【仁王夢】十六夜
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「時雨、隣に座っても良いか?」
午前の講義が終わり、カフェテリアでのんびり寛いでいると、後ろから声をかけられた。
振り返らなくても、声で誰だか分かった。蓮二だ。
湘南キャンパスに用があるらしく、定期的に顔を合わせている。
「もちろん。今日はどうしたの?」
蓮二が隣の椅子に座った。
心なしか、いつもより機嫌が良い気がする。面白いデータを入手した時のような様子だ。
「この前、お茶の約束をしただろう。今の時間だとランチになるが、お前さえ良ければ、仁王のバイト先に行ってみないか」
仁王くんのバイト先。ランチを兼ねているから、きっと飲食店だろう。
午後は講義がなく、ゆっくり堪能できるし、断る理由はない。
「行く。……ちなみにどこ?」
バイトをしているのは知っていたが、どこで働いているのだろうか。以前、本人に聞いてみたが、教えてくれなかったのだ。
「フ、それは行ってからのお楽しみだ。きっと気にいるだろう」
「そうなの? 期待しておくわね。仁王くんのところに行くなら、時間もらっても?」
「ああ、別に構わない」
「じゃあ、15分後にまたここに待ち合わせで!」
「分かった。ここで読書して待っているから、焦らなくて良い」
蓮二は急がなくても良いと言うが、長く待たせたら彼に悪いだろう。それに仁王くんのバイト先が、気になってしょうがない。
私は速足で更衣室へ向かった。
約束の15分後。
カフェテリアに戻ると、蓮二は分厚い文庫本を読んでいた。
「蓮二、おまたせ!」
肩を軽く叩くと、蓮二は目を見開いた。
それもそのはず。先程までと見た目が違うのだから。
伊達メガネをかけたり、化粧を変えてみたり。服装は同じだが、今日は仁王くんに会ってないから大丈夫だろう。
「ふふ、驚いた?」
「そうだな。声をかけられなかったら、恐らく分からなかっただろう。先日の仁王への意趣返しか?」
「ちょっとした仕返しよ。あと、私だと気付いてもらえたら良いなと思って」
「仁王の反応が楽しみだ」
蓮二は本を閉じて、鞄の中にしまった。
*
準備ができたところで、蓮二に仁王くんのバイト先まで案内してもらう。
バイト先は、大学から徒歩10分程度のところにあるようだ。思っていたより近い。
見慣れた通学路を蓮二と歩く。
「なんで仁王くんのバイト先を知ってるの? データマンだから?」
「そんなところだ……と言いたいところだが、柳生が教えてくれてな。仁王と同じバイト先なんだ」
「そうなのね!」
キャンパスが異なり、大学生になってからは柳生くんとは会う機会がなかったので、彼に会うのも楽しみだ。
雑談しながら道なりに進んで行くと、蓮二が白い外壁に赤茶色の屋根の建物前で、足を止めた。
入口に喫茶店の壁掛け看板があるし、ここが仁王くんのバイト先のようだ。
蓮二が扉を開け、喫茶店内に入る。
私も続いて入ると、天井が高く、ユニークな形状の灯りが吊るされているのが目に入った。中庭に面したガラス戸の上には、レトロな模様が入ったお洒落なガラスが。
店内は深い木の色で、落ち着いた雰囲気だった。大人びている仁王くんや柳生くんに、イメージが一致している。
「いらっしゃいませ」
店内をじっくりと眺めていたが、店員さんの声ではっと我に返る。
目の前に、白の半袖シャツにベージュの腰下エプロン、黒のパンツを纏った柳生くんがいた。
「おや、柳くんではありませんか。後ろの女性は……もしかして雪宮さんでしょうか」
どうやら柳生くんは、私の正体に気付いている様子。
さすが、仁王くんと入れ替わりをしていただけのことはある。
もしかしたら仁王くんにも、すぐに気付かれてしまうかもしれないと心配になった。
「ええ、そうよ。久しぶりね」
