蝶ノ光【番外編】
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梅雨が明け、セミの合唱が聞こえる季節がやってきた。太陽がギラギラ輝く日が続き、立っているだけでも汗が吹き出してくる。
タオルで汗を拭い、ため息をこぼす。こうも暑い日が続くと、少し参ってしまう。
朝練で使ったテニスボールをかごに入れ、倉庫に仕舞った。これで片付けは終わりだ。
仁王と倉庫に鍵をかけたことを確認し、教室に戻ろうとしたところで声をかけられた。
「時雨、放課後空いてるか?」
午後の練習は、顧問が出張のため珍しく休みである。
跡部主催の大会のバッジ集めは順調なので、今日は試合をしなくても焦らなくて良いペースだ。
「空いてるわよ」
「ほう。それなら、お祭りに行かないか?」
「お祭り?」
どうやら電車の乗り換え駅の近くで、昨日からお祭りが開催されているらしい。
「ぜひ、行ってみたいな」
「決まりじゃな」
仁王の声が弾む。私も彼とお祭りに行くのが楽しみで、頬が緩んだ。
「あ、丸井や水澤には秘密ぜよ」
「どうして?」
「……あの二人がいると、お祭りを楽しむどころではなくなってしまうからな。特に丸井」
「ええと……?」
せっかくの機会だし、みんなで行った方が楽しそうなのに。
飲食物に夢中になって、他が楽しめなくなってしまうからだろうか。
「時雨と二人で行きたいんじゃ」
そっぽ向きながら呟く仁王。はっとして彼を見ると、耳が赤かった。
釣られて頬が熱くなるのを感じる。
「わ、分かったわ……」
私はなんとか答えるが、教室に戻るまで仁王と目を合わせることはできなかった。
*
放課後に部活がないとはいえ、全く練習しないわけにはいかない。平日なので他校のテニス部は、いつも通り練習に励んでいるだろう。他校に遅れを取りたくない。
そこでテニススクールで練習してから、お祭りへ行くことになった。ちなみに学校のコートではないのは、丸井や切原たちに見つからないためである。
「それじゃ、今日は基礎練習だけにしとくかのう」
ジャージに着替え、準備運動をしてから仁王とともにテニスコートに入る。
柳とは異なり、苦手コースばかりに打ってくることはない。苦手コースを克服するのも良いが、今回は自身のフォームを見直す良い機会となった。
ただ日差しがいつもに増して強く、外にいるだけでもじわじわと体力が削られる。この後お祭りを楽しむためにも、元気を取っておかねば。
「そろそろお祭り行く?」
「ん、そうじゃな」
区切りの良いところで仁王に声を掛けると、彼は頷いた。
更衣室で制服に着替えて、テニススクールの入口で仁王と合流。
お祭りの会場に行くため、駅へ向かった。いつもであれば部活動の時間であるからか、電車は比較的空いていたのだが――。
「す、凄い人ね……」
通学路の乗り換え駅で降り、改札を出ると、そこは人で溢れ返っていた。どこを見渡しても人、人、人。
有名な観光地であるのは知っていたが、これほどとは。
「平日だから大丈夫だと思っていたが、予想以上に多いのう」
仁王も予想外だったようで、目をぱちくりさせている。
いつまでも駅で突っ立っているわけにもいかないので、近くの神社を目指すことに。
通りに入ると、さらに人で溢れ返っていた。人混みで思うように前に進めず、気を付けないと仁王を見失いそうだ。
「あっ……!」
仁王についていくのに必死になっていたら、前方から来た女性に肩がぶつかってしまった。
「す、すみません!」
慌てて謝り、頭を下げる。
「こちらこそ、ごめんなさいね。お喋りに夢中になって前を見てなかったわ」
頭を上げると、年配の女性が頬に手をあてて、朗らかに笑っていた。
向こうも前方不注意だったようだ。
優しそうな人で良かったと、内心ホッとする。
