蝶ノ光
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ゴールデンウィーク三日目――青学と立海で合同練習の日。
合同練習は午後から東京で実施される。
私はラケットバックを背負い、変装がてら帽子を被って自分の部屋から出た。
外へ踏み出すと、青空に薄っすらと雲が広がっていた。駅に向かって歩くと、風がふわりと頬を撫でる。
風を利用する技を使うからか、不二の顔が頭をよぎった。彼は元気にしているだろうか――?
手塚によると、佐伯は私と試合したことを不二に話したようだ。ただ、乾や柳のおかげで、不二とは再会を果たしていない。
もし再会したときを想像してみる。
まずは挨拶がてら、ダブルスの試合をするだろう。テニスプレイヤーなら、テニスで語った方が早いから。
次にダブルスパートナーを考えてみるが、少なくとも不二とは組まないはずだ。そもそも彼と組んだら気まずくてテニスに集中できず、試合どころではない。仁王か柳がダブルスペアだと、心強いのだが――――。
私が転校してから不二も力をつけているだろうし、即席のペアで勝てるような相手ではない。かつてダブルスを組んだことがあるから分かる。
――早く不二と対戦して、今の私の実力がどこまで通用するのか試したい。
一方で、不二と会う心の準備ができていないので、もう少し時間が欲しいと思う自分もいる。
悶々と考えながら歩いていると、私の肩に手が置かれた。肩が跳ねて、心拍数が一気に上昇する。
「だ、誰――⋯⋯うん?」
立ち止まって振り返ると、そこには見知った幼馴染がいた。
「もう、びっくりしたじゃない! 驚かさないでよ、蓮二」
「時雨が単独行動するのは、予想できていたが⋯⋯まったく、鈴川に会ったらどうするつもりだったんだ」
柳は呆れ顔でため息をついている。
「ええと、それは⋯⋯」
彼の正論に、目が泳ぐ。
千夏と出会う可能性を考えなかったわけではない。変装しているし、出会っても誤魔化せると思ったのだ。
ただ思い返してみると、私のことをよく知っている蔵ノ介や跡部には、変装をすぐに看破されていたような。神奈川県内ならともかく、一人で東京へ向かうのは軽率だったかもしれない。
「今後は気をつけます⋯⋯」
「ぜひ、そうしてくれ」
安心させられる要素がなく、私は素直に反省した。
柳は再びため息をつき、私の隣に並ぶ。駅に向かって、一緒に歩み進めた。
「そういえばさ。蓮二はダブルス大会のペア決まった?」
早々にパートナーを決めて、すでに練習に打ち込んでいるのか気になり、聞いてみた。
「貞治だ」
分かっていたが、即答である。
ダブルス大会で本戦に進めば、きっと柳・乾ペアと当たるだろう。
「そういう時雨はどうなんだ?」
「仁王くんと組みたかったんだけど、もう組みたい人が決まっているらしくて。きっと柳生くんよね」
先日の出来事を思い出しながら伝えると、柳がじわりと目を見開いた。普段、動揺しても表に出さないから珍しい。
顎に手を添えて、神妙な面持ちでぽつりと呟いた。「そうか⋯⋯あいつも大変だな」
「え?」
なぜか柳が遠い目をしている。ぽそりと呟いたようだが、聞き取れなかった。
「いや、なんでもない」
そう言われると気になるもので、何度も聞いてみたが「そのうち分かるだろう」と、結局教えてくれなかった。
*
お昼を済ませてから集合場所の運動公園に行くと、乾が入口前に立っていた。データ収集しているのか、右手に鉛筆、左手にノートを持ち、書き記している。
腕時計で時刻を確認すると、まだ約束の時間の30分前。
入口で私を待っていたのではないかと感じる。
乾は私と柳に気づき、ノートを閉じて片手を上げた。私も手を上げ返す。
「やあ。今日は楽しみだね」
「ええ、そうね。それにしても、貞治、早いね⋯⋯?」
「鈴川が来ないか確認していたんだ。鈴川が利用しない場所を選んだが、念のためだ」
運動公園は、最寄り駅からやや遠い場所に位置する。千夏や他の大会参加者が来ない場所を選んだからだ。
