【柳夢】カラーパレット
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3年B組の教室にて。
窓側の一番後ろの席で本を読んでいると、だんだん教室が賑やかになってきた。おそらく朝練が終わった運動部の人たちが、教室に入ってきたのだろう。
「おや? 雪宮が教室で読書とは珍しいのう」
いつもなら朝は中庭で読んでいるからか、仁王くんは不思議そうにこちらへ近づいてきた。
何の縁か三年連続同じクラスで、現在は隣の席なのだ。最初は近寄りがたい雰囲気だったが、声をかけてみると案外話しやすく馬が合った。
仁王くんはラケットバッグを床に置いて、席に座った。
「柳くんのオススメ本なのだけど、面白くて続きが気になるの。移動時間が惜しくなるくらい」
「ほう、柳が。どんな話なんじゃ」
仁王くんがしげしげと表紙のイラストを眺める。
「元エリートサラリーマンで今はドラァグクイーンのシャールさんが、夜食カフェで様々な悩みを持つお客さんに野菜たっぷりの賄い料理を出して、元気づけてくれるの。シャールさんの言葉が心に響くんだ」
「柳にしては珍しい選書じゃな」
「……そうね。多分、私の好みに合わせてくれたのだと思う?」
「なんで疑問形」
「私のツボにドンピシャすぎたから……」
「ほほーん」
仁王くんが左手を顎にあてる。
実は今読んでいる本以外にも、柳くんから薦められた本があった。
夏目漱石の『こころ』。
純文学が好きな柳くんに薦められたら、こちらを先に読むしかない。私が薦めた本を、最初に読んでくれたからというのもあるが。
いざ頁を捲ると、丁寧に綴られている心情描写に共感でき、純文学に馴染みがなかった私でも楽しみながら読めた。
あっという間に読了していたことを含め、仁王くんには内緒である。
今読んでいる本もこの調子でいけば、今日中に読み終わりそうだ。
放課後にでも続きの巻を借りに行こう。柳くんに教えてもらった、夏目漱石のオススメ作品も一緒に。
*
予想通り放課後までに読み終えたので、図書館へ向かう。返却カウンターにて借りた本を、図書当番の子に渡した。
さて、続きを借りなくては。昨日の昼休み、柳くんに案内してもらった本棚から、続きの巻である茶鼠色に似た本を手に取って表紙を撫でた。
ふと、疑問に思う。
それにしても、柳くんはこの本とどこで出会ったのかしら?
私が本を薦めた時の反応を見る限り、普段読みそうなジャンルだとは思わなかった。
もしかしたら過去に読んでいて、私が好むジャンルだったから、思い出して薦めてくれたのかもしれない。柳くんの読書量は立海一だろうし、引き出し多そう。
「きっと偶然よね」
私は深く考えるのを止めた。
次に夏目漱石の本が置いてある棚へ歩く。どちらも同じ分野に該当するので、広い図書館を大移動せずに済んだ。
今回借りる作品は、『吾輩は猫である』。
国語の教科書に一部だけど載っているので、せっかくだから読んでみてはどうだと薦められたのだ。
たしか英語教師の家に飼われている猫の視点から、人間模様が描かれているのよね。
借りる本を胸に抱き、貸出機へ向かった。
本の貸出手続きを済ませた私は、南側の階段を上ってラーニングスペースへ。仕切り板がなく開放的だし、図書館の様子を展望できて気分転換になるので、勉強する時によく利用している。
借りた本をテーブルの端に置き、電気スタンドの電源を入れた。椅子に座り、鞄から筆箱と数学の宿題プリントを取り出す。
提出は明後日の数学の授業。シャーペンを片手に、早速着手するのだが――。
「角度Xを求めよ……?」
いかんせん数学が苦手で、なかなか解き終わらなかった。
角度計算問題なので、とりあえず分かる角度を書き込んでいく。
「どうやって解くのかしら……」
与えられたヒントをもとに角度を書き足したのだが、行き詰まってしまった。
「それは補助線を引いて、新しい二等辺三角形を作り出すと良い」
「二等辺三角形……あっ、なるほど!」
角度Xを算出する解法は閃いたのだが、何故か隣から聞き覚えのある声が。
ゆっくり顔を右に向けると、隣の席に立海の歩く辞書と呼ばれている柳くんがいた。
い、いつの間に……。
「いつの間に……と思っているようだが、角度問題解き始めたあたりからいたぞ。まあ、勉強の邪魔にならないように静かに来たが」
「そうだったの。……ところで部活は良いの?」
柳くんのことだからサボりではないと思うけど、いつもなら既に部活の時間である。ちなみに茶道部は、本日活動日ではない。
「ああ、顧問が出張で休みになった。それに図書館に行けば、雪宮がいると思ってな。数学が苦手であれば、テスト前にでも教えようか?」
「良いの!? あっ、でも私、大したお礼できないよ……?」
願ってもない話だが、柳くんに喜んでもらえるものを返せるだろうか。
「人に教えると、自分の理解も深まるからな。別にお礼を求めて言ったわけではないが、そうだな……ゴールデンウィークに雪宮の時間をくれないか?」
柳くんは、口元を手で覆いながら言った。
時間を差し出すなら、私でも出来そうだ。ちゃんと、彼を楽しませることが出来ると良いのだけど。
「ええ、柳くんが良ければ、今度一緒に遊びましょう!」
すると、柳くんの纏う雰囲気が柔らかくなった。
緊張していたのかしら……?
