蝶ノ光
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―鬼ごっこ五日目―
泣いても笑っても鬼ごっこ最終日。
この日の行動は、既に決まっていた。
私は幸村を探すため、校内を隈なく探していた。
しかし鬼ごっこ開始から30分は経つが、探し人が見当たらない。
廊下の隅で足を止め、左手を顎にあてる。
事前に、幸村の居場所を柳に聞くべきだったか。否、自分で探して話しにいくと決めたのだと頭を振りかぶる。
そのためにも、他のレギュラーに捕まる訳にはいかなかった。
「それにしても、どこにいるのかしら」
ふと、窓の外に目を注ぐ。
もしかしてテニスコートにいるのだろうか。
この五日間ずっと校舎内に身を潜めているので、レギュラー陣も校舎内にいるのかと思ったが。
これだけ探しても見つけられないのなら、外も視野に入れた方が良いだろう。
私は昇降口へ歩を進めた。
後ろに潜む影がいるとも気づかずに。
*
「仁王くん、我々はいつまで彼女の後をつけるのですか?」
「白石さんが幸村のところに辿り着くまでかのう」
少女のやや後方に影二つ。
この日、最初に時雨を見つけたのは、柳生と仁王だった。
彼らは見つからないように、こっそり時雨の後をつけている。二人ともジャージ姿だが、彼女を捕まえる気は微塵もなかった。
「変装もしてないようですし、いささか無防備な気がしますが……。いっそのことクラスメイトに変装して、場所を教えるのはどうでしょうか」
「おそらく変装しても、俺だとバレてしまうぜよ。それに、自分の力で幸村のところに辿り着かせてやりたいナリ」
「……そうですね。もし白石さんが自らマネージャーになりたい、と言っていただければ、これ以上喜ばしいことはないです」
「ほう。この前は捕まえる気満々だったのに、今日は協力的じゃのう」
仁王は意外とばかりに目をぱちくりさせ、口角を上げた。
一方、柳生は弓なりに細めて微笑んだ。
「私も彼女にマネージャーになっていただきたいですから。さて、このままだと切原くんや丸井くんに見つかりそうですし、彼らを誘導しましょう」
「そうじゃのう。柳生が味方だと頼もしいぜよ」
そして二人は一般生徒に紛れ、切原たちにペテンを仕掛けにいくのだった。
*
屋上にて――――
「なんで時雨の姿が見当たらないんだよ……」
「このまま時雨先輩捕まえられなかったら、マネージャーの件は白紙になるってことッスか?」
「白石さんが引き受けなかった場合、そうなるだろうな」
丸井、切原は焦っていた。
鬼ごっこ最終日なのに、時雨を見つけることができないからである。
そこで丸井がジャッカルを呼び出し、三人で作戦会議を開いていた。
「まずは時雨を探さなきゃいけないわけだが、何か良い意見あるか?」
「あー、そういえば……」
ジャッカルが記憶の糸を探りながら、右手を軽く上げる。
「鬼ごっこ三日目に白石さんと持久戦したんだが、途中で彼女が廊下で滑りそうになったとき、柳が現れたんだ。その後、オレは同じ生徒会役員の鈴木に足止めされたんだが……白石さんを連れて、柳は生徒会室に戻るって言ってた気がしてな。だから、生徒会室に行くのはどうだ?」
「生徒会室……そういえば二日目、時雨を見失ったのもその付近だったな。あの時は、そんなところにいるはずないって探さなかったが」
「それって、柳先輩が時雨先輩を生徒会室で匿ってるかもしれないってことッスね。じゃあ、早速そこに行ってみましょう!」
目星の場所が見つかり、善は急げとばかりに、三人は走って生徒会室へ向かう。
階段を降りて生徒会室前に着くと、ちょうどそこには鈴木がいた。
すぐさまジャッカルが彼に、柳と時雨の居場所を尋ねた。
「柳先輩と白石先輩ですか? 白石先輩はともかく、柳先輩は今日ここには来ませんよ」
「えっ、じゃあどこにいるか分からないってことか?」
「あ、いえ、今日は三年の教室で打ち合わせをすると言ってました」
「そうか、じゃあ教室行ってみるよ。ありがとな」
「いえいえ」
