【仁王夢】十六夜
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「なあ、雪宮さん。週末に出かけんか?」
カフェテリアで課題に取り組んでいると、いつの間にか仁王くんが隣の席に座っている。大学生になってからよくあることなので、慣れつつあるが、お出かけとなると別である。チラリと隣を見ると、仁王くんが片ひじをついて笑っていた。
心臓が徐々に早鐘を打つ。
好きな人とお出かけ。つまり、デートと解釈して良いのだろうか。私の勘違いだったら恥ずかしいので、なんとか平然を装い返答しよう。
「良いけど……いきなりどうしたの?」
「別にいきなりじゃないぜよ。この前バイト先に突撃された時、決めたナリ」
「は、はい……」
顔から火が出そうだ。触らなくても、頬が熱を帯びているのを感じた。返事をするだけで精一杯である。
「まあ、お前さんとお出かけに行ってみたいと思っただけじゃ。……決して、柳が羨ましかったわけじゃないぜよ」
最後の方は声が小さくて聞き取れなかったが、聞き返す余裕はなかった。
それからお昼の時間になったこともあり、食堂でご飯を食べながら、お出かけの詳細を決めることに。
「仁王くんは、どこか行きたい場所ある?」
「そうじゃのう、連れていきたい場所があるんじゃが……もし雪宮さんがそれで良ければ、当日まで秘密ということでもええか?」
「うん、良いよ! 仁王くんのオススメのところ行ってみたいし」
仁王くんと一緒ならどこでも楽しいだろう。
待ち合わせ場所は、家の最寄り駅が同じということもあり、駅前にある時計台付近になった。
おおよそのことが決まった突如、仁王くんが険しい表情で振り返った。
「仁王くん……?」
呼びかけると、仁王くんは焦った様子で私の顔を見る。
よくつかみどころがないと言われる彼が、テニス以外でこんなに表情をあらわにすることに驚いた。普段なら「プリッ」とか「ピヨッ」とか言われて誤魔化されるところだが、取り繕うことはなかった。
「雪宮さん。キャンパス内にいる時は、なるべく俺か一ノ瀬か……柳と行動しんしゃい。柳には俺から言っておくぜよ」
「……? わ、分かったわ」
いつになく真剣な表情で言われると、頷く他なかった。私が頷くと、仁王くんの表情が少し和らいだ。
「仁王くん、何があったの?」
「まだ証拠がないから、あまり振り回したくはないんじゃがのう」
きっと仁王くんは必要以上に不安させないため、秘密にしているのだろう。それでも彼をあんな表情にさせた原因が、気になってしょうがない。
高校生の時のように行動に移さず、後悔するのは嫌だ。
「どんな些細なことでも、仁王くんが思っていることが知りたい。だから何を懸念しているか、教えてもらえないかな?」
仁王くんの目を見ながら尋ねると、彼は瞠目した。それから手を顎にあてて、暫し黙っていると
「……雪宮さんに言っておくべきか」
と息を吐いた。
「これは建築学部の友人から聞いた話なんじゃが――」
その友人の話によると、ここ数週間木村くんが私の後をつけているのを目撃したらしい。それも一人ではなく、複数の目撃情報があるようだ。
「だから、一人で行動しないように言ったのね。ところで木村くんって……元サッカー部のあの木村くん?」
中学以来関わりがなかったので、首を捻る。
たしか木村くんは、工業科の高校へ進んだので高校時代は会う機会もなかったし、今まで忘れていたのが正直なところだ。
「ああ、そうじゃ。俺も半信半疑だったんだが、鋭い視線を感じて振り返ってみれば、アイツがいてのう。確信したぜよ。あれは、雪宮さんを狙っている」
「え……?」
「雪宮さんのことは必ず守るから、困ったら俺を呼びんしゃい」
仁王くんの心強い言葉に、私は頷いた。
*
大学では仁王くんや香穂ちゃん、蓮二と過ごしていたこともあり、木村くんに会うことなく、無事お出かけの日を迎えた。
いつもより着飾って家を出る。好きな人とお出かけなので、少しくらい浮かれても良いだろう。毎週お昼を一緒に食べたり、並んで帰ったりしているが、それとは違う楽しみがある。
