短編
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窓の外に広がるのは、きらきらと輝く海。
朝練に参加するため、今日も早い時間の電車に揺られていた。
「まもなく月音中学前~。月音中学前~」
車内アナウンスが、もうすぐ学校の最寄り駅に着くことを告げる。私はフルートケースを握りしめ、電車の扉へ向かった。
*
「あれ、定期券がない……!?」
学校の最寄り駅に着いたため下車したのだが、私は改札付近で立ち止まっていた。ポケットに入れていたはずの定期券がないからである。もしかして電車内で落としてしまったのだろうか。
だとしたら、とても不味い。先程まで乗車していた電車は、もう月音中学前駅を出発してしまった。
このままでは朝練に参加できない。仕方なく、部長に連絡しようと鞄から携帯を取り出したとき、後ろから声をかけられた。
「これ、お前さんのじゃないか?」
振り向くと、そこには銀髪の男性が。
彼の手には花柄のパスケースが握られていた。それは今しがた私が探していたものである。
「それ、どこにありました……?」
「座席の上に置いてあったナリ」
銀髪の彼は、私にパスケースを握らせた。
「ありがとうございます! あの、お礼がしたいので、名前を教えていただけませんか?」
「大したことじゃないし、気にしないでいいぜよ。俺は立海大附属中三年、仁王雅治じゃ」
「立海大附属中。もしかして比呂士くんと同じ学校?」
「なんじゃ。お前さん、柳生のこと知っとるのか」
仁王は目をぱちくりさせた。
ラケットバックを背負っているし、彼も柳生と同じくテニス部なのだろうか。
「比呂士くんとは幼馴染で……私、月音中三年の雪宮時雨です。良かったら、途中まで一緒に登校しませんか?」
どのみち立海大附属中に行くには、月音中の前を通らなければならない。
それにここで会ったのも何かの縁。彼のことを知りたいと思った。
「そうじゃな。あと同い年だし、タメで構わんぜよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて。よろしくね、仁王くん」
「ああ、よろしく頼むぜよ」
*
定期券を改札にかざし、外へ出た。駅を出て道路を挟んで右手側には、海が広がっている。息を吸うと、潮の香りがした。
左手側の坂道を登りながら部活のことを尋ねると、仁王は柳生と同じくテニス部に所属していることが分かった。しかも彼は『コート上の詐欺師』という異名を持ち、対戦相手を欺くことが得意らしい。
「仁王くんは比呂士くんとよくダブルス組んでるのね。比呂士くんって、正統派なプレイスタイルだと思ってたから意外」
「確かに柳生とは正反対のプレイスタイルだけど、息を合わせやすいんじゃ。そういう雪宮さんは何部に……っと、もう着いてしまったか」
最寄り駅に学校名が入っているだけあって、月音中は駅から五分もかからない。話に夢中になっていたら、あっという間に校門に着いた。
「雪宮さんは明日も朝練あるんか?」
「ええ、毎日あるわよ」
「そうか。なら明日も今日と同じ時間の電車に乗るから、明日はお前さんの話を聴かせてくれんかのう」
「もちろん! それじゃあ、また明日」
手を振りながら、校内へ入る。
明日も仁王に会えると思うと、胸が高鳴った。
*
そして次の日。
昨日と同じ時間の電車に乗ると、仁王にすぐ会うことができた。利用している電車が四両編成であり、その先頭車両に彼が乗っていたからである。
「おはよう、仁王くん」
「おはようさん。さて、今日は雪宮さんの話を聴かせてくれんかのう」
「ええ、喜んで」
私は仁王の隣の席に座った。
吹奏楽部に所属していることや、演奏会に向けて練習していることなどを話す。今取り組んでいる『悪魔の踊り』という曲はテンポが速く、連符を吹くのが大変であることを伝えると、「その曲名に似合いそうな後輩が、テニス部にいるのう」と彼は笑った。
それから毎日電車で仁王と会うため、自然と途中まで一緒に登校するようになった。
仁王と知り合ってから、一週間が過ぎた。
