蝶ノ光
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ダブルス大会が開催されてから、初めての休日。
遠方からの参加者と遭遇するかもしれない。強者と出会えるかもしれないと思うと、胸が踊った。
自室の窓を覗くと雲一つなく、絶好のテニス日和だ。
引っ越してからまだ一ヶ月経ってないし、土地勘をつけるためにも、テニスコートを探してみよう。
男装をしてから自室を出た。
「おや、イメチェンか?」
「えーと……」
部屋の扉を開けると、兄の吹雪がいた。ユニフォーム姿なので、これから部活に行くのだろう。
それにしても、この変装についてどう説明しようか。答えに窮していると、吹雪が微笑んだ。
「というのは冗談で、蓮二から聞いたよ。ダブルス大会に出場してるんだってな。頑張れよ」
「……ええ、ありがとう!」
おそらくダブルス大会で青学の選手に遭遇しても、気づかれないために変装していることは承知なのだろう。
頭をぽんぽんと撫でられ、元気がわいた。
「そういえば、駅の近くにあるビル屋上のテニスコートは行ったことあるか? 中々良い眺めだったし行ってみたらどうだろう」
「そうね、なら行ってみるわ」
駅の近くにテニスコートがあるなんて知らなかった。早速行ってみよう。
吹雪にビル屋上のテニスコートに行くことを伝え、テニスバッグを背負って外に出た。
小鳥のさえずりが聞こえる。
両手を空に上げ、背伸びをした。
家から駅までは15分もかからない。
私は道なりに沿って、ゆっくり歩き出した。
*
時雨が外出したことを確認し、俺は小さくため息をついた。
「さて、アイツのお願い通り、時雨をビル屋上に誘導させることはできたが……」
相談者は時雨とダブルスを組みたいと言っていたが、簡単にはいかないだろう。なぜなら、不二と混合ダブルス大会に出場したことや、引っ越した時に連絡先を伝えていなかったからだ。
あの頃の時雨は余裕がなかったから、俺が相談者に伝えたのだが。
きっと時雨は引け目を感じて、他の人とダブルスペアを組むに違いない。だから、俺は相談者に助言した。時雨は相談者のお願いに弱いから、彼女の悩み事にアドバイスした上で、テニスの練習や試合に誘えば付き合ってもらえるかもしれないぞ、と。相談者なら、時雨の心に寄り添えると思う。
それはともかく。
「俺もダブルス大会出たかったな……」
柳から聞いた話によると、参加資格があるのは、氷帝の跡部からバッジが配布された中学生のみらしい。つまり高校生である俺に、出場資格はないのだ。
「今度、蓮二に練習誘ってみるか」
ダブルスで俺に挑みたい人たちがいるみたいだし。その時のためにも、テニスの練習をしにいこう。
俺はテニスバッグを手に取り、学校へ向かった。
*
目的のビルに着き、受付の女性に屋上のテニスコートを使用したいことを告げた。ダブルス大会の参加者かと問われたので、はいと答える。
どうやら既に二名テニスコートを使用しているらしい。
誰かをパートナーに誘ってから来れば良かったと少し後悔したが、なんとかなるだろうと開き直る。いざとなれば、立海メンバーに連絡して組んでもらおう。
受付の女性にテニスコートまでの行き方を教えてもらい、エレベーターで屋上の一つ下の階まで移動。そこから通路を歩き、屋上へ通ずる階段を上れば、テニスコートが待っている。
兄によると、今日みたいな晴れた日には、海がある方角に富士山が見えるかもしれないとのこと。
私は軽やかに階段を上り、屋上への扉を開け、
「んんーっ、絶頂!」
「浪速のスピードスターの方が上やっちゅー話や」
そっと閉めた。
ゆっくり息を吐く。
とても聞き覚えのある声がして、思わず扉を閉めてしまった。
