蝶ノ光【番外編】
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晴れて立海テニス部マネージャーになった私は、気になったことがあった。
そう、柳が私の変装を見破ったかどうかである。
鬼ごっこ二日目、彼と再会したが、変装に関して聞いてみれば答えをはぐらかされてしまった。
柳蓮二は他人に易々とデータを取らせない。
そこで私はコート上の詐欺師こと仁王に協力してもらい、前回と髪型など少々異なるが、雪宮桜にチェンジした。
仕掛けるのは部活の時間。
部長の幸村にダメもとで『蓮二の驚いた表情が見たいから、雪宮桜としてマネージャーをやりたい』と頼んだら、意外なことにあっさり承諾を得た。一緒にいた真田からは、幸村に丸め込まれていて、気づいたら彼から許可を貰えた。
幸村曰く、面白そうだから採用らしい。
待ちに待った放課後。
ミーティングがあるため、部員たちはコートに集合する。
「白石さんが用事でお休みだから、今日は彼女の頼みで雪宮さんに手伝ってもらうことになった。スコアをつけたり球出しなどをやってもらうので、皆もそのつもりでいてほしい」
「2年の雪宮です。一日限りですが、よろしくお願いします」
仁王の指導により、声の高さをいつもより下げて話す。
幸村がマネージャーの変更を伝えると、部員の反応は様々だった。
ちなみにレギュラー陣が雪宮桜の正体に気づけなかった場合、翌日グラウンド10周の刑が待っている。
レギュラー陣の反応を伺うと、丸井と切原は見るからに不満そうにしていた。隣のジャッカルは、そんな彼らを宥めている。おそらくこの三人は私の正体に気づいていない。
次に柳生を見ると、変装に気づいたようで、一度咳払いをしてから眼鏡のブリッジを上げていた。さすが仁王と入れ替わりをしていることだけのことはある。
そのまま視線を仁王へ移動させると、彼と目があった。彼は変装がバレる心配はないかのように余裕の表情を浮かべ、こちらに向かって手をひらひらさせている。
ここで私が手を振り返したら、せっかくの変装がバレてしまうでしょう?
私は気持ちを落ち着かせるため、深呼吸をした。
そして、ターゲットである柳を見ると――
「…………」
特に変わった反応を見せず、ノートを片手にペンで何かを記入していた。いつも通りの光景である。
もしや、これはバレていないのでは……?
驚いた表情も見たかったが、柳を相手に変装が成功していることが嬉しくなり、このまま雪宮桜としてマネージャーを一日やるのもありだなと思い始めた。
「練習メニューは、レギュラーは練習試合で、他の部員は基礎練習。では、練習開始!」
幸村の号令で部員は各々の場所へ移動し、練習を始めた。
レギュラー同士の練習試合がスムーズに進む中、私はスコアシートを用意したり、試合が終わった選手に渡すタオルの準備をしていた。
「雪宮さん、6-4で丸井に勝ったぜよ」
「はい。お疲れ様です、仁王先輩」
試合を終えた仁王が、結果を報告しに私のもとへやってきた。早速シートにスコアを記入し、仁王にタオルを渡す。
雪宮桜は2年生という設定であるため、3年生には先輩呼びだ。
自分の学年の人を全て把握している人なんて滅多にいないだろう。ましてや他学年の生徒なんて、部活や委員会などの繋がりがなければ分からないはず。名簿のような一覧表を持っていない限りは。
「ありがとさん。今のところ参謀が気づいた様子はないようだが、お前さんはどう思う?」
「そうですね……私も今のところ気づかれていないと感じます。ただこのままバレなかったら、彼のデータの上をいけると思うと、そわそわしますね」
近くに柳がいないことを確認しつつ、小声で現状について話し合う。
「そうじゃのう。俺も出来る限りのことはやったが、相手は参謀じゃ。油断できない相手だきに、頑張りんしゃい」
「わわっ……」
仁王が私の頭をくしゃりと撫でて、またコートの方へ戻っていった。
あまり話していると他の部員に不信に思われるからだろう。
「さて、試合分析もしますか」
私は乱れた髪を整え、次の試合が行われるコートへ移動する。
スコアシートとともに用意したノートを取り出し、左手でペンを握った。試合を見た所感や選手の得意コース、癖などを簡潔に書き連ねていく。
データ分析は青学にいたとき、乾の手伝いをしていたからお手のものだ。
しかし、その作業に夢中になっていたせいか気づかなかった。ノートに自分のではない影ができていることに。
「れ……柳先輩! す、すみません、気づくのが遅れました。何かご用でしょうか」
