台に新刊や受賞歴のある本などが、大量に陳列されていた。
小説のタイトルと作者、出版社を頼りに、目的の本を探す。欲しかった小説は、目立つところに置いてあったので、すぐに見つけることができた。本屋には今月の売上ランキングを設けられており、それで一位だったのだ。
「柳くん、これ!」
本を二冊手に取り、柳くんに一冊渡す。
「ありがとう。作者ではないが、色んな人の手に渡っていると、自分も嬉しくなるな。帰ったら、すぐに読むとしよう」
「ふふ、私も」
柳くんが微笑み、私もつられて口もとが緩んだ。
「あっ、柳くんは本買う時、表紙買い? ジャンル買い? それとも作家買い?」
「俺は、強いていうならジャンル買いだろうか。色んなジャンルのものを読むように意識しているものの、好きなジャンルに手を出してしまうことが多いが……。雪宮は、どうだ?」
「私は表紙買いかな。好みの絵の本があったら手にと取って、裏表紙のあらすじ読んで、興味が惹かれたら買うパターンが多いよ」
電車の中では話せなかったのが嘘のように、次々と言葉が出てくる。
欲しかった新刊の表紙を撫でた。この本を読むきっかけになったのは、表紙が好みだったからだ。
小説を読むと頁を捲る手が止まらず、気づけばその作家の別の小説にも手を出した。
少しずつ集め、今ではその作家の本は全部家にある。
「無事新刊は確保できたし、他のお目当ての本を探しましょうか。お互い違うだろうし、15分後にそこの階段の踊り場で待ち合わせはどうかな?」
「ああ、構わない。それでは、また後でな」
柳くんは私の頭にポンと手を乗せてから、文学コーナーへ向かっていった。
何が起きたか分からなかった私は、呆然と柳くんの背中を目で追う。我に返ったのは、彼の姿が完全に見えなくなった後だ。
本を持っているので、片手で自分の頬をぺちぺちと叩く。私も目当ての本を探しに行かなければ。
慌てて文庫コーナーへ足を運び、平積みされている本や面陳列、棚差しされている本を見る。こうして色んな本を眺めるのは心が落ち着くし、新たな本との出会いがあって好きだ。
いつもなら気になった表紙の本を手に取って、レジに向かうところだが、今日は違う。
今日のお目当ては、本屋の場所を教えてくれた友達にオススメされた本である。文章が読みやすいし、心温まる物語で私が好きそうな本とのこと。
棚に五十音順で並んでる本から、お目当ての作家の本を探す。
「あったわ……!」
おそるおそる本を手に取り、表紙を見てうっとりした。
図書館には置いてなくて、なかなか読めなかった本だ。それだけで心を踊らせる。
私は軽い足取りでレジの方へ向かうと、途中で読書関連グッズのブースが目に入った。
軽い気持ちでブース近づくと、ブックカバーや栞、ブックエンドなどが置いてあった。普段本を読む機会が多いし、ブックカバーを持っていても良いかもしれない。
陳列されている品を見ると、湯飲みと桜餅が刺繍されたブックカバーがあり、柳くんの姿が頭に浮かんだ。この前数学を教えてくれたお礼に、と渡せないだろうか。
いや、ブックカバーより栞の方が無難かと思い直し、栞が収納されているボックスを見たが、柳くんのイメージにしっくりくるものはなかった。
ごくりと唾を飲み込む。私はブックカバーを手に取り、今度こそレジの列へ並ぶ。
「あの、ブックカバーをラッピングしていただけないでしょうか?」
自分の番となり、店員に本とブックカバーを渡した。
*
本と焦げ茶色の袋にラッピングされたブックカバーを鞄にしまい、柳くんと待ち合わせ場所で合流すると、お昼の時間となっていた。
本屋の近くにあるカフェに入ると、運良く席が空いていて、二人掛けの席を案内された。
メニューを見ると、パスタとサンドイッチが中心らしい。
店員を呼び、私はトマトソースパスタとアイスティー、柳くんはカルボナーラと紅茶を注文した。
「雪宮は何の本を買ったんだ?」
「えとね……」
鞄の中から本を取り出そうとし、手が止まる。
いつブックカバーを渡そうかしら。
感謝の気持ちを込めて買ったが、もし喜んでもらえなかったらどうしよう。急に不安になってきた。
「……雪宮?」
鞄に片手を突っ込んだ状態で固まったままの私を、心配そうに見る柳くん。
