【仁王夢】十六夜
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その日は化学実験の予習をするため、図書館を訪れていた。
実験内容が書かれた冊子を見ながら、化学実験に関する本を数冊手に取る。
化学実験では事前に目的、理論、実験方法をノートに纏める必要があるのだ。
目的と実験方法は講義用の冊子にある程度書いてあるので何とかなりそうだが、理論はそうはいかない。実験の目的を達成するために用いる原理――今回は理論式の導出過程を示す必要がある。
化学が苦手な私は直ぐ様、図書館へ行って調べることを決意した。
本を捲ってみると、実験に関係してそうな内容が記載されていたので、そのまま貸出カウンターで手続きをする。
借りた本を片手に自習スペースへ。幸い混んでいなかったので、すぐに席を確保できた。
さあ、はじめよう。
私は鞄から冊子とノート、筆記用具を取り出し、予習に取りかかった。
まず冊子に載っている、実験の目的と手順を書き写す。
次に理論式の導入過程を、借りた本を参考に書こうとしたのだが――気付けば数十分経過。本に載っていない理論式があり、手が止まってしまった。
「どうしようかしら……」
「行き詰まっているようだな。分からないなら、教えようか」
聞き慣れた声にゆっくり振り返ってみれば、そこには幼馴染が微笑みながら佇んでいた。
「蓮――……」
いや、違う。彼は蓮二ではない。
見た目はそっくりだが、違和感を覚える。いつもと雰囲気が違うような。
「……誰かしら」
「幼馴染の顔を忘れたのか?」
「忘れるものですか。それに蓮二は、勉強に関して優しく教えてくれないもの」
「ほう?」
蓮二のそっくりさんは、興味深そうに笑みを深めた。
「それはどういう意味だ、時雨」
また蓮二の声が聞こえる。だが、目の前のそっくりさんの口は閉じたまま。
少し体を傾けてそっくりさんの背後を覗くと、蓮二と目が合った。
「久しぶりだな」
彼の落ち着いた声に心が和らぐ。
今度は本物のようだ。彼の近くにいると気持ちが穏やかになるのは、幼馴染だからだろうか。
「どこで、俺が柳ではないと思ったんだ」
そっくりさんが蓮二の声のまま話すので、ややこしい。
しかも、本人を目の前にして答えづらいことを問う。
「そうね……蓮二は勉強する時に、私が苦戦しているところを見て楽しんでいる節があるから、分からないところがあっても、すぐには教えてくれないと思うの」
高校生の頃、蓮二と勉強会をした時のこと。
分からないところを質問すると、例えば数学では、まず何が分かれば問題が解けるのか考えるのを、彼は大事にしていた。
たとえ答えを導くのに時間がかかっても、すぐには解法を提示しない。そのおかげで考える癖がついたので、感謝している。
私が頭を抱えている時は、面白げに観察していたが。
「勉強を教えてほしいと頼んでくるのは、どこの誰だったか」
「うっ……!」
それを言われると痛い。
たまに蓮二から勉強会の誘いがあっても、それは私が行き詰まっていることを見越して誘ってくれているのだ。
「ははっ、これは参ったぜよ」
そっくりさんが頭をワシャワシャしごくので、自然と視線がそちらへ流れる。
黒髪の中から銀髪が。どうやらウィッグを着けていたらしい。
目を伏せながらウィッグを外すので、どこか寂しげに見えた。
口元をごしごしと擦ると、ほくろが現れる。
少しずつ変装が解かれ、目の前に現れたのは、なんと仁王くんだった。彼がテニスで他人を模倣することは聞いたことがあったものの、目の当たりにすると驚きのあまり声が出ない。
しかし、こう改めてじっくり仁王くん見ると美人だと思う。大学生になって、人の心を引きつけるオーラが増しているような。
