蝶ノ光
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さて、試合には勝ったわけだが、この状況をどう切り抜ければよいのだろう。
目の前の従兄が笑顔で逆に怖い。
「君に聞きたいことがあるんやけど」
「な、なんでしょうか」
「改めて聞くけど、君の名前は?」
「白石、時雨……」
恐る恐る名前を告げると、蔵ノ介はホッとため息をついた。
「時雨、なんで変装してるんや? 他人のふりされて、悲しかったんやけど」
「ごめんなさい。……私、この大会で勝ちたい相手がいるの。でも今はその人に会うわけにいかなくて、姿や口調を変えてたんだ」
「その人は青学におるんか?」
「ええ、そうよ。もしかして青学にいた頃のこと知ってる?」
「吹雪さんに少し教えてもらった。時雨、今までよう頑張ったな」
私の左肩に蔵ノ介の右手が、ポンと乗せられる。
「え……?」
「辛くてもテニス続けてきたんやろ? 立派だと思うで」
「蔵兄は怒ってないの?」
正直、試合が終わったら話があると言われたとき、怒られるかと思った。
理由は明白。表情こそ笑っていたが、声や仕草が不機嫌そうだったから。
忍足くんと作戦会議したときも、鋭い視線を感じたし。
「最初は何で相談してくれないんやって思ったけど、試合してたらそんな気持ちは薄れていったんや。二回目に円卓ショットを返した時のこと覚えてるか? あの時、時雨は今日こそ返してみせますって言った。仮にも初めて試合をするんやったら、今度こそ返してみせます、が自然な流れやろ」
「あ……」
「ずっと円卓ショット攻略を諦めていなかったのが嬉しかったんや。無意識だったかもしれへんけど。時雨は時雨のテニスするのが一番やで」
試合に熱くなって、気づかなかった。それだけ返したいと必死だったのだ。
不二とダブルスを組んでいたときは、苦痛な日々から抜け出したいと考えながら、相手の苦手なコースを攻めていた。自分の得意技を出すことはなく、テニスを楽しめていなかった。
私のテニスをするのが一番、か。
確かにその通りだと、彼の言葉を胸に刻んだ。
蔵ノ介が左手でポケットからバッジを取り出す。そして右手で私の手を優しく持ち上げ、手のひらにそれを乗せた。
「はい、バッジ。強くなったな。次は負けへんで」
「ええ、ありがとう」
これは蔵ノ介の円卓ショットが返せた証。
バッジを眺め、ようやく実感が湧いてきた。
「ところで時雨はこの後の予定って決まってるんか? 良かったら俺とペア組んでほしいんやけど」
「良いわよ。私も蔵兄と組みたかったし」
「……ちょっと待ちや。白石、俺のこと忘れてへんか?」
謙也がここぞとばかりかに主張する。
ビル屋上に着いたとき、ラリーしてたし、もしかしてペアを組む予定だったのかしら。
「別に忘れてへんよ。新幹線で言ったけど、俺は時雨とテニスするために神奈川に来たんや。大体、謙也と組んで負けたままノコノコ大阪帰るとかありえへん」
「確かに言うてたな。てか、試合前にからかったこと根に持ってるやろ! ぐっ……こうなったら侑士、俺とペア組んで試合相手探すの手伝ってや。行くで!」
思い立ったらすぐ行動に移す性格なのか、謙也は侑士の返事を待たずに、荷物をまとめて屋上の扉の向こうへ行ってしまった。きっと、侑士が断らないと確信しているからだろう。
「しょうがあらへんな。お嬢ちゃん、また今度テニスすることになったら、よろしゅう。一緒に試合できて楽しかったで」
「こちらこそ楽しかったわ。ペア組んでくれて、ありがとう」
ささっと謙也を追いかけようとする侑士に、手を振って見送る。
また氷帝へ足を運び、次は試合に挑むのも良いかもしれない。
「そろそろお昼の時間やし、休憩がてら、ご飯食べへんか? 近況も知りたいし」
「そうね、それなら……」
*
お昼ご飯を食べた後にテニスの練習ができるよう、蔵ノ介を連れて私が通っているテニススクールへに移動した。
施設内にレストランがあり、空いている席に座る。
私はパスタを、蔵ノ介はハンバーグ定食を注文。このレストランはメニューのレパートリーが広く、美味しいのでオススメだ。
ペロリと食べ終わり、食後にお茶を飲んで一息つく。