ユニフォームの色は、黄色と黄緑色。間違いなく、この扉の向こうに見えた後ろ姿は、従兄のものだった。
引っ越した際、彼に連絡先を教えていなかったことに気づき、汗が滝のように流れる。
そっと扉から離れようとした瞬間、扉が勢いよく開いた。
「なぁ、君ダブルス大会参加者か……!? 俺たち試合相手探してんねん」
「え、あ、あの、僕は確かに大会参加者ですが……」
「よっしゃ! ちょっとこっち来てや」
私は先ほど従兄とラリーしていた男性に手首を捕まれ、そのまま屋上へ足を踏み入れた。
「急にラリーを中断して何や……ん?」
「いやー、すまん。そこの扉が開いたのが見えたから、つい。試合相手連れ来たで!」
コートに入ったところで、手が離される。
「俺は、四天宝寺中の忍足謙也や。こっちは四天宝寺中部長の白石蔵ノ介。君は?」
「僕は立海の白石……です」
フルネームを言おうとしたが、苗字で止めた。従兄――蔵ノ介の眉が一瞬ピクリと動いたからだ。
気温が三度くらい下がった気がした。
「へー! 白石と同じ苗字やん」
「せやな」
「白石より強いんかな?」
「どうやろうな」
「白石くんも大会参加者やろ? 試合しよか」
「でも一人足りませんよ」
「大丈夫! 心当たりがおるから。ほな、ちょっと待っといてな~。ピッピッピ、っと……あ、侑士か? 俺、俺! ……あ? 声聞いたら分かるやろ? ……オレオレ詐欺ちゃうわ! 俺や、謙也や! ……って切るな! 切ったらアカン! ……ああ、実はダブルスしたいねんけど――」
謙也がコートから離れて電話をかけたので、私と蔵ノ介はポツンとコートに残された。
正直、気まずい。蔵ノ介の機嫌が明らかに悪いからだ。つい、視線が足元をさ迷う。
「…………従妹によう似とるわ」
「え?」
蔵ノ介が何か呟いたが、この場をどう切り抜けようか考えていて聞き取れなかった。
「なんでもあらへん。君、立海って言ってたけど、レギュラーなん?」
「違いますよ」
「ふーん?」
意味深な顔で見つめられ、ドキリとする。
「おまたせ! 侑士――俺の従兄に連絡したら、たまたま近くにいたらしうて、あと数分で来るって」
電話をかけ終えた謙也がコートに戻ってきた。
彼の苗字は忍足だから、おそらくここに来るのは氷帝の忍足侑士だ。以前、大阪に従弟がいるというのを聞いたことがある。
今の流れだと謙也・侑士ペア対蔵ノ介・時雨ペアと従兄弟対決になりそうだ。ギクシャクしたまま、蔵ノ介と組むのは得策ではない。氷帝の忍足が来たら、彼と組むことを宣言しようと決意する。
屋上の扉をじっと見つめること数分。扉がゆっくり開かれた。
「謙也、来たで。……って、お……、白石さんやん」
青みがかった髪、丸眼鏡、そして関西弁。忍足侑士だと確認した私は、すぐさま彼のもとへ向かい、謙也と蔵ノ介の方へ振り返る。
「僕は氷帝の忍足さんとダブルスを組みます。良いでしょうか?」
「侑士と知り合いやったんか! 俺は構わへんけど、白石は?」
「……俺も構わへんよ。せやけど、試合が終わったら話があるなぁ、白石くんに」
蔵ノ介が機嫌が悪そうな声とは裏腹に、ニコニコとした表情なので、私は顔が引き攣った。
試合が終わったら、確実に怒られるだろう。変装していることがバレている。
……忍足くん、骨は拾ってください。
「分かりました。それと試合の作戦会議したいので、時間いただけませんか?」
「ええよ。ほな謙也、俺らも作戦会議しよか」
こうして私は侑士とコートの片隅で、作戦会議をすることになったのだが――。
「なんや、あっちの白石がめっさ不機嫌なんやけど、何したん?」
蔵ノ介の不穏な雰囲気を察した侑士は、すかさずツッコミを入れる。
関西人だからなのか、鋭くて心が痛い。
