蝶ノ光【番外編】

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 十二月四日。
 それは大切なチームメイトの、ダブルスパートナーの、想い人の誕生日である。
 あと二週間でその特別な日がやってくるのだが、私は仁王に何を贈るか悩んでいた。

「そんなに追い詰められたような顔して、どうしたんだ?」

 昼休みに図書館のフリースペースでノートとにらめっこしていると、柳が心配そうに目の前の席へ座った。

「あのね、二週間後に雅治の誕生日でしょう。何を贈ろうか悩んでいたの」

「なるほど、それはプレゼント候補というわけか」

 柳はノートを覗き込みながら、右手を顎にあてる。

 ・マフラー
 ・手袋
 ・タオル
 ・文房具
 ・キーホルダー

 ノートにプレゼント候補を書き出したが、どれもしっくりこなかった。

時雨は料理が得意だったな。手作りのプレゼントを渡すのも良いんじゃないか? 例えば、ケーキとか」

「たしかに。でもケーキ作りは、あまりしたことないのよね……二週間でものにできるかしら」

 唐揚げ、ほうれん草のごま和えのようなお弁当のおかずに入れる料理ならよく作るが、ケーキ作りはする機会が殆どなかった。
 ノートに「ケーキ」と書き記す。
 家に帰ったら、まずはパソコンでレシピを検索してみなくては。

「それなら身近に、お菓子作りのスペシャリストがいるだろう。放課後相談できないか、聞いてみよう」

 柳は携帯を取り出し、微笑んだ。



 放課後となり、柳、百合とともに図書館のフリースペースへ。
 仁王には、柳に勉強を教えてもらうから、二週間ほど一緒に帰れないと伝えた。
 十二月に期末試験があるので、嘘ではない。
 試験勉強をしつつ、ケーキ作りに励むのである。
 定期試験が近づくと柳と勉強会をするので、怪しまれた様子はなかった。
 仁王のしょんぼりした顔に、心が締め付けられたが。彼に喜んでもらうためにも、ケーキ作りを頑張らないと、と決意した。

「遅くなって悪い! ちょっと、先生に捕まっちまった」

 お菓子作りのスペシャリスト――丸井がフリースペースにやってきた。

「私たちも今来たところだから大丈夫よ。丸井くんが料理得意なのは知っていたけど、お菓子作りも得意なのね」

「おう、任せろぃ! ところで、なんで百合がいるんだ? 時雨にお菓子作りを教えてほしいって頼まれて来たんだが……」

 丸井の視線が百合へ。

時雨に、柳くんから勉強教えてもらえると聞いて」

 百合から私に視線が移る。

「蓮二に、来月定期試験があるから、表向きは勉強会をやったらカモフラージュになるって……」

「仁王は勘が鋭いからな。それに人数が多い方が、都合が良い」

「あ~、そうだな。時雨が男子と話してる時の、仁王の様子と言ったら……」

「どういうこと?」

 勉強会がカモフラージュになるのは理解できるが、なぜ人数が多い方が良いのだろう。
 それに、丸井が遠い目をしているのが気になる。

「普段は飄々としているけど、意外と仁王くんって独占欲あるよね」

 私が男子と話していると、仁王の機嫌が悪くなるらしい。百合が小声で教えてくれた。

「機嫌が悪くなったところなんて、見たことないわよ」

「それは時雨の前では、そんな姿晒さないからだよ。機嫌悪くなるの、ほとんど時雨の背にいるときだもん」

 それは知らなかった。虚を突かれていると、百合は目尻を下げた。

「さて、そろそろ本題に入ろるか。仁王に何のお菓子を渡すのか、決まっているのか?」

「ケーキかな。出来れば、甘さ控えめのが良いわ」

「それなら、ビターチョコパウンドにするか。一時間半くらいで作れると思うぜ。場所は……俺ん家でいっか」

「良いの?」

「家庭科室も考えたけど、仁王にバレそうだからな」

 こうして仁王に怪しまれないよう、放課後に丸井家でお菓子作りをすることに。ただし四人で帰るのは不自然なので、私と百合、柳と丸井で下校し、丸井家で落ち合うことになった。
 丸井曰く、一、二回練習すればコツは掴めるだろうとのことなので、お菓子作りをしない日は、四人で勉強会だ。勉強は柳に見てもらえるので、百合と丸井は、次の定期試験は上位を目指すと張り切っていた。