ノートから目を離すと、目の前には顎に手をあてながら考え込んでいる柳がいた。動揺のあまり、いつもの呼び方が出そうになるが、なんとか言いとどまった。
今いるコートの練習試合は、まだ終わっていないはず。
正直、気配がしなかったので、未だに心臓がバクバクとして鳴りやまない。
「もし良ければ、ウォーミングアップに付き合ってくれないか?」
副声音で『お前のデータが取りたい』と聞こえるのは気のせいだ。
「ウォーミングアップですか。幸村先輩に」
「精市にはもう許可を得ている」
聞いてきてもいいでしょうか。
言い終える前に先手を打たれた。なんてことだ、逃げ場がない。
「……分かりました。ラケットを持ってきますので、先にコートへ行っててください」
ラケットを取りにいった際に、幸村にウインクされたので睨み返したのは柳には秘密である。
「柳先輩、お待たせしました」
空いてるコートへ移動し、柳に話しかける。
「では一球勝負といこうか」
「私、時雨先輩みたいに打てませんよ……?」
普段、柳と打ち合いをするときは試合のとき同様、8割以上の力で臨む。彼をはじめとする立海の選手はレベルが高く、気を抜くとあっという間にやられてしまうからだ。
しかし、今回はあくまで雪宮桜を演じるのが優先。
そのため、ラケットを右手で持ち、いつもより実力を抑えるつもりである。
「ああ、構わない。早速始めよう」
柳は気に留める様子もなく、そのままベースラインへ向かう。
私もベースラインの近くに立ち、ラケットを構えた。
一球勝負は、柳のサーブからスタート。放たれたボールはネットを越え、対角線上のサービスコートへ入る。
ウォーミングアップとはなんだったのか。ボールの速度が試合中並みに速かった。
「くっ……」
なんとか打ち返せたが、思わず顔をしかめる。スピードボールに反応できた自分を褒めたい。
しばらくは強打の応酬だった。
明らかにウォーミングアップとは言えないラリーに冷や汗を流す。万が一を考えて、念入りにストレッチをしておいて良かったと思う。
「さすが時雨が代わりに頼んだだけのことはある。なら、これはどうだ?」
柳が低い姿勢で高速スライスを打った。ボールの軌道は弧を描くと思いきや、手元で急激に沈む。
柳の必殺技、かまいたち。
その技を目前し、闘争心が刺激された。これを返すには――
「桜吹雪の舞!」
左手で打つときより威力は落ちるが、返すだけなら問題ない。
「その技は……」
立海の部員の前では打ったことはないが、柳はこの技を知っている。しまったと気づいたときには遅かった。
「やはり時雨、お前だったか」
全ては計算通りだと言わんばかりに、すでに返球の姿勢だった。
柳のスマッシュが決まる。
とうとう私の正体が見破られてしまった。
一球勝負なので、柳の勝ちだ。
「どこで私の正体に気づいたの?」
「最初に違和感を覚えたのは、ミーティングのときだ。2年の雪宮と自己紹介していたが、たしか2年生にそのような生徒はいなかったはず」
「それって部活開始時じゃない。最初から看破されていたってこと……?」
「生徒会の仕事で全校生徒の名簿を見る機会があってな。しかし、うろ覚えだと決定打としては弱いから、もう少し様子を探ることにした」
物事をハッキリさせるために追求する姿勢は柳らしい。
まさか、よかれと思って学年を言ったことが、バレるきっかけになるとは思わなかったけれど。
「違和感が確信に変わったのは、時雨が試合のデータ分析をしていたときだ」
「えっ、蓮二が来たとき動揺していたから?」
「いや、それはカウントしていない。ノートの筆跡を見てピンときた。そして、その時ペンは左手に握られていた。試合のときは意識をしたのか、右手でラケットを持っていたが」
「なるほど、筆跡……」
たしかに、文字の癖やペンを持つ手は気にしていなかった。
彼の観察眼には脱帽する。
「ところで、どうしてお前は変装してマネージャーをやっていたんだ?」
「そ、それは……」
蓮二の驚いた表情が見たかったからです。
さらりと言えればどんなに楽なことか。
蓋を開けてみれば始めからバレていたわけで、穴があったら隠れたい気持ちだ。
おそらく鬼ごっこのときも、柳は図書館へ訪れ、私の変装を見破っていたのだろう。
「……まぁ、おおよその見当はつくがな。変装技術がそれほどのものなら、今度俺と他校へ偵察に行かないか?」
「他校へ偵察?」
「ああ、データ収集に付き合ってほしい。青学でも貞治のデータ収集のサポートをしていただろう? それと同じようなことだと思ってくれればいい」
「蓮二の役に立てるのなら……」
「そうか。ありがとう」
柳がフッと微笑む。
全く柳には敵わない。彼が喜んでくれるのならば、驚いた表情が見られなくてもよいかと思ってしまった。
