【仁王夢】十六夜
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数学の授業が終わり、キャンパス内を一人で歩く。
次の授業は、材料力学だ。数学と材料力学では授業が行われる棟が異なるため、坂を下っていた。
数学のクラスは香穂ちゃんと別々だったが、材料力学は同じクラスなので、生協の前で待ち合わせの約束をしている。
道なりに沿って進んでいると、左手から女の子たちの声が聞こえた。
「ねえ、仁王くん次のコマ空いてる?」
「ここ分からなかったから教えて!」
「仁王くん、お昼一緒に食べようよ」
仁王くん。
想い人の名前が聞こえ、足が止まる。
はしゃぎ声がする方向に目を向けると、そこには図面ケースを肩にかけた女の子たちが。建築学部の学生がよく授業で使う棟の前にいるし、建築学部のなのだろうか。
その女の子たちの向かい側に仁王くんがいた。
「…………」
この気持ちはなんだろう。
私は仁王くんの彼女ではない。その現実を突きつけられた気がした。
特別な名前を持った関係でもないし、あれこれ口出しできる立場ではないのだ。
気付かれる前に立ち去ろう。仁王くんが何をしようと、彼の自由だ。
胸の痛みに気付かないフリをして、目的地へ向かった。
他のことを考えようとしても、先程の光景が頭から離れない。
きっと彼女たちは、私の知らない仁王くんの一面を知っている。そのことが、ひどく羨ましかった。
生協前に着くと、既に香穂ちゃんがいた。
「香穂ちゃん、お待たせ!」
「ううん、私も今来たところだから大丈夫」
「それじゃ、行こう」
いつも通り話せているだろうか。
私は仮面を被り、香穂ちゃんと共に、授業が行われる棟へ足を運んだ。
*
時雨ちゃんの様子がおかしい。
約束の時間より早く着いたので生協前で待っていると、ほどなくして彼女が現れた。
普段と変わらないように振る舞っているようだが、顔が引きつっている。ここに来るまでに何かあったのだろうか。
何気ない会話をしながら、材料力学の教室へ向かう。
ガラス張りの棟なので外に意識を傾けると、建築学部の棟の前に見覚えのある人物が見えた。仁王と建築学科の女の子たちだ。
私は確信した。時雨ちゃんは、あの光景を見たのだと。
何やってるのよ、アイツ。時雨ちゃんのことが好きなくせに。
中学の頃は、時雨ちゃんと仁王が付き合っている噂が流れたのを思い出す。当時同じクラスだった私は、二人が付き合っていないことに驚いた。
そして、高校の頃は仁王が工業学校へ行ったせいか、今度は時雨ちゃんと柳が付き合っている噂が流れる。その頃の仁王の機嫌の悪さといったら、殆どの人が彼に声をかけられなかった。
そんな彼の機嫌が悪い日が続いた、ある日のこと。
屋上へ行くと、仁王がネクタイを大事そうに見つめていた。ここまでは時雨ちゃんにも話したが、実はこの話には続きがある。
「ねえ、それ時雨ちゃんに貰ったの?」
普段の仁王でも見かけないだろう優しい眼差しに驚き、思わず声をかけてしまった。
「そうじゃ」
私が屋上を訪れたことに気づいていたのか、淡々と返される。
「……時雨ちゃんは、あなたのネクタイを持っているのよね?」
「…………そうじゃが」
今度は歯切れが悪かった。
恐らく時雨ちゃんは、ネクタイを渡すことの意味を知らないまま、仁王に渡したのだろう。
盛大なため息がこぼれた。
「はあ……」
「お前さんには関係ないじゃろ」
「そうね。ぐずぐずしている間に、取られても知らないわよ」
「余計なお世話じゃ」
そっぽ向いて拗ねるなら、想いを伝えれば良いのに。
告白を躊躇うのは、高校が離れていたからだろうか。それだけじゃなかったかもしれない。
中学生、高校生の頃は無理だったとしても、大学生となった今ならば――――。
私は携帯を取り出し、仁王にメッセージを送った。
*
材料力学の授業が終わり、香穂ちゃんと棟内を歩く。