「うっ……、心当たりしかありません。それに蔵兄は従兄なのです。忍足さんたちと同じですね」
「同じ苗字やとは思うてたけど、従兄やったんやな。ほんで、心当たりっちゅうのは?」
「一つ目。青学で何があったかは話しましたよね。神奈川に引っ越した際に連絡先を変えました。その時は自分のことで精一杯だったので……蔵兄に連絡先教えるのを忘れてました」
私は人差し指を上げて説明する。
「お嬢ちゃん、意外と抜けてるとこあるんやな」
侑士がクスリと笑うので、気持ちが少し軽くなった。
次に中指も上げる。
「二つ目」
「まだ、あるんかい」
「三つ目まであります。二つ目は変装しているのが、蔵兄に確実に見破られています。まだ事情を話していないので、蔵兄視点では僕が変装している理由は不明です」
「俺は試合するまで、お嬢ちゃんの正体分からんかったけど……さすがやな」
どうやら見た目だけでは、私だと分からなかったらしい。今後の参考にしよう。
最後に薬指も上げる。
「そして三つ目。変装している理由を話したら、なんで相談してくれなかったのかと怒られるのは必須です」
「せやな……それは相談しなかったお嬢ちゃんが悪い」
「そう、ですよね……」
ため息がこぼれる。連絡を取らなかった私の自業自得だ。
「せやけど今はまず試合に勝つのが最優先やで。向こうも話し合いしたいみたいやし。勝ったら言い分聞いてくれるとちゃう?」
「はい!」
「その意気や。それで作戦はあるんか?」
「蔵兄は混合ダブルス大会の試合を観てなければ、ダブルスでの私のプレイスタイルを知りません。ですので、頃合いを見て、忍足さんには蔵兄の得意技を打ってもらいます」
「昨日、俺と岳人に使った作戦やな」
侑士がうんうんと首を縦に振る。
「それで上手くこちらのペースに持ち込めれば良いのですが、もしかしたら蔵兄の想定内かもしれません。そしたら、試したいことがありまして――――」
一方、四天王寺の白石・忍足ペアの作戦会議――。
「なんや、白石。機嫌悪うないか?」
「そりゃあ機嫌悪くなるわ。あれ、絶対時雨や」
「はぁ? 時雨ちゃんって、白石の従妹やろ。確か青学のマネージャーをやっとると言うてたな。立海のジャージ着てるし、転校したんか?」
「せやな。神奈川に引っ越したのは吹雪さん……時雨のお兄さんに聞いたから、それはええんやけど。なんか時雨のやつ、引っ越した際に連絡先変えたらしうてな、俺アイツの連絡先知らへんのや」
「それは、それは……」
「ダブルス大会に出場してるなら、再会したときにでもいちゃもん言うたろうと思うてたけど……なぜか、変装しとる。きっと青学で何かあったんや」
「何かって?」
「それが分からんのや。しかもあの二人の様子見てみ? 侑士くんは時雨の事情を知っとる雰囲気や」
ちらりと時雨を見ると、指を三本立てて、侑士に作戦を説明しているようだった。表情が曇ったかと思えば、花が咲いたように明るくなる。
無意識のうちに、拳を握りしめていた。
俺かて時雨の力になりたいんや。
「ほー、白石は侑士に嫉妬しとるんか?」
「は?」
図星なだけに、反射的に否定してしまった。
「おー、こわこわ」
「とにかく。この試合が終わったら事情聴衆や」
「事情聴衆ねぇ……肝心の試合はどないするん? 侑士はともかく、時雨ちゃんのプレイスタイルなんて知らへんで」
「侑士くんが普段と違う技……俺の得意技とか打ってきても、動揺したらアカンで。時雨は相手の技を分析するのが得意で、ダブルスだとパートナーに打ち方教えて、自分たちのペースに持っていくのが必勝パターンや。せやから、基本に忠実に、冷静に。これが一番の対処法や」
「まさに聖書テニスやな」
基本に忠実が故に、完璧なテニス。それが俺のテニスだ。
それでは時雨のテニスは?