「それじゃあ三年の教室へ向か……っておい! 俺を置いていくなよ!」
ジャッカルは軽く会釈をしてから、先に行ってしまった丸井、切原を追いかけていった。
彼らの姿が見えなくなった後、鈴木はブレザーのポケットから携帯を取り出し、とある人物へ電話をかけた。
「もしもし……ええ、あなたの予想通り丸井くん、切原くん、ジャッカルくんが生徒会室に来ましたので、そちらに向かわせました。……そうですね。後は任せましたよ、仁王くん。……それでは、失礼します」
電話を切り、再びブレザーのポケットへしまう。
生徒会室を一瞥し、ため息をついた。
今やるべきことは、時雨が幸村のもとへと辿り着くまでの時間を稼ぐこと。
そのためにチームメイトにペテンを仕掛けたけれど、簡単に騙されすぎではないだろうか。今回は好都合なのだが、少々心配になる。
周囲に誰もいないことを確認し、柳生は変装をといた。
「あの三人も白石さんにマネージャーになってほしいようですし、良いとしますか」
柳生は仁王と合流するため、三年のフロアへと足を運んだ。
*
丸井たちが3年B組の前を通りかかると、教室から百合が出てきた。部活中であろう、彼女はテニスウェアを身に纏っている。
「あれっ、百合じゃん。お前、部活は?」
「ちょっと、忘れ物をしちゃって取りに来たの。ブン太たちは鬼ごっこの最中?」
「そうそう。三年のフロアに時雨たちがいると思って来たんだけど、いなくてさ……どこにいるか知らないか?」
「時雨なら、ここに来たときすれ違って、図書館に行くって言ってたよ」
「なんだ、この辺にはもういないってことか。んじゃ、図書館行ってみるわ、サンキュー!」
「頑張ってねー」
丸井はウインクを飛ばし、切原、ジャッカルと教室を後にした。
百合は三人に手を振って見送り、顔を後ろへ向ける。すると、隣の3年A組の教室から柳生が姿を現した。
「あなたが水澤さんに変装すると聞いて心配していたのですが、杞憂でしたね。さすがと言うべきでしょうか」
柳生が中指で眼鏡のブリッジを上げる。心なしか、眼鏡が光って見えた。
「あいつらが血眼になって探しちょるから、少しばかり本気を出させてもらったぜよ。さーて、着替えてから、念のため図書館まで追いかけるとするかのう」
「……ところでそのテニスウェア、どこで手に入れたのでしょうか?」
「それは秘密ナリ」
その後、柳生がどんなに問い詰めても仁王は答えなかったという。
*
「本当に白石が部室にやってくるのか?」
「ああ、時雨がここに来る確率は100%だ」
「蓮二もこう言っているし、のんびり待とうじゃないか」
幸村、真田、柳――立海の中でも特に強いと言われているビッグ3は、長机を囲って椅子に座り、時雨が来るのを部室で待っていた。
「それにしても、鬼ごっこの期間中に一度も見かけなかったが、まさか生徒会室にいたとは……」
「いや、時雨は一度、弦一郎とすれ違ったと言っていたぞ」
鬼ごっこ四日目に時雨から『今日、真田くんに白石時雨を見なかったかって言われてドキッとしたわ。中々迫力あったよ』とメールが来たので、印象に残っていた。
あの日、彼女は変装をしていた。おそらく真田は、それに気づかなかったのだろう。
「白石さんは変装でもしてたのかな?」
さすが神の子、幸村精市。
鬼ごっこの時間はずっと部室にいたはずなのに勘が鋭い、と柳は心の中で拍手した。
「ああ、何でも弦一郎に自分の居場所を聞かれて、『白石さんは図書館に行く』と答えたらしい」
「真田にペテンを仕掛けるなんて度胸があるね。ますます気に入ったよ」
「正式にマネージャーになったら、他校への偵察を手伝ってもらいたいものだ」
「……それにしても蓮二がマネージャーの件を話したとき、最初は保留にしてたものの、ある日突然、採用したいと言い出したときは驚いたぞ」
たしか、幸村が時雨に勝負を持ちかけたと部員に言ったのは、彼女と初めて対面した日だったか。とても上機嫌で『白石さんをマネージャーにしたいので、協力してほしい』と話すから、部員たちが怯えていたのは記憶に新しい。