頬を撫でる風が心地よく、絶好のお出かけ日和だ。
軽い足取りで駅に行くと、待ち合わせ場所には既に仁王くんがいた。時計台近くのベンチに座っている。
私がもうすぐ時計台付近に着くことに、まだ気づいていない。
通行人や近くに座っている女性がチラリと仁王くんを見ていて、彼はやはりモテるんだなとぼんやり思った。
せっかくのお出かけなのに、何を考えているのだろう。
余計なことは考えないように、頭を振った。慌てて仁王くんのもとに走って向かう。
「ごめん、待った?」
「いや、今来たところだから、気にしなさんな。それに走ってこなくても大丈夫ぜよ。ほら、髪が少し乱れてる」
髪が乱れてるのは、先ほど頭を左右に振ったからだろう。
仁王くんがベンチから立ち上がり、私の前に立った。私の頭を撫で、髪をとかす。
仁王くんとの距離が近く、目が合わせられない。自然と目線が地面に行く。
前方から楽しげな気配がするのは、気のせいだろう。
「よし。もとに戻ったし、行くぜよ」
仁王くんの手が髪から離れる。髪を触られていた時は恥ずかしかったが、いざ離れると寂しい。
「うん、ありがとう」
私は仁王くんとともに、改札へ向かった。
目的の駅に着くと、人の多さに驚いた。地元の近くも有名な観光地ではあるが、それ以上だとは思わなかった。まだ目的地の最寄駅なのに、どこを見渡しても人で溢れかえっている。
これでは、仁王くんとはぐれないか不安だ。そんな気持ちが顔に出ていたのか、目の前に手が差し出された。
「ほら。このままじゃ、はぐれるかもしれんぜよ」
「そ、そうね……」
私がそっと手のひらを重ねると、仁王くんは目尻を下げて微笑んだ。私も嬉しくて、微笑み返した。
手を繋ぎながら仁王くんについていくと、赤い大提灯を掲げている門が見えた。門の前では、記念写真を撮る人たちで賑わっている。
早速門をくぐると、商店街が広がっていた。
「さて、最初に連れていきたいお店に行きたいんじゃが良いかのう?」
「もちろん!」
色んなお店が並んでいるが、仁王くんがオススメのお店はどこだろう。
気になるが、着くまで秘密なので、胸を躍らせながらついていく。
人混みをかき分けながら進んでいくと、仁王くんがとあるお店の前で顔を上げた。
「ん、ここじゃな」
彼は店名を確認して、頷いた。私の手を引きながら、行列の最終尾に並ぶ。
店の回転率が良かったのか、仁王くんと話していたからあっという間に感じたのか。どちらかは分からないが、そんなに待たずに私達の番になった。
お店のショーウィンドウにはメロンパンが。よく見ると、パン屋やコンビニで売られているメロンパンより大きい。甘い匂いが漂っていて、美味しそうだ。
「――メロンパンに現を抜かすのもいいが、もう行くぜよ」
ハッと我に返ると、仁王くんが苦笑していた。私がじっとメロンパンを見つめている間に、仁王くんがお会計を済ませてくれたようだ。
お店の近くのベンチに並んで座ると、焼きたてのメロンパンが一つ渡される。
「ご、ごめんなさい! メロンパンいくらだった?」
「これは俺の奢りじゃ。以前、メロンパンが好きと言ってたじゃろ」
「覚えていてくれたの……!? 結構前に言ったことよね」
仁王くんに好きな食べ物を教えたのは、確か中学生の時だ。しかも何気ない日常会話でだったような。
覚えてくれていたことが嬉しく、胸がじんわりと温かくなった。
「そんなの、覚えてるに決まってるぜよ。ほら、せっかくの焼きたてじゃし、早くしないと冷めてしまうナリ」
「そ、そうね。メロンパンありがとう。……いただきます!」
一口食べると表面はサクサク、中はふんわりとしていた。ほどよい甘さで美味しい。
仁王くんがオススメするだけのことはある。
「このメロンパン美味しいね! また食べに来たいな」
心の中で仁王くんと一緒に、と付け足す。好きな人が隣にいるから、美味しさが増していると思う。
「そうか、気に入ってくれて何よりじゃ」
仁王くんも美味しそうに、メロンパンを食べる。
それにしても大学にいる時より、彼から視線を感じるような。
