短編
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「のう、柳生」
「なんでしょう、仁王くん」
晴れて時雨とお付き合いすることになって早一ヶ月。
俺には、とある悩み事があった。
「雪宮さんについて相談があるんじゃが」
「時雨さんがどうかなさいましたか?」
「それじゃ」
「……ええと?」
柳生が困惑顔なのも無理はない。まだ相談内容を話していないのだから。
彼女については、幼馴染である柳生に聞くのが一番だろう。
俺は意を決して、口を開いた。
*
仁王と付き合い初めてから、電車内ではなく改札前で待ち合わせるようになった。少しでも長く一緒にいたいからだ。
待ち合わせ場所である月音駅に着くと、すでに彼は改札付近の柱に背を預けていた。
「仁王くん、お待たせ! 待った?」
「いいや、今来たとこぜよ。それじゃあ、行こうか」
「うん!」
定期を改札にかざし、駅構内へ入る。ちょうど電車が来たので乗り込み、私たちは向かい席に座った。
頃合いを見計らって、私は鞄の中から包みを取り出す。中身は手作りクッキーだ。事前に仁王が甘いものは平気、と柳生に聞いたから大丈夫だろう。
私は包みを彼の目の前に差し出した。
「はい、いつも頑張っている仁王くんへプレゼント!」
「これは?」
「クッキーを焼いてみたの。仁王くんの口に合うと良いんだけど……」
「……、……雪宮さんの手作りクッキー。ありがたくいただくぜよ」
仁王の頬がほころぶ。
良かった。どうやら喜んでもらえたみたいだ。少し間があったのが気になったが、気のせいだろう。
それから私たちは月音中正門に着くまで、話に花を咲かせた。
*
昼休みになり、俺は時雨から貰ったクッキーをポケットに忍ばせ、一人屋上へ向かった。教室で食べたら、きっと丸井に分けるはめになるからだ。
俺はフェンスに背を預けて座る。そして、ポケットから包みを取り出して眺めた。
好きな子から貰ったものは独り占めしたい。
包みからクッキーを一つ摘まみ、口へ運んだ。
「……時雨の作ってくれたクッキー、美味しいぜよ」
彼女が作ってくれたクッキーは、ほんのり甘く、優しい味がした。
「本人の前でなければ言えるんじゃが。中々難しいナリ」
時雨に名前で呼んでもらうにはどうすればいいかと柳生に相談してみたら、「まずは仁王くんが彼女を名前で呼んだらいかがでしょうか」と返された。それを実行しようと思ったが、彼女の前だと時雨のし文字も出てこない有り様だ。
テニスでは数多くの対戦相手を翻弄させてきたが、時雨には翻弄されてばかりだ。
クッキーをもう一つ摘まみ、気分を落ち着かせる。
頭の中で彼女の名前を呼ぶ練習をしていると、いつの間にか予鈴が鳴り、俺は屋上を後にした。
*
次の日。
いつものように電車内でお喋りをするが、どこか仁王の様子がおかしい。
「……し、…………はぁ」
仁王は小さく溜め息をつき、片手で顔を覆った。
もしかして具合が悪いのだろうか。
「仁王くん、体調が悪いの?」
「い、いや、体調は悪くないぜよ。これは俺自身の問題なんじゃ」
「そう、なの……?」
「ああ、心配かけてすまないナリ」
「それなら良いんだけど……」
体調は悪くないらしいが、明らかに本調子ではない様子で不安になる。知らぬ間に仁王へ何かしてしまったかと振り返るが、思い当たる節がない。
私はモヤモヤしたまま学校へ向かった。
昼休みとなり、私はお弁当と携帯を持って空き教室へ潜り込んだ。
朝練は身に入らず、授業中は上の空。仁王のことが気に入って仕方がない。
教室の隅へ行き、携帯の電話帳を開く。すぐさま幼馴染の名前を見つけ、電話をかけるとワンコールで繋がった。
「もしもし、雪宮ですけど……比呂士くん?」
「ええ、柳生です。どうかなさいましたか?」
「あのね、この頃仁王くんの様子がおかしくて。よそよそしいというか……知らぬ間に彼に何かしてしまったのかしら」
「それはないと思いますよ。毎日時雨さんと一緒に登校できて、嬉しそうですし。それに昨日……いえ、これは本人から聞くと良いでしょう。仁王くんを信じてあげてください」
「……? 分かったわ」
