短編
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仁王と出会ってから早数ヵ月。
どうしても見たいものがあった。
学校での仁王の姿が見てみたく、今日も自分の部屋で頭を抱えている。
テニスをしている姿は大会会場に行けば見られるが、通っている学校が異なるため、授業や学校行事での様子を見ることは叶わない。もちろん、テニス部の練習風景も見てみたいけれど。
私は携帯を手に取り、電話帳を開く。幼馴染の電話番号をじっと見つめ、意を決して通話ボタンを押した。
『もしもし、時雨さん?』
「うん。比呂士くん、お願いがあるんだけど……」
『ええ、どうしましたか? 私でよければ力になりますよ』
「ええと、その。雅治くんが写っている写真、持ってたりしないかしら? 雅治くんとあまり写真撮ったことなくて……学校違うし、できれば学校での様子を見てみたいと思っているの」
暫し沈黙が訪れる。顎に手をあて、考え込んでいる柳生の姿が想像できた。
『――そういうでしたら、適任な人がいます。紹介したいので、今度カフェに行きませんか?』
*
約束の日。
日曜日の午後はテニス部がオフということで、遅めのお昼が食べられるよう、学校の最寄り駅と同じカフェで待ち合わせることになった。
普段なら友達と遊んだり、家でごろごろしたりするので、学校へ行く時に乗る電車に揺られているのは不思議な気分だ。窓から見える海はキラキラと輝いていて、普段と違って見える。
電車から降りると、辺りは観光客で賑わっていた。
待ち合わせ場所である、青緑の屋根に外壁がレンガのカフェにたどり着けるか心配だったが、無事到着。
すでに柳生が入り口の近くに立っていた。
隣にいる同じ制服を纏った男性は、おそらくテニス部だろう。彼もラケットバックを背負っていた。
「待たせてごめん!」
「いえ、我々も先ほど来たばかりなので大丈夫ですよ。まず中に入りましょうか」
柳生がドアを開け、私と彼の連れが先に店へ入り、最後に柳生が続く。
店員に四人掛けのテーブル席に案内してもらい、柳生と向かい合って座った。柳生の隣は、彼が紹介したいと言っていた男性だ。
「こちらは柳くんです」
「柳生と同じく、立海のテニス部に所属している。よろしく頼む」
柳生が手のひらを上に向けながら名前を告げると、柳がペコリと頭を下げた。
「雪宮時雨です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「フ、同い年だから、砕けた口調で構わない」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
仁王と出会ったときも、こんなやり取りしたことを思い出す。
仁王も柳も、私の学校にいる男子より大人びて見えるのだ。
私は定期券を拾ってもらった時のことを思い出し、自然と笑みがこぼれた。
柳生から事前に相談内容を聞いていたようだが、柳に改めて説明すると、タブレットが差し出された。
「このフォルダの中から好きなものを選んで、こちらフォルダに入れてほしい」
柳に操作方法を教えてもらい、タブレットを受け取る。
画面を見ると、仁王の写った画像が並んでいた。テニスの練習風景や休み時間に撮ったであろう、席で寝ている姿などなど。
仁王は写真が苦手と聞いていたが、写真がたくさんあり、どうやって撮ったのか気になった。
思わず顔をあげて柳生に視線を送ると、
「柳くんはデータマンなので、私たちが気付かないうちにデータを取っているようです」
と苦笑しながら言った。「まあ、仁王くんも写真が時雨さんに渡れば、喜ぶでしょう」
私はツッコミを放棄し、写真をじっくり見る。
どの写真も魅力的で、絞り込むのが難しい。
部屋に飾りたいと思うのは、テニスの練習風景の写真と教室で笑っている写真だろうか。テニスをしている姿が一番輝いて見えるし、教室での姿はリラックスしているように見える。
悩んだ末に選んだ写真を指定されたフォルダに入れて、タブレットを柳に返した。
「フォルダに入れてもらった写真を現像するから、来週もこのカフェで待ち合わせしないか?」
「ええ、それがいいでしょう」
「分かったわ」
来週も三人で会う約束をし、今から胸が踊る。
その後は、先に注文しておいたショートケーキに手をつけながら、柳生と柳に学校での仁王について聞くのだった。
*
「時雨、隠し事をしてないか?」
