【仁王夢】十六夜
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私が仁王くんに恋をしていると自覚したのは、中学3年の時だった。
それは3年B組の教室での出来事。
数学の授業が終わり、休み時間になった。
机の中に数学の教科書とノートを仕舞い、次の授業の用意をしていると、机の上に影が落ちた。
顔を上げると、そこには同じクラスの井上さんが。恋愛話が好きな女の子である。
「ねえねえ、時雨」
「どうしたの」
「時雨は、木村くんのことどう思ってるの?」
木村くんはサッカー部に所属しており、キャプテンを務めているからか女の子からモテモテだ。色んなクラスの女の子たちが彼に告白しては振られた、という噂話をよく聞く。
私には眩しくて、苦手な人物だけれど。ただ正直に、苦手と答えるわけにはいかない。
困ったことに木村くんは、私の近くの席に座っているのだ。彼の耳に届かないように小声で答えなければ。
「普通かな……」
当たり障りがないよう答えると、井上さんはとても驚いたようで机を叩いた。思わず肩がビクりと上がる。
「えっ、なんで!? あんなにカッコいいのに!」
「なんでと言われても……」
目線が机の上をさ迷った。
どうしよう。何と答えれば井上さんは引いてくれるだろうか。
「雪宮さんが困っているぜよ。そこまでにしんしゃい」
答えに窮していると、思わぬところから助け船が入った。
少し視線を上げると、目の前には仁王くんがいる。まさか彼が現れると思っていなかったので、心臓が高鳴った。
「仁王くん! で、でも……!」
「でも、じゃない」
仁王くんが容赦なく切り捨てるように言い放つ。
彼のあんなに冷たい目は初めて見た。凍てついた視線を向けられ、井上さんは青ざめていた。
突然の出来事にぽかんとしていると、気づけば仁王くんに手を取られて教室を後にする。そしてそのまま、屋上に連れていかれるのだった。
屋上に着くと、手が離された。
先客はいない。教室と違い、周りの目を気にしなくて良いのでホッとした。
「……あの、助けてくれてありがとう」
「ん。今の表情の方が良いぜよ」
「え?」
「さっきまで、無理して笑ってるように見えたから」
「あ……」
上手く隠しているつもりだったのに、全て見透かされていた。
本当は井上さんに声をかけられたとき嫌な予感がし、直ぐ様教室を出ていきたかったのだ。
私は感謝の目で仁王くんを見た。
「ここには俺しかいないから、安心しんしゃい」
頭を撫でられ、頬が熱を帯びていく。
仁王くんは満足そうに相好を崩した。その表情は反則だ。
心臓の鼓動がどんどん速くなる。
「……この後の授業は、どうするの?」
私は誤魔化すように話題を変えた。
実際問題、次の授業は移動教室なので、そろそろ戻らないと遅刻してしまう。
「次は確か音楽だったか。サボるぜよ。お前さんはどうする?」
サボることに、迷った素振りがなかった。
後で知ったことだが、仁王くんは音楽が苦手なようだ。
「そうねえ……私もサボろうかしら」
どうせ教室に戻っても、気まずい空気が流れているだろうし。
「フ、共犯者じゃな」
仁王くんの声が弾んでいた。
屋上庭園の花を一緒に眺めたり、テニス部の話を聞いたり。幼馴染の蓮二が聞いたら呆れるだろうが、初めての授業ボイコットは楽しかった。
*
それから卒業式まで、いや卒業式を迎えても、仁王くんへの想いは膨らむばかりだったが、告白することはなかった。
私は普通科の高校、仁王くんは工業科の高校へ進むからである。というのは言い訳で、単に私の勇気が足りなかったのだ。
それでも中学の卒業式の日は、今でも印象に残っている。
式が終わり、友達とのお話もそこそこにして屋上に向かった。仁王くんがいると思ったから。
B組の教室にはいなかったので、いるとすれば屋上かテニス部の部室だろう。
卒業生で溢れかえる廊下をすり抜け、階段を駆け上がった。屋上への扉を開けると、目の前にはふわり、ふわりといくつものシャボン玉が飛んでいた。
彼が飛ばしたのだろう、後ろ姿が目に入る。
やはり、ここにいた。
「仁王くん」
「……その声は、雪宮さん?」
仁王くんはゆっくり振り向くと、目を大きく見開いた。
私が来るのは、意外だったのかしら。
「教室にいないと思って、探しにきたの。やっぱり、屋上にいたのね」