「ううん、なんでもない。私が買った本はこれ!」
私は慌てて本を取り出し、柳くんに見せた。表紙には、セーラー服の少女が文房具店の前に佇んでいる絵が描かれている。
「困りごとを抱えた人たちが文房具店へ訪れて、思い出の文房具と店主の言葉で、心がじんわり解きほぐされていくんですって。私の好みそうな本だって、友達に薦めてもらった本なの」
「……確かに、雪宮が好きそうなストーリーだ。良かったら、読んだ後に貸してもらえないだろうか?」
「もちろん、良いよ! 柳くんは何の本買ったの?」
「俺は、これを買った」
そう言いながら、柳くんは本を一冊テーブルの上に置く。本の表紙には、朝顔と骨が載っていた。
この表紙、どこかで見たことある気がする。
「遺伝人類学を学ぶ院生が二百年前の人骨をDNA鑑定にかけると、四年前に失踪した妹のものと一致して、真相を突き止める話だそうだ。俺も友人――柳生のオススメ本で気になってな」
「あ! どこか見覚えあるなと思ったら、数週間前に図書館で柳生くんが読んでいたわ。柳くんが読み終わったら、読んでみたいな……」
ミステリーは普段あまり読まないジャンルだが、あらすじを聞いたら興味をそそられた。
「それなら読み終わったら、雪宮の教室に届けよう」
「私も柳くんの教室に持っていくね」
「ああ、今から楽しみだ」
楽しみなのは、こちらの台詞だ。
微笑んだ柳くんは、今までで一番眩しく見えた。
*
カフェを後にした私たちは、通りの横道を歩いていた。
――カフェで注文していたパスタが運ばれ、美味しくいただいた後のこと。
「この後、雪宮を連れていきたい場所があるんだが……良いだろうか?」
柳くんが手を顎にあてて、悩んだ素振りをみせた。いつも悠然な彼の見たことない一面。
本屋に行った後は、お店をぶらぶらできればと思っていたが、連れていきたい場所というのが気になる。
「柳くんの行きたいところに行きたいな」
「そうか。それなら案内するから、ついてきてくれ」
どこかホッとした表情の柳くんに手を差しのべられ――現在に至る。
「ここのガラス張りのお店が目的地だ」
外から中を覗くと、棚や平台に複数の本が並んでいるのが見えた。
本屋の規模は午前中に行ったところより小さいが、きっとここならではのものがあるのだろう。
柳くんが扉を開け、一緒に本に囲まれた空間へ足を踏み入れる。店内はBGMが流れており、落ち着いた曲調で心安らぐ。
「雪宮、こっちに来てくれ。見せたいものがある」
なんだろう。
柳くんの背中を追い、いくつかの本棚の横を通りすぎた。
途中で手書きのポップが目に入り、あとでじっくり見ようと心に刻む。大型書店では気づかなかった本との出会いがあって面白い。
「……ん、ぐ」
あちこちよそ見をしていたせいか、柳くんが止まっているのに気づかず、背中にぶつかった。
「ご、ごめん」
「いや、構わない。それより、これを見てくれ」
顔をあげると、柳くんが棚を指差していた。指し示している方向を目で追うと、そこには作家が選んだ本と書かれたポップが。
「これ……私の好きな作家さんだ……」
「とある作家の本と、その作家の好きな本が棚に並べられている。月ごとに代わるんだが、今月は雪宮の好きな作家だったから、どうしても連れていきたくてな」
「そうなの……嬉しい。連れてきてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。俺はあっちのエリアにいるから、ゆっくり堪能してくれ」
「うん!」
柳くんを見送ってから、棚へ視線を戻す。
フリーペーパーが置いてあり、一枚取ってみると、作家が選んだ本のあらすじとコメントが記載されていた。
「あっ、この本持ってる!」
自分が好きな本も選ばれていて、心が弾んだ。
家に帰ったら読み返そうかしら。
そのままフリーペーパーを読み進め、あらすじで興味が湧いた本に目星をつける。
午前中にも本を購入したので、気になった本を全部買うのは難しそうだ。買えなかった本は、図書館で探してみよう。
私は一番興味が惹かれた本に、手を伸ばした。
*
本を買ってから柳くんと合流し、本屋から緑に囲まれた公園へ。
木製のベンチに並んで座り、柳くんの顔色をうかがう。
ブックカバーを渡すなら、今だろうか?
