蝶ノ光
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いつか他校の視察に同行すると思っていたが、その日は思いの外早く来た。
部活前に柳に呼び出されたので、部室へ足を運ぶ。
扉を開けると、カメラをメンテナンスしている彼の姿が目に入った。
私が来たことに気づき、作業の手を止める。
「今日は氷帝に視察に行こうと思う。時雨もついてきてくれないか? 精市と弦一郎には既に伝えてある」
「分かったわ。……それなら変装しても良いかしら?」
偵察場所が氷帝なのは驚いたが、せっかくの機会なので、どこまで欺けるか試してみたい。
「ああ、構わない。氷帝には時雨を知っている人がいるだろうから、どこまで通用するか仕掛けてみよう」
「それじゃあ、準備してくるね。準備が終わったら、また声をかけるわ」
一旦部室を後にし、女テニの更衣室へ向かう。マネージャーになることが決まってから、百合に使用許可を貰えたので、ありがたく使わせてもらっている。
部活が始まる時間にだいぶ余裕があるせいか、更衣室を利用している人はいなかった。
立海のユニフォームに着替えてジャージを羽織り、鞄から変装グッズを取り出す。
ダブルス大会の予選試合でも使う予定であり、今回は男装だ。男装の方が私であると見破られないとのことで、昨日の帰りに柳、仁王と一緒に変装グッズを買いに行ったのである。
ショートのウィッグをかぶり、次にメイクを施す。アイブロウは眉頭を少し低い位置から書き始めたり、チークはピンクではなくオレンジベージュにしたり、鬼ごっこの時とは異なるメイクにした。
「これで大丈夫かな」
メイクを終えて鏡で再確認し、メイク道具を鞄にしまう。
折角なので、男装しているときは敬語を使って、物腰柔らかそうなキャラでいこうかしら。
再び部室へ入ると、柳の他に丸井と仁王がいた。
「蓮二さん、お待たせしました」
声を普段より低くして呼び止めると、丸井が目を丸くした。
「なぁ、ウチの部員にこんなクールそうなヤツいたっけ?」
「丸井さん、僕のこと忘れてしまったのですか? 悲しいです」
「えっ……!?」
どうやら丸井は私が白石時雨であることに気づいていないので、名前は伏せた。
見るからに狼狽える丸井の姿に、笑みがこぼれそうになる。
柳や仁王は隠そうともせず笑っているが。
「ははっ、気合い入ってるのう。記念に一枚写真撮らせてもらうぜよ」
「ええ、どうぞ」
ポケットから携帯を取り出し、パシャリと撮影する。
「どういうことだよ仁王。コイツのこと知ってるのか?」
「知ってるもなにも……くくっ」
「俺たちはそろそろ行くから後は頼むぞ」
「了解ナリ」
「お、おい……!」
呆気に取られている丸井を仁王に任せ、私は柳とともに部室を出る。
これは後で聞いた話だが、仁王がこの事を幸村に話したところ、私が部活にいなかったのは視察ではなく、教室で柳にデータの取り方やまとめ方などを学んでいるということになっていたらしい。
丸井は仁王に問い詰めても、のろりくらりとはぐらかされるばかり。部活に集中できてなくて、グランド10周走ることになったとか。
明日にでも正体を明かしたら、きっと驚いてくれるだろう。
*
電車にコトコト揺られ、駅から数分歩き、氷帝学園に着く。
学校内へ入り、テニスコートに辿り着くと、観客席は半分くらい埋っていた。
「さすが氷帝。僕たちの他にも視察に来ている学校が多いですね」
「地区大会が始まっているからな。昨年は全国大会ベスト16に入っているし、選手のレベルも高い。マークしている学校も多いのだろう」
そう言いながら、柳は鞄からカメラを取り出し、私に差し出した。
私は記録係で、観客席から氷帝部員――主に正レギュラー、準レギュラーの練習風景を撮影する。
その隣で柳はノートを片手に凄まじい勢いで文字を埋めていく。時折私に意見を求め、それもノートに記していく。
私の分析が彼の役に立てれば、これ以上に喜ばしいことはない。
「見覚えのある顔がいると思ってきてみれば、立海の柳じゃねーの。その様子だとデータはたっぷり取れたのか?」
一通りデータが集まった頃合いに、その男は私たちの前へと近づいてきた。
部員200人の頂点に立つ男、跡部景吾。隠すものは何もないとばかりに、自信たっぷりの表情だ。