「隠し事? うーん、特には……」
カフェに行ってから三日経った朝。
いつも通り仁王と一緒に通学していると、彼の口から予想通りの言葉がこぼれた。
事前に仁王から探りがあるだろうと柳に言われていたので、特には驚かなかった。
ただ、柳生から演技指導があったため平然と返せたが、見透かされているのではないかと気が気でない。嘘をつくのに抵抗があり、目が合わせづらかった。
「……そうか。なあに、この頃お前さんがイキイキしとるから、良いことがあったのかなと思っただけぜよ」
「そうね……昨日席替えがあって、隣が百合だったかも?」
――嘘の中に真実を混ぜると信憑性が増すだろう。例えば、仁王に最近良いことがなかったか聞かれたら、雪宮さんが実際に嬉しかったことを伝えると良い。
柳のアドバイスをもとに真実を言った。
それにしても、柳生と柳が作成した質問想定集に載っていた質問がくるなんて。すらすら答えて逆に怪しまれないか心配だが、口ごもるよりかは良いだろう。
その後もさりげなくいくつか質問されたが、返答に窮するものはなく、事なきを得た。
*
柳たちと約束してから一週間が長く感じられたが、待ちに待った仁王の写真が手に入る日。
先週と同じカフェで彼らと合流し、テーブル席に案内された。今日は柳が向かい側に座り、その隣に柳生が座っている。
「これが約束の写真だ」
写真が入っているであろう封筒を、柳がテーブルに置いた。
「ありがとう! これ、お礼にクッキー焼いて――」
「まちんしゃい」
鞄からクッキーを取り出し、柳に渡そうとする直前、腕がひんやりとした。
頭の中が一瞬で真っ白になる。
おそるおそる顔を上げると、そこには仁王がいた。
冷たい眼差しが柳へ注がれており、息を呑んだ。こんな姿、見たことない。
「……に、仁王くん、なんで、ここに」
動揺のあまり声は掠れた。思わず名字で呼んでしまったせいか、仁王が眉をひそめた。
「それは、こっちの台詞じゃ。柳生と柳の後をつけてみたら時雨がいるし、柳にクッキーを渡そうとしとるし」
学校での雅治くんが見たかったと言えれば、どんなに楽なことか。それができなかったから、柳生と柳を頼ったのだ。
私の我が儘のせいで、仁王を怒らせてしまった。
「仁王くん、まずはその手を離してください。私から事情を説明します」
柳生が眼鏡のブリッジを中指で上げた。
「……分かったぜよ」
ため息をつき、仁王が私の隣に座る。
掴まれていた手は腕から離れてホッとした束の間、今度は手を握られ心臓が跳ねた。視線がさ迷い、仁王を見ることができない。
私の心の内を知ってか知らずか、柳生が説明を始めた。
私が学校での仁王の様子が知りたくて、写真が欲しかったこと。
柳生が柳を紹介したこと。
柳が写真データを見せ、私がその中から選んだこと。
今日が現像した写真を渡す日であること。
一通り話終えると、仁王はため息をついた。
「柳生だけではなく、柳も関わっていた、と。通りで時雨のつく嘘が巧妙だったわけじゃ」
「ほう、嘘をつかれても騙されなかったのか」
おそらく、この状況を楽しんでいるのだろう。柳が左手を顎にあて、口角を上げる。
「そうじゃな。だから、ここに来た」
「さて、仁王の珍しい姿が見られたことだし、我々は退散しよう」
「そうですね。それでは、二人でゆっくりなさってください」
「え?」
私が呆気に取られていると、柳生は伝票を取り、柳と共にカフェを後にする。二人の満足げな様子に、頭の回転が追いつかない。
彼らの姿が完全に見えなくなると、仁王がテーブルに顔を伏せた。
「はあ~、良かったぜよ」
「え、と……仁王くん」
「…………名前」
仁王を怒らせてしまったことが気まずく、名字で呼ぶと指摘が入った。
顔は伏せられたままである。
「ま、雅治くん」
「なんじゃ」
名前で呼び直すと、突っ伏したままチラリと私の方に顔を向け、頬を膨らませている。ふて腐れているが、ちょっぴり可愛いと思ったのは秘密だ。
「お前さん、余計なこと考えてないか?」
「そんなことないよ」
仁王にじっと見つめられ、ドキリとした。直視できず、目が逸れる。
「時雨の嘘は分かりやすいのう。目が泳ぐ。先日もそうじゃった。ま、柳には教えんが」
「……嘘ついて、ごめんなさい」
「全く、心臓に悪かったぜよ」
「どうして、カフェに来てると分かったの?」
「部活が終わった後、柳生と柳がいつもと違う道に行ったからな。それも二週連続。何かあると思ったわけじゃ」
