蝶ノ光
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チャイムが昼休みの始まりを告げた。
私の前席に座る銀髪の男――仁王は机に教科書を立てて、顔を伏せている。4限目の授業は彼の得意な数学だったが、課題が終わって暇だったのだろう。
数学の授業は教師が説明した後、演習プリントが配られる。問題を解き、プリントを提出すれば授業は終わりなのだが、仁王はプリントが配られてから5分もしない内に問題を解き終え提出した。
教師は、やるべきことをやった生徒には注意しない。
演習プリントを全問正解で終えた仁王は、夢の中へ旅立ち、そして今に至るのである。
「仁王のヤツ、課題が終わったからって堂々と寝すぎだろい」
「一発で全問正解するあたり、さすが仁王って感じだけど。チャイムが鳴ったのに起きないね」
丸井と百合は起きる兆しが見えない仁王に苦笑する。
私は手を伸ばし、仁王の背中に四文字――おはようと書いてみた。
すると彼は身体をピクリとさせ、ゆっくりと上体を起こした。
「ん……おは、よう?」
「おはよう、仁王くん。もう昼休みよ」
「よく寝れたナリ。起こしてくれて、ありがとさん」
「いえいえ。……仁王くんにお願いがあるのだけど」
「なんじゃ」
きっと仁王なら快諾してくれるだろう。だから素直に頼むことができた。
「放課後、バッジを賭けて試合しようと思うんだけど、ペア組んでもらえないかな?」
「もちろん良いぜよ。誰に試合を挑むか目星はつけてるのか?」
「氷帝の忍足くんに挑もうと思いまして」
「忍足? まぁ、構わんが、意外な人物じゃのう。理由を聞いても?」
昨日の視察での出来事を話す。
侑士に正体を見破られなかったが、新入部員と間違われたこと。
それが跡部のツボに入り、カチンと来たので彼の前で勝利宣言をしたこと。
「なので、今日は忍足くんに試合を申し込んで、新入部員の実力を見せたいと思うの」
「なるほど。それじゃあ、ウチのマネージャーは強いことを証明しないとな」
「ちょっと待てよ、時雨は昨日、柳にデータの取り方とか教わってたんじゃないのかよ」
「え? あ……」
丸井の怪訝な表情を見て思い出す。
そういえば、昨日は蓮二と教室にいたということになってるんだっけ。
「それに昨日いた謎の部員! アイツが誰だか知ってるか?」
「謎の部員?」
「これぜよ」
首を傾げる百合に対し、仁王がズボンから携帯を取り出て、画像を見せる。
そういえば写真撮ってたわね。
「なんだか優しそうな人。それにカッコいいね。テニスは強いの?」
百合の率直な感想に面映ゆくなる。しかし彼女に褒められて、悪い気はしない。
「じゃろ? 期待の新入部員、白石くんぜよ。丸井より強いかもな」
「へ~、レギュラー並みに強いんだ!」
「俺が新入部員に負けるわけないだろい! って、その部員の名前、白石……え?」
丸井は大きく目を見開き、こちらを凝視する。
どうやら写真の人物が私だと気づいたようだ。
私は軽く咳払いし、丸井を見据えて昨日と同じ台詞を言った。
「丸井さん、僕のこと忘れてしまったのですか? 悲しいです」
もちろん同じ声音で。
*
「謎の部員が白石さんだと分かった時の丸井の表情……なかなか面白かったぜよ」
「とても驚かれたので、少々悪かったなと思いました」
丸井を宥めるのに放課後まで時間がかかったが、私と仁王は、ご飯系の店が多く並ぶ道――通称めしロードを歩いていた。
彼と今度試合するということで落ち着いたのだ。
ちなみに今日も、男装済みである。
「問題は忍足さんの方です。氷帝の天才と呼ばれているそうですが、負けるわけにはいきません」
「お前さん、意外と負けず嫌いじゃのう」
「そうでしょうか? 周りに負けず嫌いな人ばかりだったので、それに影響されたのかもしれませんね」
乾、不二、手塚――青学のみんなの顔が思い浮かび、胸がチクリと痛む。