「今週末に文化祭があるんじゃが、良かったら来てくれんかのう。案内するぜよ」
「えっ、良いの!? ぜひ行きたいな」
クラスと部活で出し物があるらしく、クラスの担当時間外なら案内してもらえるとのこと。
仁王の学校生活が知りたい。
私は異性として、次第に惹かれているのを感じていた。
かくして勉強や部活に打ち込んでいれば、あっという間に文化祭の日となった。
お気に入りの服で身を包む。
仁王くんに褒めてもらえると良いな。
私はスキップをするような足取りで、電車に乗り込んだ。
月音中学前駅で下車し、今日は一人で坂道を上る。そして月音中の校門前を通りすぎ、今度は坂を下った。
いつも仁王が使っている道を辿っている。
彼はどんな気持ちで、この道を歩いているのだろう。私と同じ気持ちだと良いな。
淡い恋心を抱きながら歩いていると、気づけば立海大附属中に着いていた。
「凄い賑わいだわ」
どこを見渡しても人、人、人。どの模擬店も大盛況だ。
まずは仁王と合流するため、3年B組の教室へ向かう。
3年のフロアへ辿り着くと、銀髪の生徒――仁王の後ろ姿が見えた。
向かいにいるのは、彼の同級生だろうか。立海の制服を纏った、可愛らしい女の子がいた。そして小さな唇から衝撃的な言葉が紡がれた。
「仁王、あなたが好き。私と付き合ってください」
シンプルな愛の歌。
周りにいた生徒たちは、仁王がどう応えるか気になるようで、ガヤガヤと見守っている。
私は目が熱くなるのを感じた。ハッと我に返り、慌ててその場から離れる。
そうか、いつの間にか仁王への想いが大きくなっていたのだ。
仁王は格好いいし、学校でも人気者なのだろう。
他校生なのに一緒に登校していたというだけで、私は特別な存在であると勘違いするところだった。
「ふ、う……」
階段を上り、屋上へ足を踏み入れる。幸いなことに、そこには誰もいなかった。
屋上の隅に腰を下ろし、顔を伏せる。
仁王が告白に応える前に立ち去れて良かった。もし彼の口から知らない人の名前が飛び出したら、立ち直れなかっただろう。
「勘違いする前で良かった」
「何を勘違いするところだったんじゃ」
「えっ……?」
あまりの恋しさに、幻聴が聴こえてしまったのだろうか。
ここに来るはずなどないと思いつつ、ゆっくりと顔を上げる。
「なんでここに……」
目の前には仁王がいた。急いで来てくれたのか、肩で息をしている。
私を探しに来てくれたのかと思うと、嬉しさで胸がいっぱいになった。
「雪宮さんがいつになっても3年B組に来ないからのう」
「それは――」
「俺のせいじゃな。まさか廊下で告白されるとは思わなかったナリ」
「なんて応えたの?」
聞きたくないはずなのに、気づけば口にしてしまった。先程の女の子が好きだとでも言われたらどうするのだ。後悔の念が押し寄せる。
「好きな人がいるから断った」
「え……」
やはり好きな人がいるんだ。でもそれは私ではないだろう。
目線が地面に落ちる。
すると仁王が片膝をつき、私の左手を握った。
「好いとうよ」
「嘘……」
そんな都合のいいことが起こるわけがない。
堪えていた涙がついに零れ落ちた。
「雪宮さんとは定期券がきっかけで話すようになったが、本当はずっと前から機会を伺ってたんじゃ」
私が仁王を知ったのは、定期券を拾ってもらった日からだ。しかし彼は、毎日私と同じ電車に乗車し、近くに座っていたらしい。
「お前さんに一目惚れして、どうにか知り合いになれないかと思ってのう。そしたらある日、雪宮さんが座ってた席に定期が置いてあるのを見かけて。改札で困っている姿を見て、チャンスだと思ったんじゃ」
今の私の顔は、林檎のように真っ赤だろう。顔に熱が帯びるのを感じた。
そんなの知らなかった。
衝撃の事実に、視線がさ迷う。
「嘘だと思うなら柳生に聞いてみんしゃい。あいつには相談に乗ってもらったんじゃ」
私は仁王の腕の中に閉じ込められた。
「それで、返事が聴きたいのう」
耳元で囁かれ、背筋がゾクリとした。
私の気持ちなぞ、もうバレバレかもしれないけれど。
「……私も仁王くんのことが好き」
「良かった」