 時雨と別々に下校するようになってから数日。彼女と帰れない日々は、世界が色褪せているように感じる。
 勉強会をするから、しばらく一緒に帰れないと言われたので仕方がない。定期試験が近づいて来ると、毎回柳と勉強しているのは付き合う前から知っている。
 だから、今回もてっきり柳と勉強するのだろうと思ったのだが。
 昨日、なぜか時雨が水澤と帰る姿を見かけた。
 柳と勉強するんじゃなかったんか……?
 しかし、しばらく一緒に帰れないと告げられたあの日、時雨が嘘をついているようにも見えなかった。
 柳にそれとなく探りをいれてみたが、試験勉強が捗っていることしか分からなかった。参謀相手だと、分が悪いか。
 時雨が他の男と二人きりでいるのは、それはそれでモヤモヤするので頭の隅に押しやることにした。

「仁王くん。先程から眉間に皺を寄せて、どうしたのですか?」

 柳生に声をかけられ、思考の海から浮上する。ここ数日は、柳生と下校していた。

「少し考え事をしててのう。最近、時雨が隠し事をしてるんじゃないかと思ったんじゃ」

 一人で悶々と考えても埒が明かないので、柳生に話してみる。

「白石さんが隠し事……? たしか、彼女は柳くんと勉強会をしているのでしたね」

「ああ。だが、昨日水澤と帰ってるのを見かけてな」

「それで柳くんと帰るのではなかったのか、と思ったわけですか。次の定期試験は来月。来月……。ああ、なるほど」

 どうやら柳生は、何か閃いた様子。ミステリー好きの彼には、朝飯前だったのかもしれない。

「仁王くん。あなた自身は忘れているかもしれませんが、そうですね……白石さんを信じてあげてください。数日後には、理由が分かるでしょう」

「……? 了解ナリ」

 隠し事は教えてもらえなかったが、顔がほころんでいたので、きっと俺にとって喜ばしい内容なのだろう。
 そうと分かれば、ひとまず安心だ。
 今日は柳生が本屋に行きたいようなので、気分転換も兼ねてついていくことにした。



 十二月三日。仁王の誕生日前日。
 今日も百合と一緒に、丸井の家へ向かった。インターホンを押し、エプロンを着けた丸井に中へ入れてもらう。

「お待たせ!」

「いや、さっき帰ってきたところだから気にすんな。まずは時雨とチョコパウンド作るから、百合は先に柳と試験勉強始めててくれ」

「分かった。じゃあ、時雨またあとでね」

「ええ」

 百合と手を振って別れた。私は丸井にキッチンへと案内してもらい、百合は柳が待っている居間へと向かう。
 シンクへ進むと、既に材料と調理器具が用意されていた。

「わ、ありがとう」

「そのくらい、いいってもんよ。準備ができたら作り始めようぜ。それじゃ、お湯の用意してるから」

「うん!」

 急いでキッチンの隅に鞄を置き、シンクで手を洗ってエプロンを着ける。
 湯煎の準備ができる前に、チョコの用意をしなくては。
 まな板にクッキングシートを敷き、チョコを角から刻んでいく。まず大きく刻んでから、次に細かく刻んだ。

「お湯の準備ができたが、そっちはどうだ?」

「こっちも大丈夫よ」

 ちょうどいい大きさに刻めたところで声がかかった。刻んだチョコをボウルに移し、湯煎をする。

『ボウルにお湯が入らないように気を付けろよ』

 丸井に教わったことを思い出しながら進めた。
 まんべんなく熱が通るように、ゴムべらでかき混ぜる。途中でバターも加えて溶かした。
 チョコが全て溶けてなめらかになったら、ボウルをお湯から外し、卵黄、グラニュー糖、アーモンドパウダーを加えて混ぜる。
 丸井に必要な材料を既に用意してもらえたおかげで、とても作業がしやすい。

