蝶ノ光【番外編】
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「これでよし、と」
日直の仕事である日誌を書き終えて、担任に提出した。
今日は顧問が急用のため、部活が休みだ。
せっかくなので他校へ偵察はどうかと思い、柳を誘ってみたのだが、委員会の集まりがあるため、またの機会となった。残念。
「クッキーでも焼こうかしら」
材料は家に揃っていたはず。
毎日テニス三昧なので、放課後ゆっくりできるのは久しぶりだ。
階段を下りて昇降口にたどり着くと、雨が降っていることに気づいた。
今日は少し寝坊したため、天気予報をチェックできなかった。もちろん鞄に折りたたみ傘は入ってはいない。
「困ったわね……」
一先ず外履きに履き替え、考える。にわか雨なら図書館で時間を潰すのだが、どうしたものか。
兄さんが部活を終えるまで待とうかしら。
吹雪はいつも鞄に折りたたみ傘を入れているので、今日も持っているはずだ。彼に連絡を入れようと、鞄から携帯を取り出そうとしたその時。
「おや、白石さん。帰らないのですか?」
後ろから馴染みのある声がした。振り返ると、そこには傘を左手に持った柳生の姿が。
ここで会うとは思っていなかったので驚いた。
「ええ、傘を家に置いてきてしまったの。だから兄さんが部活終わるまで待とうかなって思ってて」
「それなら一緒に帰りませんか? もちろん、あなたが嫌ではなければですが」
私は思わず辺りを見渡した。周りに女子生徒はいない。反射的にファンクラブの子がいないか、身構えてしまうのだ。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、ちょっと癖で……」
きょとんとしている柳生の声で我にかえる。
ここが立海であるのは承知しているのだが、青学に在学していた時の癖が抜けなかった。
「お言葉に甘えて、一緒に帰っても良いかしら……それにしても、あなたに誘ってもらえるなんて意外ね」
「そうでしょうか。紳士として当然の行いをしたまでです」
立海テニス部にもファンクラブはあるようだが、迷惑行為がないからだろうか。
青学では誰かと帰る時は気を張っていただけに、彼と帰ることに安心感を覚えた。
相変わらず雨がやむ気配はない。
私が雨に濡れないよう、柳生はこちら側に多めに傘をさしてくれる。彼の肩が濡れてしまうかもしれないのに、心遣いが嬉しい。
普段より距離が近いからか、心臓が暴れてうるさい。
こっそり深呼吸して平静を装った。
「立海テニス部には慣れましたか?」
「だいぶ慣れてきたわ。柳生くんや仁王くん、蓮二……あなたたちのおかげね」
「それは良かったです」
みんなのサポートがなければ、テニス部に馴染むのにもっと時間がかかったはずだ。柳と仁王には特に気にかけてもらっているので感謝している。
チラリと隣を見ると、少し頬に赤みがさしていた。
珍しいなと思いながら、心の中でシャッターを切る。
「今度の休みに良ければ、一緒に遊びに行きませんか?」
次の部活の定休日は今週の日曜日だ。予定は入っていない。
「もちろん良いわよ。ただ、土地勘がなくて……案内してもらっても良いかしら」
引っ越してから日が経つが、中々足を延ばす機会がなかった。
「ぜひ、お任せください」
柳生がふと笑い、目を弓なりに細める。彼とお出かけができると思うと心が弾んだ。
ただ任せっきりでは申し訳ないので、自分でも行ってみたい場所を調べてみよう。
それから他愛ない話をしていたら、あっという間に私の家に着いた。
「ここまで送ってくれてありがとう」
「どういたしまして。それではまた明日」
私は手を振り、軽い足取りで家の中へ入った。
そうだ、お礼にクッキーを渡そう。彼の味の好みは分からないので、甘さは控えめで。