「雅治くんの写真が欲しかったの」
「それなら俺があげるぜよ。だから来週はデートじゃ」
仁王とデート。
柳生たちと約束したときに感じたわくわくは違う、胸の高鳴りを感じる。きっと頬は紅潮しているだろう。
私しか知らない、テニス部の仲間でさえ知らないような、仁王の一面を見られることが嬉しいのだ。
手を強く握りながら頷くと、仁王はニカッと歯を見せて笑った。
*
「ほら」
木漏れ日の差し込む洋館。
仁王とデートの日、私たちは緑の木々が広がる名建築喫茶に来ていた。
テラス席で昼食がてら休憩していると、仁王からクラフト封筒が渡された。
「今度からこういうのは、俺に、直接言いんしゃい」
『俺に』の部分が強調されていたのは、気のせいではないだろう。
「ありがとう! あら……?」
両手で受け取り早速開封してみると、初めて見る写真だけではなく、以前柳に頼んだ写真も入っていた。
そういえば先週、カフェで柳がテーブルに置いた封筒が、いつの間にか消えていたことを思い出す。
「柳くんに頼んだ写真も入っているけど……良いの?」
「今回だけじゃ。今後は柳生はともかく、間違っても柳には相談しないことが条件ナリ」
「分かったわ、約束する」
「それと――せっかくのデートじゃし、一緒に写真撮らんか」
「良いけど、急にどうしたの?」
普段はカメラに写りたがらないので、首を傾げた。
「柳生に聞いたぜよ。学校での様子が知りたいのも本当じゃが、俺と写真が撮りたかったんじゃないかってな」
「それは私の我が儘だし、雅治くんが無理する必要は」
「時雨だったら良いぜよ。お前さんの願いは叶えたい」
仁王と写真が撮りたかったことは明確に伝えていないが、幼馴染にはお見通しだった。柳生に感謝の気持ちでいっぱいだ。
「それじゃあ撮るぜよ。3、2、1――」
いつの間にか仁王が隣に移動して、携帯を自撮りモードにして構えている。
カメラのシャッター音が耳に届く。
当然心の準備が出来てなかったし、頬は熱いし、変な表情しているだろう。
写真を確認したら、仁王の表情は決まっていたけれど、案の定、私はぽかんと口を開けていた。
「もう!」
「プリッ」
仁王の腕を引っ張り、もう一度写真を撮ったのは、言うまでもない。
どうしても見たいものがあった。
学校での仁王の姿が見てみたく、今日も自分の部屋で頭を抱えている。
テニスをしている姿は大会会場に行けば見られるが、通っている学校が異なるため、授業や学校行事での様子を見ることは叶わない。もちろん、テニス部の練習風景も見てみたいけれど。
私は携帯を手に取り、電話帳を開く。幼馴染の電話番号をじっと見つめ、意を決して通話ボタンを押した。
『もしもし、時雨さん?』
「うん。比呂士くん、お願いがあるんだけど……」
『ええ、どうしましたか? 私でよければ力になりますよ』
「ええと、その。雅治くんが写っている写真、持ってたりしないかしら? 雅治くんとあまり写真撮ったことなくて……学校違うし、できれば学校での様子を見てみたいと思っているの」
暫し沈黙が訪れる。顎に手をあて、考え込んでいる柳生の姿が想像できた。
『――そういうでしたら、適任な人がいます。紹介したいので、今度カフェに行きませんか?』
*
約束の日。
日曜日の午後はテニス部がオフということで、遅めのお昼が食べられるよう、学校の最寄り駅と同じカフェで待ち合わせることになった。
普段なら友達と遊んだり、家でごろごろしたりするので、学校へ行く時に乗る電車に揺られているのは不思議な気分だ。窓から見える海はキラキラと輝いていて、普段と違って見える。
電車から降りると、辺りは観光客で賑わっていた。
待ち合わせ場所である、青緑の屋根に外壁がレンガのカフェにたどり着けるか心配だったが、無事到着。
すでに柳生が入り口の近くに立っていた。
隣にいる同じ制服を纏った男性は、おそらくテニス部だろう。彼もラケットバックを背負っていた。
「待たせてごめん!」
「いえ、我々も先ほど来たばかりなので大丈夫ですよ。まず中に入りましょうか」
柳生がドアを開け、私と彼の連れが先に店へ入り、最後に柳生が続く。
店員に四人掛けのテーブル席に案内してもらい、柳生と向かい合って座った。柳生の隣は、彼が紹介したいと言っていた男性だ。
「こちらは柳くんです」
「柳生と同じく、立海のテニス部に所属している。よろしく頼む」
柳生が手のひらを上に向けながら名前を告げると、柳がペコリと頭を下げた。
