蝶ノ光【番外編】
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一時間目が終わり、自分の席で二時間目の準備をしていた時のこと。
「あ」
バッグから数学の教科書とノートを取りだそうとしたところで気づいた。教科書とノートがない。
おそらく昨日、自分の部屋で宿題をやって、そのまま机の上に置いてきてしまったのだろう。
「さて、どうしたものかのう……」
いつもなら柳生に借りるところなのだが――。
チラリと隣を見ると、時雨が水澤と楽しそうに談笑していた。
そうだ、時雨に見せてもらおう。
今の俺の席は廊下側の一番後ろなので、あまり目立たず、机をくっつけることができる。
まずは、時雨に教科書を見せてほしいと頼まなければ。
できれば水澤がいないところが良かったのだが、そうも言ってられない。二時間目が始まる時間は、こうしている間にも刻一刻と迫っている。
俺はノートの切れ端に『数学の教科書を忘れたから、見せてほしいぜよ』と書いて、紙飛行機を折った。
あとは時雨の机に飛ばすだけ。水澤に問い詰められても、有耶無耶にして躱す。
そう決意して、紙飛行機を飛ばした瞬間。
「百合、今ちょっと良い?」
黒板側の扉から水澤を呼ぶ声が聞こえ、彼女は廊下へ出ていってしまった。
突然の出来事に呆気にとられたが、紙飛行機は既に俺の手から離れ、時雨の机の上へ着地。結果論に過ぎないが、これなら直接頼めば良かったのではないか。
時雨の顔を見ると、緊張で徐々に心臓が暴れだした。テニスの試合でも、ここまで緊張することはないだろう。気が気でない。
そのまま時雨の反応を窺っていると、彼女は目をぱちくりさせ、紙飛行機を開く。
数秒後、時雨と視線が交わった。
「……これ、仁王くんが飛ばしたの?」
「ん? ああ」
何事もないように装い、返事をする。
すると時雨はシャーペンを握り、紙に何か書いて、元の状態に折った。
「はい、これ」
再び紙飛行機になった状態で、直接俺の机に置いた。
おそるおそる紙飛行機開くと、そこには『良いよ!◎』と書いてあり、ひよこの絵が添えてあった。おそらく俺が時々「ピヨッ」と言うからだろう。
それにしても、このひよこ可愛すぎじゃろ……。
視線を時雨に向けると、目を細めて嬉しそうに微笑んでいた。思わずこちらまで顔が綻んだ。
時雨の笑顔を見ると、胸が温かくなる。
ダブルスパートナーだけではなく、ずっと彼女の隣にいられる立場が得られたら――――。
そんなことを、ぼんやり考えるのだった。
*
チャイムが鳴り、二時間目の数学の授業が始まった。
仁王に教科書を見せるため、机をくっつけた。
まずは宿題の答え合わせをするようで、先生が黒板に問題の番号を書いていく。
私は、教科書とノートの該当ページを開いた。
「それじゃあ、問一は宇野、問二は仁王、問三は岬――」
先生が、黒板に回答を書く生徒の名前を次々呼んでいく。
今日の日付や日直だからという法則性もなく、ランダムで仁王が当てられた。よりによって、教科書とノートを忘れた日に、だ。
だが肝心の仁王は数学が得意だからか、特に慌てた様子はなかった。
「時雨、ちょっと教科書借りていくぜよ」
「えっ? ええ」
あまりに普段どおりで、こちらが驚いてしまった。お菓子買いに購買行ってくる、みたいな気軽さだった。
私ならノートを置いてきた日に当てられたら、慌ててしまうだろう。
仁王は教科書を持って立ち上がり、黒板へ向かった。迷う素振りなく、サラサラと回答を書き始める。
彼の背中をじっと追っていると、テニスをする時のような頼もしさを感じた。ダブルスの試合で何度助けられたことか。自然と頬が緩む。
これまでの数々の試合を思い出していると、無性に彼とテニスをしたくなってきた。ダブルス大会に向けて、色々なフォーメーションを試したい。