「迷子の子猫のような目をしていてね。暗闇をさ迷っているなら、救いだしてあげたいと思ったんだ」
柄にもないことをしてると自覚しているけどね、と幸村は頬をかきながら言った。
おそらく庇護欲が掻き立てられたのだろう。
今の時雨は、表には出していないが、情緒不安定なところがある。
部活を通じて、心からテニスを楽しめるようになってくれるといいのだが――――
コン、コン。
その時、部室の扉をノックする音が聞こえた。
どうやら待ち人が来たらしい。
もしかすると、幸村は最初からこうなると知っていたのだろうか。
「鍵は開いてるから、入っていいよ」
彼は目尻を下げ、待ち人に入るよう促した。
*
「今日って鬼ごっこ最終日よね……?」
私の呟きに答える者はいない。
テニスコート来たのはいいものの、ここまでレギュラー陣の誰とも遭遇しなかった。
最初は運がいいと思っていたが、だんだん不安になってくる。
コートを覗くと、素振りや筋トレをする部員ばかりで、やはりレギュラー陣が見当たらない。
近くに設置された電波時計を見ると、残り時間15分というところか。
最終日だから慌ただしくなると思っていたが、どうやら違ったようだ。
このまま立ち止まってても仕方ないので、私はテニス部員に聞き込みをすることにした。
「幸村部長なら、部室にいると思いますよ」
「へっ、部室……? あ、ありがとう」
意外と近くにいることが分かり、拍子抜けした。
もしかして部室に入ったら、マネージャーの話はなかったことに、と言われるのだろうか。不安で胸がいっぱいだけに、嫌な方向へと妄想が進む。
いや、マネージャーになりたいと決めたのよ。それを伝える前に、諦めるわけにはいかないわ。
覚悟を決めて、部室へ向かう。ごくりと固唾を呑み、扉をノックした。
「鍵は開いてるから、入っていいよ」
中から幸村の声が返ってきた。部員の言うとおり、部室にいたことにホッとする。
「失礼します」
恐る恐る部室へ足を踏み入れると、予想外の光景が広がっていた。
幸村の他に、真田と柳がいる。
驚きのあまり固まっていると、幸村に椅子に座るよう勧められた。
ちょうど幸村の前の席が空いていたので、そこに座る。柳が隣に座っているので心強い。
「ふふ、ここに来てくれると思ってたよ」
心なしか、花が舞っているように見えた。
私が部室に来ることは、おそらく幸村の予定通り。データマンの柳がいるし、こちらの行動は把握済みなのだろう。
そこで思い出した。
柳と再会した時、彼はなんと言っていたか。
――――『おそらく精市は追いかけてこないだろう』
たしかに鬼ごっこの期間中、一度も幸村を見なかった。
レギュラー陣に鬼ごっこで私を捕まえてほしいと言っても、幸村自身が捕まえに来るとは言っていなかった。
もし柳の言うとおり、私が自らマネージャーをやりたいと言うのを待っていたとすれば。
「鬼ごっこの時間はずっと部室にいて、私が来るのを待っていたの……?」
「さぁ、どうだろうね? 君の想像にお任せするよ」
のろりくらりとかわされる。まるで手のひらで踊らされている気分だ。
しかし、ここに来た理由は幸村の行動を聞きたかったわけではない。
私は深呼吸をし、幸村を見据えて
「お願いがあります。私をマネージャーにしてください」
と言い、頭を下げた。
「理由を聞いてもいいかな?」
幸村の問いに、顔を上げて静かに頷く。
「既に知っていると思いますが、私は青学にいた頃、テニス部でマネージャーをしていました」
私の他にもう一人マネージャーがいたこと。
半年前から混合ダブルス大会に出場することをきっかけに、嫌がらせを受け、部員と仲違いしたこと。
大会で優勝してから逃げるように部活を辞めたこと。
それから、誰かとテニスするのが怖かったこと。
しかし、立海テニス部を通じて、一緒にテニスがしたいと思うようになったこと。
これまでの経緯をかいつまんで話す。
「部員をサポートすることで、力になれることを証明したい。だから私をマネージャーにしてください」