「口元に、メロンパンの欠片がついてるぜよ」
「え!?」
メロンパンを食べるのに夢中で、気づかなかった。慌てて口元を擦る。
「取れた!? ……って何笑っているのよ」
「ククク、取れた取れた。普段落ち着いてる雪宮さんの慌てっぷりが、面白くてのう」
珍しく仁王くんが、ツボにはまっている。そんなに面白かっただろうか。
中々笑いが収まらない仁王くんを余所に、私はメロンパンを完食するのだった。
「はー、久しぶりに腹の底から笑ったぜよ」
「もう、笑いすぎよ!」
「はは、悪いのう」
肘で軽く仁王くんをつついてから、再び手を繋いで商店街を歩く。
通行人が多いのに、ぶつからずに進めた。
仁王くんが前から来る通行人とぶつからないように、時折私を庇いながら進んでくれているのだ。それに気づくと、トクトクと心拍数が上がっていき、さりげなく守ってくれるところに、惹かれたのだと改めて思った。
仁王くんに気づかれないと良いのだが。何だか自分だけが、どんどん彼を好きになっているようで悔しいし。
だが、そんな考えが吹き飛ばされることが起きた。
雷おこし、手焼きおせんべいのお店に行き、香穂ちゃんへのお土産を買いつつ、自分の分を食べた。
そして次は、いちごカステラ串のお店へ。いちごカステラ串は、その名の通り、串にいちごとカステラが交互に刺さっているスイーツである。
店主に代金を払い、いちごカステラ串を一本貰う。しかし、隣にいる仁王くんは、買う様子がない。
「仁王くんは買わなくて良かったの?」
お店から少し離れたところで、おそるおそる聞いてみる。仁王くんは左手を顎にあてて、暫く考え込んだ。
もしかして、甘いのが苦手だったのだろうか。メロンパンは私が好きだから、付き合って食べたのかな。
「んー、そうじゃのう……いちごを一個貰っても?」
「もちろん」
メロンパンに比べたら小さいが、少しでも喜んでもらえればと思い、いちごカステラ串を差し出す。
すると仁王くんは、私の手首をそっと掴んだ。
ぎょっとするのも束の間、仁王くんの顔がどんどん近づいてくる。彼は少し屈み、視線を下げた。伏し目となり、妖艶さがさらに増しているように見える。
そもそも美形に免疫がない私は、頭が真っ白になった。大学生になって仁王くんと話す機会は増えたが、彼が近くにいることになれているかは別である。
仁王くんがいるだけで、心がかき乱されるのだから。
そんな心境を知らない仁王くんは、いちごをパクりと口にした。
顔が近くて、固まることしかできない。私には衝撃が強く、それから暫く上の空で、仁王くんに心配されるのだった。
仁王くんとのお出かけを楽しみ、地元の駅へ戻ってきた。日は傾き、空は朱色に染まっている。
帰りの電車での出来事を思い出す。
行きはボックスシートがあったから、仁王くんと向かい合って座った。正直に言うと、隣に座る心の準備ができていなかったので、ホッとした。
しかし帰りはそうもいかず、バケットシートに並んで座ることに。ボックスシートがなかったので、しょうがない。
仁王くんと雑談していると、電車に急ブレーキがかかった。進行方向に倒れそうになったが、それとは逆方向にいる仁王くんに肩を寄せられ、見知らぬ男性に倒れなくてすんだ。
その代わり電車の停止時に、仁王くんの方に傾いたが。そのまま勢いで、彼の服を掴む。
車内では急ブレーキの原因をアナウンスしているようだが、右の耳から左の耳に抜けていった。
何故なら突然の出来事に、何が起こったか理解できなかったのだから。
「今日はお出かけに付き合ってくれてありがとさん。楽しかったぜよ」
仁王くんの声ではっと我に返る。
「こ、こちらこそ、誘ってくれてありがとう」
「もし雪宮さんが良ければ、また一緒に出かけんか?」
仁王くんが頬をかきながら言う。もしかして、照れているのだろうか。
「もちろん、喜んで」
私が即答すると、仁王くんは朗らかに笑った。
心臓が早鐘を打つことが多かったけれども、仁王くんとお出かけできて楽しかった。また行く機会があると思うと、心が弾む。
その日、私は一日の出来事を思い出しては、なかなか寝付けなかったのだった。