「良く分かったな」
「柳くんが連れて来られる女性といえば、雪宮さんだろうと思いまして。もし彼女一人でしたら、難しかったかもしれません。それではご案内します」
「ああ、頼む」
店内を観察しながら柳生くんについていくと、中庭が見えるテーブル席に案内された。
「ご注文が決まりましたら、そちらのベルでお呼びください」
お水とおしぼり、メニューを置き、お辞儀をして去る柳生くん。
立ち振る舞いが綺麗で、中学生の頃、彼が紳士とよく呼ばれているのを思い出した。
「それじゃあ、お昼を決めようか」
「どれにしようか迷うわね……」
オムライス、カレー、厚焼きパンケーキ。
メニューを開くと、どのページも美味しそうな料理が並んでいる。
中でも厚焼きパンケーキが特に美味しそうで、目が惹かれた。だがメニューには、厚焼きパンケーキが二段盛られている。食後のデザートに、一人で食べきれるだろうか。
「このパンケーキが気になっているのだろう。良ければシェアしないか?」
「えと……良いの?」
「ああ。俺も食べたかったからな」
蓮二がふんわり微笑む。彼の心遣いに、胸が熱くなった。
「ありがとう。それじゃあ、ベル押すね」
ベルの音が鳴ると、銀髪の店員――仁王くんがすぐさまやってきた。
柳生くんと同じ服装でも、印象が異なるから面白い。仁王くんの制服姿を、こっそり目に焼き付ける。
「来てたのか。情報の出所は、柳生かのう」
蓮二を見た後、視線が私に動く。
「む? お前さんは……」
仁王くんが僅かに目を見張る。
まさか、もう気付かれた? いいえ、まだ決まったわけじゃない。
それ故に堂々とし、いつもと声のトーンを変えて話す。
「どうかなさいましたか?」
「……いえ、何でもございません。ご注文をお伺いします」
仁王くんがポケットからハンディターミナルを取り出す。
敬語がとても新鮮で心が高鳴ったが、顔には出さないように注意した。
蓮二はパスタと紅茶、私はサンドイッチとコーヒー、そしてパンケーキを注文。
仁王くんは注文をハンディに入力し、テーブルから去っていった。
「……バレたかしら」
仁王くんが見えなくなったのを確認し、蓮二に聞いてみる。
「確信は持てていない様子だったな。明日あたり、喫茶店に来たか聞かれるんじゃないか?」
「そうねえ……」
こっそり来たわけだし、正直に答えて良いのだろうか。
「ところで学校では、仁王とどうなんだ」
蓮二は声のボリュームを落とし、そっと私に顔を近づけて尋ねた。
バイト先に連れてきてくれるあたり、なんやかんや仁王くんと上手く関係を築けているか、心配なのだろう。
私は包み隠さず、建築学部の女の子に嫉妬したこと、仁王くんと一緒に帰ることになったこと、ドイツ語の授業のことを小声で話した。
「そうか。時雨が充実したキャンパスライフを送れて安心した」
「――近いぜよ」
まるで私と蓮二の距離を取らせようと、カタンとテーブルに紅茶が出される。
顔を上げると、柳眉をひそめた仁王くんが。
「おや? どうしたんだ」
蓮二が口角を上げながら、楽しげに問う。
「そっちの連れの女の子、雪宮さんじゃろ」
「ええと……そうです」
仁王くんにじっと見つめられ、反射的に頷いた。声のトーンを元に戻して話す。
「よく気付いたね」
仁王くんはコーヒーを私の前に置き、優しく目を細めた。
「見た目が違っても、仕草が同じだったからのう。バイト中じゃし、あんまり相手出来んが……まあ、ゆっくりしていきんしゃい」
「ええ」
カウンターの方に戻っていく仁王くんの後ろ姿を、目で追う。
「気付いてもらえて良かったな」
蓮二が目尻を下げて言った。
「うん!」
仁王くんに気付いてもらえて、胸がぽかぽかする。
カウンターをちらりと見ると、コーヒーを淹れる姿が様になっていた。喫茶店の制服姿も似合っていて格好いい。