「真田と蓮二の許可は取っているからいいとして……そこにいる皆も、白石さんをマネージャーに任命してもいいよね?」
「え?」
幸村の視線が私の後ろに注がれる。
思わずその視線の先を追うと、部室の扉が僅かに開いていた。
「やっぱり気づいてたか。もちろん歓迎するぜよ」
「ええ、私も賛成です」
「当然だろい!」
「俺も構わないぜ」
「勿論、オーケーッスよ!」
勢いよく扉が開き、仁王、柳生、丸井、ジャッカル、切原が部室に入ってきた。
予想外の展開に、理解が追いつかない。
今まで姿が見えなかったのは、私を部室に誘導させるためだったのだろうか。
「そういうわけで立海テニス部は、白石さんのことを歓迎する。これからよろしくね」
幸村の手が差し出され、はっとする。
今は受け入れてもらえたことを、素直に喜ぶべきだ。
私も手を差し出し、握手を交わした。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします!」
「蓮二のお墨付きだし、君には期待しているよ。ところで、俺に対して敬語なのは……知らぬ間に怖がらせちゃったのかな?」
「あ、いえ、違いま……違うの。幸村くんがその周……不二くんと雰囲気が似てて」
「つまり、不二は幸村部長みたいに魔王が降臨するってことッスね!」
たしかに不二のように、幸村が怒ったら怖そうというのもわかる。ただ、不二に対して一番に感じるのは、青学を去るとき何も伝えなかった後ろめたさだった。
それにしても本人を前に、魔王発言するなんて赤也くん度胸あるわね……。
「赤也?」
「じょ、冗談ッスよ~、ハハハ……」
本音が漏れていたのは明らかである。
そんな切原の姿を見て、仁王と丸井はお腹を抱えて笑っていた。
トン、トン。
肩を叩かれたので振り向くと、柳から柔らかい眼差しを注がれた。
「時雨、これから大変かもしれないが、ともに乗り越えていこう」
「ええ、頑張っていきましょう!」
どんな困難が待ち受けていようと、このメンバーなら打ち破っていけるだろう。
こうして私はマネージャーとなり、新たな一歩を踏み出した。
泣いても笑っても鬼ごっこ最終日。
この日の行動は、既に決まっていた。
私は幸村を探すため、校内を隈なく探していた。
しかし鬼ごっこ開始から30分は経つが、探し人が見当たらない。
廊下の隅で足を止め、左手を顎にあてる。
事前に、幸村の居場所を柳に聞くべきだったか。否、自分で探して話しにいくと決めたのだと頭を振りかぶる。
そのためにも、他のレギュラーに捕まる訳にはいかなかった。
「それにしても、どこにいるのかしら」
ふと、窓の外に目を注ぐ。
もしかしてテニスコートにいるのだろうか。
この五日間ずっと校舎内に身を潜めているので、レギュラー陣も校舎内にいるのかと思ったが。
これだけ探しても見つけられないのなら、外も視野に入れた方が良いだろう。
私は昇降口へ歩を進めた。
後ろに潜む影がいるとも気づかずに。
*
「仁王くん、我々はいつまで彼女の後をつけるのですか?」
「白石さんが幸村のところに辿り着くまでかのう」
少女のやや後方に影二つ。
この日、最初に時雨を見つけたのは、柳生と仁王だった。
彼らは見つからないように、こっそり時雨の後をつけている。二人ともジャージ姿だが、彼女を捕まえる気は微塵もなかった。
「変装もしてないようですし、いささか無防備な気がしますが……。いっそのことクラスメイトに変装して、場所を教えるのはどうでしょうか」
「おそらく変装しても、俺だとバレてしまうぜよ。それに、自分の力で幸村のところに辿り着かせてやりたいナリ」
「……そうですね。もし白石さんが自らマネージャーになりたい、と言っていただければ、これ以上喜ばしいことはないです」
「ほう。この前は捕まえる気満々だったのに、今日は協力的じゃのう」
仁王は意外とばかりに目をぱちくりさせ、口角を上げた。
一方、柳生は弓なりに細めて微笑んだ。
「私も彼女にマネージャーになっていただきたいですから。さて、このままだと切原くんや丸井くんに見つかりそうですし、彼らを誘導しましょう」