「ここが時雨の通うテニススクール……。跡部財閥が経営してるって聞いたけど、トレーニングマシンが最新設備だったり想像以上やな」
「私が、このテニススクールを跡部財閥が経営してるって知ったときと同じ反応だわ」
「知ってて入会したん?」
「いや、知らなかったわ。入会した直後、跡部くんに会って教えてもらったの」
「この施設の充実さには驚きやで。……驚きと言えば、君の変装もやけど」
蔵ノ介にジト目で見られて、目が泳ぐ。
今まで内緒にしていたし、多少根に持たれても仕方ないだろう。
「吹雪さんから聞いた話から考えると、大会で勝ちたい相手って青学のマネージャーの鈴川さんか?」
「ええ、千夏に勝って、あの日のことを聞くの。もちろん、大会に参加するからには優勝を目指すわ」
兄にどこまで事情を聞いたか気になりつつ、肯定する。
「時雨は立海でマネージャーやってるん?」
「そうよ。転校した直後は、誰かとテニスをするのが怖かったんだけど……ある日、幸村くんにマネージャーになるの誘われて迷ってたら、レギュラー陣と鬼ごっこをすることになったの。色々あったけど立海テニス部と関わっていくうちに、またテニスがしたいと思って最後は自分でマネージャーになりたいですってお願いしたわ」
当面の目標は、部員をサポートして、力になれることを証明することであることも話した。
「それを聞いて安心したで。今年の立海はさらに手強そうだけど、負けへんよ」
「それはこちらの台詞だわ」
「さて、そろそろテニスの練習……の前に」
ラケットバックから携帯を取り出し、テーブルの上に置いた。
「時雨の新しい連絡先教えてくれへん?」
「もちろんよ。教えるの遅くなって、ごめんなさい」
蔵ノ介の連絡先は変わっていないので、連絡先を記載したメールを彼に送る。すぐさまメールが届いたことを確認した彼は、ホッと息を吐いた。
「気にせんでええよ。こうして時雨の元気な姿が見れて安心したし。ただ、悩み事や困ったことがあったら相談してや」
「もちろん。頼りにしてるわ」
私が一人で抱え込んでしまう性格なのは、蔵ノ介には筒抜けなのだ。遠慮はせず、頼らせてもらおう。
携帯をラケットバックへ仕舞い、私たちは今度こそテニスコートへ向かった。
目の前の従兄が笑顔で逆に怖い。
「君に聞きたいことがあるんやけど」
「な、なんでしょうか」
「改めて聞くけど、君の名前は?」
「白石、時雨……」
恐る恐る名前を告げると、蔵ノ介はホッとため息をついた。
「時雨、なんで変装してるんや? 他人のふりされて、悲しかったんやけど」
「ごめんなさい。……私、この大会で勝ちたい相手がいるの。でも今はその人に会うわけにいかなくて、姿や口調を変えてたんだ」
「その人は青学におるんか?」
「ええ、そうよ。もしかして青学にいた頃のこと知ってる?」
「吹雪さんに少し教えてもらった。時雨、今までよう頑張ったな」
私の左肩に蔵ノ介の右手が、ポンと乗せられる。
「え……?」
「辛くてもテニス続けてきたんやろ? 立派だと思うで」
「蔵兄は怒ってないの?」
正直、試合が終わったら話があると言われたとき、怒られるかと思った。
理由は明白。表情こそ笑っていたが、声や仕草が不機嫌そうだったから。
忍足くんと作戦会議したときも、鋭い視線を感じたし。
「最初は何で相談してくれないんやって思ったけど、試合してたらそんな気持ちは薄れていったんや。二回目に円卓ショットを返した時のこと覚えてるか? あの時、時雨は今日こそ返してみせますって言った。仮にも初めて試合をするんやったら、今度こそ返してみせます、が自然な流れやろ」
「あ……」
「ずっと円卓ショット攻略を諦めていなかったのが嬉しかったんや。無意識だったかもしれへんけど。時雨は時雨のテニスするのが一番やで」
試合に熱くなって、気づかなかった。それだけ返したいと必死だったのだ。
不二とダブルスを組んでいたときは、苦痛な日々から抜け出したいと考えながら、相手の苦手なコースを攻めていた。自分の得意技を出すことはなく、テニスを楽しめていなかった。
私のテニスをするのが一番、か。
確かにその通りだと、彼の言葉を胸に刻んだ。
蔵ノ介が左手でポケットからバッジを取り出す。そして右手で私の手を優しく持ち上げ、手のひらにそれを乗せた。