私はさっそく準備に取りかかった。
だから、まだ家の前にいた彼の言葉は聞こえなかった。
「は~、柳生にどう説明するかのう……」
その言葉は雨に溶けて消えた。
*
翌朝。
部室へ向かうと、すでにドアの鍵が開いていた。
ドアノブをひねり、中へ入る。窓際の椅子に仁王が座っていた。
いつもは私が一番乗りなのに珍しい。
仁王は窓枠に頬杖をつきながら、物思いにふけている。人の気配に敏感なはずなのに、こちらを向こうとしない。
「仁王くん」
「なんじゃ」
声をかけると仁王が姿勢を正し、ようやく目が合う。
「はい、これ昨日のお礼」
私は仁王にクッキーが入った小包を差し出した。喜んでもらえると良いのだが。
しかし一瞬彼の左手がピクリと動いたが、それ以上動くことはなかった。
「ん? それなら渡す相手が違うんじゃないか?」
「私は柳生くんの姿をしていた、仁王くんにお礼がしたいのだけど」
「……お前さん気づいてたんか」
唇を尖らして言うと、仁王は目をぱちくりさせた。
「昨日は委員会の集まりがあったからね。あの時間帯だと打ち合わせの最中だろうから、柳生くんが下校するのは無理よ。それに……」
「それに?」
「あなたは下校中に道順を尋ねてこなかった。私の家を知ってるのは、仁王くんと蓮二だけだと思うから確信したわ。なんで変装していたの?」
「お前さんが傘持ってないのは一目で分かった。どうしたら傘に入れてあげられるか考えてな。俺は普段こういう振る舞いはしないし、柳生なら自然に誘えるかと思ってのう。……委員会があるのは忘れてたわけじゃが」
仁王が顔をふいと背けた。耳が赤い。
私のために慣れないことをしれくれたと思うと、頬が緩んだ。
「仁王くん、ありがとう。一緒に帰れて嬉しかったわ」
もう一度、小包を仁王に渡す。
「それじゃあ、貰おうかのう」
差し出した手に仁王の手が添えられる。
今度は受け取ってもらえたことに、ほっとした。
仁王は小包からクッキーを取り出し、優しい味がすると呟いた。
日直の仕事である日誌を書き終えて、担任に提出した。
今日は顧問が急用のため、部活が休みだ。
せっかくなので他校へ偵察はどうかと思い、柳を誘ってみたのだが、委員会の集まりがあるため、またの機会となった。残念。
「クッキーでも焼こうかしら」
材料は家に揃っていたはず。
毎日テニス三昧なので、放課後ゆっくりできるのは久しぶりだ。
階段を下りて昇降口にたどり着くと、雨が降っていることに気づいた。
今日は少し寝坊したため、天気予報をチェックできなかった。もちろん鞄に折りたたみ傘は入ってはいない。
「困ったわね……」
一先ず外履きに履き替え、考える。にわか雨なら図書館で時間を潰すのだが、どうしたものか。
兄さんが部活を終えるまで待とうかしら。
吹雪はいつも鞄に折りたたみ傘を入れているので、今日も持っているはずだ。彼に連絡を入れようと、鞄から携帯を取り出そうとしたその時。
「おや、白石さん。帰らないのですか?」
後ろから馴染みのある声がした。振り返ると、そこには傘を左手に持った柳生の姿が。
ここで会うとは思っていなかったので驚いた。
「ええ、傘を家に置いてきてしまったの。だから兄さんが部活終わるまで待とうかなって思ってて」
「それなら一緒に帰りませんか? もちろん、あなたが嫌ではなければですが」
私は思わず辺りを見渡した。周りに女子生徒はいない。反射的にファンクラブの子がいないか、身構えてしまうのだ。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、ちょっと癖で……」
きょとんとしている柳生の声で我にかえる。
ここが立海であるのは承知しているのだが、青学に在学していた時の癖が抜けなかった。
「お言葉に甘えて、一緒に帰っても良いかしら……それにしても、あなたに誘ってもらえるなんて意外ね」