「そうじゃのう。柳生が味方だと頼もしいぜよ」
そして二人は一般生徒に紛れ、切原たちにペテンを仕掛けにいくのだった。
*
屋上にて――――
「なんで時雨の姿が見当たらないんだよ……」
「このまま時雨先輩捕まえられなかったら、マネージャーの件は白紙になるってことッスか?」
「白石さんが引き受けなかった場合、そうなるだろうな」
丸井、切原は焦っていた。
鬼ごっこ最終日なのに、時雨を見つけることができないからである。
そこで丸井がジャッカルを呼び出し、三人で作戦会議を開いていた。
「まずは時雨を探さなきゃいけないわけだが、何か良い意見あるか?」
「あー、そういえば……」
ジャッカルが記憶の糸を探りながら、右手を軽く上げる。
「鬼ごっこ三日目に白石さんと持久戦したんだが、途中で彼女が廊下で滑りそうになったとき、柳が現れたんだ。その後、オレは同じ生徒会役員の鈴木に足止めされたんだが……白石さんを連れて、柳は生徒会室に戻るって言ってた気がしてな。だから、生徒会室に行くのはどうだ?」
「生徒会室……そういえば二日目、時雨を見失ったのもその付近だったな。あの時は、そんなところにいるはずないって探さなかったが」
「それって、柳先輩が時雨先輩を生徒会室で匿ってるかもしれないってことッスね。じゃあ、早速そこに行ってみましょう!」
目星の場所が見つかり、善は急げとばかりに、三人は走って生徒会室へ向かう。
階段を降りて生徒会室前に着くと、ちょうどそこには鈴木がいた。
すぐさまジャッカルが彼に、柳と時雨の居場所を尋ねた。
「柳先輩と白石先輩ですか? 白石先輩はともかく、柳先輩は今日ここには来ませんよ」
「えっ、じゃあどこにいるか分からないってことか?」
「あ、いえ、今日は三年の教室で打ち合わせをすると言ってました」
「そうか、じゃあ教室行ってみるよ。ありがとな」
「いえいえ」
「それじゃあ三年の教室へ向か……っておい! 俺を置いていくなよ!」
ジャッカルは軽く会釈をしてから、先に行ってしまった丸井、切原を追いかけていった。
彼らの姿が見えなくなった後、鈴木はブレザーのポケットから携帯を取り出し、とある人物へ電話をかけた。
「もしもし……ええ、あなたの予想通り丸井くん、切原くん、ジャッカルくんが生徒会室に来ましたので、そちらに向かわせました。……そうですね。後は任せましたよ、仁王くん。……それでは、失礼します」
電話を切り、再びブレザーのポケットへしまう。
生徒会室を一瞥し、ため息をついた。
今やるべきことは、時雨が幸村のもとへと辿り着くまでの時間を稼ぐこと。
そのためにチームメイトにペテンを仕掛けたけれど、簡単に騙されすぎではないだろうか。今回は好都合なのだが、少々心配になる。
周囲に誰もいないことを確認し、柳生は変装をといた。
「あの三人も白石さんにマネージャーになってほしいようですし、良いとしますか」
柳生は仁王と合流するため、三年のフロアへと足を運んだ。
*
丸井たちが3年B組の前を通りかかると、教室から百合が出てきた。部活中であろう、彼女はテニスウェアを身に纏っている。
「あれっ、百合じゃん。お前、部活は?」
「ちょっと、忘れ物をしちゃって取りに来たの。ブン太たちは鬼ごっこの最中?」
「そうそう。三年のフロアに時雨たちがいると思って来たんだけど、いなくてさ……どこにいるか知らないか?」
「時雨なら、ここに来たときすれ違って、図書館に行くって言ってたよ」
「なんだ、この辺にはもういないってことか。んじゃ、図書館行ってみるわ、サンキュー!」
「頑張ってねー」
丸井はウインクを飛ばし、切原、ジャッカルと教室を後にした。
百合は三人に手を振って見送り、顔を後ろへ向ける。すると、隣の3年A組の教室から柳生が姿を現した。
「あなたが水澤さんに変装すると聞いて心配していたのですが、杞憂でしたね。さすがと言うべきでしょうか」
柳生が中指で眼鏡のブリッジを上げる。心なしか、眼鏡が光って見えた。