カフェテリアで課題に取り組んでいると、いつの間にか仁王くんが隣の席に座っている。大学生になってからよくあることなので、慣れつつあるが、お出かけとなると別である。チラリと隣を見ると、仁王くんが片ひじをついて笑っていた。
心臓が徐々に早鐘を打つ。
好きな人とお出かけ。つまり、デートと解釈して良いのだろうか。私の勘違いだったら恥ずかしいので、なんとか平然を装い返答しよう。
「良いけど……いきなりどうしたの?」
「別にいきなりじゃないぜよ。この前バイト先に突撃された時、決めたナリ」
「は、はい……」
顔から火が出そうだ。触らなくても、頬が熱を帯びているのを感じた。返事をするだけで精一杯である。
「まあ、お前さんとお出かけに行ってみたいと思っただけじゃ。……決して、柳が羨ましかったわけじゃないぜよ」
最後の方は声が小さくて聞き取れなかったが、聞き返す余裕はなかった。
それからお昼の時間になったこともあり、食堂でご飯を食べながら、お出かけの詳細を決めることに。
「仁王くんは、どこか行きたい場所ある?」
「そうじゃのう、連れていきたい場所があるんじゃが……もし雪宮さんがそれで良ければ、当日まで秘密ということでもええか?」
「うん、良いよ! 仁王くんのオススメのところ行ってみたいし」
仁王くんと一緒ならどこでも楽しいだろう。
待ち合わせ場所は、家の最寄り駅が同じということもあり、駅前にある時計台付近になった。
おおよそのことが決まった突如、仁王くんが険しい表情で振り返った。
「仁王くん……?」
呼びかけると、仁王くんは焦った様子で私の顔を見る。
よくつかみどころがないと言われる彼が、テニス以外でこんなに表情をあらわにすることに驚いた。普段なら「プリッ」とか「ピヨッ」とか言われて誤魔化されるところだが、取り繕うことはなかった。
「雪宮さん。キャンパス内にいる時は、なるべく俺か一ノ瀬か……柳と行動しんしゃい。柳には俺から言っておくぜよ」
「……? わ、分かったわ」
いつになく真剣な表情で言われると、頷く他なかった。私が頷くと、仁王くんの表情が少し和らいだ。
「仁王くん、何があったの?」
「まだ証拠がないから、あまり振り回したくはないんじゃがのう」
きっと仁王くんは必要以上に不安させないため、秘密にしているのだろう。それでも彼をあんな表情にさせた原因が、気になってしょうがない。
高校生の時のように行動に移さず、後悔するのは嫌だ。
「どんな些細なことでも、仁王くんが思っていることが知りたい。だから何を懸念しているか、教えてもらえないかな?」
仁王くんの目を見ながら尋ねると、彼は瞠目した。それから手を顎にあてて、暫し黙っていると
「……雪宮さんに言っておくべきか」
と息を吐いた。
「これは建築学部の友人から聞いた話なんじゃが――」
その友人の話によると、ここ数週間木村くんが私の後をつけているのを目撃したらしい。それも一人ではなく、複数の目撃情報があるようだ。
「だから、一人で行動しないように言ったのね。ところで木村くんって……元サッカー部のあの木村くん?」
中学以来関わりがなかったので、首を捻る。
たしか木村くんは、工業科の高校へ進んだので高校時代は会う機会もなかったし、今まで忘れていたのが正直なところだ。
「ああ、そうじゃ。俺も半信半疑だったんだが、鋭い視線を感じて振り返ってみれば、アイツがいてのう。確信したぜよ。あれは、雪宮さんを狙っている」
「え……?」
「雪宮さんのことは必ず守るから、困ったら俺を呼びんしゃい」
仁王くんの心強い言葉に、私は頷いた。
*
大学では仁王くんや香穂ちゃん、蓮二と過ごしていたこともあり、木村くんに会うことなく、無事お出かけの日を迎えた。
いつもより着飾って家を出る。好きな人とお出かけなので、少しくらい浮かれても良いだろう。毎週お昼を一緒に食べたり、並んで帰ったりしているが、それとは違う楽しみがある。
頬を撫でる風が心地よく、絶好のお出かけ日和だ。
軽い足取りで駅に行くと、待ち合わせ場所には既に仁王くんがいた。時計台近くのベンチに座っている。