「雪宮時雨です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「フ、同い年だから、砕けた口調で構わない」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
仁王と出会ったときも、こんなやり取りしたことを思い出す。
仁王も柳も、私の学校にいる男子より大人びて見えるのだ。
私は定期券を拾ってもらった時のことを思い出し、自然と笑みがこぼれた。
柳生から事前に相談内容を聞いていたようだが、柳に改めて説明すると、タブレットが差し出された。
「このフォルダの中から好きなものを選んで、こちらフォルダに入れてほしい」
柳に操作方法を教えてもらい、タブレットを受け取る。
画面を見ると、仁王の写った画像が並んでいた。テニスの練習風景や休み時間に撮ったであろう、席で寝ている姿などなど。
仁王は写真が苦手と聞いていたが、写真がたくさんあり、どうやって撮ったのか気になった。
思わず顔をあげて柳生に視線を送ると、
「柳くんはデータマンなので、私たちが気付かないうちにデータを取っているようです」
と苦笑しながら言った。「まあ、仁王くんも写真が時雨さんに渡れば、喜ぶでしょう」
私はツッコミを放棄し、写真をじっくり見る。
どの写真も魅力的で、絞り込むのが難しい。
部屋に飾りたいと思うのは、テニスの練習風景の写真と教室で笑っている写真だろうか。テニスをしている姿が一番輝いて見えるし、教室での姿はリラックスしているように見える。
悩んだ末に選んだ写真を指定されたフォルダに入れて、タブレットを柳に返した。
「フォルダに入れてもらった写真を現像するから、来週もこのカフェで待ち合わせしないか?」
「ええ、それがいいでしょう」
「分かったわ」
来週も三人で会う約束をし、今から胸が踊る。
その後は、先に注文しておいたショートケーキに手をつけながら、柳生と柳に学校での仁王について聞くのだった。
*
「時雨、隠し事をしてないか?」
「隠し事? うーん、特には……」
カフェに行ってから三日経った朝。
いつも通り仁王と一緒に通学していると、彼の口から予想通りの言葉がこぼれた。
事前に仁王から探りがあるだろうと柳に言われていたので、特には驚かなかった。
ただ、柳生から演技指導があったため平然と返せたが、見透かされているのではないかと気が気でない。嘘をつくのに抵抗があり、目が合わせづらかった。
「……そうか。なあに、この頃お前さんがイキイキしとるから、良いことがあったのかなと思っただけぜよ」
「そうね……昨日席替えがあって、隣が百合だったかも?」
――嘘の中に真実を混ぜると信憑性が増すだろう。例えば、仁王に最近良いことがなかったか聞かれたら、雪宮さんが実際に嬉しかったことを伝えると良い。
柳のアドバイスをもとに真実を言った。
それにしても、柳生と柳が作成した質問想定集に載っていた質問がくるなんて。すらすら答えて逆に怪しまれないか心配だが、口ごもるよりかは良いだろう。
その後もさりげなくいくつか質問されたが、返答に窮するものはなく、事なきを得た。
*
柳たちと約束してから一週間が長く感じられたが、待ちに待った仁王の写真が手に入る日。
先週と同じカフェで彼らと合流し、テーブル席に案内された。今日は柳が向かい側に座り、その隣に柳生が座っている。
「これが約束の写真だ」
写真が入っているであろう封筒を、柳がテーブルに置いた。
「ありがとう! これ、お礼にクッキー焼いて――」
「まちんしゃい」
鞄からクッキーを取り出し、柳に渡そうとする直前、腕がひんやりとした。
頭の中が一瞬で真っ白になる。
おそるおそる顔を上げると、そこには仁王がいた。
冷たい眼差しが柳へ注がれており、息を呑んだ。こんな姿、見たことない。
「……に、仁王くん、なんで、ここに」
動揺のあまり声は掠れた。思わず名字で呼んでしまったせいか、仁王が眉をひそめた。
「それは、こっちの台詞じゃ。柳生と柳の後をつけてみたら時雨がいるし、柳にクッキーを渡そうとしとるし」
学校での雅治くんが見たかったと言えれば、どんなに楽なことか。それができなかったから、柳生と柳を頼ったのだ。
私の我が儘のせいで、仁王を怒らせてしまった。
「仁王くん、まずはその手を離してください。私から事情を説明します」
柳生が眼鏡のブリッジを中指で上げた。