一階の出入口の扉を開けると、
「雪宮さん、この後時間はあるか?」
と仁王くんに話しかけられた。
「え? えと……」
「私は午後も授業あるから、時雨ちゃんは仁王と食べたら?」
突然のことに戸惑っていると、香穂ちゃんが助け船を出してくれた。彼女は午後も授業があるけれど、私は先程の授業で終わりだ。
「香穂ちゃんがそういうなら……」
「それじゃあ、行くぜよ」
「え」
仁王くんが私の手首をふわりと掴み、南門の方へ歩を進める。
私は慌てて香穂ちゃんに手を振り、棟から離れた。仁王くんの背中を見つめながら歩く。
門の外へ出ても手が離れる気配はないが、こちらを見てくれない。
「ねえ、どこへ行くの?」
「雪宮さんが行きたがっていたところ」
「私が行きたいところ……?」
お昼の時間なので、おそらく飲食店に向かっているはず。
直近で行きたいところを伝えた記憶はない。こうして二人で出かけられるのは嬉しいが、どこへ向かっているのだろう。
首を傾げていると、仁王くんは振り返って笑った。
「フ、着いてからのお楽しみじゃ」
不敵な笑みに胸がときめいた。
なんだか手のひらで踊らされているようで悔しい。私は仁王くんを見かける度に、ドキドキしているのに。
余裕そうな表情を崩したく、彼の手の甲を人差し指でなぞる。
「こらこら」
すぐさま指を掴まれる。その代わり、手首が自由になった。
「せっかくのお出かけだし、ちゃんと手、繋ぎたいな……」
目を合わせることができず、チラリと仁王くんを見る。
心臓がバクバクとうるさい。
「……ん、そうじゃのう」
目の前に手が差し伸べられる。恐る恐る手を重ねると、ぎゅっと掴まれた。
「それじゃ、行くぜよ」
「うん」
仁王くんが前を向いて歩きだす。
ドキドキしているのは、やはり私だけなのだろうか。こっそり仁王くんの横顔を盗み見ると、耳がほんのり赤かった。
もしかして照れてる……?
先程のまでのモヤモヤが晴れ、軽やかな足取りで目的地へ向かった。
*
「ここが、目的地?」
「そうじゃ」
仁王くんに手を引かれるまま着いていくと、赤い大屋根がひときわ目を引く建物が。
ここは私が行きたかった喫茶店だ。中学生の頃、行ってみたいと話した記憶がある。
「……さらっと言ったのに、覚えていてくれたの?」
「お前さんが行きたいって言ってたからのう」
「ふふ、そっかあ」
このまま朝の出来事を忘れられたら良いのに。ふわふわとした心地になり、夢を見ているかのようだ。
ドアを開けるとベルの音が響き、期待に胸を膨らませながら店の中へ入る。グリーンのカーテンと深紅の椅子の鮮やかなコントラストに、心がときめいた。
店員に案内してもらい、椅子に座る。向かい側の椅子に、仁王くんも座った。
メニューを手に取り、お昼ごはんを決めて注文する。私は紅茶とパスタ、仁王くんはコーヒーとオムライスだ。
「どうして授業終わったら、棟まで来てくれたの?」
「一ノ瀬からお前さんが元気ないと聞いた。その理由も。朝、建築学部の棟の前で話してた人たちに、特別な感情は抱いていないぜよ」
やはり香穂ちゃんから連絡があったんだ。
落ち込んでいたことは隠していたつもりだったけれど、見破られていたらしい。
「……うん、分かってるよ」
「いや、分かってないじゃろ」
声が上ずったからか信じてもらえず、即ツッコミが入る。
それから長い時間――実際は一分程度だったかもしれない――見つめられ、沈黙に耐えきれず口を開く。
「…………私の知らない仁王くんの一面を知っている、彼女たちが羨ましくて……少し寂しいと思っただけ」
「それなら、毎週こうしてお昼を食べたり、一緒に帰ったりするのはどうじゃ? 俺も……雪宮さんのこと知りたいぜよ」
「本当?」
「もちろん」
心がじんわりと温かくなる。仁王くんが私のことを知りたい、と思ってくれていることが嬉しい。