仁王の両手が私の頬を包み、視線が絡み合う。私は次の行為に期待し、瞳を閉じた。
朝練に参加するため、今日も早い時間の電車に揺られていた。
「まもなく月音中学前~。月音中学前~」
車内アナウンスが、もうすぐ学校の最寄り駅に着くことを告げる。私はフルートケースを握りしめ、電車の扉へ向かった。
*
「あれ、定期券がない……!?」
学校の最寄り駅に着いたため下車したのだが、私は改札付近で立ち止まっていた。ポケットに入れていたはずの定期券がないからである。もしかして電車内で落としてしまったのだろうか。
だとしたら、とても不味い。先程まで乗車していた電車は、もう月音中学前駅を出発してしまった。
このままでは朝練に参加できない。仕方なく、部長に連絡しようと鞄から携帯を取り出したとき、後ろから声をかけられた。
「これ、お前さんのじゃないか?」
振り向くと、そこには銀髪の男性が。
彼の手には花柄のパスケースが握られていた。それは今しがた私が探していたものである。
「それ、どこにありました……?」
「座席の上に置いてあったナリ」
銀髪の彼は、私にパスケースを握らせた。
「ありがとうございます! あの、お礼がしたいので、名前を教えていただけませんか?」
「大したことじゃないし、気にしないでいいぜよ。俺は立海大附属中三年、仁王雅治じゃ」
「立海大附属中。もしかして比呂士くんと同じ学校?」
「なんじゃ。お前さん、柳生のこと知っとるのか」
仁王は目をぱちくりさせた。
ラケットバックを背負っているし、彼も柳生と同じくテニス部なのだろうか。
「比呂士くんとは幼馴染で……私、月音中三年の雪宮時雨です。良かったら、途中まで一緒に登校しませんか?」
どのみち立海大附属中に行くには、月音中の前を通らなければならない。
それにここで会ったのも何かの縁。彼のことを知りたいと思った。
「そうじゃな。あと同い年だし、タメで構わんぜよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて。よろしくね、仁王くん」
「ああ、よろしく頼むぜよ」
*
定期券を改札にかざし、外へ出た。駅を出て道路を挟んで右手側には、海が広がっている。息を吸うと、潮の香りがした。
左手側の坂道を登りながら部活のことを尋ねると、仁王は柳生と同じくテニス部に所属していることが分かった。しかも彼は『コート上の詐欺師』という異名を持ち、対戦相手を欺くことが得意らしい。
「仁王くんは比呂士くんとよくダブルス組んでるのね。比呂士くんって、正統派なプレイスタイルだと思ってたから意外」
「確かに柳生とは正反対のプレイスタイルだけど、息を合わせやすいんじゃ。そういう雪宮さんは何部に……っと、もう着いてしまったか」
最寄り駅に学校名が入っているだけあって、月音中は駅から五分もかからない。話に夢中になっていたら、あっという間に校門に着いた。
「雪宮さんは明日も朝練あるんか?」
「ええ、毎日あるわよ」
「そうか。なら明日も今日と同じ時間の電車に乗るから、明日はお前さんの話を聴かせてくれんかのう」
「もちろん! それじゃあ、また明日」
手を振りながら、校内へ入る。
明日も仁王に会えると思うと、胸が高鳴った。
*
そして次の日。
昨日と同じ時間の電車に乗ると、仁王にすぐ会うことができた。利用している電車が四両編成であり、その先頭車両に彼が乗っていたからである。
「おはよう、仁王くん」
「おはようさん。さて、今日は雪宮さんの話を聴かせてくれんかのう」
「ええ、喜んで」
私は仁王の隣の席に座った。
吹奏楽部に所属していることや、演奏会に向けて練習していることなどを話す。今取り組んでいる『悪魔の踊り』という曲はテンポが速く、連符を吹くのが大変であることを伝えると、「その曲名に似合いそうな後輩が、テニス部にいるのう」と彼は笑った。
それから毎日電車で仁王と会うため、自然と途中まで一緒に登校するようになった。
仁王と知り合ってから、一週間が過ぎた。
「今週末に文化祭があるんじゃが、良かったら来てくれんかのう。案内するぜよ」