彼女の兄である吹雪に、青学・不二と出場したという混合ダブルス大会を教えてもらい、視聴した試合の映像。対戦相手を圧倒していたが、時雨の表情は冷えきっていた。相手の苦手コースを攻めるのも一つの戦術だが、時雨の得意とする戦術ではなさそうだった。
彼女とダブルスを組んで見極めようと思っていたが、謙也と組むことになったので仕方がない。吹雪に協力してもらい、屋上コートへ誘き寄せただけに、残念ではあるが。
時雨と試合するのは久しぶりだ。思う存分楽しませてもらおう。
再び彼女の方を見ると、作戦会議が終わったのか、コートの中央に立っていた。
「さぁ、時雨のテニスを見せてもらうで!」
俺は、時雨が待つコートへ向かった。
遠方からの参加者と遭遇するかもしれない。強者と出会えるかもしれないと思うと、胸が踊った。
自室の窓を覗くと雲一つなく、絶好のテニス日和だ。
引っ越してからまだ一ヶ月経ってないし、土地勘をつけるためにも、テニスコートを探してみよう。
男装をしてから自室を出た。
「おや、イメチェンか?」
「えーと……」
部屋の扉を開けると、兄の吹雪がいた。ユニフォーム姿なので、これから部活に行くのだろう。
それにしても、この変装についてどう説明しようか。答えに窮していると、吹雪が微笑んだ。
「というのは冗談で、蓮二から聞いたよ。ダブルス大会に出場してるんだってな。頑張れよ」
「……ええ、ありがとう!」
おそらくダブルス大会で青学の選手に遭遇しても、気づかれないために変装していることは承知なのだろう。
頭をぽんぽんと撫でられ、元気がわいた。
「そういえば、駅の近くにあるビル屋上のテニスコートは行ったことあるか? 中々良い眺めだったし行ってみたらどうだろう」
「そうね、なら行ってみるわ」
駅の近くにテニスコートがあるなんて知らなかった。早速行ってみよう。
吹雪にビル屋上のテニスコートに行くことを伝え、テニスバッグを背負って外に出た。
小鳥のさえずりが聞こえる。
両手を空に上げ、背伸びをした。
家から駅までは15分もかからない。
私は道なりに沿って、ゆっくり歩き出した。
*
時雨が外出したことを確認し、俺は小さくため息をついた。
「さて、アイツのお願い通り、時雨をビル屋上に誘導させることはできたが……」
相談者は時雨とダブルスを組みたいと言っていたが、簡単にはいかないだろう。なぜなら、不二と混合ダブルス大会に出場したことや、引っ越した時に連絡先を伝えていなかったからだ。
あの頃の時雨は余裕がなかったから、俺が相談者に伝えたのだが。
きっと時雨は引け目を感じて、他の人とダブルスペアを組むに違いない。だから、俺は相談者に助言した。時雨は相談者のお願いに弱いから、彼女の悩み事にアドバイスした上で、テニスの練習や試合に誘えば付き合ってもらえるかもしれないぞ、と。相談者なら、時雨の心に寄り添えると思う。
それはともかく。
「俺もダブルス大会出たかったな……」
柳から聞いた話によると、参加資格があるのは、氷帝の跡部からバッジが配布された中学生のみらしい。つまり高校生である俺に、出場資格はないのだ。
「今度、蓮二に練習誘ってみるか」
ダブルスで俺に挑みたい人たちがいるみたいだし。その時のためにも、テニスの練習をしにいこう。
俺はテニスバッグを手に取り、学校へ向かった。
*
目的のビルに着き、受付の女性に屋上のテニスコートを使用したいことを告げた。ダブルス大会の参加者かと問われたので、はいと答える。
どうやら既に二名テニスコートを使用しているらしい。
誰かをパートナーに誘ってから来れば良かったと少し後悔したが、なんとかなるだろうと開き直る。いざとなれば、立海メンバーに連絡して組んでもらおう。
受付の女性にテニスコートまでの行き方を教えてもらい、エレベーターで屋上の一つ下の階まで移動。そこから通路を歩き、屋上へ通ずる階段を上れば、テニスコートが待っている。
兄によると、今日みたいな晴れた日には、海がある方角に富士山が見えるかもしれないとのこと。
私は軽やかに階段を上り、屋上への扉を開け、
「んんーっ、絶頂!」
「浪速のスピードスターの方が上やっちゅー話や」
