蝶ノ光
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「一緒に練習して思うたけど、ほんま強くなったな」
「部活後に兄さんによく練習付き合ってもらったの。部活中は自分の練習時間とれないし……」
蔵ノ介とラリーをしたり、必殺技の練習に付き合ってもらったりしたら、あっという間に時間が過ぎていった。それだけ集中していたのだろう。
練習もそこそこにし、休憩がてらコートの端のベンチに座った。周りに大会参加者はいないため、普段の口調で話す。
「青学の連中は、時雨のテニス知らへんの? マネージャーだと、部活中に試合しないかもしれへんけど……」
「貞治とリョーマは、よく一緒にテニスしてたから当然として。あと不二くんも私のテニス知っていると思うわ」
「不二くんといえば、吹雪さんに混合ダブルス大会に出場したって聞いたで」
「兄さん、そのことまで話してたの。あの頃はテニス楽しめてなかったな……」
日々エスカレートしていく嫌がらせに疲弊し、テニスのプレイスタイルも変わった。淡々と相手の苦手コースばかりを打っていたら、氷の女王という異名が広まった。
その頃の私は早く試合を終わらせて、一人になりたかったのだ。
「でも今は伸び伸びとテニスができて楽しいわ。跡部くんがダブルス大会に誘ってくれたおかげで、貞治や蔵兄とも再会できたし」
「そうか、時雨が生き生きしてて嬉しいわ。立海テニス部に感謝やな」
にこりと笑う蔵ノ介。
立海テニス部と関わることがなかったら、再びマネージャーをやろうと思わなかっただろう。彼らをサポートして恩返ししなくては、と思った。
「さて、そろそろ試合相手探しに行こうか」
蔵ノ介がラケットバックから携帯を取り出し、試合相手を探す。
「そうね。スクール出たら敬語で話すけど、気にしないで」
「了解したで。……この辺りだと河川敷のコートに誰かおるみたいや」
「それじゃあ、そこに行きましょう」
私もバッジ所有者の情報を調べてみたが、位置情報しか得られなかった。連絡先を知らないとバッジ所有者の名前が分からないので、青学の選手ではない可能性が高い。
河川敷のコートなら大丈夫だと判断し、蔵ノ介とともに向かうことにした。
*
河川敷のコートの近くまで着くと、コートでえんじ色のユニフォームを纏った選手が練習しているのが見えた。
「あれは六角の黒羽さんと佐伯さんですね」
「時雨の知り合いか?」
「ええ。青学と関わりが深いので、蔵兄に必殺技の打ち方を教えて打ってもらう作戦は使えませんね。不二さんとダブルスを組んでたときによく使っていた戦法なので、正体がバレる可能性が高いです」
「そりゃ残念やな、結構面白そうやと思ったのに。まっ、しゃあないか。またダブルス組むときにでも教えてや」
「もちろんです」
蔵ノ介とまた試合できる機会があると思うと、頬が緩む。
私は一度深呼吸し、顔を引き締めてからコートへ足を運んだ。
黒羽と佐伯が私たちに気付き、ラリーを中断したので声をかける。
「あの、大会参加者ですよね? 試合を申し込みたいのですが……」
「もちろん受けて立つよ。俺は六角中三年、佐伯虎次郎」
「同じく六角中三年の黒羽春風だ。お前らは?」
「俺は四天宝寺中三年、白石蔵ノ介や」
「僕は立海大附属中三年、白石時雨です」
私はいつもより声を低くし、自己紹介をした。すると、佐伯が右手を顎にあてて考え込んだ。
「……白石時雨?」
「どうした、サエ?」
「いや、青学の時雨ちゃんを思い出してね。不二から転校したって聞いたけど……」
「いや、時雨ちゃんは女の子だろ」
「そうなんだけどさ」
どうやら佐伯は、私が青学のマネージャーだった白石時雨ではないかと疑っているらしい。しかし私の見た目が男の子であるため、確信が持てないようだ。同じ名前だから無理もない。
あくまでも初対面であると装うため、私はきょとんとした表情をつくった。すると黒羽はそれに気付き、佐伯に「相手を待たせているぞ」と注意した。