それからパスタをはじめとした注文した品が届き、仁王くんとお昼を食べながら、のんびりとした時間を過ごすのだった。
次の授業は、材料力学だ。数学と材料力学では授業が行われる棟が異なるため、坂を下っていた。
数学のクラスは香穂ちゃんと別々だったが、材料力学は同じクラスなので、生協の前で待ち合わせの約束をしている。
道なりに沿って進んでいると、左手から女の子たちの声が聞こえた。
「ねえ、仁王くん次のコマ空いてる?」
「ここ分からなかったから教えて!」
「仁王くん、お昼一緒に食べようよ」
仁王くん。
想い人の名前が聞こえ、足が止まる。
はしゃぎ声がする方向に目を向けると、そこには図面ケースを肩にかけた女の子たちが。建築学部の学生がよく授業で使う棟の前にいるし、建築学部のなのだろうか。
その女の子たちの向かい側に仁王くんがいた。
「…………」
この気持ちはなんだろう。
私は仁王くんの彼女ではない。その現実を突きつけられた気がした。
特別な名前を持った関係でもないし、あれこれ口出しできる立場ではないのだ。
気付かれる前に立ち去ろう。仁王くんが何をしようと、彼の自由だ。
胸の痛みに気付かないフリをして、目的地へ向かった。
他のことを考えようとしても、先程の光景が頭から離れない。
きっと彼女たちは、私の知らない仁王くんの一面を知っている。そのことが、ひどく羨ましかった。
生協前に着くと、既に香穂ちゃんがいた。
「香穂ちゃん、お待たせ!」
「ううん、私も今来たところだから大丈夫」
「それじゃ、行こう」
いつも通り話せているだろうか。
私は仮面を被り、香穂ちゃんと共に、授業が行われる棟へ足を運んだ。
*
時雨ちゃんの様子がおかしい。
約束の時間より早く着いたので生協前で待っていると、ほどなくして彼女が現れた。
普段と変わらないように振る舞っているようだが、顔が引きつっている。ここに来るまでに何かあったのだろうか。
何気ない会話をしながら、材料力学の教室へ向かう。
ガラス張りの棟なので外に意識を傾けると、建築学部の棟の前に見覚えのある人物が見えた。仁王と建築学科の女の子たちだ。
私は確信した。時雨ちゃんは、あの光景を見たのだと。
何やってるのよ、アイツ。時雨ちゃんのことが好きなくせに。
中学の頃は、時雨ちゃんと仁王が付き合っている噂が流れたのを思い出す。当時同じクラスだった私は、二人が付き合っていないことに驚いた。
そして、高校の頃は仁王が工業学校へ行ったせいか、今度は時雨ちゃんと柳が付き合っている噂が流れる。その頃の仁王の機嫌の悪さといったら、殆どの人が彼に声をかけられなかった。
そんな彼の機嫌が悪い日が続いた、ある日のこと。
屋上へ行くと、仁王がネクタイを大事そうに見つめていた。ここまでは時雨ちゃんにも話したが、実はこの話には続きがある。
「ねえ、それ時雨ちゃんに貰ったの?」
普段の仁王でも見かけないだろう優しい眼差しに驚き、思わず声をかけてしまった。
「そうじゃ」
私が屋上を訪れたことに気づいていたのか、淡々と返される。
「……時雨ちゃんは、あなたのネクタイを持っているのよね?」
「…………そうじゃが」
今度は歯切れが悪かった。
恐らく時雨ちゃんは、ネクタイを渡すことの意味を知らないまま、仁王に渡したのだろう。
盛大なため息がこぼれた。
「はあ……」
「お前さんには関係ないじゃろ」
「そうね。ぐずぐずしている間に、取られても知らないわよ」
「余計なお世話じゃ」
そっぽ向いて拗ねるなら、想いを伝えれば良いのに。
告白を躊躇うのは、高校が離れていたからだろうか。それだけじゃなかったかもしれない。
中学生、高校生の頃は無理だったとしても、大学生となった今ならば――――。
私は携帯を取り出し、仁王にメッセージを送った。
*
材料力学の授業が終わり、香穂ちゃんと棟内を歩く。
一階の出入口の扉を開けると、
「雪宮さん、この後時間はあるか?」