駅から遠いもののテニスコートの数が多く、練習にもってこいの場所だったため、満場一致で決まった。
「あとは時雨が一人で来ないか心配だったが⋯⋯蓮二がいるから、いらぬ心配だったようだ」
「ソウデスネ」
わざと棒読みで答えると、隣から柳が吹き出した声が聞こえた。
途中で千夏と遭遇したらどうしようと不安だったので、二人がいてくれて、本当は感謝している。しかし気恥ずかしくて、素直にお礼を言えない。
結局、言葉にできなかった私は、拗ねたふりをして先に運動公園の施設内に入った。
乾と柳と一緒に窓口で受付を済ませて再び入口へ戻ると、合同練習の参加者が全員揃っていた。
どうやら二人とのんびり話しているうちに、集合時間になっていたようだ。
珍しくリョーマが遅刻していない。思わず目をパチリとさせると、彼は帽子を深く被り、目を逸らした。
「それじゃあ、コートへ向かいましょうか!」
全員コートへ移動し、ラケットやらシューズやらテニスの準備をする。
参加者は八人。コートは二面予約できたので、ダブルスを二試合する予定だ。
私はウォーミングアップを終わらせ、バッグからくじを取り出した。
くじは1から4を書いた紙を二枚ずつ用意している。片方は青学用、もう片方は立海用。同じ番号を引いた者同士がペアとなる。せっかくの合同練習なので、青学と立海の組み合わせにするためだ。ちなみに今回は練習試合のため、バッジは賭けない。
みんなで順番にくじを引く。一試合目の私の相方は――――
「手塚くん、よろしくね」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。時雨とダブルス組むのは初めてだから、楽しみだ」
「ふふ、私も!」
頼もしい相方で心強い。
手塚とダブルスを組むのは初めてだし、戦術はどうするか。対戦相手は柳生・海堂ペア。いつものように模倣した技を打ち、困惑した相手の隙をついて攻めていくか悩む。
すると手塚が私に近づき、口元を隠して囁いた。
「お前のやりやすいプレイスタイルで構わない」
このひと言で、一試合目の戦術が決まった。
*
「ゲーム、柳生・海堂4-5」
どんなに突き放そうとしても、柳生・海堂ペアは驚異的な粘りで追いついてくる。
辛うじて私たちがリードしているものの、精神的にじわじわ追い詰められていた。焦りがプレイに影響し始め、確実にミスが増えている。
「あ――――」
柳生のレーザービームが、私の真横を抜けていく。さすが本家というべきか、これまでダブルスパートナーに打ってもらったレーザービームより速い。
なんとか食らいつこうと腕を伸ばしたが、ボールがラケットに届かない。このポイントは取れない――――そう思っていたら、ボールの軌道が変わった。
「一人でなんとかしようとするのは、時雨の悪い癖だ」
ボールは後衛にいる手塚のもとへ、引き寄せられていく。――――手塚ゾーンだ。いつの間にか、ボールに回転をかけていたらしい。
手塚が柳生と海堂の間にボールを打ち返し、見事ポイントを決めた。
「ありがとう」
私は手塚に近づき、お礼を言う。
「ああ。⋯⋯この試合では自分の技で、勝負したいのだろう?」
ダブルス大会が始まって以降、殆どの試合でダブルスパートナーに必殺技の打ち方をレクチャーし、打ってもらった。時には自分でも打った。
しかし、この試合では誰かの技を模倣せず、自分の技がどこまで通用するのか試したい。試合前の手塚の言葉で、強く思ったのだ。
「ええ、そうよ。よく分かったわね?」
「ダブルス大会では、不二とダブルスを組んでいた頃の戦法をよく使っていると聞いたからな。特に技のレクチャーもなかったから、単純にそう思っただけだ」
それもそうかと苦笑する。
私が技を模倣するのは、大会期間中に元青学の白石時雨であると分からないようにするためだ。
不二とダブルスを組んでいたときは、どこか一歩引いたようなテニスをしていた。自分のテニスに自信がなかったから。そのため、不二に必殺技を打ってもらい、勝利を重ねていた。