……って何を考えているのだろう。
「雪宮さん?」
間近に聞こえた仁王くんの声に、はっと我に返った。
考え事をして固まってたせいか、仁王くんが顔を曇らせていた。
バチりと目が合い、胸を轟かす。徐々に恥ずかしくなって目を反らし、軽く咳払いをした。
「な、何でもないわ。……ところで何で蓮二がここに?」
「こちらのキャンパスに用があってな。せっかくだから、お前たちの様子を見ようと思って、図書館に来たら――」
「柳」
「フッ、相変わらずだな」
仁王くんに意味深な視線を向ける蓮二。
状況が掴めない私は、見守ることしかできない。
仁王くんが私の隣の席に座った。テーブルに肩肘をつき、柳眉を逆立てている。
「……どうしたの?」
「別に」
「まあ、そう睨むな」
仁王くんの機嫌が悪そうに見えるが、蓮二はさらりと受け流すので、これ以上は踏み込みづらい。
「ところで時雨。一ノ瀬に俺と付き合うことは、天地がひっくり返ってもないと言ったそうじゃないか。いくら本当のことでも、傷ついたぞ」
「なんで知ってるのよ」
「あの日、同じカフェを利用していたからな」
同じカフェにいたとしても、あの時は小声で話していたはずだ。近くの席にいたとしても、普通なら聞こえないだろう。
でも蓮二は凄腕のデータマンだし……。
当の本人は、腕時計を見て「そろそろ時間か」と呟いた。
「また今度、時間が合う時にでもお茶をしよう」
「え、ええ……」
手をひらひら振りながら、蓮二は図書館を後にした。これはお茶の時に、仁王くんとの関係を根掘り聞かれるのだろう。
蓮二が去っていった方向を見つめていると、隣からため息が聞こえた。
「はあ……ひとまず安心したぜよ」
「何に?」
「秘密」
すっかり機嫌が直っている仁王くん。この短時間で元通りになる出来事があっただろうか。
むしろ上機嫌かもしれない。顔がほころんでいる。
結局、不機嫌になった理由は分からず終いだ。
それでも仁王くんの雰囲気が柔らかくなったので、良しとするのであった。
実験内容が書かれた冊子を見ながら、化学実験に関する本を数冊手に取る。
化学実験では事前に目的、理論、実験方法をノートに纏める必要があるのだ。
目的と実験方法は講義用の冊子にある程度書いてあるので何とかなりそうだが、理論はそうはいかない。実験の目的を達成するために用いる原理――今回は理論式の導出過程を示す必要がある。
化学が苦手な私は直ぐ様、図書館へ行って調べることを決意した。
本を捲ってみると、実験に関係してそうな内容が記載されていたので、そのまま貸出カウンターで手続きをする。
借りた本を片手に自習スペースへ。幸い混んでいなかったので、すぐに席を確保できた。
さあ、はじめよう。
私は鞄から冊子とノート、筆記用具を取り出し、予習に取りかかった。
まず冊子に載っている、実験の目的と手順を書き写す。
次に理論式の導入過程を、借りた本を参考に書こうとしたのだが――気付けば数十分経過。本に載っていない理論式があり、手が止まってしまった。
「どうしようかしら……」
「行き詰まっているようだな。分からないなら、教えようか」
聞き慣れた声にゆっくり振り返ってみれば、そこには幼馴染が微笑みながら佇んでいた。
「蓮――……」
いや、違う。彼は蓮二ではない。
見た目はそっくりだが、違和感を覚える。いつもと雰囲気が違うような。
「……誰かしら」
「幼馴染の顔を忘れたのか?」
「忘れるものですか。それに蓮二は、勉強に関して優しく教えてくれないもの」
「ほう?」
蓮二のそっくりさんは、興味深そうに笑みを深めた。
「それはどういう意味だ、時雨」
また蓮二の声が聞こえる。だが、目の前のそっくりさんの口は閉じたまま。
少し体を傾けてそっくりさんの背後を覗くと、蓮二と目が合った。
「久しぶりだな」