柳生から仁王の様子が聞けて、ひとまず安心する。
仁王の挙動不審な様子は、近いうちに解決するとのこと。
「それから今週末に練習試合が立海であるので、良かったら来てみてはどうでしょう? 仁王くんも喜びますよ」
「ホント!? 教えてくれてありがとう!」
コート上の詐欺師と呼ばれているのを聞いて、仁王のプレイスタイルが気になっていたのだ。
明日にでも試合に観に行きたいことを伝えよう。
通話を終える頃にはすっかり胸のつかえが取れ、早く仁王に逢えないか待ち遠しくなった。
放課後の部活が終わり、部室を後にする。部活仲間であり親友の百合とともに正門を通り抜けようとすると、正門前で少し人だかりができていた。
誰か珍しい人がいるのだろうか。
後方から人だかりの隙間を覗く。そこにはブレザー姿でラケットバックを背負っている、銀髪の男子生徒――
「仁王くん……!?」
そう、私の想い人がいた。
「あの人が時雨の話に出てくる彼氏さん?」
「そ、そうだけど。どうして月音中に」
声をかけた方が良いのだろうが、この人だかりだと声をかけづらい。迷っているうちに仁王が私に気づき、向こうからこちらへやって来た。
「今日は雪宮さんに話があって来たんじゃ。お前さん、雪宮さんを借りてもいいか?」
仁王が百合に問いかける。
「どーぞ、どーぞ! 私なぞ気にせずに、時雨を連れてってやってください」
背中を百合に軽く押され、前のめりになる。
「ちょっと、百合!?」
「じゃあ、お言葉に甘えて。雪宮さん、一緒に帰るぜよ」
「え? えええ?」
私は仁王に手を取られ、されるがままについていった。
仁王とともに坂道を降りていく。校門から離れてから、彼はずっと無言だ。
話とはなんだろう。
ちらりと仁王を見るが、先程から目が合わず、だんだん気分が沈んできた。
いや、昼休みに仁王を信じてほしいと柳生に言われたではないか。
そのとき、海の方から風が吹いた。
仁王の髪がふわりと広がる。彼の耳がほんのり赤みを帯びているのが見えた。
もしかして、この状況に照れてくれているのかな。
そうだと嬉しい。
次第に不安な気持ちが消えていくのが分かった。
海岸に着くと仁王の手が離れ、こちらを向いてくれた。
「突然学校押しかけてすまなかったナリ」
「ううん……その、話って?」
「実は雪宮さんに名前で呼んでほしくてのう。名前で呼んでもらうには、まず自分が相手の名前で呼んだ方がいいとアドバイスをもらったんじゃが……何度か挑戦したんだが、中々呼べなくて。ここ数日そわそわしてたのは、これが原因じゃ。こんな俺だけど、幻滅したか?」
会話中に妙な間があったり、言葉に詰まっていたりしたのは、私の名前を呼んでくれようとしてたのか。
普段は飄々とした様子に見えるが、名前を呼ぼうと頑張っていたことに、胸を打たれた。
「いいえ、私が仁王くんに……いえ、雅治くんに幻滅することなんてないわ」
「!」
私が仁王の名前を呼ぶと、彼の頬は徐々に紅潮した。いつもは見ることができない仁王の姿に、胸がときめく。
「……時雨の作ってくれたクッキー美味しかったぜよ。また作ってくれんかのう」
「ええ、気に入ってもらえて嬉しいわ。それとね、私もお願いがあるんだけど……」
「ん、なんじゃ」
「雅治くんがテニスしているところが見たくて。今度立海で練習試合があるって聞いたんだけど、行ってもいいかな?」
「もちろん、構わんぜよ。時雨が来てくれるなら、張り切って望まんとな」
「応援してるから、頑張ってね」
勝利の祈りを込めて、仁王の背中に手を回す。
私からスキンシップをすることは少ないため、顔から火が出そうだ。
こっそり顔色を伺おうとすると、抱きしめ返され、顔を見ることは叶わなかった。
「これは絶対に勝たないとのう。ところで時雨からキスをしてくれたら嬉しいんじゃが」
「……こ、今度の試合で雅治くんが勝ったら」
消えそうな声で言うと、仁王の纏う気配が柔らかくなった。
「その言葉、忘れんぜよ」
あ、これはまずいかも。
耳元に届く上機嫌な声に、仁王が勝つことを確信する。立海テニス部が強豪校であることを思い出しても、もう遅い。