「……分かったぜよ」
ため息をつき、仁王が私の隣に座る。
掴まれていた手は腕から離れてホッとした束の間、今度は手を握られ心臓が跳ねた。視線がさ迷い、仁王を見ることができない。
私の心の内を知ってか知らずか、柳生が説明を始めた。
私が学校での仁王の様子が知りたくて、写真が欲しかったこと。
柳生が柳を紹介したこと。
柳が写真データを見せ、私がその中から選んだこと。
今日が現像した写真を渡す日であること。
一通り話終えると、仁王はため息をついた。
「柳生だけではなく、柳も関わっていた、と。通りで時雨のつく嘘が巧妙だったわけじゃ」
「ほう、嘘をつかれても騙されなかったのか」
おそらく、この状況を楽しんでいるのだろう。柳が左手を顎にあて、口角を上げる。
「そうじゃな。だから、ここに来た」
「さて、仁王の珍しい姿が見られたことだし、我々は退散しよう」
「そうですね。それでは、二人でゆっくりなさってください」
「え?」
私が呆気に取られていると、柳生は伝票を取り、柳と共にカフェを後にする。二人の満足げな様子に、頭の回転が追いつかない。
彼らの姿が完全に見えなくなると、仁王がテーブルに顔を伏せた。
「はあ~、良かったぜよ」
「え、と……仁王くん」
「…………名前」
仁王を怒らせてしまったことが気まずく、名字で呼ぶと指摘が入った。
顔は伏せられたままである。
「ま、雅治くん」
「なんじゃ」
名前で呼び直すと、突っ伏したままチラリと私の方に顔を向け、頬を膨らませている。ふて腐れているが、ちょっぴり可愛いと思ったのは秘密だ。
「お前さん、余計なこと考えてないか?」
「そんなことないよ」
仁王にじっと見つめられ、ドキリとした。直視できず、目が逸れる。
「時雨の嘘は分かりやすいのう。目が泳ぐ。先日もそうじゃった。ま、柳には教えんが」
「……嘘ついて、ごめんなさい」
「全く、心臓に悪かったぜよ」
「どうして、カフェに来てると分かったの?」
「部活が終わった後、柳生と柳がいつもと違う道に行ったからな。それも二週連続。何かあると思ったわけじゃ」
「雅治くんの写真が欲しかったの」
「それなら俺があげるぜよ。だから来週はデートじゃ」
仁王とデート。
柳生たちと約束したときに感じたわくわくは違う、胸の高鳴りを感じる。きっと頬は紅潮しているだろう。
私しか知らない、テニス部の仲間でさえ知らないような、仁王の一面を見られることが嬉しいのだ。
手を強く握りながら頷くと、仁王はニカッと歯を見せて笑った。
*
「ほら」
木漏れ日の差し込む洋館。
仁王とデートの日、私たちは緑の木々が広がる名建築喫茶に来ていた。
テラス席で昼食がてら休憩していると、仁王からクラフト封筒が渡された。
「今度からこういうのは、俺に、直接言いんしゃい」
『俺に』の部分が強調されていたのは、気のせいではないだろう。
「ありがとう! あら……?」
両手で受け取り早速開封してみると、初めて見る写真だけではなく、以前柳に頼んだ写真も入っていた。
そういえば先週、カフェで柳がテーブルに置いた封筒が、いつの間にか消えていたことを思い出す。
「柳くんに頼んだ写真も入っているけど……良いの?」
「今回だけじゃ。今後は柳生はともかく、間違っても柳には相談しないことが条件ナリ」
「分かったわ、約束する」
「それと――せっかくのデートじゃし、一緒に写真撮らんか」
「良いけど、急にどうしたの?」
普段はカメラに写りたがらないので、首を傾げた。
「柳生に聞いたぜよ。学校での様子が知りたいのも本当じゃが、俺と写真が撮りたかったんじゃないかってな」
「それは私の我が儘だし、雅治くんが無理する必要は」
「時雨だったら良いぜよ。お前さんの願いは叶えたい」
仁王と写真が撮りたかったことは明確に伝えていないが、幼馴染にはお見通しだった。柳生に感謝の気持ちでいっぱいだ。
「それじゃあ撮るぜよ。3、2、1――」
いつの間にか仁王が隣に移動して、携帯を自撮りモードにして構えている。
カメラのシャッター音が耳に届く。
当然心の準備が出来てなかったし、頬は熱いし、変な表情しているだろう。
写真を確認したら、仁王の表情は決まっていたけれど、案の定、私はぽかんと口を開けていた。
「もう!」
「プリッ」
仁王の腕を引っ張り、もう一度写真を撮ったのは、言うまでもない。
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