そっと閉めた。
ゆっくり息を吐く。
とても聞き覚えのある声がして、思わず扉を閉めてしまった。
ユニフォームの色は、黄色と黄緑色。間違いなく、この扉の向こうに見えた後ろ姿は、従兄のものだった。
引っ越した際、彼に連絡先を教えていなかったことに気づき、汗が滝のように流れる。
そっと扉から離れようとした瞬間、扉が勢いよく開いた。
「なぁ、君ダブルス大会参加者か……!? 俺たち試合相手探してんねん」
「え、あ、あの、僕は確かに大会参加者ですが……」
「よっしゃ! ちょっとこっち来てや」
私は先ほど従兄とラリーしていた男性に手首を捕まれ、そのまま屋上へ足を踏み入れた。
「急にラリーを中断して何や……ん?」
「いやー、すまん。そこの扉が開いたのが見えたから、つい。試合相手連れ来たで!」
コートに入ったところで、手が離される。
「俺は、四天宝寺中の忍足謙也や。こっちは四天宝寺中部長の白石蔵ノ介。君は?」
「僕は立海の白石……です」
フルネームを言おうとしたが、苗字で止めた。従兄――蔵ノ介の眉が一瞬ピクリと動いたからだ。
気温が三度くらい下がった気がした。
「へー! 白石と同じ苗字やん」
「せやな」
「白石より強いんかな?」
「どうやろうな」
「白石くんも大会参加者やろ? 試合しよか」
「でも一人足りませんよ」
「大丈夫! 心当たりがおるから。ほな、ちょっと待っといてな~。ピッピッピ、っと……あ、侑士か? 俺、俺! ……あ? 声聞いたら分かるやろ? ……オレオレ詐欺ちゃうわ! 俺や、謙也や! ……って切るな! 切ったらアカン! ……ああ、実はダブルスしたいねんけど――」
謙也がコートから離れて電話をかけたので、私と蔵ノ介はポツンとコートに残された。
正直、気まずい。蔵ノ介の機嫌が明らかに悪いからだ。つい、視線が足元をさ迷う。
「…………従妹によう似とるわ」
「え?」
蔵ノ介が何か呟いたが、この場をどう切り抜けようか考えていて聞き取れなかった。
「なんでもあらへん。君、立海って言ってたけど、レギュラーなん?」
「違いますよ」
「ふーん?」
意味深な顔で見つめられ、ドキリとする。
「おまたせ! 侑士――俺の従兄に連絡したら、たまたま近くにいたらしうて、あと数分で来るって」
電話をかけ終えた謙也がコートに戻ってきた。
彼の苗字は忍足だから、おそらくここに来るのは氷帝の忍足侑士だ。以前、大阪に従弟がいるというのを聞いたことがある。
今の流れだと謙也・侑士ペア対蔵ノ介・時雨ペアと従兄弟対決になりそうだ。ギクシャクしたまま、蔵ノ介と組むのは得策ではない。氷帝の忍足が来たら、彼と組むことを宣言しようと決意する。
屋上の扉をじっと見つめること数分。扉がゆっくり開かれた。
「謙也、来たで。……って、お……、白石さんやん」
青みがかった髪、丸眼鏡、そして関西弁。忍足侑士だと確認した私は、すぐさま彼のもとへ向かい、謙也と蔵ノ介の方へ振り返る。
「僕は氷帝の忍足さんとダブルスを組みます。良いでしょうか?」
「侑士と知り合いやったんか! 俺は構わへんけど、白石は?」
「……俺も構わへんよ。せやけど、試合が終わったら話があるなぁ、白石くんに」
蔵ノ介が機嫌が悪そうな声とは裏腹に、ニコニコとした表情なので、私は顔が引き攣った。
試合が終わったら、確実に怒られるだろう。変装していることがバレている。
……忍足くん、骨は拾ってください。
「分かりました。それと試合の作戦会議したいので、時間いただけませんか?」
「ええよ。ほな謙也、俺らも作戦会議しよか」
こうして私は侑士とコートの片隅で、作戦会議をすることになったのだが――。
「なんや、あっちの白石がめっさ不機嫌なんやけど、何したん?」
蔵ノ介の不穏な雰囲気を察した侑士は、すかさずツッコミを入れる。
関西人だからなのか、鋭くて心が痛い。
「うっ……、心当たりしかありません。それに蔵兄は従兄なのです。忍足さんたちと同じですね」
「同じ苗字やとは思うてたけど、従兄やったんやな。ほんで、心当たりっちゅうのは?」
「一つ目。青学で何があったかは話しましたよね。神奈川に引っ越した際に連絡先を変えました。その時は自分のことで精一杯だったので……蔵兄に連絡先教えるのを忘れてました」
