蝶ノ光

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 太陽が沈み、空が徐々に藍色に染まっていく。
 マネージャー就任初日の練習は無事終わり、家に着くと机の上に小包が届いていた。
 差出人は跡部の名が。
 早速ダンボールを開けてみると、中には手紙とバッジが5個。あとアダプターが入っていた。
 手紙の冒頭に目を通すと、『4月21日19時にテレビをつけろ。チャンネルは――』と記されている。
 反射的に壁時計を見ると、時刻は18時59分。19時まで残り約30秒。

「って、もう時間じゃない!」

 もしかしたら悩み時間を与えないのが、跡部の狙いだったかもしれない。だとすれば中々の策士だ。
 私は慌ててテレビをつけた。
 秒針が頂点に回った瞬間、画面に高級そうな椅子に座り、優雅にティーカップを持つ跡部、その後ろに控えている樺地が映る。

『氷帝学園の跡部だ。この放送を見ているということは、例の小包が届いていると思うが――来る8月1日に、全国大会に先駆け、学校の枠に囚われず、真のダブルスチームの頂点を決めることにした』

「真のダブルスチーム……」

 小包が届いた人は、エントリーする資格があるという。
 間違いなく立海や青学のレギュラーに届いているはずだ。
 大会にエントリーすれば、試合で青学とあたる可能性もあるだろう。

『小包の中には俺様の眼力によって選定された数のバッジが入っている。自分たちが真のナンバーワン・ダブルスチームだと思う奴は、このバッジを20個集めろ。それが大会への出場資格だ』

 バッジ所持者には特典があり、バッジ獲得の試合をする時に限り、全国のテニスクラブおよびスクールの無料使用権が与えられる。そして、大会開催中の交通機関も無料になるそうだ。遠方からの参加者には、特に嬉しい特典だろう。

 バッジ獲得のために行われる試合の公式ルールは、アドバンテージ・ルールによる6ゲーム1セットマッチ。ただし時間的な問題から、タイブレークはなし。つまり、6ゲームを先取した方が勝ち、ということである。
 試合に勝てれば、負けたペアから1つずつバッジを獲得することができる。残り1つの者に勝った場合は、負けたペアから奪うのではなく、後日、本部から送られてくるそうだ。

『試合は毎週水曜日の放課後、第2、第4金曜日の放課後、毎週土日。大会本選は8月1日、土曜。エントリー締め切りは前々日18時だ。それまでバッジ獲得に鋭意研鑽し、大会に臨んでくれ』

 バッジを配った者の学校や顧問の許可は既に得ているようだ。緊急連絡時は各校の連絡担当者から伝達されることになっている。
 もし分からないことがあれば、遠慮なく申し出てくれていい――という言葉で締め括られ、放送は終わった。
 リモコンを手に取り、テレビの電源を落とす。

「真のナンバーワン・ダブルスチームを決める大会……」

 テニススクールで会ったとき跡部が言っていた『とっておきの大会』とは、このことだったのだ。
 彼は、私にテニスで倒したい人がいるのではないかと言った。
 テニスで倒したい人。
 手塚やリョーマ、蓮二や仁王――。
 様々な人が脳裏に浮かぶ。その中でも一番試合したいのは。

「私は青学……千夏に勝って、あの日々のことを問いただしたい」

 私に大会参加資格である小包が届いているから、男女混合ダブルスのはず。
 おそらく千夏にも小包が届いていると思う。根拠はないが、強いていうなら、跡部は青学との溝を知っているような気がしたから。
 今すぐにとはいかないが、彼らと仲直りがしたい。
 これが私の大会での目標だ。
 もちろん大会に出場するからには優勝したいと思い、ふと気がついた。
 誰とダブルスを組めば良いのだろう?