こうして私は、ゴールデンウィークに柳くんと遊ぶ約束を取り付けた。この時はどこへ行こうか考えていたわけだが、これがデートの約束だと気づくのは、もう少しあとの話である。
窓側の一番後ろの席で本を読んでいると、だんだん教室が賑やかになってきた。おそらく朝練が終わった運動部の人たちが、教室に入ってきたのだろう。
「おや? 雪宮が教室で読書とは珍しいのう」
いつもなら朝は中庭で読んでいるからか、仁王くんは不思議そうにこちらへ近づいてきた。
何の縁か三年連続同じクラスで、現在は隣の席なのだ。最初は近寄りがたい雰囲気だったが、声をかけてみると案外話しやすく馬が合った。
仁王くんはラケットバッグを床に置いて、席に座った。
「柳くんのオススメ本なのだけど、面白くて続きが気になるの。移動時間が惜しくなるくらい」
「ほう、柳が。どんな話なんじゃ」
仁王くんがしげしげと表紙のイラストを眺める。
「元エリートサラリーマンで今はドラァグクイーンのシャールさんが、夜食カフェで様々な悩みを持つお客さんに野菜たっぷりの賄い料理を出して、元気づけてくれるの。シャールさんの言葉が心に響くんだ」
「柳にしては珍しい選書じゃな」
「……そうね。多分、私の好みに合わせてくれたのだと思う?」
「なんで疑問形」
「私のツボにドンピシャすぎたから……」
「ほほーん」
仁王くんが左手を顎にあてる。
実は今読んでいる本以外にも、柳くんから薦められた本があった。
夏目漱石の『こころ』。
純文学が好きな柳くんに薦められたら、こちらを先に読むしかない。私が薦めた本を、最初に読んでくれたからというのもあるが。
いざ頁を捲ると、丁寧に綴られている心情描写に共感でき、純文学に馴染みがなかった私でも楽しみながら読めた。
あっという間に読了していたことを含め、仁王くんには内緒である。
今読んでいる本もこの調子でいけば、今日中に読み終わりそうだ。
放課後にでも続きの巻を借りに行こう。柳くんに教えてもらった、夏目漱石のオススメ作品も一緒に。
*
予想通り放課後までに読み終えたので、図書館へ向かう。返却カウンターにて借りた本を、図書当番の子に渡した。
さて、続きを借りなくては。昨日の昼休み、柳くんに案内してもらった本棚から、続きの巻である茶鼠色に似た本を手に取って表紙を撫でた。
ふと、疑問に思う。
それにしても、柳くんはこの本とどこで出会ったのかしら?
私が本を薦めた時の反応を見る限り、普段読みそうなジャンルだとは思わなかった。
もしかしたら過去に読んでいて、私が好むジャンルだったから、思い出して薦めてくれたのかもしれない。柳くんの読書量は立海一だろうし、引き出し多そう。
「きっと偶然よね」
私は深く考えるのを止めた。
次に夏目漱石の本が置いてある棚へ歩く。どちらも同じ分野に該当するので、広い図書館を大移動せずに済んだ。
今回借りる作品は、『吾輩は猫である』。
国語の教科書に一部だけど載っているので、せっかくだから読んでみてはどうだと薦められたのだ。
たしか英語教師の家に飼われている猫の視点から、人間模様が描かれているのよね。
借りる本を胸に抱き、貸出機へ向かった。
本の貸出手続きを済ませた私は、南側の階段を上ってラーニングスペースへ。仕切り板がなく開放的だし、図書館の様子を展望できて気分転換になるので、勉強する時によく利用している。
借りた本をテーブルの端に置き、電気スタンドの電源を入れた。椅子に座り、鞄から筆箱と数学の宿題プリントを取り出す。
提出は明後日の数学の授業。シャーペンを片手に、早速着手するのだが――。
「角度Xを求めよ……?」
いかんせん数学が苦手で、なかなか解き終わらなかった。
角度計算問題なので、とりあえず分かる角度を書き込んでいく。
「どうやって解くのかしら……」
与えられたヒントをもとに角度を書き足したのだが、行き詰まってしまった。
「それは補助線を引いて、新しい二等辺三角形を作り出すと良い」
「二等辺三角形……あっ、なるほど!」
角度Xを算出する解法は閃いたのだが、何故か隣から聞き覚えのある声が。
ゆっくり顔を右に向けると、隣の席に立海の歩く辞書と呼ばれている柳くんがいた。
い、いつの間に……。
「いつの間に……と思っているようだが、角度問題解き始めたあたりからいたぞ。まあ、勉強の邪魔にならないように静かに来たが」
「そうだったの。……ところで部活は良いの?」
柳くんのことだからサボりではないと思うけど、いつもなら既に部活の時間である。ちなみに茶道部は、本日活動日ではない。
「ああ、顧問が出張で休みになった。それに図書館に行けば、雪宮がいると思ってな。数学が苦手であれば、テスト前にでも教えようか?」
「良いの!? あっ、でも私、大したお礼できないよ……?」
願ってもない話だが、柳くんに喜んでもらえるものを返せるだろうか。
「人に教えると、自分の理解も深まるからな。別にお礼を求めて言ったわけではないが、そうだな……ゴールデンウィークに雪宮の時間をくれないか?」
柳くんは、口元を手で覆いながら言った。
時間を差し出すなら、私でも出来そうだ。ちゃんと、彼を楽しませることが出来ると良いのだけど。
「ええ、柳くんが良ければ、今度一緒に遊びましょう!」
すると、柳くんの纏う雰囲気が柔らかくなった。
緊張していたのかしら……?
こうして私は、ゴールデンウィークに柳くんと遊ぶ約束を取り付けた。この時はどこへ行こうか考えていたわけだが、これがデートの約束だと気づくのは、もう少しあとの話である。