それを誤魔化すように、話題を変えた。
「さて、蓮二さんのデータによると、忍足さんは向日さんと組まれて、この先の海辺のコートにいるようです」
焼鳥屋、カフェを通りすぎ、定食屋が左手に見えたところで右折する。
向日が海に行きたいから、海辺のコートにいる確率が高いとのこと。理由は何であれ、わざわざ神奈川に来てくれるのは好都合だ。
風が吹くと、ほんのり潮の香りがする。
海辺のコートに着くと、予想通り侑士と向日がラリーを行っていた。
「おっ、侑士、誰か来たようだぜ!」
私たちの存在に気づいた向日は、ラケットでボールを軽く上に弾き、右手でキャッチした。
「ほんまや。立海の仁王と昨日の……」
「立海3年、白石時雨です」
「白石、時雨……?」
「侑士の知り合いか?」
「知り合いっちゅーか、同じ名前の子が青学に……」
「でも青学の白石って女の子だよな? そもそも雰囲気が全然違うし」
困惑気味の侑士に対し、向日は別人だと思っているようだ。
「……僕たちは試合を申し込みに来たのですが、どうでしょうか」
「もちろん受けて立つぜ! 侑士も良いよな?」
「構わへんよ」
「ありがとうございます。忍足さん、気になることがあるご様子ですが、試合をすれば解決すると思いますよ」
男装していても、プレイスタイルは変えないのですから。
*
「ゲーム、白石・仁王5-5」
「くそくそ、もうちょっとだったのに!」
相方の向日が汗を拭い、地団太を踏む。汗だくで息がだいぶ上がっている。
仕留めるに時間がかかり、試合が長引いてしまったと反省。
次のゲームはサクッと決めたいところだ。
最終ゲームは白石のサーブ。俺はレシーバーなので、ラケットを構えた。
これまでのゲームを振り返ると、奇襲はなかった。間違いなく最終ゲームで仕掛けてくるだろう。
白石の左手からボールが離れ、サーブが放たれる。
特別速かったり、威力のあるサーブではなかったので、難なく返球。
暫くラリーが続き、向日の打ち返したボールが、仁王の方へ向かった時だった。
「仁王さん、お願いします!」
「任せんしゃい」
白石の掛け声に合わせ、仁王のスマッシュが繰り出される。前方にいる向日の手首に当たり、ラケットが弾かれた。ボールは相手側のコートへ跳ね返り、再び仁王のスマッシュが打ち込まれる。
「この技は跡部の……!」
「破滅への輪舞曲ナリ」
その後、月面宙返り、ジャックナイフを仁王に決められ、相手チームのマッチポイントとなった。
「侑士! 仁王にボールを触らせちゃダメだ! 必殺技を打たれちまう!」
「分かっとる!」
ここでハッと思い出す。
ダブルスパートナーに必殺技の打ち方を伝えて、打たせるスタイル。
このプレイスタイルは見たことがあった。
確か、跡部に見せてもらった試合の映像。内容は青学の不二、時雨の混合ダブルスだった。
不二に相手選手の必殺技を打たせ、時雨自身は相手の苦手コースに淡々と決める姿から、ついた異名は――。
「氷の女王なんて嘘やろ」
今、彼女は闘志を燃やして、自分たちを仕留めに来ているのだから。
「僕の通り名を知っているのですね。でも、これで終わりです」
時雨は口角を上げ、ニッと笑った。
ラケットが右手から左手に持ち変えられる。
「今さら利き手に持ち変えて何を――」
時雨が体をひねってサーブを打つ。縦回転がかかったボールは、バウンド後、レシーバーである向日の方へ跳ねた。
「なっ!?」
向日はすぐさま体を反らしたのでボールはあたらなかったが、返球することはできなかった。
「ゲームセット、ウォンバイ白石・仁王6-5」
時雨がゲームカウントを告げた。
「あ~あ、負けちまったけど良い試合だったぜ!」
「ほな、バッジや」
敗北したので、俺と向日はバッジを差し出した。
「それで、忍足さん。新入部員の白石の実力はどうでした?」
背筋がゾッとするくらいに、時雨は満面の笑みで尋ねてきた。
新入部員……?