「ごめんね、試合を始めようか」
「ええ、よろしくお願いします」
試合の準備をするため、ラケットバックをベンチの近くに置く。ラケットを取り出そうとすると、蔵ノ介から視線を感じた。
「どうかしましたか?」
「佐伯くんの納得がいってない様子が気になってな」
「同じ名前ですからね……。でもあの様子だと、立海に転校したことを知らないようです。このまま青学だった私とは別人、という事で試合をします」
「了解。それじゃあ、いくで!」
久しぶりに蔵ノ介と組んでのダブルスだ。
思う存分、楽しませてもらおう。
*
「ゲーム、蔵ノ介・時雨5-3」
蔵ノ介とのダブルスは久しぶりだが、お互いプレイスタイルを理解しているため、危なげなくゲームを進めることができた。
次のサーバーは黒羽だ。彼のサーブは力強いが、蔵ノ介は難なく返す。
私はネットにつき、来るべきチャンスを狙おうとしたのだが――。
「そう簡単に決めさせないよ」
佐伯にマンツーマンでがっちりマークされてしまい、思うように動けない。
菊丸の俊敏さや謙也の足の速さがあれば、マークを振り切れるだろう。だが、あいにく私はどちらも持ち合わせていない。さて、どうしたものか。
黒羽のパワーサーブは氷刃の舞で返せたが、佐伯のマークを攻略できず、第9ゲームは取られてしまった。
第10ゲームのサーバーは私だ。
「佐伯くんのマンツーマンマークを攻略しないと勝機はないけど、どないする?」
パートナーに必殺技を伝えて打ってもらうのは白石時雨の必勝パターンなので、この戦法は極力避けたい。
――いや、逆に考えよう。蔵ノ介に打ってもらうのではなく、私が打てば良いではないか。これなら私の正体が分かる可能性も減るはずだ。
「しばらく全ての打球が僕のところへ来るよう回転をかけて、相手の隙を見て必殺技を決めます。蔵兄はサポートをお願いできますか」
「それだと時雨に結構負担かかるけど、大丈夫なん?」
「ええ、大丈夫でしょう」
恐らく佐伯と黒羽の知る白石時雨のプレイスタイルとは異なるので、彼らは戸惑うだろう。その隙を狙って、一気に攻める。
私はベースラインの後ろに立ち、サーブを打った。
返されたボールに回転をかけ、打ち返す。淡々と黒羽とのラリーが続いた。
佐伯が息を呑む。どうやら私が意図的に自分のもとへボールが戻るよう、回転をかけていたことに気づいたようだ。
「時雨くんのもとにボールが引き寄せられていく……これは手塚ゾーン!?」
そう、私はその場からほとんど動かずにボールを返していた。
「だけど、それだけじゃポイントは決められないよ」
「それは承知してます。これならどうでしょう?」
私は不敵な笑みを浮かべた。
必殺技を打つと見せかけて、ドロップショットを打つ。
「しまった……サエ、これは俺が取る!」
「分かった!」
黒羽は慌ててボールに駆け寄り、体勢を崩すもなんとか返す。
ボールは緩やかに私のもとへ。
私は黒羽と佐伯の間を目掛けて、高速のパッシングショットを放った。
「これは立海、柳生のレーザービーム!」
黒羽も佐伯も衝撃的だったのか、一歩も動けずにいた。
それから私が桜吹雪の舞、蔵ノ介が円卓ショットを決めて、マッチポイントとなった。
佐伯がラケットを構えたのを確認し、サーブを打つが、あっさり返される。
さすがは強豪校。ゲームの終盤になっても集中力が衰えない。しかし私たちだって、負けるわけにはいかないのだ。
「蔵兄!」
「任しとき!」
蔵ノ介が相手の弱点であるコースへ攻めていく。
そして、向こうは蔵ノ介にボールを触らせないことを選んだようだ。トップスピンロブで、蔵ノ介の頭上をこえる。
この試合に幕を下ろすのに相応しい技は、これしかないだろう。私はスライスショットで強力な回転をかけ、跳ねない打球――――つばめ返しを打った。
ゲームセット。
佐伯の瞳が大きく見開かれる。
「君はいったい――」