と仁王くんに話しかけられた。
「え? えと……」
「私は午後も授業あるから、時雨ちゃんは仁王と食べたら?」
突然のことに戸惑っていると、香穂ちゃんが助け船を出してくれた。彼女は午後も授業があるけれど、私は先程の授業で終わりだ。
「香穂ちゃんがそういうなら……」
「それじゃあ、行くぜよ」
「え」
仁王くんが私の手首をふわりと掴み、南門の方へ歩を進める。
私は慌てて香穂ちゃんに手を振り、棟から離れた。仁王くんの背中を見つめながら歩く。
門の外へ出ても手が離れる気配はないが、こちらを見てくれない。
「ねえ、どこへ行くの?」
「雪宮さんが行きたがっていたところ」
「私が行きたいところ……?」
お昼の時間なので、おそらく飲食店に向かっているはず。
直近で行きたいところを伝えた記憶はない。こうして二人で出かけられるのは嬉しいが、どこへ向かっているのだろう。
首を傾げていると、仁王くんは振り返って笑った。
「フ、着いてからのお楽しみじゃ」
不敵な笑みに胸がときめいた。
なんだか手のひらで踊らされているようで悔しい。私は仁王くんを見かける度に、ドキドキしているのに。
余裕そうな表情を崩したく、彼の手の甲を人差し指でなぞる。
「こらこら」
すぐさま指を掴まれる。その代わり、手首が自由になった。
「せっかくのお出かけだし、ちゃんと手、繋ぎたいな……」
目を合わせることができず、チラリと仁王くんを見る。
心臓がバクバクとうるさい。
「……ん、そうじゃのう」
目の前に手が差し伸べられる。恐る恐る手を重ねると、ぎゅっと掴まれた。
「それじゃ、行くぜよ」
「うん」
仁王くんが前を向いて歩きだす。
ドキドキしているのは、やはり私だけなのだろうか。こっそり仁王くんの横顔を盗み見ると、耳がほんのり赤かった。
もしかして照れてる……?
先程のまでのモヤモヤが晴れ、軽やかな足取りで目的地へ向かった。
*
「ここが、目的地?」
「そうじゃ」
仁王くんに手を引かれるまま着いていくと、赤い大屋根がひときわ目を引く建物が。
ここは私が行きたかった喫茶店だ。中学生の頃、行ってみたいと話した記憶がある。
「……さらっと言ったのに、覚えていてくれたの?」
「お前さんが行きたいって言ってたからのう」
「ふふ、そっかあ」
このまま朝の出来事を忘れられたら良いのに。ふわふわとした心地になり、夢を見ているかのようだ。
ドアを開けるとベルの音が響き、期待に胸を膨らませながら店の中へ入る。グリーンのカーテンと深紅の椅子の鮮やかなコントラストに、心がときめいた。
店員に案内してもらい、椅子に座る。向かい側の椅子に、仁王くんも座った。
メニューを手に取り、お昼ごはんを決めて注文する。私は紅茶とパスタ、仁王くんはコーヒーとオムライスだ。
「どうして授業終わったら、棟まで来てくれたの?」
「一ノ瀬からお前さんが元気ないと聞いた。その理由も。朝、建築学部の棟の前で話してた人たちに、特別な感情は抱いていないぜよ」
やはり香穂ちゃんから連絡があったんだ。
落ち込んでいたことは隠していたつもりだったけれど、見破られていたらしい。
「……うん、分かってるよ」
「いや、分かってないじゃろ」
声が上ずったからか信じてもらえず、即ツッコミが入る。
それから長い時間――実際は一分程度だったかもしれない――見つめられ、沈黙に耐えきれず口を開く。
「…………私の知らない仁王くんの一面を知っている、彼女たちが羨ましくて……少し寂しいと思っただけ」
「それなら、毎週こうしてお昼を食べたり、一緒に帰ったりするのはどうじゃ? 俺も……雪宮さんのこと知りたいぜよ」
「本当?」
「もちろん」
心がじんわりと温かくなる。仁王くんが私のことを知りたい、と思ってくれていることが嬉しい。
それからパスタをはじめとした注文した品が届き、仁王くんとお昼を食べながら、のんびりとした時間を過ごすのだった。