でも今は違う。ダブルスパートナーと肩を並べてテニスがしたい。そのためには、自分のテニスを磨かなくては。
「自分のテニスが、どこまで通用するか知りたいの。⋯⋯手塚くん、フォローお願いしてもいい?」
「もちろん、構わない。油断せずに行こう」
「うん!」
第10セット。
柳生が打ったサーブを打ち返す。時折レーザービームを挟みながら、後衛同士でラリーが続いた。
徐々にスピードボールに慣れてきたところで、柳生が不意に笑った。
レーザービームを打つ構えだ。また来るだろうか。
「さすが、白石さん。私のレーザーに慣れてきたようですね。ですが――――」
柳生はレーザービームを打つと見せかけて、ふわりとドロップショットを打った。
周りからは紳士と呼ばれているが、実は詐欺師なのではと思った。さすが仁王と入れ替わりをしているだけのことはある。
「くっ! 手塚くん、お願い!」
「任せろ」
手塚が難なく打ち返す。ボールは前衛の海堂の反対側――ライトサービスコートへ。
「海堂くん、出番ですよ」
「ああ、分かってる」
深く息を吐きながら、海堂がショートスネイクを放つ。打球は大きくカーブし、手塚を躱した。
シングルスならば、柳生がドロップショットを打った時点でポイントを取られていただろう。しかし、これはダブルスだ。
手塚がフォローしてくれたおかげで、体勢を整えられた。
「氷刃の舞」
回転数を増加させたスネイクで返す。
海堂の直ぐ側にボールが過ぎり、彼は仰け反った。そのまま一歩、二歩と下がり、体勢を崩す。
ボールはそのままコーナーへ。
流石と言うべきか、柳生はなんとか食らいつき、打ち返した。自然と口角が上がる。これでサービスコートは空いた。
「――――夜凪」
私は金魚すくいのように、ラケットでボールを掬って相手コートへ落とす。静かに、勝負の幕を下ろすように。
「ゲーム、白石・手塚6-4!」
そして、私たちは勝利を掴み取った。
合同練習は午後から東京で実施される。
私はラケットバックを背負い、変装がてら帽子を被って自分の部屋から出た。
外へ踏み出すと、青空に薄っすらと雲が広がっていた。駅に向かって歩くと、風がふわりと頬を撫でる。
風を利用する技を使うからか、不二の顔が頭をよぎった。彼は元気にしているだろうか――?
手塚によると、佐伯は私と試合したことを不二に話したようだ。ただ、乾や柳のおかげで、不二とは再会を果たしていない。
もし再会したときを想像してみる。
まずは挨拶がてら、ダブルスの試合をするだろう。テニスプレイヤーなら、テニスで語った方が早いから。
次にダブルスパートナーを考えてみるが、少なくとも不二とは組まないはずだ。そもそも彼と組んだら気まずくてテニスに集中できず、試合どころではない。仁王か柳がダブルスペアだと、心強いのだが――――。
私が転校してから不二も力をつけているだろうし、即席のペアで勝てるような相手ではない。かつてダブルスを組んだことがあるから分かる。
――早く不二と対戦して、今の私の実力がどこまで通用するのか試したい。
一方で、不二と会う心の準備ができていないので、もう少し時間が欲しいと思う自分もいる。
悶々と考えながら歩いていると、私の肩に手が置かれた。肩が跳ねて、心拍数が一気に上昇する。
「だ、誰――⋯⋯うん?」
立ち止まって振り返ると、そこには見知った幼馴染がいた。
「もう、びっくりしたじゃない! 驚かさないでよ、蓮二」
「時雨が単独行動するのは、予想できていたが⋯⋯まったく、鈴川に会ったらどうするつもりだったんだ」
柳は呆れ顔でため息をついている。
「ええと、それは⋯⋯」
彼の正論に、目が泳ぐ。
千夏と出会う可能性を考えなかったわけではない。変装しているし、出会っても誤魔化せると思ったのだ。
ただ思い返してみると、私のことをよく知っている蔵ノ介や跡部には、変装をすぐに看破されていたような。神奈川県内ならともかく、一人で東京へ向かうのは軽率だったかもしれない。