「はい、バッジ。強くなったな。次は負けへんで」
「ええ、ありがとう」
これは蔵ノ介の円卓ショットが返せた証。
バッジを眺め、ようやく実感が湧いてきた。
「ところで時雨はこの後の予定って決まってるんか? 良かったら俺とペア組んでほしいんやけど」
「良いわよ。私も蔵兄と組みたかったし」
「……ちょっと待ちや。白石、俺のこと忘れてへんか?」
謙也がここぞとばかりかに主張する。
ビル屋上に着いたとき、ラリーしてたし、もしかしてペアを組む予定だったのかしら。
「別に忘れてへんよ。新幹線で言ったけど、俺は時雨とテニスするために神奈川に来たんや。大体、謙也と組んで負けたままノコノコ大阪帰るとかありえへん」
「確かに言うてたな。てか、試合前にからかったこと根に持ってるやろ! ぐっ……こうなったら侑士、俺とペア組んで試合相手探すの手伝ってや。行くで!」
思い立ったらすぐ行動に移す性格なのか、謙也は侑士の返事を待たずに、荷物をまとめて屋上の扉の向こうへ行ってしまった。きっと、侑士が断らないと確信しているからだろう。
「しょうがあらへんな。お嬢ちゃん、また今度テニスすることになったら、よろしゅう。一緒に試合できて楽しかったで」
「こちらこそ楽しかったわ。ペア組んでくれて、ありがとう」
ささっと謙也を追いかけようとする侑士に、手を振って見送る。
また氷帝へ足を運び、次は試合に挑むのも良いかもしれない。
「そろそろお昼の時間やし、休憩がてら、ご飯食べへんか? 近況も知りたいし」
「そうね、それなら……」
*
お昼ご飯を食べた後にテニスの練習ができるよう、蔵ノ介を連れて私が通っているテニススクールへに移動した。
施設内にレストランがあり、空いている席に座る。
私はパスタを、蔵ノ介はハンバーグ定食を注文。このレストランはメニューのレパートリーが広く、美味しいのでオススメだ。
ペロリと食べ終わり、食後にお茶を飲んで一息つく。
「ここが時雨の通うテニススクール……。跡部財閥が経営してるって聞いたけど、トレーニングマシンが最新設備だったり想像以上やな」
「私が、このテニススクールを跡部財閥が経営してるって知ったときと同じ反応だわ」
「知ってて入会したん?」
「いや、知らなかったわ。入会した直後、跡部くんに会って教えてもらったの」
「この施設の充実さには驚きやで。……驚きと言えば、君の変装もやけど」
蔵ノ介にジト目で見られて、目が泳ぐ。
今まで内緒にしていたし、多少根に持たれても仕方ないだろう。
「吹雪さんから聞いた話から考えると、大会で勝ちたい相手って青学のマネージャーの鈴川さんか?」
「ええ、千夏に勝って、あの日のことを聞くの。もちろん、大会に参加するからには優勝を目指すわ」
兄にどこまで事情を聞いたか気になりつつ、肯定する。
「時雨は立海でマネージャーやってるん?」
「そうよ。転校した直後は、誰かとテニスをするのが怖かったんだけど……ある日、幸村くんにマネージャーになるの誘われて迷ってたら、レギュラー陣と鬼ごっこをすることになったの。色々あったけど立海テニス部と関わっていくうちに、またテニスがしたいと思って最後は自分でマネージャーになりたいですってお願いしたわ」
当面の目標は、部員をサポートして、力になれることを証明することであることも話した。
「それを聞いて安心したで。今年の立海はさらに手強そうだけど、負けへんよ」
「それはこちらの台詞だわ」
「さて、そろそろテニスの練習……の前に」
ラケットバックから携帯を取り出し、テーブルの上に置いた。
「時雨の新しい連絡先教えてくれへん?」
「もちろんよ。教えるの遅くなって、ごめんなさい」
蔵ノ介の連絡先は変わっていないので、連絡先を記載したメールを彼に送る。すぐさまメールが届いたことを確認した彼は、ホッと息を吐いた。
「気にせんでええよ。こうして時雨の元気な姿が見れて安心したし。ただ、悩み事や困ったことがあったら相談してや」
「もちろん。頼りにしてるわ」
私が一人で抱え込んでしまう性格なのは、蔵ノ介には筒抜けなのだ。遠慮はせず、頼らせてもらおう。
携帯をラケットバックへ仕舞い、私たちは今度こそテニスコートへ向かった。