きっと素敵な本との出会いがあったのだろう、彼の顔を見ると一目瞭然だった。いつもの凛々しい表情も良いが、今の口元がほころんでいる表情も好きだ。
本屋でどの本にしようか迷っている最中、レジの方に顔を向けたら柳くんが並んでいた。
珍しくそわそわしい様子だったので、思わずくすりと笑ってしまった。
「今日はお出かけできて、楽しかったわ。ありがとう」
「こちらこそ。こうして雪宮に喜んでもらえて――色んな表情が見れて良かった」
柳くんの優しい眼差しに、頬が一気に熱くなった。誤魔化すように、鞄からラッピングされたブックカバーを取り出し、彼の前に差し出す。
「あ、あのね、この前数学を教えてもらったお礼に……よかったら受け取ってもらえると……」
喜んでもらえるか自信がなく、語尾になるにつれて声が小さくなる。
「ありがとう」
受け取って貰う際に指先が当たり、どきりとする。
「共にお出かけ出来ただけではなく、プレゼントまで貰えるとは……開けても良いか?」
「もちろん!」
柳くんは袋をそっと開けると、目を見開いた。ブックカバーの刺繍部分を手でなぞる。
「その刺繍が、柳くんのイメージにピッタリだと思って」
「そうか。俺のことを考えて、選んでくれて嬉しい。今日買った本を読むときに、早速使わせてもらおう。実は俺からもプレゼントがあってな」
柳くんは鞄にブックカバーを大事そうにしまい、代わりに包装紙に包まれたものを取り出した。サイズ、厚み的に本だろうか。
「どうか受け取ってほしい」
目の前に渡され、両手でおそるおそる受け取る。
包装紙を丁寧に剥がすと、一冊の本が顔を出した。私の好きな作家の本だ。
「えっ、サイン本!?」
シュリンクされた本の表紙に、サイン本と書かれたシールが貼ってある。
私の好きな作家のサイン本は、本屋に入荷してもすぐに完売してしまい、手に入れるのが難しい。いつか手に入れられたらと思っていたので、胸がいっぱいになった。
一番好きな本なら、なおのこと。
「先ほど行った本屋で、作家の本棚を紹介しただろう。調べたら、選書する作家のサイン本が置いてあると知って、取り置きしてもらったんだ」
「ありがとう! 大事にするね」
机の棚に飾って毎日眺めよう。
私は本を抱きしめ、久しぶりに読み返そうと思うのだった。
部屋の鏡を見ると、頬に赤みがさしていた。
デートと思うと心臓が早鐘を打つため、意識し過ぎないようにしないと。
目を閉じて深呼吸をし、今日行く予定の本屋を思い浮かべる。その本屋は最近オープンし、大型書店で品揃えが良いと友達に聞いたので楽しみだ。
きっと私が好きなシリーズの新刊が売っているはず。
柳くんの気になる本も置いてあるだろう。彼は何の本を買うのかしら。
ゆっくり瞼を開き、もう一度鏡の中のを覗く。そこにはお気に入りの服を身に纏い、浮かれている私がいた。
気持ちを落ち着かせるどころか、結局は柳くんのことを考えて、心拍数が高くなっている。
この後、頭の中が柳くんでいっぱいいっぱいになることを、この時の私はまだ知らない。
苦笑しながら、お出かけの準備を再開するのだった。
*
本屋は隣の駅にあるので、待ち合わせ場所である地元の駅前で合流し、予定の電車に乗って束の間。
柳くんと物理的に距離が近い。隣の席に座っているから、当たり前なのだけれど。動けば肩が当たりそうだし、簡単に手が触れそうな距離だし、なにより顔が近い。
常に柳くんを意識してしまい、顔から火が出そうだ。それに一緒にお出かけして、彼に楽しんでもらえるか心配で、心臓がせわしなく動く。
本屋に行くのはこれからだというのに、こんな調子で大丈夫だろうか。
そっと隣の柳くんを見ると、何故か彼は口角を上げていた。
「…………柳くん?」
「いや、雪宮のあれこれ考えている様子が面白くてな」
その時タイミング良く、もうすぐ駅に着くアナウンスが流れた。考えていた内容までは悟られてなくて、ホッとする。
それから、本屋の場所について説明していると、目的の駅に着いた。