「順調そうだな。俺はオーブン温めておくぜ」

「分かったわ。お願い」

 下準備は丸井に任せ、私は生地作りに集中。
 チョコを混ぜたものとは別のボウルを使い、卵白とグラニュー糖を入れる。角が立つまで混ぜたところで、チョコの入ったボウルに薄力粉とともに加えて切り混ぜた。
 残りの行程は、あと少し。
 型に生地を流し込み、予熱してもらったオーブンへ。
 待っている間に丸井とお喋りしながら片付けをしていたら、チョコパウンドが焼きあがった。
 あとは粗熱を取るだけだ。

「美味しそうにできたな。これなら、仁王も喜ぶだろい」

「ふふ、そうだと良いな。こうして作れるようになったのも、丸井くんのおかげよ。本当にありがとう!」

「それは、時雨が頑張ったからだろ? けどまあ、そういうことにしておくか」

 感謝の気持ちを伝えると、丸井は照れくさそうに笑った。
 粗熱が取れてから、ナイフで切り分けて居間へ持っていく。丸井や柳、百合に食べてもらうと、美味しいと感想をもらった。
 雅治にも言ってもらえると良いな。
 チョコパウンドを食べた仁王を想像すると、自然と口元が緩む。明日が楽しみだ。



 十二月四日。
 遂にこの日がやってきた。
 スクールバッグに入れると潰れてしまうかもしれないので、パウンドケーキはランチバッグに入れた。
 いつもより早めに登校する。
 三年B組の教室ではなく、階段を上りきり、屋上の扉の前へ向かった。おそらく仁王は、この先にいるはず。
 扉をそっと開けると人影が見える。目を凝らすと予想通り、仁王が柵に寄りかかっていた。
 トートバッグの取っ手をぎゅっと握る。
 丸井くん、蓮二、百合が美味しいと言ってくれたから、きっと大丈夫。
 私は深呼吸をしてから、屋上へと足を踏み入れた。

「雅治」

 ラッピングしたチョコパウンドを背に隠しながら、彼に近づいて声をかける。

「ん? 時雨がここに来るのは、珍しいのう」

「……はい、これ。誕生日おめでとう! ケーキ作ったから、良かったら食べてほしいな」

 鞄を置き、両手でチョコパウンドを差し出すと、仁王は目をぱちくりさせた。

「……そうか、今日は俺の誕生日。…………もしかして、二週間帰れなかったのは」

「実は丸井くんに、お菓子作り教わってたの。あ! でも、お菓子作りじゃない日は、ちゃんとテスト勉強してたわよ。……蓮二、丸井くん、百合と」

「なるほどな。俺のために作ってくれて、ありがとさん。……は~、良かったぜよ」

 チョコパウンドが仁王の手のひらに収まる。

「早速いただこうかのう」

 仁王はリボンを解き、袋の中からケーキを一つ取り出す。
 ぱくり。
 一口含むと、目を見開いた。それからあっという間に一つ目を完食。

「どう、かな……?」

 彼の口に合ったか不安で、心臓がばくばくとうるさい。

「甘すぎず、しっとり濃厚で食べやすい。美味じゃった」

 仁王と目が合い、別の意味で心臓が跳ねた。瞳が甘く、とろけそうだったからだ。
 だんだん恥ずかしくなってきて思わず目を逸らすと、彼は喉で笑った。

「残りは休み時間に食べるナリ」

 そう言ってハンカチで手を拭き、袋をリボンで結び直した。

「それじゃあケーキは堪能したし、次は――」

 仁王が距離を詰めてくる。
 どうしたのだろう?
 と思った次の瞬間、抱きしめられていた。彼の頭が私の肩に乗る。仄かにチョコの香りがした。

「……雅治?」

時雨を充電中ナリ」

 教室で顔を合わせているとはいえ、二週間も一緒に帰れず、想像以上に寂しい想いをさせてしまったのかもしれない。
 私も仁王の背に手を回し、ぽんぽんと優しく撫でると腕の力が少し強くなった。
 しばらくこのままが良いだろう。私は予鈴が鳴るまで、彼の温もりを感じていた。
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