私がもうすぐ時計台付近に着くことに、まだ気づいていない。
通行人や近くに座っている女性がチラリと仁王くんを見ていて、彼はやはりモテるんだなとぼんやり思った。
せっかくのお出かけなのに、何を考えているのだろう。
余計なことは考えないように、頭を振った。慌てて仁王くんのもとに走って向かう。
「ごめん、待った?」
「いや、今来たところだから、気にしなさんな。それに走ってこなくても大丈夫ぜよ。ほら、髪が少し乱れてる」
髪が乱れてるのは、先ほど頭を左右に振ったからだろう。
仁王くんがベンチから立ち上がり、私の前に立った。私の頭を撫で、髪をとかす。
仁王くんとの距離が近く、目が合わせられない。自然と目線が地面に行く。
前方から楽しげな気配がするのは、気のせいだろう。
「よし。もとに戻ったし、行くぜよ」
仁王くんの手が髪から離れる。髪を触られていた時は恥ずかしかったが、いざ離れると寂しい。
「うん、ありがとう」
私は仁王くんとともに、改札へ向かった。
目的の駅に着くと、人の多さに驚いた。地元の近くも有名な観光地ではあるが、それ以上だとは思わなかった。まだ目的地の最寄駅なのに、どこを見渡しても人で溢れかえっている。
これでは、仁王くんとはぐれないか不安だ。そんな気持ちが顔に出ていたのか、目の前に手が差し出された。
「ほら。このままじゃ、はぐれるかもしれんぜよ」
「そ、そうね……」
私がそっと手のひらを重ねると、仁王くんは目尻を下げて微笑んだ。私も嬉しくて、微笑み返した。
手を繋ぎながら仁王くんについていくと、赤い大提灯を掲げている門が見えた。門の前では、記念写真を撮る人たちで賑わっている。
早速門をくぐると、商店街が広がっていた。
「さて、最初に連れていきたいお店に行きたいんじゃが良いかのう?」
「もちろん!」
色んなお店が並んでいるが、仁王くんがオススメのお店はどこだろう。
気になるが、着くまで秘密なので、胸を躍らせながらついていく。
人混みをかき分けながら進んでいくと、仁王くんがとあるお店の前で顔を上げた。
「ん、ここじゃな」
彼は店名を確認して、頷いた。私の手を引きながら、行列の最終尾に並ぶ。
店の回転率が良かったのか、仁王くんと話していたからあっという間に感じたのか。どちらかは分からないが、そんなに待たずに私達の番になった。
お店のショーウィンドウにはメロンパンが。よく見ると、パン屋やコンビニで売られているメロンパンより大きい。甘い匂いが漂っていて、美味しそうだ。
「――メロンパンに現を抜かすのもいいが、もう行くぜよ」
ハッと我に返ると、仁王くんが苦笑していた。私がじっとメロンパンを見つめている間に、仁王くんがお会計を済ませてくれたようだ。
お店の近くのベンチに並んで座ると、焼きたてのメロンパンが一つ渡される。
「ご、ごめんなさい! メロンパンいくらだった?」
「これは俺の奢りじゃ。以前、メロンパンが好きと言ってたじゃろ」
「覚えていてくれたの……!? 結構前に言ったことよね」
仁王くんに好きな食べ物を教えたのは、確か中学生の時だ。しかも何気ない日常会話でだったような。
覚えてくれていたことが嬉しく、胸がじんわりと温かくなった。
「そんなの、覚えてるに決まってるぜよ。ほら、せっかくの焼きたてじゃし、早くしないと冷めてしまうナリ」
「そ、そうね。メロンパンありがとう。……いただきます!」
一口食べると表面はサクサク、中はふんわりとしていた。ほどよい甘さで美味しい。
仁王くんがオススメするだけのことはある。
「このメロンパン美味しいね! また食べに来たいな」
心の中で仁王くんと一緒に、と付け足す。好きな人が隣にいるから、美味しさが増していると思う。
「そうか、気に入ってくれて何よりじゃ」
仁王くんも美味しそうに、メロンパンを食べる。
それにしても大学にいる時より、彼から視線を感じるような。
「口元に、メロンパンの欠片がついてるぜよ」
「え!?」
メロンパンを食べるのに夢中で、気づかなかった。慌てて口元を擦る。