目の前の少女は、なぜか青学ではなく立海に所属しているが、おそらく立海でもマネージャーをやっているはずだ。なぜ、そんなことを聞くのだろう。
――――『自分、今年の新入部員か?』
視察に来たときに、時雨に言った言葉を思い出す。もしかして、昨日のことを根に持って試合を挑んできたとでもいうのか。
「氷の女王という異名と違い、勝利への情熱を秘めて、とても手強かったで」
「そうですか。それは良かったです」
今度は柔らかな笑みで言った。どこかホッとしているように見える。
「確認だけど、お前は青学でマネージャーをやってた時雨で良いんだよな?」
「ええ、そうですよ」
「立海所属なのは置いといて……なんで変装してるんだ? キャラも違うし」
「ああ、それはですね……」
時雨はどこか遠い目をしながら、まず青学で起きた出来事を話し始めた。
不二と混合ダブルスを組むことになったこと。
次第にファンクラブから嫌がらせを受けたこと。
部室が荒らされたり、部員の私物が紛失し、部内で犯人扱いされたこと。
しかし時雨はやってないこと。
父親の転勤が決まり、混合ダブルスで優勝後、逃げるように去ったこと。
そしてダブルス大会で、青学メンバー――特に鈴川に勝って、過去の出来事を問い質したいこと。
「鈴川さんへ試合を挑みにいこうと思っていたのですが、貞治さんやリョーマさんの話を聞く限りどうも不穏な様でしてね」
「まずは青学側の動きを探ろうと思ってな。極力アイツらに情報を与えたくないんじゃ。ちなみに乾と越前以外は、白石さんが立海に転校したことを知らん。もし青学の連中を見かけたら教えてくれんかのう?」
「そういうことなら協力するぜ!」
「俺も協力するで。ほな、連絡先教えてくれへんか? またテニスしたいし」
「ありがとうございます。ぜひ、また試合しましょう!」
鞄から携帯を取り出し、連絡先を交換する。
先日、跡部は時雨が迷子の子猫のようだと言っていたが、どうだろう。
来るべきチャンスを狙い、静かに闘志を燃やしているではないか。
もしかしたら、時雨は青学を倒すどころかダブルス大会で優勝するかもしれへんな。
夕日に照らされる彼女の姿を見て、俺はそう思うのだった。
私の前席に座る銀髪の男――仁王は机に教科書を立てて、顔を伏せている。4限目の授業は彼の得意な数学だったが、課題が終わって暇だったのだろう。
数学の授業は教師が説明した後、演習プリントが配られる。問題を解き、プリントを提出すれば授業は終わりなのだが、仁王はプリントが配られてから5分もしない内に問題を解き終え提出した。
教師は、やるべきことをやった生徒には注意しない。
演習プリントを全問正解で終えた仁王は、夢の中へ旅立ち、そして今に至るのである。
「仁王のヤツ、課題が終わったからって堂々と寝すぎだろい」
「一発で全問正解するあたり、さすが仁王って感じだけど。チャイムが鳴ったのに起きないね」
丸井と百合は起きる兆しが見えない仁王に苦笑する。
私は手を伸ばし、仁王の背中に四文字――おはようと書いてみた。
すると彼は身体をピクリとさせ、ゆっくりと上体を起こした。
「ん……おは、よう?」
「おはよう、仁王くん。もう昼休みよ」
「よく寝れたナリ。起こしてくれて、ありがとさん」
「いえいえ。……仁王くんにお願いがあるのだけど」
「なんじゃ」
きっと仁王なら快諾してくれるだろう。だから素直に頼むことができた。
「放課後、バッジを賭けて試合しようと思うんだけど、ペア組んでもらえないかな?」
「もちろん良いぜよ。誰に試合を挑むか目星はつけてるのか?」
「氷帝の忍足くんに挑もうと思いまして」
「忍足? まぁ、構わんが、意外な人物じゃのう。理由を聞いても?」
昨日の視察での出来事を話す。
侑士に正体を見破られなかったが、新入部員と間違われたこと。
それが跡部のツボに入り、カチンと来たので彼の前で勝利宣言をしたこと。
「なので、今日は忍足くんに試合を申し込んで、新入部員の実力を見せたいと思うの」