「す、すごい……」
駅から歩くこと数分。
あっという間にたどり着き、本屋を目の当たりすると、ありきたりな感想が溢れた。
大型書店とは聞いていたが、まさか地下一階から八階全てが本屋だったなんて。てっきり一つのフロア全体が本屋くらいの規模かと思っていたので、良い意味で驚かされた。
柳くんは顎に手を当てて、しげしげと眺めている。
「噂には聞いていたが、予想以上の規模だな」
「そうね、色々な本に出会えそうで楽しみだわ。柳くんは欲しい本、決まってる?」
「雪宮が前に薦めてくれた小説の新刊が、今週発売だっただろう? まず、それを買おうと思っている」
「私も! 柳くんが気に入ってくれて嬉しいな」
シリーズ本なのだが、一巻が面白くて、いつでも読めるように既刊全て買ったとのこと。薦めた本を読んでくれただけではなく、集めてくれたのが嬉しい。
フロアガイドを見ると、文学フロアは二階。エレベーターもあるが、一つ上の階なので階段で上ることにした。
二階に足を踏み入れると、目の前のエリアに新刊コーナーが。平台に新刊や受賞歴のある本などが、大量に陳列されていた。
小説のタイトルと作者、出版社を頼りに、目的の本を探す。欲しかった小説は、目立つところに置いてあったので、すぐに見つけることができた。本屋には今月の売上ランキングを設けられており、それで一位だったのだ。
「柳くん、これ!」
本を二冊手に取り、柳くんに一冊渡す。
「ありがとう。作者ではないが、色んな人の手に渡っていると、自分も嬉しくなるな。帰ったら、すぐに読むとしよう」
「ふふ、私も」
柳くんが微笑み、私もつられて口もとが緩んだ。
「あっ、柳くんは本買う時、表紙買い? ジャンル買い? それとも作家買い?」
「俺は、強いていうならジャンル買いだろうか。色んなジャンルのものを読むように意識しているものの、好きなジャンルに手を出してしまうことが多いが……。雪宮は、どうだ?」
「私は表紙買いかな。好みの絵の本があったら手にと取って、裏表紙のあらすじ読んで、興味が惹かれたら買うパターンが多いよ」
電車の中では話せなかったのが嘘のように、次々と言葉が出てくる。
欲しかった新刊の表紙を撫でた。この本を読むきっかけになったのは、表紙が好みだったからだ。
小説を読むと頁を捲る手が止まらず、気づけばその作家の別の小説にも手を出した。
少しずつ集め、今ではその作家の本は全部家にある。
「無事新刊は確保できたし、他のお目当ての本を探しましょうか。お互い違うだろうし、15分後にそこの階段の踊り場で待ち合わせはどうかな?」
「ああ、構わない。それでは、また後でな」
柳くんは私の頭にポンと手を乗せてから、文学コーナーへ向かっていった。
何が起きたか分からなかった私は、呆然と柳くんの背中を目で追う。我に返ったのは、彼の姿が完全に見えなくなった後だ。
本を持っているので、片手で自分の頬をぺちぺちと叩く。私も目当ての本を探しに行かなければ。
慌てて文庫コーナーへ足を運び、平積みされている本や面陳列、棚差しされている本を見る。こうして色んな本を眺めるのは心が落ち着くし、新たな本との出会いがあって好きだ。
いつもなら気になった表紙の本を手に取って、レジに向かうところだが、今日は違う。
今日のお目当ては、本屋の場所を教えてくれた友達にオススメされた本である。文章が読みやすいし、心温まる物語で私が好きそうな本とのこと。
棚に五十音順で並んでる本から、お目当ての作家の本を探す。
「あったわ……!」
おそるおそる本を手に取り、表紙を見てうっとりした。
図書館には置いてなくて、なかなか読めなかった本だ。それだけで心を踊らせる。
私は軽い足取りでレジの方へ向かうと、途中で読書関連グッズのブースが目に入った。
軽い気持ちでブース近づくと、ブックカバーや栞、ブックエンドなどが置いてあった。普段本を読む機会が多いし、ブックカバーを持っていても良いかもしれない。