「あいつらが血眼になって探しちょるから、少しばかり本気を出させてもらったぜよ。さーて、着替えてから、念のため図書館まで追いかけるとするかのう」
「……ところでそのテニスウェア、どこで手に入れたのでしょうか?」
「それは秘密ナリ」
その後、柳生がどんなに問い詰めても仁王は答えなかったという。
*
「本当に白石が部室にやってくるのか?」
「ああ、時雨がここに来る確率は100%だ」
「蓮二もこう言っているし、のんびり待とうじゃないか」
幸村、真田、柳――立海の中でも特に強いと言われているビッグ3は、長机を囲って椅子に座り、時雨が来るのを部室で待っていた。
「それにしても、鬼ごっこの期間中に一度も見かけなかったが、まさか生徒会室にいたとは……」
「いや、時雨は一度、弦一郎とすれ違ったと言っていたぞ」
鬼ごっこ四日目に時雨から『今日、真田くんに白石時雨を見なかったかって言われてドキッとしたわ。中々迫力あったよ』とメールが来たので、印象に残っていた。
あの日、彼女は変装をしていた。おそらく真田は、それに気づかなかったのだろう。
「白石さんは変装でもしてたのかな?」
さすが神の子、幸村精市。
鬼ごっこの時間はずっと部室にいたはずなのに勘が鋭い、と柳は心の中で拍手した。
「ああ、何でも弦一郎に自分の居場所を聞かれて、『白石さんは図書館に行く』と答えたらしい」
「真田にペテンを仕掛けるなんて度胸があるね。ますます気に入ったよ」
「正式にマネージャーになったら、他校への偵察を手伝ってもらいたいものだ」
「……それにしても蓮二がマネージャーの件を話したとき、最初は保留にしてたものの、ある日突然、採用したいと言い出したときは驚いたぞ」
たしか、幸村が時雨に勝負を持ちかけたと部員に言ったのは、彼女と初めて対面した日だったか。とても上機嫌で『白石さんをマネージャーにしたいので、協力してほしい』と話すから、部員たちが怯えていたのは記憶に新しい。
「迷子の子猫のような目をしていてね。暗闇をさ迷っているなら、救いだしてあげたいと思ったんだ」
柄にもないことをしてると自覚しているけどね、と幸村は頬をかきながら言った。
おそらく庇護欲が掻き立てられたのだろう。
今の時雨は、表には出していないが、情緒不安定なところがある。
部活を通じて、心からテニスを楽しめるようになってくれるといいのだが――――
コン、コン。
その時、部室の扉をノックする音が聞こえた。
どうやら待ち人が来たらしい。
もしかすると、幸村は最初からこうなると知っていたのだろうか。
「鍵は開いてるから、入っていいよ」
彼は目尻を下げ、待ち人に入るよう促した。
*
「今日って鬼ごっこ最終日よね……?」
私の呟きに答える者はいない。
テニスコート来たのはいいものの、ここまでレギュラー陣の誰とも遭遇しなかった。
最初は運がいいと思っていたが、だんだん不安になってくる。
コートを覗くと、素振りや筋トレをする部員ばかりで、やはりレギュラー陣が見当たらない。
近くに設置された電波時計を見ると、残り時間15分というところか。
最終日だから慌ただしくなると思っていたが、どうやら違ったようだ。
このまま立ち止まってても仕方ないので、私はテニス部員に聞き込みをすることにした。
「幸村部長なら、部室にいると思いますよ」
「へっ、部室……? あ、ありがとう」
意外と近くにいることが分かり、拍子抜けした。
もしかして部室に入ったら、マネージャーの話はなかったことに、と言われるのだろうか。不安で胸がいっぱいだけに、嫌な方向へと妄想が進む。
いや、マネージャーになりたいと決めたのよ。それを伝える前に、諦めるわけにはいかないわ。
覚悟を決めて、部室へ向かう。ごくりと固唾を呑み、扉をノックした。
「鍵は開いてるから、入っていいよ」
中から幸村の声が返ってきた。部員の言うとおり、部室にいたことにホッとする。
「失礼します」
恐る恐る部室へ足を踏み入れると、予想外の光景が広がっていた。
幸村の他に、真田と柳がいる。
驚きのあまり固まっていると、幸村に椅子に座るよう勧められた。