善は急げと言うし、早速筆箱からメモ帳を取り出す。
『放課後、バッジ集めたいから、ペアを組んでもらえないかしら?』用件を書いて、最後にひよこを添える。
そしてメモ帳をどう折るか少し迷い――先程と同じく、紙飛行機を折った。複雑な折り方だと、仁王が折り方を知らないかもしれないからである。
仁王が戻って来る前に、手早く紙飛行機を彼の筆箱の側に置いた。
教室の前方を確認すると、仁王はちょうど答えを書き終えたようで、粉受にチョークを置いているところだった。
難問なのにノートがなくても解き終えているあたり、おそらく宿題は取り組んでいたのだろう。数学が得意な仁王なら、初見でもスラスラ解くかもしれないが。
「教科書ありがとさん⋯⋯む、これはお前さんが?」
教壇から戻って自席に着くなり、紙飛行機を摘む仁王。
「ええ、そうよ」
平静を装って答えるが、良い返事を貰えるか気が気でない。
「そうか。それなら早く返事を書かないとな」
仁王は小さく鼻歌を歌いながらメモ帳を広げ、ペンを走らせる。
宣言通り、すぐ書き終わったようで、メモ帳を折った。元の状態に戻った紙飛行機が、目の前に置かれた。
私は直ぐ様手をのばし、紙飛行機を開く。
『喜んで』私が描いたひよこの隣に、もう一匹ひよこがいる。よく見ると、口元にほくろが描いてあった。
「ふふっ」
授業中にも関わらず、思わず吹き出してしまった。ひよこの近くに書かれていた台詞が、『プリッ』だったからである。
普通だったら『ピヨッ』でしょうに、全くもって仁王らしい。
思わず仁王に顔を向けると、ばちりと視線がぶつかった。どうやら手紙を読んでいる様子をずっと見られていたようだ。
その瞬間、頬が熱くなるのを感じた。
早く放課後にならないだろうか――。テニスに集中できれば、この胸の高鳴りも治まるだろう。
私はブレザーのポケットから生徒手帳を取り出し、メモ帳を大切に仕舞った。
「あ」
バッグから数学の教科書とノートを取りだそうとしたところで気づいた。教科書とノートがない。
おそらく昨日、自分の部屋で宿題をやって、そのまま机の上に置いてきてしまったのだろう。
「さて、どうしたものかのう……」
いつもなら柳生に借りるところなのだが――。
チラリと隣を見ると、時雨が水澤と楽しそうに談笑していた。
そうだ、時雨に見せてもらおう。
今の俺の席は廊下側の一番後ろなので、あまり目立たず、机をくっつけることができる。
まずは、時雨に教科書を見せてほしいと頼まなければ。
できれば水澤がいないところが良かったのだが、そうも言ってられない。二時間目が始まる時間は、こうしている間にも刻一刻と迫っている。
俺はノートの切れ端に『数学の教科書を忘れたから、見せてほしいぜよ』と書いて、紙飛行機を折った。
あとは時雨の机に飛ばすだけ。水澤に問い詰められても、有耶無耶にして躱す。
そう決意して、紙飛行機を飛ばした瞬間。
「百合、今ちょっと良い?」
黒板側の扉から水澤を呼ぶ声が聞こえ、彼女は廊下へ出ていってしまった。
突然の出来事に呆気にとられたが、紙飛行機は既に俺の手から離れ、時雨の机の上へ着地。結果論に過ぎないが、これなら直接頼めば良かったのではないか。
時雨の顔を見ると、緊張で徐々に心臓が暴れだした。テニスの試合でも、ここまで緊張することはないだろう。気が気でない。
そのまま時雨の反応を窺っていると、彼女は目をぱちくりさせ、紙飛行機を開く。
数秒後、時雨と視線が交わった。
「……これ、仁王くんが飛ばしたの?」
「ん? ああ」
何事もないように装い、返事をする。
すると時雨はシャーペンを握り、紙に何か書いて、元の状態に折った。
「はい、これ」
再び紙飛行機になった状態で、直接俺の机に置いた。