「なるほど。それじゃあ、ウチのマネージャーは強いことを証明しないとな」
「ちょっと待てよ、時雨は昨日、柳にデータの取り方とか教わってたんじゃないのかよ」
「え? あ……」
丸井の怪訝な表情を見て思い出す。
そういえば、昨日は蓮二と教室にいたということになってるんだっけ。
「それに昨日いた謎の部員! アイツが誰だか知ってるか?」
「謎の部員?」
「これぜよ」
首を傾げる百合に対し、仁王がズボンから携帯を取り出て、画像を見せる。
そういえば写真撮ってたわね。
「なんだか優しそうな人。それにカッコいいね。テニスは強いの?」
百合の率直な感想に面映ゆくなる。しかし彼女に褒められて、悪い気はしない。
「じゃろ? 期待の新入部員、白石くんぜよ。丸井より強いかもな」
「へ~、レギュラー並みに強いんだ!」
「俺が新入部員に負けるわけないだろい! って、その部員の名前、白石……え?」
丸井は大きく目を見開き、こちらを凝視する。
どうやら写真の人物が私だと気づいたようだ。
私は軽く咳払いし、丸井を見据えて昨日と同じ台詞を言った。
「丸井さん、僕のこと忘れてしまったのですか? 悲しいです」
もちろん同じ声音で。
*
「謎の部員が白石さんだと分かった時の丸井の表情……なかなか面白かったぜよ」
「とても驚かれたので、少々悪かったなと思いました」
丸井を宥めるのに放課後まで時間がかかったが、私と仁王は、ご飯系の店が多く並ぶ道――通称めしロードを歩いていた。
彼と今度試合するということで落ち着いたのだ。
ちなみに今日も、男装済みである。
「問題は忍足さんの方です。氷帝の天才と呼ばれているそうですが、負けるわけにはいきません」
「お前さん、意外と負けず嫌いじゃのう」
「そうでしょうか? 周りに負けず嫌いな人ばかりだったので、それに影響されたのかもしれませんね」
乾、不二、手塚――青学のみんなの顔が思い浮かび、胸がチクリと痛む。
それを誤魔化すように、話題を変えた。
「さて、蓮二さんのデータによると、忍足さんは向日さんと組まれて、この先の海辺のコートにいるようです」
焼鳥屋、カフェを通りすぎ、定食屋が左手に見えたところで右折する。
向日が海に行きたいから、海辺のコートにいる確率が高いとのこと。理由は何であれ、わざわざ神奈川に来てくれるのは好都合だ。
風が吹くと、ほんのり潮の香りがする。
海辺のコートに着くと、予想通り侑士と向日がラリーを行っていた。
「おっ、侑士、誰か来たようだぜ!」
私たちの存在に気づいた向日は、ラケットでボールを軽く上に弾き、右手でキャッチした。
「ほんまや。立海の仁王と昨日の……」
「立海3年、白石時雨です」
「白石、時雨……?」
「侑士の知り合いか?」
「知り合いっちゅーか、同じ名前の子が青学に……」
「でも青学の白石って女の子だよな? そもそも雰囲気が全然違うし」
困惑気味の侑士に対し、向日は別人だと思っているようだ。
「……僕たちは試合を申し込みに来たのですが、どうでしょうか」
「もちろん受けて立つぜ! 侑士も良いよな?」
「構わへんよ」
「ありがとうございます。忍足さん、気になることがあるご様子ですが、試合をすれば解決すると思いますよ」
男装していても、プレイスタイルは変えないのですから。
*
「ゲーム、白石・仁王5-5」
「くそくそ、もうちょっとだったのに!」
相方の向日が汗を拭い、地団太を踏む。汗だくで息がだいぶ上がっている。
仕留めるに時間がかかり、試合が長引いてしまったと反省。
次のゲームはサクッと決めたいところだ。
最終ゲームは白石のサーブ。俺はレシーバーなので、ラケットを構えた。
これまでのゲームを振り返ると、奇襲はなかった。間違いなく最終ゲームで仕掛けてくるだろう。
白石の左手からボールが離れ、サーブが放たれる。
特別速かったり、威力のあるサーブではなかったので、難なく返球。
暫くラリーが続き、向日の打ち返したボールが、仁王の方へ向かった時だった。
「仁王さん、お願いします!」
「任せんしゃい」