「いえいえ……それでは失礼しました」
年配の女性と別れ、本来の目的に戻り、神社がある方向に顔を向けた。
「……あれ?」
仁王の姿を探すため、道の端に寄って辺りを見渡すが見当たらない。
どくり、どくり。心臓が嫌な音を立て、血の気が引いていく。
透き通った水にインクが垂れたように、心が徐々に黒く塗りつぶされる。
どうしよう。仁王くんとはぐれてしまった。
多くの人が行き交う中で、一人ぽつんと立っていると孤独感を思い出し、目頭が熱くなる。
零れそうになる涙を拭うため、右手を上げようとすると、突如全身が温もりに包まれた。
「時雨! 一人にしてすまんかった」
「え、あ……」
何が起こったのか分からず、仁王に抱き締められていることに気づくのに時間がかかった。
急いで駆けつけて来てくれたのだろう。伝わってくる仁王の鼓動が速かった。
「私の方こそ、はぐれてしまってごめんなさい」
「いや、俺が一人のこのこ進んでしまったのが悪かったんじゃ。人が多いし、はぐれないためにも手を繋いで行こう」
「ええ、分かったわ」
仁王の腕が緩み、彼の左手と私の右手が絡み合う。彼が隣にいることに安堵した。
雑談を交えながら歩くと、心が温まっていく。
しかし安心したせいか、だんだんお腹が空いてきてしまった。
「さて。目的地に着いたし、まずは何か食べるかのう」
無事神社に着き、ベビーカステラを食べたいことを伝えたら、なんと奢ってもらえた。
「ありがとう。仁王くんの好きなもので良かったのに……」
「気にしなさんな。時雨が喜んでくれたら、それで十分じゃ」
近くにあったベンチが空いていたので、そこに座って二人でベビーカステラ食べる。できたてなので熱々だが、ふんわりとして甘く、美味しい。
「屋台どこか回りたいところある?」
「ん、射的はどうじゃ?」
ベビーカステラが食べ終わったところで、行きたい場所を問うと、すぐさま答えが返ってきた。
心なしか目が輝いているように見える。
「もちろん、良いわよ。射的好きなの?」
「ああ、得意分野ぜよ」
早速、射的のスペースへ向かうと、お菓子や玩具、ポーチなど色んな景品が棚に並んでいた。
「何か欲しいものはあるか? せっかくの機会だし、取ってやるぜよ」
改めて景品が置かれている棚へ視線を向ける。
上から下まで満遍なく見渡すと、くまのぬいぐるみと目が合った。ちんまりと手のひらサイズで可愛い。
「上から二段目の、くまさんのぬいぐるみが良いな」
「任せんしゃい」
仁王は口角を上げて笑い、屋台の店主にお金を払って、コルク玉を受け取った。
銃にコルク玉を詰めて、一度息を吐く。
銃床を肩にあてて構えた。
脇を締めて銃の柄に頬を寄せ、照準を合わせる。狙いはぬいぐるみの右上あたりだろうか。
「ターゲット、ロックオンしたぜよ。シュート!」
引き金を引くと、コルク玉は見事ぬいぐるみに命中して倒れた。
「わ、凄い! 一発で倒れたわ」
「フッ、当然ぜよ。ほら、くまさんのぬいぐるみじゃ」
仁王が私の手のひらに、くまのぬいぐるみを乗せた。
「ありがとう!」
くまの頭を優しく撫でる。つぶらな瞳が可愛く、笑みが零れた。
「そんなに喜んでもらえたら、取ったかいがあるのう」
「このくまさん、部屋に飾るね」
「ああ、そうしんしゃい」
それから金魚すくいをしたり、冷やしパインを食べたりしたら日が沈んできた。
電車で家の最寄り駅へ移動し、仁王に家まで送ってもらえた。
「お祭り誘ってくれて、ありがとう! 楽しかったわ」
「俺も楽しかったぜよ。また機会があれば、誘って良いか?」
「もちろん。嬉しいわ!」
私からも誘えると良いな。
胸が高鳴り、頬が熱くなる。
「それじゃ、また明日」
手を振って仁王を見送る。
彼の後ろ姿が完全に見えなくなったところで家の中へ。自分の部屋に入り、机の上にくまのぬいぐるみを飾った。