 一晩経っても答えは出ず、誰にダブルスパートナーを頼もうか考えていたら、あっという間に部活の時間になってしまった。
 上の空だったからか、部室に向かう前、百合に体調が悪いのかとか悩み事があるのかと問われたが、大丈夫と答えた。部活中は周りに迷惑をかけないよう気を付けないと。
 廊下を歩きながら、思案する。
 柳は乾と、仁王は柳生と大会でダブルスを組むだろう。
 大阪に住む従兄やリョーマは、やはりチームメイトと組む可能性が高いのではないか。
 昇降口に着き、上履きからローファーに履き替え、部室への道を進む。
 大会本選までまだ時間はあるし、バッジを賭ける試合で誰と組むかは自由である。
 いっそのこと跡部に頼んでみるか。いや、樺地と組むかもしれない。でも彼ならなんだかんだ組んでくれそうな気がする。
 結局誰に声をかけるか決まらず、部室前に着いてしまった。
 ドアノブに手をかけようとしたところで右側から私を呼ぶ声が聞こえ、手を止める。恐る恐る上半身を横に向けると、そこには柳がいた。

「部活後に話したいことがあるから、一緒に帰らないか? きっと悩み事も解決するだろう」

「は、はい……」

「それでは校門で待ち合わせしよう」

 どうやら彼には隠し事ができないようである。


 そつなくとは言い難いが、大きなミスをすることなく部活を終えることができた。
 帰りの支度し、部室等の戸締まりを確認してから校門へ向かうと、既に柳が待っていた。彼はノートを片手に考え事をしているように見える。

「おまたせ。少し遅くなってしまったわ」

「今来たばかりだから気にしないでくれ。それでは行こうか」

 柳はノートをパタリと閉じ、鞄の中へしまう。そして、彼の家とは反対方向の道へ歩き出した。

「この道は蓮二の家と反対方向よね。どこへ行くの?」

「ファミレス。時雨に会わせたい人もいるからな。校門前だと目立つから、指定させてもらった」

 私に会わせたい人? 誰だろう。目立つことを避けるということは、他校生なのかしら。
 柳はこれ以上説明するつもりがないのか、すっと前へ進む。でも、それは私がすぐに追い付けるスピードで。
 待ち合わせだって、本当は片付けや戸締まりで時間がかかってしまったのに。
 些細な気遣いが嬉しい。
 私は軽やかな足取りで柳の後を追った。



 柳の言っていた、私に会わせたい人は既にファミレスにいるらしい。
 店内に入ると、平日の夕方にしては少し混んでいた。
 柳についていき、窓際のソファー席へたどり着くと――――。