ちょうど幸村の前の席が空いていたので、そこに座る。柳が隣に座っているので心強い。
「ふふ、ここに来てくれると思ってたよ」
心なしか、花が舞っているように見えた。
私が部室に来ることは、おそらく幸村の予定通り。データマンの柳がいるし、こちらの行動は把握済みなのだろう。
そこで思い出した。
柳と再会した時、彼はなんと言っていたか。
――――『おそらく精市は追いかけてこないだろう』
たしかに鬼ごっこの期間中、一度も幸村を見なかった。
レギュラー陣に鬼ごっこで私を捕まえてほしいと言っても、幸村自身が捕まえに来るとは言っていなかった。
もし柳の言うとおり、私が自らマネージャーをやりたいと言うのを待っていたとすれば。
「鬼ごっこの時間はずっと部室にいて、私が来るのを待っていたの……?」
「さぁ、どうだろうね? 君の想像にお任せするよ」
のろりくらりとかわされる。まるで手のひらで踊らされている気分だ。
しかし、ここに来た理由は幸村の行動を聞きたかったわけではない。
私は深呼吸をし、幸村を見据えて
「お願いがあります。私をマネージャーにしてください」
と言い、頭を下げた。
「理由を聞いてもいいかな?」
幸村の問いに、顔を上げて静かに頷く。
「既に知っていると思いますが、私は青学にいた頃、テニス部でマネージャーをしていました」
私の他にもう一人マネージャーがいたこと。
半年前から混合ダブルス大会に出場することをきっかけに、嫌がらせを受け、部員と仲違いしたこと。
大会で優勝してから逃げるように部活を辞めたこと。
それから、誰かとテニスするのが怖かったこと。
しかし、立海テニス部を通じて、一緒にテニスがしたいと思うようになったこと。
これまでの経緯をかいつまんで話す。
「部員をサポートすることで、力になれることを証明したい。だから私をマネージャーにしてください」
「真田と蓮二の許可は取っているからいいとして……そこにいる皆も、白石さんをマネージャーに任命してもいいよね?」
「え?」
幸村の視線が私の後ろに注がれる。
思わずその視線の先を追うと、部室の扉が僅かに開いていた。
「やっぱり気づいてたか。もちろん歓迎するぜよ」
「ええ、私も賛成です」
「当然だろい!」
「俺も構わないぜ」
「勿論、オーケーッスよ!」
勢いよく扉が開き、仁王、柳生、丸井、ジャッカル、切原が部室に入ってきた。
予想外の展開に、理解が追いつかない。
今まで姿が見えなかったのは、私を部室に誘導させるためだったのだろうか。
「そういうわけで立海テニス部は、白石さんのことを歓迎する。これからよろしくね」
幸村の手が差し出され、はっとする。
今は受け入れてもらえたことを、素直に喜ぶべきだ。
私も手を差し出し、握手を交わした。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします!」
「蓮二のお墨付きだし、君には期待しているよ。ところで、俺に対して敬語なのは……知らぬ間に怖がらせちゃったのかな?」
「あ、いえ、違いま……違うの。幸村くんがその周……不二くんと雰囲気が似てて」
「つまり、不二は幸村部長みたいに魔王が降臨するってことッスね!」
たしかに不二のように、幸村が怒ったら怖そうというのもわかる。ただ、不二に対して一番に感じるのは、青学を去るとき何も伝えなかった後ろめたさだった。
それにしても本人を前に、魔王発言するなんて赤也くん度胸あるわね……。
「赤也?」
「じょ、冗談ッスよ~、ハハハ……」
本音が漏れていたのは明らかである。
そんな切原の姿を見て、仁王と丸井はお腹を抱えて笑っていた。
トン、トン。
肩を叩かれたので振り向くと、柳から柔らかい眼差しを注がれた。
「時雨、これから大変かもしれないが、ともに乗り越えていこう」
「ええ、頑張っていきましょう!」
どんな困難が待ち受けていようと、このメンバーなら打ち破っていけるだろう。
こうして私はマネージャーとなり、新たな一歩を踏み出した。