どうやら幼馴染の予想を超えることができるのは、まだまだ先のようだ。
そう、柳が私の変装を見破ったかどうかである。
鬼ごっこ二日目、彼と再会したが、変装に関して聞いてみれば答えをはぐらかされてしまった。
柳蓮二は他人に易々とデータを取らせない。
そこで私はコート上の詐欺師こと仁王に協力してもらい、前回と髪型など少々異なるが、雪宮桜にチェンジした。
仕掛けるのは部活の時間。
部長の幸村にダメもとで『蓮二の驚いた表情が見たいから、雪宮桜としてマネージャーをやりたい』と頼んだら、意外なことにあっさり承諾を得た。一緒にいた真田からは、幸村に丸め込まれていて、気づいたら彼から許可を貰えた。
幸村曰く、面白そうだから採用らしい。
待ちに待った放課後。
ミーティングがあるため、部員たちはコートに集合する。
「白石さんが用事でお休みだから、今日は彼女の頼みで雪宮さんに手伝ってもらうことになった。スコアをつけたり球出しなどをやってもらうので、皆もそのつもりでいてほしい」
「2年の雪宮です。一日限りですが、よろしくお願いします」
仁王の指導により、声の高さをいつもより下げて話す。
幸村がマネージャーの変更を伝えると、部員の反応は様々だった。
ちなみにレギュラー陣が雪宮桜の正体に気づけなかった場合、翌日グラウンド10周の刑が待っている。
レギュラー陣の反応を伺うと、丸井と切原は見るからに不満そうにしていた。隣のジャッカルは、そんな彼らを宥めている。おそらくこの三人は私の正体に気づいていない。
次に柳生を見ると、変装に気づいたようで、一度咳払いをしてから眼鏡のブリッジを上げていた。さすが仁王と入れ替わりをしていることだけのことはある。
そのまま視線を仁王へ移動させると、彼と目があった。彼は変装がバレる心配はないかのように余裕の表情を浮かべ、こちらに向かって手をひらひらさせている。
ここで私が手を振り返したら、せっかくの変装がバレてしまうでしょう?
私は気持ちを落ち着かせるため、深呼吸をした。
そして、ターゲットである柳を見ると――
「…………」
特に変わった反応を見せず、ノートを片手にペンで何かを記入していた。いつも通りの光景である。
もしや、これはバレていないのでは……?
驚いた表情も見たかったが、柳を相手に変装が成功していることが嬉しくなり、このまま雪宮桜としてマネージャーを一日やるのもありだなと思い始めた。
「練習メニューは、レギュラーは練習試合で、他の部員は基礎練習。では、練習開始!」
幸村の号令で部員は各々の場所へ移動し、練習を始めた。
レギュラー同士の練習試合がスムーズに進む中、私はスコアシートを用意したり、試合が終わった選手に渡すタオルの準備をしていた。
「雪宮さん、6-4で丸井に勝ったぜよ」
「はい。お疲れ様です、仁王先輩」
試合を終えた仁王が、結果を報告しに私のもとへやってきた。早速シートにスコアを記入し、仁王にタオルを渡す。
雪宮桜は2年生という設定であるため、3年生には先輩呼びだ。
自分の学年の人を全て把握している人なんて滅多にいないだろう。ましてや他学年の生徒なんて、部活や委員会などの繋がりがなければ分からないはず。名簿のような一覧表を持っていない限りは。
「ありがとさん。今のところ参謀が気づいた様子はないようだが、お前さんはどう思う?」
「そうですね……私も今のところ気づかれていないと感じます。ただこのままバレなかったら、彼のデータの上をいけると思うと、そわそわしますね」
近くに柳がいないことを確認しつつ、小声で現状について話し合う。
「そうじゃのう。俺も出来る限りのことはやったが、相手は参謀じゃ。油断できない相手だきに、頑張りんしゃい」
「わわっ……」
仁王が私の頭をくしゃりと撫でて、またコートの方へ戻っていった。
あまり話していると他の部員に不信に思われるからだろう。
「さて、試合分析もしますか」
私は乱れた髪を整え、次の試合が行われるコートへ移動する。
スコアシートとともに用意したノートを取り出し、左手でペンを握った。試合を見た所感や選手の得意コース、癖などを簡潔に書き連ねていく。
データ分析は青学にいたとき、乾の手伝いをしていたからお手のものだ。
しかし、その作業に夢中になっていたせいか気づかなかった。ノートに自分のではない影ができていることに。
「れ……柳先輩! す、すみません、気づくのが遅れました。何かご用でしょうか」
ノートから目を離すと、目の前には顎に手をあてながら考え込んでいる柳がいた。動揺のあまり、いつもの呼び方が出そうになるが、なんとか言いとどまった。