陳列されている品を見ると、湯飲みと桜餅が刺繍されたブックカバーがあり、柳くんの姿が頭に浮かんだ。この前数学を教えてくれたお礼に、と渡せないだろうか。
いや、ブックカバーより栞の方が無難かと思い直し、栞が収納されているボックスを見たが、柳くんのイメージにしっくりくるものはなかった。
ごくりと唾を飲み込む。私はブックカバーを手に取り、今度こそレジの列へ並ぶ。
「あの、ブックカバーをラッピングしていただけないでしょうか?」
自分の番となり、店員に本とブックカバーを渡した。
*
本と焦げ茶色の袋にラッピングされたブックカバーを鞄にしまい、柳くんと待ち合わせ場所で合流すると、お昼の時間となっていた。
本屋の近くにあるカフェに入ると、運良く席が空いていて、二人掛けの席を案内された。
メニューを見ると、パスタとサンドイッチが中心らしい。
店員を呼び、私はトマトソースパスタとアイスティー、柳くんはカルボナーラと紅茶を注文した。
「雪宮は何の本を買ったんだ?」
「えとね……」
鞄の中から本を取り出そうとし、手が止まる。
いつブックカバーを渡そうかしら。
感謝の気持ちを込めて買ったが、もし喜んでもらえなかったらどうしよう。急に不安になってきた。
「……雪宮?」
鞄に片手を突っ込んだ状態で固まったままの私を、心配そうに見る柳くん。
「ううん、なんでもない。私が買った本はこれ!」
私は慌てて本を取り出し、柳くんに見せた。表紙には、セーラー服の少女が文房具店の前に佇んでいる絵が描かれている。
「困りごとを抱えた人たちが文房具店へ訪れて、思い出の文房具と店主の言葉で、心がじんわり解きほぐされていくんですって。私の好みそうな本だって、友達に薦めてもらった本なの」
「……確かに、雪宮が好きそうなストーリーだ。良かったら、読んだ後に貸してもらえないだろうか?」
「もちろん、良いよ! 柳くんは何の本買ったの?」
「俺は、これを買った」
そう言いながら、柳くんは本を一冊テーブルの上に置く。本の表紙には、朝顔と骨が載っていた。
この表紙、どこかで見たことある気がする。
「遺伝人類学を学ぶ院生が二百年前の人骨をDNA鑑定にかけると、四年前に失踪した妹のものと一致して、真相を突き止める話だそうだ。俺も友人――柳生のオススメ本で気になってな」
「あ! どこか見覚えあるなと思ったら、数週間前に図書館で柳生くんが読んでいたわ。柳くんが読み終わったら、読んでみたいな……」
ミステリーは普段あまり読まないジャンルだが、あらすじを聞いたら興味をそそられた。
「それなら読み終わったら、雪宮の教室に届けよう」
「私も柳くんの教室に持っていくね」
「ああ、今から楽しみだ」
楽しみなのは、こちらの台詞だ。
微笑んだ柳くんは、今までで一番眩しく見えた。
*
カフェを後にした私たちは、通りの横道を歩いていた。
――カフェで注文していたパスタが運ばれ、美味しくいただいた後のこと。
「この後、雪宮を連れていきたい場所があるんだが……良いだろうか?」
柳くんが手を顎にあてて、悩んだ素振りをみせた。いつも悠然な彼の見たことない一面。
本屋に行った後は、お店をぶらぶらできればと思っていたが、連れていきたい場所というのが気になる。
「柳くんの行きたいところに行きたいな」
「そうか。それなら案内するから、ついてきてくれ」
どこかホッとした表情の柳くんに手を差しのべられ――現在に至る。
「ここのガラス張りのお店が目的地だ」
外から中を覗くと、棚や平台に複数の本が並んでいるのが見えた。
本屋の規模は午前中に行ったところより小さいが、きっとここならではのものがあるのだろう。
柳くんが扉を開け、一緒に本に囲まれた空間へ足を踏み入れる。店内はBGMが流れており、落ち着いた曲調で心安らぐ。
「雪宮、こっちに来てくれ。見せたいものがある」
なんだろう。
柳くんの背中を追い、いくつかの本棚の横を通りすぎた。