「今後は気をつけます⋯⋯」
「ぜひ、そうしてくれ」
安心させられる要素がなく、私は素直に反省した。
柳は再びため息をつき、私の隣に並ぶ。駅に向かって、一緒に歩み進めた。
「そういえばさ。蓮二はダブルス大会のペア決まった?」
早々にパートナーを決めて、すでに練習に打ち込んでいるのか気になり、聞いてみた。
「貞治だ」
分かっていたが、即答である。
ダブルス大会で本戦に進めば、きっと柳・乾ペアと当たるだろう。
「そういう時雨はどうなんだ?」
「仁王くんと組みたかったんだけど、もう組みたい人が決まっているらしくて。きっと柳生くんよね」
先日の出来事を思い出しながら伝えると、柳がじわりと目を見開いた。普段、動揺しても表に出さないから珍しい。
顎に手を添えて、神妙な面持ちでぽつりと呟いた。「そうか⋯⋯あいつも大変だな」
「え?」
なぜか柳が遠い目をしている。ぽそりと呟いたようだが、聞き取れなかった。
「いや、なんでもない」
そう言われると気になるもので、何度も聞いてみたが「そのうち分かるだろう」と、結局教えてくれなかった。
*
お昼を済ませてから集合場所の運動公園に行くと、乾が入口前に立っていた。データ収集しているのか、右手に鉛筆、左手にノートを持ち、書き記している。
腕時計で時刻を確認すると、まだ約束の時間の30分前。
入口で私を待っていたのではないかと感じる。
乾は私と柳に気づき、ノートを閉じて片手を上げた。私も手を上げ返す。
「やあ。今日は楽しみだね」
「ええ、そうね。それにしても、貞治、早いね⋯⋯?」
「鈴川が来ないか確認していたんだ。鈴川が利用しない場所を選んだが、念のためだ」
運動公園は、最寄り駅からやや遠い場所に位置する。千夏や他の大会参加者が来ない場所を選んだからだ。
駅から遠いもののテニスコートの数が多く、練習にもってこいの場所だったため、満場一致で決まった。
「あとは時雨が一人で来ないか心配だったが⋯⋯蓮二がいるから、いらぬ心配だったようだ」
「ソウデスネ」
わざと棒読みで答えると、隣から柳が吹き出した声が聞こえた。
途中で千夏と遭遇したらどうしようと不安だったので、二人がいてくれて、本当は感謝している。しかし気恥ずかしくて、素直にお礼を言えない。
結局、言葉にできなかった私は、拗ねたふりをして先に運動公園の施設内に入った。
乾と柳と一緒に窓口で受付を済ませて再び入口へ戻ると、合同練習の参加者が全員揃っていた。
どうやら二人とのんびり話しているうちに、集合時間になっていたようだ。
珍しくリョーマが遅刻していない。思わず目をパチリとさせると、彼は帽子を深く被り、目を逸らした。
「それじゃあ、コートへ向かいましょうか!」
全員コートへ移動し、ラケットやらシューズやらテニスの準備をする。
参加者は八人。コートは二面予約できたので、ダブルスを二試合する予定だ。
私はウォーミングアップを終わらせ、バッグからくじを取り出した。
くじは1から4を書いた紙を二枚ずつ用意している。片方は青学用、もう片方は立海用。同じ番号を引いた者同士がペアとなる。せっかくの合同練習なので、青学と立海の組み合わせにするためだ。ちなみに今回は練習試合のため、バッジは賭けない。
みんなで順番にくじを引く。一試合目の私の相方は――――
「手塚くん、よろしくね」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。時雨とダブルス組むのは初めてだから、楽しみだ」
「ふふ、私も!」
頼もしい相方で心強い。
手塚とダブルスを組むのは初めてだし、戦術はどうするか。対戦相手は柳生・海堂ペア。いつものように模倣した技を打ち、困惑した相手の隙をついて攻めていくか悩む。
すると手塚が私に近づき、口元を隠して囁いた。
「お前のやりやすいプレイスタイルで構わない」
このひと言で、一試合目の戦術が決まった。