「わざわざ探しに来てくれたのか」
「高校生になったら、仁王くんは工業高校行くから会えないじゃない」
「それもそうじゃのう」
シャボン液が入った容器を地面に置き、こちらへ近づいてきた。
そして仁王くんは、自身のネクタイをほどく。そのままネクタイを私の手に握らせた。
「探しに来てくれたお前さんに、プレゼントじゃ」
プレゼントは嬉しいが、なぜネクタイなのだろう。普通科だろうと工業科だろうと、ネクタイは高校でも同じのをつけるので、ないと困るのではないか。
首を傾げると、仁王くんは珍しく頭を悩ませていた。
「……その様子だと、意味を分かってなさそうじゃな。まあ、俺がネクタイなくて困るんじゃないかと思っているなら、雪宮さんのネクタイくれんかのう」
仁王くんが私の胸元を指差す。
どうやらネクタイを渡すことに意味があるらしいが、教えてもらえそうな様子ではない。いつか蓮二に聞こうと心に刻む。
私は自身のネクタイをほどき、仁王くんに渡した。
手を包まれ、心臓が早鐘を打つ。彼にバレていないと良いけれど。
「ありがとさん」
仁王くんの笑顔が眩しかった。
心臓がさらに暴れてうるさい。これ以上心拍数が上がったら、倒れるのではないだろうか。
このとき、私は仁王くんのことが好きだと自覚した。
できれば卒業式の日ではなく、もう少し早く気づきたかった。そうすれば一日一日が、もっと愛おしく思えただろうに。
私たちは時間が許す限り、屋上でたくさんお喋りをした。
まるでお互いを忘れないように。
*
高校時代は仁王くんと高校が違うこともあり、一度も会うことはなかった。
今振り返れば、なぜ連絡先を交換していなかったのだろうと思う。
学校に行けばたくさん話したし、連絡先を交換する必要がなかったからか。近すぎず、遠すぎずの距離感がちょうど良かったのだ。
共通の友達経由で聞くという手段もあるけれど、聞くなら直接教えてもらいたかった。結果的には会えなかったので、聞くこともなかったが。
高校では蓮二と行動していたせいか、彼と付き合っているという噂が流れた。お互い恋愛に発展することがないと分かりきっているから、噂を知ったときは二人で笑ったっけ。
蓮二は、私が仁王くんのこと好きだと知っているし。
高校でもネクタイの着用が必須だったので、仁王くんと交換したネクタイを着けていたらバレた。いや、バレたというよりは、話すことになったというべきか。
「そのネクタイ、誰かから貰ったのか?」
ある日、蓮二と一緒に登校していると問いかけられた。
「えっ、なんで?」
「毎日ネクタイを愛おしそうに見つめていたら、何かあると思うだろう。それで、どうなんだ?」
そんなに見つめていただろうか。仁王くんから貰ったネクタイを着けていると、心強いと感じてはいたけれど。
完全に無意識だった。
蓮二に隠し事はできない。私は素直に卒業式でのことを話した。
「つまり、仁王とネクタイを交換したのか」
「ええ。あ、そうだ」
「ところで、卒業式にネクタイを渡す意味って知ってる? とお前は言う」
「……エスパーなの?」
「時雨が分かりやすいだけだ。それで、卒業式にネクタイを渡す意味だが……学生服の第二ボタンと同じとようなものだ」
卒業式で第二ボタンは、意中の人に贈る。いくつか説はあるが、それと同じということは、つまり。
「…………」
じわじわと頬が熱くなる。きっと、顔が林檎のように真っ赤に違いない。
「その気持ちを大切にすると良い」
「うん……」
蓮二は微笑ましそうに笑った。
*
月日は流れ、進路を決める時期となった。
どの学部、学科を選ぶか悩んだが、某メーカーの工場見学に行ってものづくりに興味を持ったこともあり、工学部機械工学科に決めた。
内部進学のため、一定水準の成績が必要となる。一年の頃から勉強に力を入れていたこともあり、その点に問題はなかった。
蓮二とテスト前に、勉強会をしたのが懐かしい。教えは厳しかったが、そのおかげで成績上位だったので良き思い出だ。
彼には感謝してもしきれない。無事、推薦入学への切符を手にすることが出来たのだから。
高校の卒業式は、中学の時のような特別な出来事はなく終わる。
三年の時は蓮二と同じクラスだったので、クラスの打ち上げは彼と一緒にお店へ向かった。
並んで歩くと、中学の頃より身長差が大きくなったと感じる。頭一つ分くらい違うし。
