蝶ノ光
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ゲーム、乾・白石2-1」
まだ様子見ではあるものの、予想よりリョーマと海堂の息が合っているせいか、ポイントに差はあまりない。
しかし私と乾は、お互いのプレイスタイルを熟知している。コンビネーションの差で、私たちがリードしていた。
次のサーバーはリョーマ。レシーバーは私。定位置について、ラケットを構える。
サーブが放たれ、ボールがバウンドしたと思ったら目前に迫ってきた。
これは、ツイストサーブ……!
リョーマがこのサーブを打つ時、ラケットを右手に持ち替えているので、一瞬反応に遅れた。
大抵の対戦相手は右利きだが、私は左手でラケットを握っている。持ち替える必要がないのだ。
すぐさま構え直して返球する。
「ふーん、やるじゃん」
リョーマが不敵に笑った。
私が返球することは想定内だったのか、あっさり返す。以前テニススクールでペアを組んだ時より、苦手なダブルスを克服しているように見受けられた。
このペアを崩すなら、海堂を揺さぶった方が良いかもしれない。何故なら、彼の瞳が時折揺れているから。
私は向かい側のコート前方に向かって、ボールを放った。同時に海堂がサービスラインから走り、ボールに追いつく。
ラケットを大きく下から上に振り抜くことでスピンかかり、ボールが急激に曲がる。海堂の得意技、スネイク。
やはり打ってきた。強烈なスピンがかかっていて好都合。思い通りに進み、笑みがこぼれる。
つばめ返しを打つ構えをすると、海堂が目を見開いた。
「アンタは、まさか――」
どうやら私の変装に気づき、海堂は固まっている。
私はつばめ返しではなく、夜凪を打った。ボールはネットをふわりと越え、静かに落下する。
「にゃろう!」
代わりにリョーマがボールを取りに行ったものの、ラケットは届かない。
ボールが少しバウンドして、地面に転がった。
*
ゲーム、乾・白石3-1。
彼女の透き通った声が、海堂の耳に届く。
全身が鉛のように重く、身体が上手く動かない。コートの向かいに白石時雨がいるという事実が、海堂の感覚を鈍らせる。
傷付けてしまった人であり、謝らなければならない人であり、会いたかった人。
一年生だった頃の海堂は、千夏の言うことを信じて疑うことをしなかった。実際に時雨が――否、時雨に扮した人物が物を盗んでいるところを見たのもあった。
よく考えれば、時雨が部員の悪口を言ったり、部室を荒らしたりするはずないと分かるのに。
乾や手塚から真実を聞いたとき、自分自身を恥じた。
謝って許されるものではない。そもそも自分には謝る資格がないと、海堂自身は思っている。
せめて彼女と試合するなら全力で挑みたいが、迷いが生じて本来の実力を出せずにいた。
ゲーム、乾・白石4-1。
再び時雨がゲームカウントを告げた。
次のゲームのサーバーは海堂だ。
ベースラインに行く前に、ふと向かい側のコートを見ると、時雨と目が合った。彼女の瞳には炎の色はなく、凪いでいた。
「海堂くん」
「俺は、あの頃何も知らなくて、何もできなくて……それなのに」
「もしあの時のことで罪悪感があるならば、この試合が終わっても、私とテニスしてくれると嬉しいわ」
海堂は目を瞬く。
時雨は穏やかに笑っていた。彼女が味わった苦しみは、海堂には想像できないほど大きいはずなのに。
「時雨先輩……そんなんで良いんスか」
「私には重要なことよ」
「……分かりました」
深く息を吐く。
過去に戻って、やり直すことはできない。
だが、一緒にテニスをして時雨の負った傷が癒えるのならば、今度練習に誘ってみようかと海堂は思うのだった。
*
「ゲームセット、ウォンバイ乾・白石6-3」
桜吹雪の舞が決まり、試合終了を告げる。