「今日の仁王くん、いつもより格好良かったな……」
私はくまのぬいぐるみを見つめながら、一日の出来事を振り返るのだった。
タオルで汗を拭い、ため息をこぼす。こうも暑い日が続くと、少し参ってしまう。
朝練で使ったテニスボールをかごに入れ、倉庫に仕舞った。これで片付けは終わりだ。
仁王と倉庫に鍵をかけたことを確認し、教室に戻ろうとしたところで声をかけられた。
「時雨、放課後空いてるか?」
午後の練習は、顧問が出張のため珍しく休みである。
跡部主催の大会のバッジ集めは順調なので、今日は試合をしなくても焦らなくて良いペースだ。
「空いてるわよ」
「ほう。それなら、お祭りに行かないか?」
「お祭り?」
どうやら電車の乗り換え駅の近くで、昨日からお祭りが開催されているらしい。
「ぜひ、行ってみたいな」
「決まりじゃな」
仁王の声が弾む。私も彼とお祭りに行くのが楽しみで、頬が緩んだ。
「あ、丸井や水澤には秘密ぜよ」
「どうして?」
「……あの二人がいると、お祭りを楽しむどころではなくなってしまうからな。特に丸井」
「ええと……?」
せっかくの機会だし、みんなで行った方が楽しそうなのに。
飲食物に夢中になって、他が楽しめなくなってしまうからだろうか。
「時雨と二人で行きたいんじゃ」
そっぽ向きながら呟く仁王。はっとして彼を見ると、耳が赤かった。
釣られて頬が熱くなるのを感じる。
「わ、分かったわ……」
私はなんとか答えるが、教室に戻るまで仁王と目を合わせることはできなかった。
*
放課後に部活がないとはいえ、全く練習しないわけにはいかない。平日なので他校のテニス部は、いつも通り練習に励んでいるだろう。他校に遅れを取りたくない。
そこでテニススクールで練習してから、お祭りへ行くことになった。ちなみに学校のコートではないのは、丸井や切原たちに見つからないためである。
「それじゃ、今日は基礎練習だけにしとくかのう」
ジャージに着替え、準備運動をしてから仁王とともにテニスコートに入る。
柳とは異なり、苦手コースばかりに打ってくることはない。苦手コースを克服するのも良いが、今回は自身のフォームを見直す良い機会となった。
ただ日差しがいつもに増して強く、外にいるだけでもじわじわと体力が削られる。この後お祭りを楽しむためにも、元気を取っておかねば。
「そろそろお祭り行く?」
「ん、そうじゃな」
区切りの良いところで仁王に声を掛けると、彼は頷いた。
更衣室で制服に着替えて、テニススクールの入口で仁王と合流。
お祭りの会場に行くため、駅へ向かった。いつもであれば部活動の時間であるからか、電車は比較的空いていたのだが――。
「す、凄い人ね……」
通学路の乗り換え駅で降り、改札を出ると、そこは人で溢れ返っていた。どこを見渡しても人、人、人。
有名な観光地であるのは知っていたが、これほどとは。
「平日だから大丈夫だと思っていたが、予想以上に多いのう」
仁王も予想外だったようで、目をぱちくりさせている。
いつまでも駅で突っ立っているわけにもいかないので、近くの神社を目指すことに。
通りに入ると、さらに人で溢れ返っていた。人混みで思うように前に進めず、気を付けないと仁王を見失いそうだ。
「あっ……!」
仁王についていくのに必死になっていたら、前方から来た女性に肩がぶつかってしまった。
「す、すみません!」
慌てて謝り、頭を下げる。
「こちらこそ、ごめんなさいね。お喋りに夢中になって前を見てなかったわ」
頭を上げると、年配の女性が頬に手をあてて、朗らかに笑っていた。
向こうも前方不注意だったようだ。
優しそうな人で良かったと、内心ホッとする。
「いえいえ……それでは失礼しました」
年配の女性と別れ、本来の目的に戻り、神社がある方向に顔を向けた。
「……あれ?」