「お陰様でな。試合をするときに楽しみにしててくれ」
「ああ。そして、時雨。マネージャーになったんだってな。お前の内に秘めた闘志、見せてもらおうじゃねーの。アーン?」
「王者立海に挑むものは、返り討ちにして差し上げますよ」
全国大会でもダブルス大会でも負ける気はないと、微笑みながら返す。
「……それにしても、あっさりと僕の変装見破るんですね」
「俺様の目を欺くなんざ、100年早いぜ? まぁ、普段と印象とかけ離れているし、他のヤツは気づかないかもな。……おい、忍足、ちょっと来い」
跡部の張りのある声は、侑士の耳に届いたようだ。
すぐさま観客席へやって来た。
忍足くんとは青学にいた頃から面識があるが、さてさて。
「なんや、跡部。って立海の柳やないか。隣にいる部員は誰や?」
「誰だと思う?」
柳が静かに促すと、侑士は腕を組んで眉間に皺を寄せた。
記憶の糸をたぐっているが、分からないらしい。
「ん~、見覚えのない顔やな。以前、立海はマネージャーいないって聞いたし。自分、今年の新入部員か?」
「…………違いますよ」
今年入部したての一年生ではないわよ、と心の中で付け加えて否定する。
「コイツはダブルス大会に出場する。油断してると痛い目見るかもな。名前が分からなかったら、試合をするときにでも教えてもらえ」
「さよか。それなら、対戦する時を楽しみにしてんで。岳人待たせとるから、ほなな」
「急に呼び止めて悪かったな」
侑士は特に気にした様子もなく、片手をひらひらさせてコートに戻っていった。
「アイツにはバレなかったようだな。フッ……新入部員か」
「マネージャーとして入部したてという意味では、新入部員ですが。……決めました。明日の試合は忍足くんに挑みにいきます。そんなに笑わなくても良いじゃないですか」
「悪い悪い、氷帝の天才にどこまで通用するか楽しみにしてるぜ」
「ぜひ期待して待っていてください」
跡部がずっと笑っているものだから、ジトリと睨む。
ダブルスの試合だから、特に負けたくない。
今日はテニススクールで打ってから帰ろう。
試合に対する意気込みが伝わったのか、柳はクスリと笑い、
「テニススクールで打つのなら付き合うぞ」
と言った。
部活前に柳に呼び出されたので、部室へ足を運ぶ。
扉を開けると、カメラをメンテナンスしている彼の姿が目に入った。
私が来たことに気づき、作業の手を止める。
「今日は氷帝に視察に行こうと思う。時雨もついてきてくれないか? 精市と弦一郎には既に伝えてある」
「分かったわ。……それなら変装しても良いかしら?」
偵察場所が氷帝なのは驚いたが、せっかくの機会なので、どこまで欺けるか試してみたい。
「ああ、構わない。氷帝には時雨を知っている人がいるだろうから、どこまで通用するか仕掛けてみよう」
「それじゃあ、準備してくるね。準備が終わったら、また声をかけるわ」
一旦部室を後にし、女テニの更衣室へ向かう。マネージャーになることが決まってから、百合に使用許可を貰えたので、ありがたく使わせてもらっている。
部活が始まる時間にだいぶ余裕があるせいか、更衣室を利用している人はいなかった。
立海のユニフォームに着替えてジャージを羽織り、鞄から変装グッズを取り出す。
ダブルス大会の予選試合でも使う予定であり、今回は男装だ。男装の方が私であると見破られないとのことで、昨日の帰りに柳、仁王と一緒に変装グッズを買いに行ったのである。
ショートのウィッグをかぶり、次にメイクを施す。アイブロウは眉頭を少し低い位置から書き始めたり、チークはピンクではなくオレンジベージュにしたり、鬼ごっこの時とは異なるメイクにした。
「これで大丈夫かな」
メイクを終えて鏡で再確認し、メイク道具を鞄にしまう。
折角なので、男装しているときは敬語を使って、物腰柔らかそうなキャラでいこうかしら。
再び部室へ入ると、柳の他に丸井と仁王がいた。
「蓮二さん、お待たせしました」
声を普段より低くして呼び止めると、丸井が目を丸くした。
「なぁ、ウチの部員にこんなクールそうなヤツいたっけ?」
「丸井さん、僕のこと忘れてしまったのですか? 悲しいです」
「えっ……!?」
どうやら丸井は私が白石時雨であることに気づいていないので、名前は伏せた。