白石の掛け声に合わせ、仁王のスマッシュが繰り出される。前方にいる向日の手首に当たり、ラケットが弾かれた。ボールは相手側のコートへ跳ね返り、再び仁王のスマッシュが打ち込まれる。
「この技は跡部の……!」
「破滅への輪舞曲ナリ」
その後、月面宙返り、ジャックナイフを仁王に決められ、相手チームのマッチポイントとなった。
「侑士! 仁王にボールを触らせちゃダメだ! 必殺技を打たれちまう!」
「分かっとる!」
ここでハッと思い出す。
ダブルスパートナーに必殺技の打ち方を伝えて、打たせるスタイル。
このプレイスタイルは見たことがあった。
確か、跡部に見せてもらった試合の映像。内容は青学の不二、時雨の混合ダブルスだった。
不二に相手選手の必殺技を打たせ、時雨自身は相手の苦手コースに淡々と決める姿から、ついた異名は――。
「氷の女王なんて嘘やろ」
今、彼女は闘志を燃やして、自分たちを仕留めに来ているのだから。
「僕の通り名を知っているのですね。でも、これで終わりです」
時雨は口角を上げ、ニッと笑った。
ラケットが右手から左手に持ち変えられる。
「今さら利き手に持ち変えて何を――」
時雨が体をひねってサーブを打つ。縦回転がかかったボールは、バウンド後、レシーバーである向日の方へ跳ねた。
「なっ!?」
向日はすぐさま体を反らしたのでボールはあたらなかったが、返球することはできなかった。
「ゲームセット、ウォンバイ白石・仁王6-5」
時雨がゲームカウントを告げた。
「あ~あ、負けちまったけど良い試合だったぜ!」
「ほな、バッジや」
敗北したので、俺と向日はバッジを差し出した。
「それで、忍足さん。新入部員の白石の実力はどうでした?」
背筋がゾッとするくらいに、時雨は満面の笑みで尋ねてきた。
新入部員……?
目の前の少女は、なぜか青学ではなく立海に所属しているが、おそらく立海でもマネージャーをやっているはずだ。なぜ、そんなことを聞くのだろう。
――――『自分、今年の新入部員か?』
視察に来たときに、時雨に言った言葉を思い出す。もしかして、昨日のことを根に持って試合を挑んできたとでもいうのか。
「氷の女王という異名と違い、勝利への情熱を秘めて、とても手強かったで」
「そうですか。それは良かったです」
今度は柔らかな笑みで言った。どこかホッとしているように見える。
「確認だけど、お前は青学でマネージャーをやってた時雨で良いんだよな?」
「ええ、そうですよ」
「立海所属なのは置いといて……なんで変装してるんだ? キャラも違うし」
「ああ、それはですね……」
時雨はどこか遠い目をしながら、まず青学で起きた出来事を話し始めた。
不二と混合ダブルスを組むことになったこと。
次第にファンクラブから嫌がらせを受けたこと。
部室が荒らされたり、部員の私物が紛失し、部内で犯人扱いされたこと。
しかし時雨はやってないこと。
父親の転勤が決まり、混合ダブルスで優勝後、逃げるように去ったこと。
そしてダブルス大会で、青学メンバー――特に鈴川に勝って、過去の出来事を問い質したいこと。
「鈴川さんへ試合を挑みにいこうと思っていたのですが、貞治さんやリョーマさんの話を聞く限りどうも不穏な様でしてね」
「まずは青学側の動きを探ろうと思ってな。極力アイツらに情報を与えたくないんじゃ。ちなみに乾と越前以外は、白石さんが立海に転校したことを知らん。もし青学の連中を見かけたら教えてくれんかのう?」
「そういうことなら協力するぜ!」
「俺も協力するで。ほな、連絡先教えてくれへんか? またテニスしたいし」
「ありがとうございます。ぜひ、また試合しましょう!」
鞄から携帯を取り出し、連絡先を交換する。
先日、跡部は時雨が迷子の子猫のようだと言っていたが、どうだろう。
来るべきチャンスを狙い、静かに闘志を燃やしているではないか。
もしかしたら、時雨は青学を倒すどころかダブルス大会で優勝するかもしれへんな。
夕日に照らされる彼女の姿を見て、俺はそう思うのだった。