*
「ゲーム、柳生・海堂4-5」
どんなに突き放そうとしても、柳生・海堂ペアは驚異的な粘りで追いついてくる。
辛うじて私たちがリードしているものの、精神的にじわじわ追い詰められていた。焦りがプレイに影響し始め、確実にミスが増えている。
「あ――――」
柳生のレーザービームが、私の真横を抜けていく。さすが本家というべきか、これまでダブルスパートナーに打ってもらったレーザービームより速い。
なんとか食らいつこうと腕を伸ばしたが、ボールがラケットに届かない。このポイントは取れない――――そう思っていたら、ボールの軌道が変わった。
「一人でなんとかしようとするのは、時雨の悪い癖だ」
ボールは後衛にいる手塚のもとへ、引き寄せられていく。――――手塚ゾーンだ。いつの間にか、ボールに回転をかけていたらしい。
手塚が柳生と海堂の間にボールを打ち返し、見事ポイントを決めた。
「ありがとう」
私は手塚に近づき、お礼を言う。
「ああ。⋯⋯この試合では自分の技で、勝負したいのだろう?」
ダブルス大会が始まって以降、殆どの試合でダブルスパートナーに必殺技の打ち方をレクチャーし、打ってもらった。時には自分でも打った。
しかし、この試合では誰かの技を模倣せず、自分の技がどこまで通用するのか試したい。試合前の手塚の言葉で、強く思ったのだ。
「ええ、そうよ。よく分かったわね?」
「ダブルス大会では、不二とダブルスを組んでいた頃の戦法をよく使っていると聞いたからな。特に技のレクチャーもなかったから、単純にそう思っただけだ」
それもそうかと苦笑する。
私が技を模倣するのは、大会期間中に元青学の白石時雨であると分からないようにするためだ。
不二とダブルスを組んでいたときは、どこか一歩引いたようなテニスをしていた。自分のテニスに自信がなかったから。そのため、不二に必殺技を打ってもらい、勝利を重ねていた。
でも今は違う。ダブルスパートナーと肩を並べてテニスがしたい。そのためには、自分のテニスを磨かなくては。
「自分のテニスが、どこまで通用するか知りたいの。⋯⋯手塚くん、フォローお願いしてもいい?」
「もちろん、構わない。油断せずに行こう」
「うん!」
第10セット。
柳生が打ったサーブを打ち返す。時折レーザービームを挟みながら、後衛同士でラリーが続いた。
徐々にスピードボールに慣れてきたところで、柳生が不意に笑った。
レーザービームを打つ構えだ。また来るだろうか。
「さすが、白石さん。私のレーザーに慣れてきたようですね。ですが――――」
柳生はレーザービームを打つと見せかけて、ふわりとドロップショットを打った。
周りからは紳士と呼ばれているが、実は詐欺師なのではと思った。さすが仁王と入れ替わりをしているだけのことはある。
「くっ! 手塚くん、お願い!」
「任せろ」
手塚が難なく打ち返す。ボールは前衛の海堂の反対側――ライトサービスコートへ。
「海堂くん、出番ですよ」
「ああ、分かってる」
深く息を吐きながら、海堂がショートスネイクを放つ。打球は大きくカーブし、手塚を躱した。
シングルスならば、柳生がドロップショットを打った時点でポイントを取られていただろう。しかし、これはダブルスだ。
手塚がフォローしてくれたおかげで、体勢を整えられた。
「氷刃の舞」
回転数を増加させたスネイクで返す。
海堂の直ぐ側にボールが過ぎり、彼は仰け反った。そのまま一歩、二歩と下がり、体勢を崩す。
ボールはそのままコーナーへ。
流石と言うべきか、柳生はなんとか食らいつき、打ち返した。自然と口角が上がる。これでサービスコートは空いた。
「――――夜凪」
私は金魚すくいのように、ラケットでボールを掬って相手コートへ落とす。静かに、勝負の幕を下ろすように。
「ゲーム、白石・手塚6-4!」
そして、私たちは勝利を掴み取った。
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