見るからに狼狽える丸井の姿に、笑みがこぼれそうになる。
柳や仁王は隠そうともせず笑っているが。
「ははっ、気合い入ってるのう。記念に一枚写真撮らせてもらうぜよ」
「ええ、どうぞ」
ポケットから携帯を取り出し、パシャリと撮影する。
「どういうことだよ仁王。コイツのこと知ってるのか?」
「知ってるもなにも……くくっ」
「俺たちはそろそろ行くから後は頼むぞ」
「了解ナリ」
「お、おい……!」
呆気に取られている丸井を仁王に任せ、私は柳とともに部室を出る。
これは後で聞いた話だが、仁王がこの事を幸村に話したところ、私が部活にいなかったのは視察ではなく、教室で柳にデータの取り方やまとめ方などを学んでいるということになっていたらしい。
丸井は仁王に問い詰めても、のろりくらりとはぐらかされるばかり。部活に集中できてなくて、グランド10周走ることになったとか。
明日にでも正体を明かしたら、きっと驚いてくれるだろう。
*
電車にコトコト揺られ、駅から数分歩き、氷帝学園に着く。
学校内へ入り、テニスコートに辿り着くと、観客席は半分くらい埋っていた。
「さすが氷帝。僕たちの他にも視察に来ている学校が多いですね」
「地区大会が始まっているからな。昨年は全国大会ベスト16に入っているし、選手のレベルも高い。マークしている学校も多いのだろう」
そう言いながら、柳は鞄からカメラを取り出し、私に差し出した。
私は記録係で、観客席から氷帝部員――主に正レギュラー、準レギュラーの練習風景を撮影する。
その隣で柳はノートを片手に凄まじい勢いで文字を埋めていく。時折私に意見を求め、それもノートに記していく。
私の分析が彼の役に立てれば、これ以上に喜ばしいことはない。
「見覚えのある顔がいると思ってきてみれば、立海の柳じゃねーの。その様子だとデータはたっぷり取れたのか?」
一通りデータが集まった頃合いに、その男は私たちの前へと近づいてきた。
部員200人の頂点に立つ男、跡部景吾。隠すものは何もないとばかりに、自信たっぷりの表情だ。
「お陰様でな。試合をするときに楽しみにしててくれ」
「ああ。そして、時雨。マネージャーになったんだってな。お前の内に秘めた闘志、見せてもらおうじゃねーの。アーン?」
「王者立海に挑むものは、返り討ちにして差し上げますよ」
全国大会でもダブルス大会でも負ける気はないと、微笑みながら返す。
「……それにしても、あっさりと僕の変装見破るんですね」
「俺様の目を欺くなんざ、100年早いぜ? まぁ、普段と印象とかけ離れているし、他のヤツは気づかないかもな。……おい、忍足、ちょっと来い」
跡部の張りのある声は、侑士の耳に届いたようだ。
すぐさま観客席へやって来た。
忍足くんとは青学にいた頃から面識があるが、さてさて。
「なんや、跡部。って立海の柳やないか。隣にいる部員は誰や?」
「誰だと思う?」
柳が静かに促すと、侑士は腕を組んで眉間に皺を寄せた。
記憶の糸をたぐっているが、分からないらしい。
「ん~、見覚えのない顔やな。以前、立海はマネージャーいないって聞いたし。自分、今年の新入部員か?」
「…………違いますよ」
今年入部したての一年生ではないわよ、と心の中で付け加えて否定する。
「コイツはダブルス大会に出場する。油断してると痛い目見るかもな。名前が分からなかったら、試合をするときにでも教えてもらえ」
「さよか。それなら、対戦する時を楽しみにしてんで。岳人待たせとるから、ほなな」
「急に呼び止めて悪かったな」
侑士は特に気にした様子もなく、片手をひらひらさせてコートに戻っていった。
「アイツにはバレなかったようだな。フッ……新入部員か」
「マネージャーとして入部したてという意味では、新入部員ですが。……決めました。明日の試合は忍足くんに挑みにいきます。そんなに笑わなくても良いじゃないですか」
「悪い悪い、氷帝の天才にどこまで通用するか楽しみにしてるぜ」
「ぜひ期待して待っていてください」
跡部がずっと笑っているものだから、ジトリと睨む。
ダブルスの試合だから、特に負けたくない。
今日はテニススクールで打ってから帰ろう。
試合に対する意気込みが伝わったのか、柳はクスリと笑い、
「テニススクールで打つのなら付き合うぞ」
と言った。