今いるコートの練習試合は、まだ終わっていないはず。
正直、気配がしなかったので、未だに心臓がバクバクとして鳴りやまない。
「もし良ければ、ウォーミングアップに付き合ってくれないか?」
副声音で『お前のデータが取りたい』と聞こえるのは気のせいだ。
「ウォーミングアップですか。幸村先輩に」
「精市にはもう許可を得ている」
聞いてきてもいいでしょうか。
言い終える前に先手を打たれた。なんてことだ、逃げ場がない。
「……分かりました。ラケットを持ってきますので、先にコートへ行っててください」
ラケットを取りにいった際に、幸村にウインクされたので睨み返したのは柳には秘密である。
「柳先輩、お待たせしました」
空いてるコートへ移動し、柳に話しかける。
「では一球勝負といこうか」
「私、時雨先輩みたいに打てませんよ……?」
普段、柳と打ち合いをするときは試合のとき同様、8割以上の力で臨む。彼をはじめとする立海の選手はレベルが高く、気を抜くとあっという間にやられてしまうからだ。
しかし、今回はあくまで雪宮桜を演じるのが優先。
そのため、ラケットを右手で持ち、いつもより実力を抑えるつもりである。
「ああ、構わない。早速始めよう」
柳は気に留める様子もなく、そのままベースラインへ向かう。
私もベースラインの近くに立ち、ラケットを構えた。
一球勝負は、柳のサーブからスタート。放たれたボールはネットを越え、対角線上のサービスコートへ入る。
ウォーミングアップとはなんだったのか。ボールの速度が試合中並みに速かった。
「くっ……」
なんとか打ち返せたが、思わず顔をしかめる。スピードボールに反応できた自分を褒めたい。
しばらくは強打の応酬だった。
明らかにウォーミングアップとは言えないラリーに冷や汗を流す。万が一を考えて、念入りにストレッチをしておいて良かったと思う。
「さすが時雨が代わりに頼んだだけのことはある。なら、これはどうだ?」
柳が低い姿勢で高速スライスを打った。ボールの軌道は弧を描くと思いきや、手元で急激に沈む。
柳の必殺技、かまいたち。
その技を目前し、闘争心が刺激された。これを返すには――
「桜吹雪の舞!」
左手で打つときより威力は落ちるが、返すだけなら問題ない。
「その技は……」
立海の部員の前では打ったことはないが、柳はこの技を知っている。しまったと気づいたときには遅かった。
「やはり時雨、お前だったか」
全ては計算通りだと言わんばかりに、すでに返球の姿勢だった。
柳のスマッシュが決まる。
とうとう私の正体が見破られてしまった。
一球勝負なので、柳の勝ちだ。
「どこで私の正体に気づいたの?」
「最初に違和感を覚えたのは、ミーティングのときだ。2年の雪宮と自己紹介していたが、たしか2年生にそのような生徒はいなかったはず」
「それって部活開始時じゃない。最初から看破されていたってこと……?」
「生徒会の仕事で全校生徒の名簿を見る機会があってな。しかし、うろ覚えだと決定打としては弱いから、もう少し様子を探ることにした」
物事をハッキリさせるために追求する姿勢は柳らしい。
まさか、よかれと思って学年を言ったことが、バレるきっかけになるとは思わなかったけれど。
「違和感が確信に変わったのは、時雨が試合のデータ分析をしていたときだ」
「えっ、蓮二が来たとき動揺していたから?」
「いや、それはカウントしていない。ノートの筆跡を見てピンときた。そして、その時ペンは左手に握られていた。試合のときは意識をしたのか、右手でラケットを持っていたが」
「なるほど、筆跡……」
たしかに、文字の癖やペンを持つ手は気にしていなかった。
彼の観察眼には脱帽する。
「ところで、どうしてお前は変装してマネージャーをやっていたんだ?」
「そ、それは……」
蓮二の驚いた表情が見たかったからです。
さらりと言えればどんなに楽なことか。
蓋を開けてみれば始めからバレていたわけで、穴があったら隠れたい気持ちだ。
おそらく鬼ごっこのときも、柳は図書館へ訪れ、私の変装を見破っていたのだろう。
「……まぁ、おおよその見当はつくがな。変装技術がそれほどのものなら、今度俺と他校へ偵察に行かないか?」
「他校へ偵察?」
「ああ、データ収集に付き合ってほしい。青学でも貞治のデータ収集のサポートをしていただろう? それと同じようなことだと思ってくれればいい」
「蓮二の役に立てるのなら……」
「そうか。ありがとう」
柳がフッと微笑む。
全く柳には敵わない。彼が喜んでくれるのならば、驚いた表情が見られなくてもよいかと思ってしまった。
どうやら幼馴染の予想を超えることができるのは、まだまだ先のようだ。