彼の落ち着いた声に心が和らぐ。
今度は本物のようだ。彼の近くにいると気持ちが穏やかになるのは、幼馴染だからだろうか。
「どこで、俺が柳ではないと思ったんだ」
そっくりさんが蓮二の声のまま話すので、ややこしい。
しかも、本人を目の前にして答えづらいことを問う。
「そうね……蓮二は勉強する時に、私が苦戦しているところを見て楽しんでいる節があるから、分からないところがあっても、すぐには教えてくれないと思うの」
高校生の頃、蓮二と勉強会をした時のこと。
分からないところを質問すると、例えば数学では、まず何が分かれば問題が解けるのか考えるのを、彼は大事にしていた。
たとえ答えを導くのに時間がかかっても、すぐには解法を提示しない。そのおかげで考える癖がついたので、感謝している。
私が頭を抱えている時は、面白げに観察していたが。
「勉強を教えてほしいと頼んでくるのは、どこの誰だったか」
「うっ……!」
それを言われると痛い。
たまに蓮二から勉強会の誘いがあっても、それは私が行き詰まっていることを見越して誘ってくれているのだ。
「ははっ、これは参ったぜよ」
そっくりさんが頭をワシャワシャしごくので、自然と視線がそちらへ流れる。
黒髪の中から銀髪が。どうやらウィッグを着けていたらしい。
目を伏せながらウィッグを外すので、どこか寂しげに見えた。
口元をごしごしと擦ると、ほくろが現れる。
少しずつ変装が解かれ、目の前に現れたのは、なんと仁王くんだった。彼がテニスで他人を模倣することは聞いたことがあったものの、目の当たりにすると驚きのあまり声が出ない。
しかし、こう改めてじっくり仁王くん見ると美人だと思う。大学生になって、人の心を引きつけるオーラが増しているような。
……って何を考えているのだろう。
「雪宮さん?」
間近に聞こえた仁王くんの声に、はっと我に返った。
考え事をして固まってたせいか、仁王くんが顔を曇らせていた。
バチりと目が合い、胸を轟かす。徐々に恥ずかしくなって目を反らし、軽く咳払いをした。
「な、何でもないわ。……ところで何で蓮二がここに?」
「こちらのキャンパスに用があってな。せっかくだから、お前たちの様子を見ようと思って、図書館に来たら――」
「柳」
「フッ、相変わらずだな」
仁王くんに意味深な視線を向ける蓮二。
状況が掴めない私は、見守ることしかできない。
仁王くんが私の隣の席に座った。テーブルに肩肘をつき、柳眉を逆立てている。
「……どうしたの?」
「別に」
「まあ、そう睨むな」
仁王くんの機嫌が悪そうに見えるが、蓮二はさらりと受け流すので、これ以上は踏み込みづらい。
「ところで時雨。一ノ瀬に俺と付き合うことは、天地がひっくり返ってもないと言ったそうじゃないか。いくら本当のことでも、傷ついたぞ」
「なんで知ってるのよ」
「あの日、同じカフェを利用していたからな」
同じカフェにいたとしても、あの時は小声で話していたはずだ。近くの席にいたとしても、普通なら聞こえないだろう。
でも蓮二は凄腕のデータマンだし……。
当の本人は、腕時計を見て「そろそろ時間か」と呟いた。
「また今度、時間が合う時にでもお茶をしよう」
「え、ええ……」
手をひらひら振りながら、蓮二は図書館を後にした。これはお茶の時に、仁王くんとの関係を根掘り聞かれるのだろう。
蓮二が去っていった方向を見つめていると、隣からため息が聞こえた。
「はあ……ひとまず安心したぜよ」
「何に?」
「秘密」
すっかり機嫌が直っている仁王くん。この短時間で元通りになる出来事があっただろうか。
むしろ上機嫌かもしれない。顔がほころんでいる。
結局、不機嫌になった理由は分からず終いだ。
それでも仁王くんの雰囲気が柔らかくなったので、良しとするのであった。