仁王くんも高校生になって、身長がぐんと伸びただろうか。高校時代に、一度も会うことがなかった彼のことがふと思い浮かんだ。
私の知らない三年間が存在する。もちろん向こうも、私の高校三年間は知らないだろう。今更ながら高校時代の仁王くんを知らないことに、焦燥感を抱いた。
いや、身長については丸井くんや柳生くんを見る限り、蓮二ほどは高くなってはいないだろうと思い直す。
チラリと蓮二を見ると、目が合った。彼なら知っているだろうか。
「今、時雨が何を考えているか当てようか?」
「え、えと……」
「仁王のことは、自分で確かめるといい」
「ちょっ、勝手に人の考え読まないの」
「言っておくが、アイツは建築学部に入学する。後は分かるな?」
「は、えっ……!?」
口角を上げる蓮二。
建築学部は工学部と同じ、湘南キャンパスだ。もしかしたら、大学で仁王くんを見かけることがあるかもしれない。
大学生になって仁王くんと再会したら、私はどうすれば良いのだろう。
最後の最後で、爆弾が落とされた。
*
四月になり、私は大学生となった。
桜がはらり、はらりと舞い散る中、キャンパス内を歩く。
今日はガイダンスがあるので、地図を頼りに会場である体育館へ向かっていた。まず全体ガイダンスを受け、その後学科ごとに分かれてガイダンスの予定だ。
蓮二とは別の学部なので心細い。
一度足を止め、ちらりと鞄の中を見る。くまの巾着が顔を覗かせており、お守りがわりに仁王くんから貰ったネクタイを入れていた。
これがあれば大丈夫。
深呼吸をし、鞄をかけ直す。
「それにしても、体育館遠いな……」
手元の地図を見ながら、再び歩き出す。
だから、目の前に人が迫っていることに気づかなかった。
肩がぶつかり、鞄を落とす。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて頭を下げて謝る。いくらキャンパス内が広いとはいえ、前方不注意だった。
「こちらこそ、すまなかったナリ。……お前さん、もしかして雪宮さんか?」
「え……?」
顔を上げると、目の前には整った顔つきの男性が。
太陽の光でキラキラと輝く銀髪、口元にはほくろ。視線がぶつかると、彼は大きく目を見張った。
――その日、時の歯車が再び回り始めた。
それは3年B組の教室での出来事。
数学の授業が終わり、休み時間になった。
机の中に数学の教科書とノートを仕舞い、次の授業の用意をしていると、机の上に影が落ちた。
顔を上げると、そこには同じクラスの井上さんが。恋愛話が好きな女の子である。
「ねえねえ、時雨」
「どうしたの」
「時雨は、木村くんのことどう思ってるの?」
木村くんはサッカー部に所属しており、キャプテンを務めているからか女の子からモテモテだ。色んなクラスの女の子たちが彼に告白しては振られた、という噂話をよく聞く。
私には眩しくて、苦手な人物だけれど。ただ正直に、苦手と答えるわけにはいかない。
困ったことに木村くんは、私の近くの席に座っているのだ。彼の耳に届かないように小声で答えなければ。
「普通かな……」
当たり障りがないよう答えると、井上さんはとても驚いたようで机を叩いた。思わず肩がビクりと上がる。
「えっ、なんで!? あんなにカッコいいのに!」
「なんでと言われても……」
目線が机の上をさ迷った。
どうしよう。何と答えれば井上さんは引いてくれるだろうか。
「雪宮さんが困っているぜよ。そこまでにしんしゃい」
答えに窮していると、思わぬところから助け船が入った。
少し視線を上げると、目の前には仁王くんがいる。まさか彼が現れると思っていなかったので、心臓が高鳴った。
「仁王くん! で、でも……!」
「でも、じゃない」
仁王くんが容赦なく切り捨てるように言い放つ。
彼のあんなに冷たい目は初めて見た。凍てついた視線を向けられ、井上さんは青ざめていた。
突然の出来事にぽかんとしていると、気づけば仁王くんに手を取られて教室を後にする。そしてそのまま、屋上に連れていかれるのだった。
屋上に着くと、手が離された。
先客はいない。教室と違い、周りの目を気にしなくて良いのでホッとした。
「……あの、助けてくれてありがとう」
「ん。今の表情の方が良いぜよ」
「え?」
「さっきまで、無理して笑ってるように見えたから」
「あ……」