海堂が調子を取り戻して危うい場面もあったが、乾とのコンビネーションで押し切った。自分に足りないところはパートナーと協力して補えたし、心底ダブルスで良かったと思う。
それに海堂のブーメランスネイクという技。スネイクの動きから繰り出される、ポール回しに驚かされた。
まだ未完成の技のようで、ダブルスコートに叩き込まれたが、関東大会までには完成させるだろう。闘争心が刺激された。
「本当に時雨先輩で良いんスよね」
海堂に呼ばれて、思考の海から浮上する。
試合中に男装を解いたわけではないので、どうも実感が湧かないようだ。
ネット際に近づいて答える。
「ええ、そうよ。立海でマネージャーをやっているの。知らない人には伏せておきたいから内緒ね」
「分かりました。その……今まで、すみませんでした」
「ううん、私こそ何も言わずに去って、ごめんなさい。だからお互い様。また海堂くんとテニス出来たら嬉しいわ」
「時雨先輩……今度、練習に付き合ってもらっても良いスか」
「もちろん!」
「えっ、俺も時雨とテニスしたかったんだけど」
私が承諾すると、それまで静かに海堂の後ろに佇んでいたリョーマがぎょっとした。
確かにダブルス大会が始まってからリョーマと練習してないし、どうしたものか。
「そうね……このメンバーと、あと何人か呼んで合同練習する? 私が立海のマネージャーであることを、知っている人だけになってしまうけど……」
できるだけ、千夏に知られる可能性を減らしたいからだ。
「それならメンバー以外には秘密裏に、ゴールデンウィークに合同練習を開催しよう。手塚を呼んだら参加する確率100%だ」
「そうっスね」
「良いんじゃない?」
「それじゃあ、私も立海メンバーに声をかけてみるわね」
海堂と連絡先を交換し、トークアプリでグループを作成した。
仁王や柳を誘ったら、きっと参加してもらえるだろう。
いつもとは違うペアでダブルスするのを、想像しただけで胸が踊る。
ちょうどお昼になったところで皆でファミレスに行き、ご飯を食べつつ、合同練習の内容をある程度決めるのだった。
まだ様子見ではあるものの、予想よりリョーマと海堂の息が合っているせいか、ポイントに差はあまりない。
しかし私と乾は、お互いのプレイスタイルを熟知している。コンビネーションの差で、私たちがリードしていた。
次のサーバーはリョーマ。レシーバーは私。定位置について、ラケットを構える。
サーブが放たれ、ボールがバウンドしたと思ったら目前に迫ってきた。
これは、ツイストサーブ……!
リョーマがこのサーブを打つ時、ラケットを右手に持ち替えているので、一瞬反応に遅れた。
大抵の対戦相手は右利きだが、私は左手でラケットを握っている。持ち替える必要がないのだ。
すぐさま構え直して返球する。
「ふーん、やるじゃん」
リョーマが不敵に笑った。
私が返球することは想定内だったのか、あっさり返す。以前テニススクールでペアを組んだ時より、苦手なダブルスを克服しているように見受けられた。
このペアを崩すなら、海堂を揺さぶった方が良いかもしれない。何故なら、彼の瞳が時折揺れているから。
私は向かい側のコート前方に向かって、ボールを放った。同時に海堂がサービスラインから走り、ボールに追いつく。
ラケットを大きく下から上に振り抜くことでスピンかかり、ボールが急激に曲がる。海堂の得意技、スネイク。
やはり打ってきた。強烈なスピンがかかっていて好都合。思い通りに進み、笑みがこぼれる。
つばめ返しを打つ構えをすると、海堂が目を見開いた。
「アンタは、まさか――」
どうやら私の変装に気づき、海堂は固まっている。
私はつばめ返しではなく、夜凪を打った。ボールはネットをふわりと越え、静かに落下する。
「にゃろう!」
代わりにリョーマがボールを取りに行ったものの、ラケットは届かない。
ボールが少しバウンドして、地面に転がった。
*
ゲーム、乾・白石3-1。