また近々、喫茶店に来よう。そう決意するのだった。
午前の講義が終わり、カフェテリアでのんびり寛いでいると、後ろから声をかけられた。
振り返らなくても、声で誰だか分かった。蓮二だ。
湘南キャンパスに用があるらしく、定期的に顔を合わせている。
「もちろん。今日はどうしたの?」
蓮二が隣の椅子に座った。
心なしか、いつもより機嫌が良い気がする。面白いデータを入手した時のような様子だ。
「この前、お茶の約束をしただろう。今の時間だとランチになるが、お前さえ良ければ、仁王のバイト先に行ってみないか」
仁王くんのバイト先。ランチを兼ねているから、きっと飲食店だろう。
午後は講義がなく、ゆっくり堪能できるし、断る理由はない。
「行く。……ちなみにどこ?」
バイトをしているのは知っていたが、どこで働いているのだろうか。以前、本人に聞いてみたが、教えてくれなかったのだ。
「フ、それは行ってからのお楽しみだ。きっと気にいるだろう」
「そうなの? 期待しておくわね。仁王くんのところに行くなら、時間もらっても?」
「ああ、別に構わない」
「じゃあ、15分後にまたここに待ち合わせで!」
「分かった。ここで読書して待っているから、焦らなくて良い」
蓮二は急がなくても良いと言うが、長く待たせたら彼に悪いだろう。それに仁王くんのバイト先が、気になってしょうがない。
私は速足で更衣室へ向かった。
約束の15分後。
カフェテリアに戻ると、蓮二は分厚い文庫本を読んでいた。
「蓮二、おまたせ!」
肩を軽く叩くと、蓮二は目を見開いた。
それもそのはず。先程までと見た目が違うのだから。
伊達メガネをかけたり、化粧を変えてみたり。服装は同じだが、今日は仁王くんに会ってないから大丈夫だろう。
「ふふ、驚いた?」
「そうだな。声をかけられなかったら、恐らく分からなかっただろう。先日の仁王への意趣返しか?」
「ちょっとした仕返しよ。あと、私だと気付いてもらえたら良いなと思って」
「仁王の反応が楽しみだ」
蓮二は本を閉じて、鞄の中にしまった。
*
準備ができたところで、蓮二に仁王くんのバイト先まで案内してもらう。
バイト先は、大学から徒歩10分程度のところにあるようだ。思っていたより近い。
見慣れた通学路を蓮二と歩く。
「なんで仁王くんのバイト先を知ってるの? データマンだから?」
「そんなところだ……と言いたいところだが、柳生が教えてくれてな。仁王と同じバイト先なんだ」
「そうなのね!」
キャンパスが異なり、大学生になってからは柳生くんとは会う機会がなかったので、彼に会うのも楽しみだ。
雑談しながら道なりに進んで行くと、蓮二が白い外壁に赤茶色の屋根の建物前で、足を止めた。
入口に喫茶店の壁掛け看板があるし、ここが仁王くんのバイト先のようだ。
蓮二が扉を開け、喫茶店内に入る。
私も続いて入ると、天井が高く、ユニークな形状の灯りが吊るされているのが目に入った。中庭に面したガラス戸の上には、レトロな模様が入ったお洒落なガラスが。
店内は深い木の色で、落ち着いた雰囲気だった。大人びている仁王くんや柳生くんに、イメージが一致している。
「いらっしゃいませ」
店内をじっくりと眺めていたが、店員さんの声ではっと我に返る。
目の前に、白の半袖シャツにベージュの腰下エプロン、黒のパンツを纏った柳生くんがいた。
「おや、柳くんではありませんか。後ろの女性は……もしかして雪宮さんでしょうか」
どうやら柳生くんは、私の正体に気付いている様子。
さすが、仁王くんと入れ替わりをしていただけのことはある。
もしかしたら仁王くんにも、すぐに気付かれてしまうかもしれないと心配になった。
「ええ、そうよ。久しぶりね」
「良く分かったな」
「柳くんが連れて来られる女性といえば、雪宮さんだろうと思いまして。もし彼女一人でしたら、難しかったかもしれません。それではご案内します」