途中で手書きのポップが目に入り、あとでじっくり見ようと心に刻む。大型書店では気づかなかった本との出会いがあって面白い。
「……ん、ぐ」
あちこちよそ見をしていたせいか、柳くんが止まっているのに気づかず、背中にぶつかった。
「ご、ごめん」
「いや、構わない。それより、これを見てくれ」
顔をあげると、柳くんが棚を指差していた。指し示している方向を目で追うと、そこには作家が選んだ本と書かれたポップが。
「これ……私の好きな作家さんだ……」
「とある作家の本と、その作家の好きな本が棚に並べられている。月ごとに代わるんだが、今月は雪宮の好きな作家だったから、どうしても連れていきたくてな」
「そうなの……嬉しい。連れてきてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。俺はあっちのエリアにいるから、ゆっくり堪能してくれ」
「うん!」
柳くんを見送ってから、棚へ視線を戻す。
フリーペーパーが置いてあり、一枚取ってみると、作家が選んだ本のあらすじとコメントが記載されていた。
「あっ、この本持ってる!」
自分が好きな本も選ばれていて、心が弾んだ。
家に帰ったら読み返そうかしら。
そのままフリーペーパーを読み進め、あらすじで興味が湧いた本に目星をつける。
午前中にも本を購入したので、気になった本を全部買うのは難しそうだ。買えなかった本は、図書館で探してみよう。
私は一番興味が惹かれた本に、手を伸ばした。
*
本を買ってから柳くんと合流し、本屋から緑に囲まれた公園へ。
木製のベンチに並んで座り、柳くんの顔色をうかがう。
ブックカバーを渡すなら、今だろうか?
きっと素敵な本との出会いがあったのだろう、彼の顔を見ると一目瞭然だった。いつもの凛々しい表情も良いが、今の口元がほころんでいる表情も好きだ。
本屋でどの本にしようか迷っている最中、レジの方に顔を向けたら柳くんが並んでいた。
珍しくそわそわしい様子だったので、思わずくすりと笑ってしまった。
「今日はお出かけできて、楽しかったわ。ありがとう」
「こちらこそ。こうして雪宮に喜んでもらえて――色んな表情が見れて良かった」
柳くんの優しい眼差しに、頬が一気に熱くなった。誤魔化すように、鞄からラッピングされたブックカバーを取り出し、彼の前に差し出す。
「あ、あのね、この前数学を教えてもらったお礼に……よかったら受け取ってもらえると……」
喜んでもらえるか自信がなく、語尾になるにつれて声が小さくなる。
「ありがとう」
受け取って貰う際に指先が当たり、どきりとする。
「共にお出かけ出来ただけではなく、プレゼントまで貰えるとは……開けても良いか?」
「もちろん!」
柳くんは袋をそっと開けると、目を見開いた。ブックカバーの刺繍部分を手でなぞる。
「その刺繍が、柳くんのイメージにピッタリだと思って」
「そうか。俺のことを考えて、選んでくれて嬉しい。今日買った本を読むときに、早速使わせてもらおう。実は俺からもプレゼントがあってな」
柳くんは鞄にブックカバーを大事そうにしまい、代わりに包装紙に包まれたものを取り出した。サイズ、厚み的に本だろうか。
「どうか受け取ってほしい」
目の前に渡され、両手でおそるおそる受け取る。
包装紙を丁寧に剥がすと、一冊の本が顔を出した。私の好きな作家の本だ。
「えっ、サイン本!?」
シュリンクされた本の表紙に、サイン本と書かれたシールが貼ってある。
私の好きな作家のサイン本は、本屋に入荷してもすぐに完売してしまい、手に入れるのが難しい。いつか手に入れられたらと思っていたので、胸がいっぱいになった。
一番好きな本なら、なおのこと。
「先ほど行った本屋で、作家の本棚を紹介しただろう。調べたら、選書する作家のサイン本が置いてあると知って、取り置きしてもらったんだ」
「ありがとう! 大事にするね」
机の棚に飾って毎日眺めよう。
私は本を抱きしめ、久しぶりに読み返そうと思うのだった。