仁王の姿を探すため、道の端に寄って辺りを見渡すが見当たらない。
どくり、どくり。心臓が嫌な音を立て、血の気が引いていく。
透き通った水にインクが垂れたように、心が徐々に黒く塗りつぶされる。
どうしよう。仁王くんとはぐれてしまった。
多くの人が行き交う中で、一人ぽつんと立っていると孤独感を思い出し、目頭が熱くなる。
零れそうになる涙を拭うため、右手を上げようとすると、突如全身が温もりに包まれた。
「時雨! 一人にしてすまんかった」
「え、あ……」
何が起こったのか分からず、仁王に抱き締められていることに気づくのに時間がかかった。
急いで駆けつけて来てくれたのだろう。伝わってくる仁王の鼓動が速かった。
「私の方こそ、はぐれてしまってごめんなさい」
「いや、俺が一人のこのこ進んでしまったのが悪かったんじゃ。人が多いし、はぐれないためにも手を繋いで行こう」
「ええ、分かったわ」
仁王の腕が緩み、彼の左手と私の右手が絡み合う。彼が隣にいることに安堵した。
雑談を交えながら歩くと、心が温まっていく。
しかし安心したせいか、だんだんお腹が空いてきてしまった。
「さて。目的地に着いたし、まずは何か食べるかのう」
無事神社に着き、ベビーカステラを食べたいことを伝えたら、なんと奢ってもらえた。
「ありがとう。仁王くんの好きなもので良かったのに……」
「気にしなさんな。時雨が喜んでくれたら、それで十分じゃ」
近くにあったベンチが空いていたので、そこに座って二人でベビーカステラ食べる。できたてなので熱々だが、ふんわりとして甘く、美味しい。
「屋台どこか回りたいところある?」
「ん、射的はどうじゃ?」
ベビーカステラが食べ終わったところで、行きたい場所を問うと、すぐさま答えが返ってきた。
心なしか目が輝いているように見える。
「もちろん、良いわよ。射的好きなの?」
「ああ、得意分野ぜよ」
早速、射的のスペースへ向かうと、お菓子や玩具、ポーチなど色んな景品が棚に並んでいた。
「何か欲しいものはあるか? せっかくの機会だし、取ってやるぜよ」
改めて景品が置かれている棚へ視線を向ける。
上から下まで満遍なく見渡すと、くまのぬいぐるみと目が合った。ちんまりと手のひらサイズで可愛い。
「上から二段目の、くまさんのぬいぐるみが良いな」
「任せんしゃい」
仁王は口角を上げて笑い、屋台の店主にお金を払って、コルク玉を受け取った。
銃にコルク玉を詰めて、一度息を吐く。
銃床を肩にあてて構えた。
脇を締めて銃の柄に頬を寄せ、照準を合わせる。狙いはぬいぐるみの右上あたりだろうか。
「ターゲット、ロックオンしたぜよ。シュート!」
引き金を引くと、コルク玉は見事ぬいぐるみに命中して倒れた。
「わ、凄い! 一発で倒れたわ」
「フッ、当然ぜよ。ほら、くまさんのぬいぐるみじゃ」
仁王が私の手のひらに、くまのぬいぐるみを乗せた。
「ありがとう!」
くまの頭を優しく撫でる。つぶらな瞳が可愛く、笑みが零れた。
「そんなに喜んでもらえたら、取ったかいがあるのう」
「このくまさん、部屋に飾るね」
「ああ、そうしんしゃい」
それから金魚すくいをしたり、冷やしパインを食べたりしたら日が沈んできた。
電車で家の最寄り駅へ移動し、仁王に家まで送ってもらえた。
「お祭り誘ってくれて、ありがとう! 楽しかったわ」
「俺も楽しかったぜよ。また機会があれば、誘って良いか?」
「もちろん。嬉しいわ!」
私からも誘えると良いな。
胸が高鳴り、頬が熱くなる。
「それじゃ、また明日」
手を振って仁王を見送る。
彼の後ろ姿が完全に見えなくなったところで家の中へ。自分の部屋に入り、机の上にくまのぬいぐるみを飾った。
「今日の仁王くん、いつもより格好良かったな……」
私はくまのぬいぐるみを見つめながら、一日の出来事を振り返るのだった。