練習試合当日、相手に1ポイントも取らせず勝利した仁王に、口づけをすることになるのだった。
「なんでしょう、仁王くん」
晴れて時雨とお付き合いすることになって早一ヶ月。
俺には、とある悩み事があった。
「雪宮さんについて相談があるんじゃが」
「時雨さんがどうかなさいましたか?」
「それじゃ」
「……ええと?」
柳生が困惑顔なのも無理はない。まだ相談内容を話していないのだから。
彼女については、幼馴染である柳生に聞くのが一番だろう。
俺は意を決して、口を開いた。
*
仁王と付き合い初めてから、電車内ではなく改札前で待ち合わせるようになった。少しでも長く一緒にいたいからだ。
待ち合わせ場所である月音駅に着くと、すでに彼は改札付近の柱に背を預けていた。
「仁王くん、お待たせ! 待った?」
「いいや、今来たとこぜよ。それじゃあ、行こうか」
「うん!」
定期を改札にかざし、駅構内へ入る。ちょうど電車が来たので乗り込み、私たちは向かい席に座った。
頃合いを見計らって、私は鞄の中から包みを取り出す。中身は手作りクッキーだ。事前に仁王が甘いものは平気、と柳生に聞いたから大丈夫だろう。
私は包みを彼の目の前に差し出した。
「はい、いつも頑張っている仁王くんへプレゼント!」
「これは?」
「クッキーを焼いてみたの。仁王くんの口に合うと良いんだけど……」
「……、……雪宮さんの手作りクッキー。ありがたくいただくぜよ」
仁王の頬がほころぶ。
良かった。どうやら喜んでもらえたみたいだ。少し間があったのが気になったが、気のせいだろう。
それから私たちは月音中正門に着くまで、話に花を咲かせた。
*
昼休みになり、俺は時雨から貰ったクッキーをポケットに忍ばせ、一人屋上へ向かった。教室で食べたら、きっと丸井に分けるはめになるからだ。
俺はフェンスに背を預けて座る。そして、ポケットから包みを取り出して眺めた。
好きな子から貰ったものは独り占めしたい。
包みからクッキーを一つ摘まみ、口へ運んだ。
「……時雨の作ってくれたクッキー、美味しいぜよ」
彼女が作ってくれたクッキーは、ほんのり甘く、優しい味がした。
「本人の前でなければ言えるんじゃが。中々難しいナリ」
時雨に名前で呼んでもらうにはどうすればいいかと柳生に相談してみたら、「まずは仁王くんが彼女を名前で呼んだらいかがでしょうか」と返された。それを実行しようと思ったが、彼女の前だと時雨のし文字も出てこない有り様だ。
テニスでは数多くの対戦相手を翻弄させてきたが、時雨には翻弄されてばかりだ。
クッキーをもう一つ摘まみ、気分を落ち着かせる。
頭の中で彼女の名前を呼ぶ練習をしていると、いつの間にか予鈴が鳴り、俺は屋上を後にした。
*
次の日。
いつものように電車内でお喋りをするが、どこか仁王の様子がおかしい。
「……し、…………はぁ」
仁王は小さく溜め息をつき、片手で顔を覆った。
もしかして具合が悪いのだろうか。
「仁王くん、体調が悪いの?」
「い、いや、体調は悪くないぜよ。これは俺自身の問題なんじゃ」
「そう、なの……?」
「ああ、心配かけてすまないナリ」
「それなら良いんだけど……」
体調は悪くないらしいが、明らかに本調子ではない様子で不安になる。知らぬ間に仁王へ何かしてしまったかと振り返るが、思い当たる節がない。
私はモヤモヤしたまま学校へ向かった。
昼休みとなり、私はお弁当と携帯を持って空き教室へ潜り込んだ。
朝練は身に入らず、授業中は上の空。仁王のことが気に入って仕方がない。
教室の隅へ行き、携帯の電話帳を開く。すぐさま幼馴染の名前を見つけ、電話をかけるとワンコールで繋がった。
「もしもし、雪宮ですけど……比呂士くん?」
「ええ、柳生です。どうかなさいましたか?」
「あのね、この頃仁王くんの様子がおかしくて。よそよそしいというか……知らぬ間に彼に何かしてしまったのかしら」
「それはないと思いますよ。毎日時雨さんと一緒に登校できて、嬉しそうですし。それに昨日……いえ、これは本人から聞くと良いでしょう。仁王くんを信じてあげてください」
「……? 分かったわ」
柳生から仁王の様子が聞けて、ひとまず安心する。