「そうでしょうか。紳士として当然の行いをしたまでです」
立海テニス部にもファンクラブはあるようだが、迷惑行為がないからだろうか。
青学では誰かと帰る時は気を張っていただけに、彼と帰ることに安心感を覚えた。
相変わらず雨がやむ気配はない。
私が雨に濡れないよう、柳生はこちら側に多めに傘をさしてくれる。彼の肩が濡れてしまうかもしれないのに、心遣いが嬉しい。
普段より距離が近いからか、心臓が暴れてうるさい。
こっそり深呼吸して平静を装った。
「立海テニス部には慣れましたか?」
「だいぶ慣れてきたわ。柳生くんや仁王くん、蓮二……あなたたちのおかげね」
「それは良かったです」
みんなのサポートがなければ、テニス部に馴染むのにもっと時間がかかったはずだ。柳と仁王には特に気にかけてもらっているので感謝している。
チラリと隣を見ると、少し頬に赤みがさしていた。
珍しいなと思いながら、心の中でシャッターを切る。
「今度の休みに良ければ、一緒に遊びに行きませんか?」
次の部活の定休日は今週の日曜日だ。予定は入っていない。
「もちろん良いわよ。ただ、土地勘がなくて……案内してもらっても良いかしら」
引っ越してから日が経つが、中々足を延ばす機会がなかった。
「ぜひ、お任せください」
柳生がふと笑い、目を弓なりに細める。彼とお出かけができると思うと心が弾んだ。
ただ任せっきりでは申し訳ないので、自分でも行ってみたい場所を調べてみよう。
それから他愛ない話をしていたら、あっという間に私の家に着いた。
「ここまで送ってくれてありがとう」
「どういたしまして。それではまた明日」
私は手を振り、軽い足取りで家の中へ入った。
そうだ、お礼にクッキーを渡そう。彼の味の好みは分からないので、甘さは控えめで。
私はさっそく準備に取りかかった。
だから、まだ家の前にいた彼の言葉は聞こえなかった。
「は~、柳生にどう説明するかのう……」
その言葉は雨に溶けて消えた。
*
翌朝。
部室へ向かうと、すでにドアの鍵が開いていた。
ドアノブをひねり、中へ入る。窓際の椅子に仁王が座っていた。
いつもは私が一番乗りなのに珍しい。
仁王は窓枠に頬杖をつきながら、物思いにふけている。人の気配に敏感なはずなのに、こちらを向こうとしない。
「仁王くん」
「なんじゃ」
声をかけると仁王が姿勢を正し、ようやく目が合う。
「はい、これ昨日のお礼」
私は仁王にクッキーが入った小包を差し出した。喜んでもらえると良いのだが。
しかし一瞬彼の左手がピクリと動いたが、それ以上動くことはなかった。
「ん? それなら渡す相手が違うんじゃないか?」
「私は柳生くんの姿をしていた、仁王くんにお礼がしたいのだけど」
「……お前さん気づいてたんか」
唇を尖らして言うと、仁王は目をぱちくりさせた。
「昨日は委員会の集まりがあったからね。あの時間帯だと打ち合わせの最中だろうから、柳生くんが下校するのは無理よ。それに……」
「それに?」
「あなたは下校中に道順を尋ねてこなかった。私の家を知ってるのは、仁王くんと蓮二だけだと思うから確信したわ。なんで変装していたの?」
「お前さんが傘持ってないのは一目で分かった。どうしたら傘に入れてあげられるか考えてな。俺は普段こういう振る舞いはしないし、柳生なら自然に誘えるかと思ってのう。……委員会があるのは忘れてたわけじゃが」
仁王が顔をふいと背けた。耳が赤い。
私のために慣れないことをしれくれたと思うと、頬が緩んだ。
「仁王くん、ありがとう。一緒に帰れて嬉しかったわ」
もう一度、小包を仁王に渡す。
「それじゃあ、貰おうかのう」
差し出した手に仁王の手が添えられる。
今度は受け取ってもらえたことに、ほっとした。
仁王は小包からクッキーを取り出し、優しい味がすると呟いた。