上手く隠しているつもりだったのに、全て見透かされていた。
本当は井上さんに声をかけられたとき嫌な予感がし、直ぐ様教室を出ていきたかったのだ。
私は感謝の目で仁王くんを見た。
「ここには俺しかいないから、安心しんしゃい」
頭を撫でられ、頬が熱を帯びていく。
仁王くんは満足そうに相好を崩した。その表情は反則だ。
心臓の鼓動がどんどん速くなる。
「……この後の授業は、どうするの?」
私は誤魔化すように話題を変えた。
実際問題、次の授業は移動教室なので、そろそろ戻らないと遅刻してしまう。
「次は確か音楽だったか。サボるぜよ。お前さんはどうする?」
サボることに、迷った素振りがなかった。
後で知ったことだが、仁王くんは音楽が苦手なようだ。
「そうねえ……私もサボろうかしら」
どうせ教室に戻っても、気まずい空気が流れているだろうし。
「フ、共犯者じゃな」
仁王くんの声が弾んでいた。
屋上庭園の花を一緒に眺めたり、テニス部の話を聞いたり。幼馴染の蓮二が聞いたら呆れるだろうが、初めての授業ボイコットは楽しかった。
*
それから卒業式まで、いや卒業式を迎えても、仁王くんへの想いは膨らむばかりだったが、告白することはなかった。
私は普通科の高校、仁王くんは工業科の高校へ進むからである。というのは言い訳で、単に私の勇気が足りなかったのだ。
それでも中学の卒業式の日は、今でも印象に残っている。
式が終わり、友達とのお話もそこそこにして屋上に向かった。仁王くんがいると思ったから。
B組の教室にはいなかったので、いるとすれば屋上かテニス部の部室だろう。
卒業生で溢れかえる廊下をすり抜け、階段を駆け上がった。屋上への扉を開けると、目の前にはふわり、ふわりといくつものシャボン玉が飛んでいた。
彼が飛ばしたのだろう、後ろ姿が目に入る。
やはり、ここにいた。
「仁王くん」
「……その声は、雪宮さん?」
仁王くんはゆっくり振り向くと、目を大きく見開いた。
私が来るのは、意外だったのかしら。
「教室にいないと思って、探しにきたの。やっぱり、屋上にいたのね」
「わざわざ探しに来てくれたのか」
「高校生になったら、仁王くんは工業高校行くから会えないじゃない」
「それもそうじゃのう」
シャボン液が入った容器を地面に置き、こちらへ近づいてきた。
そして仁王くんは、自身のネクタイをほどく。そのままネクタイを私の手に握らせた。
「探しに来てくれたお前さんに、プレゼントじゃ」
プレゼントは嬉しいが、なぜネクタイなのだろう。普通科だろうと工業科だろうと、ネクタイは高校でも同じのをつけるので、ないと困るのではないか。
首を傾げると、仁王くんは珍しく頭を悩ませていた。
「……その様子だと、意味を分かってなさそうじゃな。まあ、俺がネクタイなくて困るんじゃないかと思っているなら、雪宮さんのネクタイくれんかのう」
仁王くんが私の胸元を指差す。
どうやらネクタイを渡すことに意味があるらしいが、教えてもらえそうな様子ではない。いつか蓮二に聞こうと心に刻む。
私は自身のネクタイをほどき、仁王くんに渡した。
手を包まれ、心臓が早鐘を打つ。彼にバレていないと良いけれど。
「ありがとさん」
仁王くんの笑顔が眩しかった。
心臓がさらに暴れてうるさい。これ以上心拍数が上がったら、倒れるのではないだろうか。
このとき、私は仁王くんのことが好きだと自覚した。
できれば卒業式の日ではなく、もう少し早く気づきたかった。そうすれば一日一日が、もっと愛おしく思えただろうに。
私たちは時間が許す限り、屋上でたくさんお喋りをした。
まるでお互いを忘れないように。
*
高校時代は仁王くんと高校が違うこともあり、一度も会うことはなかった。
今振り返れば、なぜ連絡先を交換していなかったのだろうと思う。
学校に行けばたくさん話したし、連絡先を交換する必要がなかったからか。近すぎず、遠すぎずの距離感がちょうど良かったのだ。
共通の友達経由で聞くという手段もあるけれど、聞くなら直接教えてもらいたかった。結果的には会えなかったので、聞くこともなかったが。
高校では蓮二と行動していたせいか、彼と付き合っているという噂が流れた。お互い恋愛に発展することがないと分かりきっているから、噂を知ったときは二人で笑ったっけ。
蓮二は、私が仁王くんのこと好きだと知っているし。