「僕は立海の白石時雨。ただのテニスプレイヤーですよ」
私は微笑みながら応えた。
「部活後に兄さんによく練習付き合ってもらったの。部活中は自分の練習時間とれないし……」
蔵ノ介とラリーをしたり、必殺技の練習に付き合ってもらったりしたら、あっという間に時間が過ぎていった。それだけ集中していたのだろう。
練習もそこそこにし、休憩がてらコートの端のベンチに座った。周りに大会参加者はいないため、普段の口調で話す。
「青学の連中は、時雨のテニス知らへんの? マネージャーだと、部活中に試合しないかもしれへんけど……」
「貞治とリョーマは、よく一緒にテニスしてたから当然として。あと不二くんも私のテニス知っていると思うわ」
「不二くんといえば、吹雪さんに混合ダブルス大会に出場したって聞いたで」
「兄さん、そのことまで話してたの。あの頃はテニス楽しめてなかったな……」
日々エスカレートしていく嫌がらせに疲弊し、テニスのプレイスタイルも変わった。淡々と相手の苦手コースばかりを打っていたら、氷の女王という異名が広まった。
その頃の私は早く試合を終わらせて、一人になりたかったのだ。
「でも今は伸び伸びとテニスができて楽しいわ。跡部くんがダブルス大会に誘ってくれたおかげで、貞治や蔵兄とも再会できたし」
「そうか、時雨が生き生きしてて嬉しいわ。立海テニス部に感謝やな」
にこりと笑う蔵ノ介。
立海テニス部と関わることがなかったら、再びマネージャーをやろうと思わなかっただろう。彼らをサポートして恩返ししなくては、と思った。
「さて、そろそろ試合相手探しに行こうか」
蔵ノ介がラケットバックから携帯を取り出し、試合相手を探す。
「そうね。スクール出たら敬語で話すけど、気にしないで」
「了解したで。……この辺りだと河川敷のコートに誰かおるみたいや」
「それじゃあ、そこに行きましょう」
私もバッジ所有者の情報を調べてみたが、位置情報しか得られなかった。連絡先を知らないとバッジ所有者の名前が分からないので、青学の選手ではない可能性が高い。
河川敷のコートなら大丈夫だと判断し、蔵ノ介とともに向かうことにした。
*
河川敷のコートの近くまで着くと、コートでえんじ色のユニフォームを纏った選手が練習しているのが見えた。
「あれは六角の黒羽さんと佐伯さんですね」
「時雨の知り合いか?」
「ええ。青学と関わりが深いので、蔵兄に必殺技の打ち方を教えて打ってもらう作戦は使えませんね。不二さんとダブルスを組んでたときによく使っていた戦法なので、正体がバレる可能性が高いです」
「そりゃ残念やな、結構面白そうやと思ったのに。まっ、しゃあないか。またダブルス組むときにでも教えてや」
「もちろんです」
蔵ノ介とまた試合できる機会があると思うと、頬が緩む。
私は一度深呼吸し、顔を引き締めてからコートへ足を運んだ。
黒羽と佐伯が私たちに気付き、ラリーを中断したので声をかける。
「あの、大会参加者ですよね? 試合を申し込みたいのですが……」
「もちろん受けて立つよ。俺は六角中三年、佐伯虎次郎」
「同じく六角中三年の黒羽春風だ。お前らは?」
「俺は四天宝寺中三年、白石蔵ノ介や」
「僕は立海大附属中三年、白石時雨です」
私はいつもより声を低くし、自己紹介をした。すると、佐伯が右手を顎にあてて考え込んだ。
「……白石時雨?」
「どうした、サエ?」
「いや、青学の時雨ちゃんを思い出してね。不二から転校したって聞いたけど……」
「いや、時雨ちゃんは女の子だろ」
「そうなんだけどさ」
どうやら佐伯は、私が青学のマネージャーだった白石時雨ではないかと疑っているらしい。しかし私の見た目が男の子であるため、確信が持てないようだ。同じ名前だから無理もない。
あくまでも初対面であると装うため、私はきょとんとした表情をつくった。すると黒羽はそれに気付き、佐伯に「相手を待たせているぞ」と注意した。
「ごめんね、試合を始めようか」