仁王の挙動不審な様子は、近いうちに解決するとのこと。
「それから今週末に練習試合が立海であるので、良かったら来てみてはどうでしょう? 仁王くんも喜びますよ」
「ホント!? 教えてくれてありがとう!」
コート上の詐欺師と呼ばれているのを聞いて、仁王のプレイスタイルが気になっていたのだ。
明日にでも試合に観に行きたいことを伝えよう。
通話を終える頃にはすっかり胸のつかえが取れ、早く仁王に逢えないか待ち遠しくなった。
放課後の部活が終わり、部室を後にする。部活仲間であり親友の百合とともに正門を通り抜けようとすると、正門前で少し人だかりができていた。
誰か珍しい人がいるのだろうか。
後方から人だかりの隙間を覗く。そこにはブレザー姿でラケットバックを背負っている、銀髪の男子生徒――
「仁王くん……!?」
そう、私の想い人がいた。
「あの人が時雨の話に出てくる彼氏さん?」
「そ、そうだけど。どうして月音中に」
声をかけた方が良いのだろうが、この人だかりだと声をかけづらい。迷っているうちに仁王が私に気づき、向こうからこちらへやって来た。
「今日は雪宮さんに話があって来たんじゃ。お前さん、雪宮さんを借りてもいいか?」
仁王が百合に問いかける。
「どーぞ、どーぞ! 私なぞ気にせずに、時雨を連れてってやってください」
背中を百合に軽く押され、前のめりになる。
「ちょっと、百合!?」
「じゃあ、お言葉に甘えて。雪宮さん、一緒に帰るぜよ」
「え? えええ?」
私は仁王に手を取られ、されるがままについていった。
仁王とともに坂道を降りていく。校門から離れてから、彼はずっと無言だ。
話とはなんだろう。
ちらりと仁王を見るが、先程から目が合わず、だんだん気分が沈んできた。
いや、昼休みに仁王を信じてほしいと柳生に言われたではないか。
そのとき、海の方から風が吹いた。
仁王の髪がふわりと広がる。彼の耳がほんのり赤みを帯びているのが見えた。
もしかして、この状況に照れてくれているのかな。
そうだと嬉しい。
次第に不安な気持ちが消えていくのが分かった。
海岸に着くと仁王の手が離れ、こちらを向いてくれた。
「突然学校押しかけてすまなかったナリ」
「ううん……その、話って?」
「実は雪宮さんに名前で呼んでほしくてのう。名前で呼んでもらうには、まず自分が相手の名前で呼んだ方がいいとアドバイスをもらったんじゃが……何度か挑戦したんだが、中々呼べなくて。ここ数日そわそわしてたのは、これが原因じゃ。こんな俺だけど、幻滅したか?」
会話中に妙な間があったり、言葉に詰まっていたりしたのは、私の名前を呼んでくれようとしてたのか。
普段は飄々とした様子に見えるが、名前を呼ぼうと頑張っていたことに、胸を打たれた。
「いいえ、私が仁王くんに……いえ、雅治くんに幻滅することなんてないわ」
「!」
私が仁王の名前を呼ぶと、彼の頬は徐々に紅潮した。いつもは見ることができない仁王の姿に、胸がときめく。
「……時雨の作ってくれたクッキー美味しかったぜよ。また作ってくれんかのう」
「ええ、気に入ってもらえて嬉しいわ。それとね、私もお願いがあるんだけど……」
「ん、なんじゃ」
「雅治くんがテニスしているところが見たくて。今度立海で練習試合があるって聞いたんだけど、行ってもいいかな?」
「もちろん、構わんぜよ。時雨が来てくれるなら、張り切って望まんとな」
「応援してるから、頑張ってね」
勝利の祈りを込めて、仁王の背中に手を回す。
私からスキンシップをすることは少ないため、顔から火が出そうだ。
こっそり顔色を伺おうとすると、抱きしめ返され、顔を見ることは叶わなかった。
「これは絶対に勝たないとのう。ところで時雨からキスをしてくれたら嬉しいんじゃが」
「……こ、今度の試合で雅治くんが勝ったら」
消えそうな声で言うと、仁王の纏う気配が柔らかくなった。
「その言葉、忘れんぜよ」
あ、これはまずいかも。
耳元に届く上機嫌な声に、仁王が勝つことを確信する。立海テニス部が強豪校であることを思い出しても、もう遅い。
練習試合当日、相手に1ポイントも取らせず勝利した仁王に、口づけをすることになるのだった。