私は人差し指を上げて説明する。
「お嬢ちゃん、意外と抜けてるとこあるんやな」
侑士がクスリと笑うので、気持ちが少し軽くなった。
次に中指も上げる。
「二つ目」
「まだ、あるんかい」
「三つ目まであります。二つ目は変装しているのが、蔵兄に確実に見破られています。まだ事情を話していないので、蔵兄視点では僕が変装している理由は不明です」
「俺は試合するまで、お嬢ちゃんの正体分からんかったけど……さすがやな」
どうやら見た目だけでは、私だと分からなかったらしい。今後の参考にしよう。
最後に薬指も上げる。
「そして三つ目。変装している理由を話したら、なんで相談してくれなかったのかと怒られるのは必須です」
「せやな……それは相談しなかったお嬢ちゃんが悪い」
「そう、ですよね……」
ため息がこぼれる。連絡を取らなかった私の自業自得だ。
「せやけど今はまず試合に勝つのが最優先やで。向こうも話し合いしたいみたいやし。勝ったら言い分聞いてくれるとちゃう?」
「はい!」
「その意気や。それで作戦はあるんか?」
「蔵兄は混合ダブルス大会の試合を観てなければ、ダブルスでの私のプレイスタイルを知りません。ですので、頃合いを見て、忍足さんには蔵兄の得意技を打ってもらいます」
「昨日、俺と岳人に使った作戦やな」
侑士がうんうんと首を縦に振る。
「それで上手くこちらのペースに持ち込めれば良いのですが、もしかしたら蔵兄の想定内かもしれません。そしたら、試したいことがありまして――――」
一方、四天王寺の白石・忍足ペアの作戦会議――。
「なんや、白石。機嫌悪うないか?」
「そりゃあ機嫌悪くなるわ。あれ、絶対時雨や」
「はぁ? 時雨ちゃんって、白石の従妹やろ。確か青学のマネージャーをやっとると言うてたな。立海のジャージ着てるし、転校したんか?」
「せやな。神奈川に引っ越したのは吹雪さん……時雨のお兄さんに聞いたから、それはええんやけど。なんか時雨のやつ、引っ越した際に連絡先変えたらしうてな、俺アイツの連絡先知らへんのや」
「それは、それは……」
「ダブルス大会に出場してるなら、再会したときにでもいちゃもん言うたろうと思うてたけど……なぜか、変装しとる。きっと青学で何かあったんや」
「何かって?」
「それが分からんのや。しかもあの二人の様子見てみ? 侑士くんは時雨の事情を知っとる雰囲気や」
ちらりと時雨を見ると、指を三本立てて、侑士に作戦を説明しているようだった。表情が曇ったかと思えば、花が咲いたように明るくなる。
無意識のうちに、拳を握りしめていた。
俺かて時雨の力になりたいんや。
「ほー、白石は侑士に嫉妬しとるんか?」
「は?」
図星なだけに、反射的に否定してしまった。
「おー、こわこわ」
「とにかく。この試合が終わったら事情聴衆や」
「事情聴衆ねぇ……肝心の試合はどないするん? 侑士はともかく、時雨ちゃんのプレイスタイルなんて知らへんで」
「侑士くんが普段と違う技……俺の得意技とか打ってきても、動揺したらアカンで。時雨は相手の技を分析するのが得意で、ダブルスだとパートナーに打ち方教えて、自分たちのペースに持っていくのが必勝パターンや。せやから、基本に忠実に、冷静に。これが一番の対処法や」
「まさに聖書テニスやな」
基本に忠実が故に、完璧なテニス。それが俺のテニスだ。
それでは時雨のテニスは?
彼女の兄である吹雪に、青学・不二と出場したという混合ダブルス大会を教えてもらい、視聴した試合の映像。対戦相手を圧倒していたが、時雨の表情は冷えきっていた。相手の苦手コースを攻めるのも一つの戦術だが、時雨の得意とする戦術ではなさそうだった。
彼女とダブルスを組んで見極めようと思っていたが、謙也と組むことになったので仕方がない。吹雪に協力してもらい、屋上コートへ誘き寄せただけに、残念ではあるが。
時雨と試合するのは久しぶりだ。思う存分楽しませてもらおう。
再び彼女の方を見ると、作戦会議が終わったのか、コートの中央に立っていた。
「さぁ、時雨のテニスを見せてもらうで!」
俺は、時雨が待つコートへ向かった。