「ああ、頼む」
店内を観察しながら柳生くんについていくと、中庭が見えるテーブル席に案内された。
「ご注文が決まりましたら、そちらのベルでお呼びください」
お水とおしぼり、メニューを置き、お辞儀をして去る柳生くん。
立ち振る舞いが綺麗で、中学生の頃、彼が紳士とよく呼ばれているのを思い出した。
「それじゃあ、お昼を決めようか」
「どれにしようか迷うわね……」
オムライス、カレー、厚焼きパンケーキ。
メニューを開くと、どのページも美味しそうな料理が並んでいる。
中でも厚焼きパンケーキが特に美味しそうで、目が惹かれた。だがメニューには、厚焼きパンケーキが二段盛られている。食後のデザートに、一人で食べきれるだろうか。
「このパンケーキが気になっているのだろう。良ければシェアしないか?」
「えと……良いの?」
「ああ。俺も食べたかったからな」
蓮二がふんわり微笑む。彼の心遣いに、胸が熱くなった。
「ありがとう。それじゃあ、ベル押すね」
ベルの音が鳴ると、銀髪の店員――仁王くんがすぐさまやってきた。
柳生くんと同じ服装でも、印象が異なるから面白い。仁王くんの制服姿を、こっそり目に焼き付ける。
「来てたのか。情報の出所は、柳生かのう」
蓮二を見た後、視線が私に動く。
「む? お前さんは……」
仁王くんが僅かに目を見張る。
まさか、もう気付かれた? いいえ、まだ決まったわけじゃない。
それ故に堂々とし、いつもと声のトーンを変えて話す。
「どうかなさいましたか?」
「……いえ、何でもございません。ご注文をお伺いします」
仁王くんがポケットからハンディターミナルを取り出す。
敬語がとても新鮮で心が高鳴ったが、顔には出さないように注意した。
蓮二はパスタと紅茶、私はサンドイッチとコーヒー、そしてパンケーキを注文。
仁王くんは注文をハンディに入力し、テーブルから去っていった。
「……バレたかしら」
仁王くんが見えなくなったのを確認し、蓮二に聞いてみる。
「確信は持てていない様子だったな。明日あたり、喫茶店に来たか聞かれるんじゃないか?」
「そうねえ……」
こっそり来たわけだし、正直に答えて良いのだろうか。
「ところで学校では、仁王とどうなんだ」
蓮二は声のボリュームを落とし、そっと私に顔を近づけて尋ねた。
バイト先に連れてきてくれるあたり、なんやかんや仁王くんと上手く関係を築けているか、心配なのだろう。
私は包み隠さず、建築学部の女の子に嫉妬したこと、仁王くんと一緒に帰ることになったこと、ドイツ語の授業のことを小声で話した。
「そうか。時雨が充実したキャンパスライフを送れて安心した」
「――近いぜよ」
まるで私と蓮二の距離を取らせようと、カタンとテーブルに紅茶が出される。
顔を上げると、柳眉をひそめた仁王くんが。
「おや? どうしたんだ」
蓮二が口角を上げながら、楽しげに問う。
「そっちの連れの女の子、雪宮さんじゃろ」
「ええと……そうです」
仁王くんにじっと見つめられ、反射的に頷いた。声のトーンを元に戻して話す。
「よく気付いたね」
仁王くんはコーヒーを私の前に置き、優しく目を細めた。
「見た目が違っても、仕草が同じだったからのう。バイト中じゃし、あんまり相手出来んが……まあ、ゆっくりしていきんしゃい」
「ええ」
カウンターの方に戻っていく仁王くんの後ろ姿を、目で追う。
「気付いてもらえて良かったな」
蓮二が目尻を下げて言った。
「うん!」
仁王くんに気付いてもらえて、胸がぽかぽかする。
カウンターをちらりと見ると、コーヒーを淹れる姿が様になっていた。喫茶店の制服姿も似合っていて格好いい。
また近々、喫茶店に来よう。そう決意するのだった。
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