彼女の透き通った声が、海堂の耳に届く。
全身が鉛のように重く、身体が上手く動かない。コートの向かいに白石時雨がいるという事実が、海堂の感覚を鈍らせる。
傷付けてしまった人であり、謝らなければならない人であり、会いたかった人。
一年生だった頃の海堂は、千夏の言うことを信じて疑うことをしなかった。実際に時雨が――否、時雨に扮した人物が物を盗んでいるところを見たのもあった。
よく考えれば、時雨が部員の悪口を言ったり、部室を荒らしたりするはずないと分かるのに。
乾や手塚から真実を聞いたとき、自分自身を恥じた。
謝って許されるものではない。そもそも自分には謝る資格がないと、海堂自身は思っている。
せめて彼女と試合するなら全力で挑みたいが、迷いが生じて本来の実力を出せずにいた。
ゲーム、乾・白石4-1。
再び時雨がゲームカウントを告げた。
次のゲームのサーバーは海堂だ。
ベースラインに行く前に、ふと向かい側のコートを見ると、時雨と目が合った。彼女の瞳には炎の色はなく、凪いでいた。
「海堂くん」
「俺は、あの頃何も知らなくて、何もできなくて……それなのに」
「もしあの時のことで罪悪感があるならば、この試合が終わっても、私とテニスしてくれると嬉しいわ」
海堂は目を瞬く。
時雨は穏やかに笑っていた。彼女が味わった苦しみは、海堂には想像できないほど大きいはずなのに。
「時雨先輩……そんなんで良いんスか」
「私には重要なことよ」
「……分かりました」
深く息を吐く。
過去に戻って、やり直すことはできない。
だが、一緒にテニスをして時雨の負った傷が癒えるのならば、今度練習に誘ってみようかと海堂は思うのだった。
*
「ゲームセット、ウォンバイ乾・白石6-3」
桜吹雪の舞が決まり、試合終了を告げる。
海堂が調子を取り戻して危うい場面もあったが、乾とのコンビネーションで押し切った。自分に足りないところはパートナーと協力して補えたし、心底ダブルスで良かったと思う。
それに海堂のブーメランスネイクという技。スネイクの動きから繰り出される、ポール回しに驚かされた。
まだ未完成の技のようで、ダブルスコートに叩き込まれたが、関東大会までには完成させるだろう。闘争心が刺激された。
「本当に時雨先輩で良いんスよね」
海堂に呼ばれて、思考の海から浮上する。
試合中に男装を解いたわけではないので、どうも実感が湧かないようだ。
ネット際に近づいて答える。
「ええ、そうよ。立海でマネージャーをやっているの。知らない人には伏せておきたいから内緒ね」
「分かりました。その……今まで、すみませんでした」
「ううん、私こそ何も言わずに去って、ごめんなさい。だからお互い様。また海堂くんとテニス出来たら嬉しいわ」
「時雨先輩……今度、練習に付き合ってもらっても良いスか」
「もちろん!」
「えっ、俺も時雨とテニスしたかったんだけど」
私が承諾すると、それまで静かに海堂の後ろに佇んでいたリョーマがぎょっとした。
確かにダブルス大会が始まってからリョーマと練習してないし、どうしたものか。
「そうね……このメンバーと、あと何人か呼んで合同練習する? 私が立海のマネージャーであることを、知っている人だけになってしまうけど……」
できるだけ、千夏に知られる可能性を減らしたいからだ。
「それならメンバー以外には秘密裏に、ゴールデンウィークに合同練習を開催しよう。手塚を呼んだら参加する確率100%だ」
「そうっスね」
「良いんじゃない?」
「それじゃあ、私も立海メンバーに声をかけてみるわね」
海堂と連絡先を交換し、トークアプリでグループを作成した。
仁王や柳を誘ったら、きっと参加してもらえるだろう。
いつもとは違うペアでダブルスするのを、想像しただけで胸が踊る。
ちょうどお昼になったところで皆でファミレスに行き、ご飯を食べつつ、合同練習の内容をある程度決めるのだった。