「えっ、良いの!? ぜひ行きたいな」
クラスと部活で出し物があるらしく、クラスの担当時間外なら案内してもらえるとのこと。
仁王の学校生活が知りたい。
私は異性として、次第に惹かれているのを感じていた。
かくして勉強や部活に打ち込んでいれば、あっという間に文化祭の日となった。
お気に入りの服で身を包む。
仁王くんに褒めてもらえると良いな。
私はスキップをするような足取りで、電車に乗り込んだ。
月音中学前駅で下車し、今日は一人で坂道を上る。そして月音中の校門前を通りすぎ、今度は坂を下った。
いつも仁王が使っている道を辿っている。
彼はどんな気持ちで、この道を歩いているのだろう。私と同じ気持ちだと良いな。
淡い恋心を抱きながら歩いていると、気づけば立海大附属中に着いていた。
「凄い賑わいだわ」
どこを見渡しても人、人、人。どの模擬店も大盛況だ。
まずは仁王と合流するため、3年B組の教室へ向かう。
3年のフロアへ辿り着くと、銀髪の生徒――仁王の後ろ姿が見えた。
向かいにいるのは、彼の同級生だろうか。立海の制服を纏った、可愛らしい女の子がいた。そして小さな唇から衝撃的な言葉が紡がれた。
「仁王、あなたが好き。私と付き合ってください」
シンプルな愛の歌。
周りにいた生徒たちは、仁王がどう応えるか気になるようで、ガヤガヤと見守っている。
私は目が熱くなるのを感じた。ハッと我に返り、慌ててその場から離れる。
そうか、いつの間にか仁王への想いが大きくなっていたのだ。
仁王は格好いいし、学校でも人気者なのだろう。
他校生なのに一緒に登校していたというだけで、私は特別な存在であると勘違いするところだった。
「ふ、う……」
階段を上り、屋上へ足を踏み入れる。幸いなことに、そこには誰もいなかった。
屋上の隅に腰を下ろし、顔を伏せる。
仁王が告白に応える前に立ち去れて良かった。もし彼の口から知らない人の名前が飛び出したら、立ち直れなかっただろう。
「勘違いする前で良かった」
「何を勘違いするところだったんじゃ」
「えっ……?」
あまりの恋しさに、幻聴が聴こえてしまったのだろうか。
ここに来るはずなどないと思いつつ、ゆっくりと顔を上げる。
「なんでここに……」
目の前には仁王がいた。急いで来てくれたのか、肩で息をしている。
私を探しに来てくれたのかと思うと、嬉しさで胸がいっぱいになった。
「雪宮さんがいつになっても3年B組に来ないからのう」
「それは――」
「俺のせいじゃな。まさか廊下で告白されるとは思わなかったナリ」
「なんて応えたの?」
聞きたくないはずなのに、気づけば口にしてしまった。先程の女の子が好きだとでも言われたらどうするのだ。後悔の念が押し寄せる。
「好きな人がいるから断った」
「え……」
やはり好きな人がいるんだ。でもそれは私ではないだろう。
目線が地面に落ちる。
すると仁王が片膝をつき、私の左手を握った。
「好いとうよ」
「嘘……」
そんな都合のいいことが起こるわけがない。
堪えていた涙がついに零れ落ちた。
「雪宮さんとは定期券がきっかけで話すようになったが、本当はずっと前から機会を伺ってたんじゃ」
私が仁王を知ったのは、定期券を拾ってもらった日からだ。しかし彼は、毎日私と同じ電車に乗車し、近くに座っていたらしい。
「お前さんに一目惚れして、どうにか知り合いになれないかと思ってのう。そしたらある日、雪宮さんが座ってた席に定期が置いてあるのを見かけて。改札で困っている姿を見て、チャンスだと思ったんじゃ」
今の私の顔は、林檎のように真っ赤だろう。顔に熱が帯びるのを感じた。
そんなの知らなかった。
衝撃の事実に、視線がさ迷う。
「嘘だと思うなら柳生に聞いてみんしゃい。あいつには相談に乗ってもらったんじゃ」
私は仁王の腕の中に閉じ込められた。
「それで、返事が聴きたいのう」
耳元で囁かれ、背筋がゾクリとした。
私の気持ちなぞ、もうバレバレかもしれないけれど。
「……私も仁王くんのことが好き」
「良かった」
仁王の両手が私の頬を包み、視線が絡み合う。私は次の行為に期待し、瞳を閉じた。