おそるおそる紙飛行機開くと、そこには『良いよ!◎』と書いてあり、ひよこの絵が添えてあった。おそらく俺が時々「ピヨッ」と言うからだろう。
それにしても、このひよこ可愛すぎじゃろ……。
視線を時雨に向けると、目を細めて嬉しそうに微笑んでいた。思わずこちらまで顔が綻んだ。
時雨の笑顔を見ると、胸が温かくなる。
ダブルスパートナーだけではなく、ずっと彼女の隣にいられる立場が得られたら――――。
そんなことを、ぼんやり考えるのだった。
*
チャイムが鳴り、二時間目の数学の授業が始まった。
仁王に教科書を見せるため、机をくっつけた。
まずは宿題の答え合わせをするようで、先生が黒板に問題の番号を書いていく。
私は、教科書とノートの該当ページを開いた。
「それじゃあ、問一は宇野、問二は仁王、問三は岬――」
先生が、黒板に回答を書く生徒の名前を次々呼んでいく。
今日の日付や日直だからという法則性もなく、ランダムで仁王が当てられた。よりによって、教科書とノートを忘れた日に、だ。
だが肝心の仁王は数学が得意だからか、特に慌てた様子はなかった。
「時雨、ちょっと教科書借りていくぜよ」
「えっ? ええ」
あまりに普段どおりで、こちらが驚いてしまった。お菓子買いに購買行ってくる、みたいな気軽さだった。
私ならノートを置いてきた日に当てられたら、慌ててしまうだろう。
仁王は教科書を持って立ち上がり、黒板へ向かった。迷う素振りなく、サラサラと回答を書き始める。
彼の背中をじっと追っていると、テニスをする時のような頼もしさを感じた。ダブルスの試合で何度助けられたことか。自然と頬が緩む。
これまでの数々の試合を思い出していると、無性に彼とテニスをしたくなってきた。ダブルス大会に向けて、色々なフォーメーションを試したい。
善は急げと言うし、早速筆箱からメモ帳を取り出す。
『放課後、バッジ集めたいから、ペアを組んでもらえないかしら?』用件を書いて、最後にひよこを添える。
そしてメモ帳をどう折るか少し迷い――先程と同じく、紙飛行機を折った。複雑な折り方だと、仁王が折り方を知らないかもしれないからである。
仁王が戻って来る前に、手早く紙飛行機を彼の筆箱の側に置いた。
教室の前方を確認すると、仁王はちょうど答えを書き終えたようで、粉受にチョークを置いているところだった。
難問なのにノートがなくても解き終えているあたり、おそらく宿題は取り組んでいたのだろう。数学が得意な仁王なら、初見でもスラスラ解くかもしれないが。
「教科書ありがとさん⋯⋯む、これはお前さんが?」
教壇から戻って自席に着くなり、紙飛行機を摘む仁王。
「ええ、そうよ」
平静を装って答えるが、良い返事を貰えるか気が気でない。
「そうか。それなら早く返事を書かないとな」
仁王は小さく鼻歌を歌いながらメモ帳を広げ、ペンを走らせる。
宣言通り、すぐ書き終わったようで、メモ帳を折った。元の状態に戻った紙飛行機が、目の前に置かれた。
私は直ぐ様手をのばし、紙飛行機を開く。
『喜んで』私が描いたひよこの隣に、もう一匹ひよこがいる。よく見ると、口元にほくろが描いてあった。
「ふふっ」
授業中にも関わらず、思わず吹き出してしまった。ひよこの近くに書かれていた台詞が、『プリッ』だったからである。
普通だったら『ピヨッ』でしょうに、全くもって仁王らしい。
思わず仁王に顔を向けると、ばちりと視線がぶつかった。どうやら手紙を読んでいる様子をずっと見られていたようだ。
その瞬間、頬が熱くなるのを感じた。
早く放課後にならないだろうか――。テニスに集中できれば、この胸の高鳴りも治まるだろう。
私はブレザーのポケットから生徒手帳を取り出し、メモ帳を大切に仕舞った。
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