「久しぶり。時雨が元気そうで良かったよ」

「さ、貞治……!?」

 なぜか一ヶ月ほど前まではチームメイトだった乾がいた。
 思わぬ来訪に目を丸くする。

「どうしてここに?」

「おや、蓮二から聞いてないか? とりあえず座ってほしい」

「ええ、私に会わせたい人がいるとしか……あと悩み事が解決するとか……?」

 柳が窓側の乾の向かいに座り、私はその隣に座る。

「立海でマネージャーになったと聞いたよ。君がテニスを続けてくれて嬉しい。マネージャーになるかで鬼ごっこしたそうだね」

「最終日まで逃げ切れたけど、自分からマネージャーにしてほしいとお願いしにいったのよ。蓮二に助けてもらわなかったら、二日目で捕まってたわ」

時雨が自らマネージャーになりたいと思ってほしかったからな。それにお前なら、最終的にマネージャーを引き受けると思っていた」

「それは、データから導き出されてたの?」

「俺の願望がかなり入っている」

「ふふ、そっかぁ」

 柳の素直な言葉に目尻が下がる。
 近況を話終えたところで、

「さて、本題に入ろう。このバッジに見覚えはあるか?」

と乾が鞄からバッジとアダプターを取り出し、バッジを目の前に掲げた。

「あ、それ、昨日届いた小包に入ってた……」

 跡部主催のダブルス大会出場資格。
 この大会は私にとって大事な大会となるだろう。
 ごくりと固唾を呑む。

「やはり、時雨のところにも届いていたか」

「その様子だと、私が大会に参加資格があると分かってたの?」

「このアダプターでバッジと携帯を接続すれば、バッジ所持者が街のどこにいるか確認できるからね。ただ、連絡先を知らないと誰がまではわからないが……」

「……これは」

 乾は説明しながらバッジと携帯をアダプターで接続する。柳も接続していたが、なぜか二人とも画面を眺めては呆気に取られていた。

「どうかしたの?」

「……なんでもない。このバッジが届いて跡部の説明を聞いた後、君は鈴川がこの大会に出場するか、気になったのではないか? だから蓮二に連絡を取らせてもらった」

「それに誰とダブルスを組むか悩むのではないかと思ってな。水澤から時雨の様子がおかしいと連絡があったし、部活中も上の空だった」

「そ、それは面目ない……」

 部活中はテニスに集中していたつもりだったが、身が入っていなかったらしい。

「今日部活で確認したが、鈴川は大会に出場する。そして青学のレギュラー陣も。鈴川に小包が届いているから、時雨にも届いていると皆思っている。君を探すことに必死だから、見つかるのも時間の問題だ。だが、向こうは君の連絡先を知らない。正直、今の彼らと君を会わせるのは良くないと思っている。そこで提案」

 引っ越す前に連絡先を変えたのだ。新しい連絡先は、青学メンバーには乾、リョーマしか知らせていない。
 今会うのは良くないということは、私のことを良く思っていない人が多いのだろう。小さくため息をつく。

「……提案?」

「バッジを賭けた試合をする時、俺か蓮二とダブルスを組まないか? 俺たちなら彼らの行動を予測できるから、試合を回避することは可能だろう」

「貞治は蓮二とダブルス組みたいのでしょう? 蓮二だって、きっとそう。私の都合で決めるわけには……」

 思わず目が泳ぐ。
 乾と柳は、私がダブルスパートナーについて悩んでいることはお見通しなのだ。
 いつだって、彼らは助け船を出してくれる。

「ほーう。今日一日、心ここにあらずだったのは、そういうことか。お前さん、その考えだと、俺は柳生と組むと思って相談してくれなかったのか。そんなに頼りがいがないかのう」

時雨は難しく考えすぎ。前にも言ったけど、もっと周りを頼りなよ」

「仁王くん、リョーマ……なんで」

 乾との再会もそうだったが、突然の出来事に頭が追いつかない。

「白石さんと参謀がいつもと違う道へ進むから、これは何かあると思ったナリ」

「オレも似たような感じで、乾先輩が普段と違って駅へ行くから、気になってついてきた」

「ええと……?」

 当たり前のように、リョーマは乾の隣、仁王は私の隣に座る。
 乾と柳は、仁王やリョーマが来ることが分かっていたようで、驚いた様子はない。
 この状況についていけないのは私だけ?

「話を戻すけど、試合する時、なるべくここにいる四人の誰かと組んだ方が良いと思う。あとは時雨の信頼できる人。乾先輩も言ってたけど、今は青学メンバー……特に鈴川先輩と会うのは避けた方が良いよ」

「それなら万が一、青学メンバーに会ってもバレないように変装するのはどうじゃ?」

「確かに時雨の変装技術は中々のものだし、そこに仁王のフォローが入れば安心できる」

「そうとなれば、後は時雨。君次第だ」

「あなたたちだって、ダブルス組みたい相手がいるでしょうに、迷惑じゃないかしら」

「俺たちは迷惑に思ってないし、むしろ力になりたいんだ。君に二度とあんな思いをさせたくない」

「鬼ごっこの時に、『マネージャーとしてテニスで勝負を挑みたい』と言っていたな。大会に出場すればマネージャーとしてだけではなく、選手としても勝負を挑める。絶好の機会だと思わないか?」

 柳の言葉にハッとする。
 蓮二は本当に、私の闘争心を燃やすのが上手いんだから。

「……そうね。私は千夏に勝って、聞きたいことがあるの。だから、手を貸してください!」

「ああ、勿論。困ったときはいつでも言ってくれ。君の力になろう」

「ありがとう。頼りにしているわ」

 悩み事が解消し、胸を撫で下ろす。
 一人で抱え込んでしまうのは、私の悪い癖だ。
 助けを求めれば、手を差し伸べてくれる人がいる。
 他者との繋がりをもっと大切にしよう。
 胸に手をあて、そう決意するのだった。
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