「取れた!? ……って何笑っているのよ」
「ククク、取れた取れた。普段落ち着いてる雪宮さんの慌てっぷりが、面白くてのう」
珍しく仁王くんが、ツボにはまっている。そんなに面白かっただろうか。
中々笑いが収まらない仁王くんを余所に、私はメロンパンを完食するのだった。
「はー、久しぶりに腹の底から笑ったぜよ」
「もう、笑いすぎよ!」
「はは、悪いのう」
肘で軽く仁王くんをつついてから、再び手を繋いで商店街を歩く。
通行人が多いのに、ぶつからずに進めた。
仁王くんが前から来る通行人とぶつからないように、時折私を庇いながら進んでくれているのだ。それに気づくと、トクトクと心拍数が上がっていき、さりげなく守ってくれるところに、惹かれたのだと改めて思った。
仁王くんに気づかれないと良いのだが。何だか自分だけが、どんどん彼を好きになっているようで悔しいし。
だが、そんな考えが吹き飛ばされることが起きた。
雷おこし、手焼きおせんべいのお店に行き、香穂ちゃんへのお土産を買いつつ、自分の分を食べた。
そして次は、いちごカステラ串のお店へ。いちごカステラ串は、その名の通り、串にいちごとカステラが交互に刺さっているスイーツである。
店主に代金を払い、いちごカステラ串を一本貰う。しかし、隣にいる仁王くんは、買う様子がない。
「仁王くんは買わなくて良かったの?」
お店から少し離れたところで、おそるおそる聞いてみる。仁王くんは左手を顎にあてて、暫く考え込んだ。
もしかして、甘いのが苦手だったのだろうか。メロンパンは私が好きだから、付き合って食べたのかな。
「んー、そうじゃのう……いちごを一個貰っても?」
「もちろん」
メロンパンに比べたら小さいが、少しでも喜んでもらえればと思い、いちごカステラ串を差し出す。
すると仁王くんは、私の手首をそっと掴んだ。
ぎょっとするのも束の間、仁王くんの顔がどんどん近づいてくる。彼は少し屈み、視線を下げた。伏し目となり、妖艶さがさらに増しているように見える。
そもそも美形に免疫がない私は、頭が真っ白になった。大学生になって仁王くんと話す機会は増えたが、彼が近くにいることになれているかは別である。
仁王くんがいるだけで、心がかき乱されるのだから。
そんな心境を知らない仁王くんは、いちごをパクりと口にした。
顔が近くて、固まることしかできない。私には衝撃が強く、それから暫く上の空で、仁王くんに心配されるのだった。
仁王くんとのお出かけを楽しみ、地元の駅へ戻ってきた。日は傾き、空は朱色に染まっている。
帰りの電車での出来事を思い出す。
行きはボックスシートがあったから、仁王くんと向かい合って座った。正直に言うと、隣に座る心の準備ができていなかったので、ホッとした。
しかし帰りはそうもいかず、バケットシートに並んで座ることに。ボックスシートがなかったので、しょうがない。
仁王くんと雑談していると、電車に急ブレーキがかかった。進行方向に倒れそうになったが、それとは逆方向にいる仁王くんに肩を寄せられ、見知らぬ男性に倒れなくてすんだ。
その代わり電車の停止時に、仁王くんの方に傾いたが。そのまま勢いで、彼の服を掴む。
車内では急ブレーキの原因をアナウンスしているようだが、右の耳から左の耳に抜けていった。
何故なら突然の出来事に、何が起こったか理解できなかったのだから。
「今日はお出かけに付き合ってくれてありがとさん。楽しかったぜよ」
仁王くんの声ではっと我に返る。
「こ、こちらこそ、誘ってくれてありがとう」
「もし雪宮さんが良ければ、また一緒に出かけんか?」
仁王くんが頬をかきながら言う。もしかして、照れているのだろうか。
「もちろん、喜んで」
私が即答すると、仁王くんは朗らかに笑った。
心臓が早鐘を打つことが多かったけれども、仁王くんとお出かけできて楽しかった。また行く機会があると思うと、心が弾む。
その日、私は一日の出来事を思い出しては、なかなか寝付けなかったのだった。
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