高校でもネクタイの着用が必須だったので、仁王くんと交換したネクタイを着けていたらバレた。いや、バレたというよりは、話すことになったというべきか。
「そのネクタイ、誰かから貰ったのか?」
ある日、蓮二と一緒に登校していると問いかけられた。
「えっ、なんで?」
「毎日ネクタイを愛おしそうに見つめていたら、何かあると思うだろう。それで、どうなんだ?」
そんなに見つめていただろうか。仁王くんから貰ったネクタイを着けていると、心強いと感じてはいたけれど。
完全に無意識だった。
蓮二に隠し事はできない。私は素直に卒業式でのことを話した。
「つまり、仁王とネクタイを交換したのか」
「ええ。あ、そうだ」
「ところで、卒業式にネクタイを渡す意味って知ってる? とお前は言う」
「……エスパーなの?」
「時雨が分かりやすいだけだ。それで、卒業式にネクタイを渡す意味だが……学生服の第二ボタンと同じとようなものだ」
卒業式で第二ボタンは、意中の人に贈る。いくつか説はあるが、それと同じということは、つまり。
「…………」
じわじわと頬が熱くなる。きっと、顔が林檎のように真っ赤に違いない。
「その気持ちを大切にすると良い」
「うん……」
蓮二は微笑ましそうに笑った。
*
月日は流れ、進路を決める時期となった。
どの学部、学科を選ぶか悩んだが、某メーカーの工場見学に行ってものづくりに興味を持ったこともあり、工学部機械工学科に決めた。
内部進学のため、一定水準の成績が必要となる。一年の頃から勉強に力を入れていたこともあり、その点に問題はなかった。
蓮二とテスト前に、勉強会をしたのが懐かしい。教えは厳しかったが、そのおかげで成績上位だったので良き思い出だ。
彼には感謝してもしきれない。無事、推薦入学への切符を手にすることが出来たのだから。
高校の卒業式は、中学の時のような特別な出来事はなく終わる。
三年の時は蓮二と同じクラスだったので、クラスの打ち上げは彼と一緒にお店へ向かった。
並んで歩くと、中学の頃より身長差が大きくなったと感じる。頭一つ分くらい違うし。
仁王くんも高校生になって、身長がぐんと伸びただろうか。高校時代に、一度も会うことがなかった彼のことがふと思い浮かんだ。
私の知らない三年間が存在する。もちろん向こうも、私の高校三年間は知らないだろう。今更ながら高校時代の仁王くんを知らないことに、焦燥感を抱いた。
いや、身長については丸井くんや柳生くんを見る限り、蓮二ほどは高くなってはいないだろうと思い直す。
チラリと蓮二を見ると、目が合った。彼なら知っているだろうか。
「今、時雨が何を考えているか当てようか?」
「え、えと……」
「仁王のことは、自分で確かめるといい」
「ちょっ、勝手に人の考え読まないの」
「言っておくが、アイツは建築学部に入学する。後は分かるな?」
「は、えっ……!?」
口角を上げる蓮二。
建築学部は工学部と同じ、湘南キャンパスだ。もしかしたら、大学で仁王くんを見かけることがあるかもしれない。
大学生になって仁王くんと再会したら、私はどうすれば良いのだろう。
最後の最後で、爆弾が落とされた。
*
四月になり、私は大学生となった。
桜がはらり、はらりと舞い散る中、キャンパス内を歩く。
今日はガイダンスがあるので、地図を頼りに会場である体育館へ向かっていた。まず全体ガイダンスを受け、その後学科ごとに分かれてガイダンスの予定だ。
蓮二とは別の学部なので心細い。
一度足を止め、ちらりと鞄の中を見る。くまの巾着が顔を覗かせており、お守りがわりに仁王くんから貰ったネクタイを入れていた。
これがあれば大丈夫。
深呼吸をし、鞄をかけ直す。
「それにしても、体育館遠いな……」
手元の地図を見ながら、再び歩き出す。
だから、目の前に人が迫っていることに気づかなかった。
肩がぶつかり、鞄を落とす。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて頭を下げて謝る。いくらキャンパス内が広いとはいえ、前方不注意だった。
「こちらこそ、すまなかったナリ。……お前さん、もしかして雪宮さんか?」
「え……?」
顔を上げると、目の前には整った顔つきの男性が。
太陽の光でキラキラと輝く銀髪、口元にはほくろ。視線がぶつかると、彼は大きく目を見張った。
――その日、時の歯車が再び回り始めた。