「ええ、よろしくお願いします」
試合の準備をするため、ラケットバックをベンチの近くに置く。ラケットを取り出そうとすると、蔵ノ介から視線を感じた。
「どうかしましたか?」
「佐伯くんの納得がいってない様子が気になってな」
「同じ名前ですからね……。でもあの様子だと、立海に転校したことを知らないようです。このまま青学だった私とは別人、という事で試合をします」
「了解。それじゃあ、いくで!」
久しぶりに蔵ノ介と組んでのダブルスだ。
思う存分、楽しませてもらおう。
*
「ゲーム、蔵ノ介・時雨5-3」
蔵ノ介とのダブルスは久しぶりだが、お互いプレイスタイルを理解しているため、危なげなくゲームを進めることができた。
次のサーバーは黒羽だ。彼のサーブは力強いが、蔵ノ介は難なく返す。
私はネットにつき、来るべきチャンスを狙おうとしたのだが――。
「そう簡単に決めさせないよ」
佐伯にマンツーマンでがっちりマークされてしまい、思うように動けない。
菊丸の俊敏さや謙也の足の速さがあれば、マークを振り切れるだろう。だが、あいにく私はどちらも持ち合わせていない。さて、どうしたものか。
黒羽のパワーサーブは氷刃の舞で返せたが、佐伯のマークを攻略できず、第9ゲームは取られてしまった。
第10ゲームのサーバーは私だ。
「佐伯くんのマンツーマンマークを攻略しないと勝機はないけど、どないする?」
パートナーに必殺技を伝えて打ってもらうのは白石時雨の必勝パターンなので、この戦法は極力避けたい。
――いや、逆に考えよう。蔵ノ介に打ってもらうのではなく、私が打てば良いではないか。これなら私の正体が分かる可能性も減るはずだ。
「しばらく全ての打球が僕のところへ来るよう回転をかけて、相手の隙を見て必殺技を決めます。蔵兄はサポートをお願いできますか」
「それだと時雨に結構負担かかるけど、大丈夫なん?」
「ええ、大丈夫でしょう」
恐らく佐伯と黒羽の知る白石時雨のプレイスタイルとは異なるので、彼らは戸惑うだろう。その隙を狙って、一気に攻める。
私はベースラインの後ろに立ち、サーブを打った。
返されたボールに回転をかけ、打ち返す。淡々と黒羽とのラリーが続いた。
佐伯が息を呑む。どうやら私が意図的に自分のもとへボールが戻るよう、回転をかけていたことに気づいたようだ。
「時雨くんのもとにボールが引き寄せられていく……これは手塚ゾーン!?」
そう、私はその場からほとんど動かずにボールを返していた。
「だけど、それだけじゃポイントは決められないよ」
「それは承知してます。これならどうでしょう?」
私は不敵な笑みを浮かべた。
必殺技を打つと見せかけて、ドロップショットを打つ。
「しまった……サエ、これは俺が取る!」
「分かった!」
黒羽は慌ててボールに駆け寄り、体勢を崩すもなんとか返す。
ボールは緩やかに私のもとへ。
私は黒羽と佐伯の間を目掛けて、高速のパッシングショットを放った。
「これは立海、柳生のレーザービーム!」
黒羽も佐伯も衝撃的だったのか、一歩も動けずにいた。
それから私が桜吹雪の舞、蔵ノ介が円卓ショットを決めて、マッチポイントとなった。
佐伯がラケットを構えたのを確認し、サーブを打つが、あっさり返される。
さすがは強豪校。ゲームの終盤になっても集中力が衰えない。しかし私たちだって、負けるわけにはいかないのだ。
「蔵兄!」
「任しとき!」
蔵ノ介が相手の弱点であるコースへ攻めていく。
そして、向こうは蔵ノ介にボールを触らせないことを選んだようだ。トップスピンロブで、蔵ノ介の頭上をこえる。
この試合に幕を下ろすのに相応しい技は、これしかないだろう。私はスライスショットで強力な回転をかけ、跳ねない打球――――つばめ返しを打った。
ゲームセット。
佐伯の瞳が大きく見開かれる。
「君はいったい――」
「僕は立海の白石時雨。ただのテニスプレイヤーですよ」
私は微笑みながら応えた。