蝶ノ光
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待ちに待った日曜日。
今日はリョーマと会う約束をした日だ。
テニスウェアに着替え、お弁当やラケットなどを鞄につめる。
待ち合わせ場所である、リョーマの家の最寄り駅まで迎えに来てくれるということで、私は電車に乗っていた。
目的の駅に着いたので下車する。
電子掲示板の隣の時計を見ると、待ち合わせ時間の15分前。
予定より早く着いてしまったので、駅周辺を散策しよう。
そう思い、改札を出た時だった。
「買い物終わったらラーメン、英二先輩の奢りですからね!」
「分かってるてば、桃! 容赦ないんだから、も~」
どこからか馴染みのある声が聞こえた。
あの二人の声が大きいというのもあるが、そう遠い場所ではないはず。
血の気が引くのを感じつつも、慌てて隠れる場所を探す。
すると近くにコンビニがあったので、すぐさま駆け込み、雑誌コーナーへ向かった。雑誌を手に取り顔を隠しながら、外の様子を窺う。
「――――っ!」
数分すると、桃城、菊丸の姿が見えた。
手足が冷たくなっていく。
幸いなことに彼らはコンビニ前を通りつつも、こちらに気づかず通りすぎていった。安堵の胸をなでおろし、雑誌をもとの場所に戻す。
携帯で時間を確認すると待ち合わせ時間の5分前だったので、コンビニを出て改札前へ移動した。
近くの柱に背を預け、目を閉じる。
迂闊だった、まさか青学の選手とすれ違いそうになるなんて。
リョーマと会えるのが楽しみで、完全に浮かれてた。
気分を落ち着かせようと、ゆっくり深呼吸をする。目を開けるとそこには――――
「……時雨? 顔色悪いけど大丈夫?」
心配そうに顔を覗くリョーマがいた。
「リ、リョーマ? いつの間にかに」
「今来たばかりだけど。それより具合悪いなら別の日にする?」
「そんなことないよ、大丈夫!」
「そう? それならいいけど……」
リョーマは納得していなさそうだが、具合が悪くなったらちゃんと報告するということで、桜を見に行くことになった。
ひらり、ひらりと桃色の花びらが蝶のように舞う。
あたり一面に桜が咲き誇っていた。
「やっぱり、ここの桜綺麗ね!」
今年も来れるか心配だったが、無事来ることができた。
リョーマとの約束を果たせて良かったと思う。
だが、その彼はというと、心ここにあらずな状態だった。
「リョーマ?」
「ねぇ、時雨。……時雨が青学を辞めるまでのこと教えてくれない?」
リョーマがくるりと身を翻す。彼の力強い眼差しにドキリとした。
「え、えと……」
「もちろん、これが俺のワガママなのは分かってる。でもアンタに何があったのか知りたい」
リョーマの瞳が私から外れない。
この状況は、私が折れるまで続くだろう。こうなったリョーマを説得するのは難しい。
私はため息をつき、彼に話すことを決意した。
「まず私が青学テニス部に入部するところからね。最初は女テニに入るか迷ってたんだけど、貞治に勧められたこともあって、男テニのマネージャーをやることにしたの。そして、私の他にもう一人、千夏もマネージャーになった」
「…………」
リョーマの眉間に皺が寄った。
まだ話の序盤なのに、と内心苦笑いしつつ、私は話を進める。
千夏は初心者だったので、空き時間にテニスを教えたこと、呑み込みが早く、一ヶ月で部員と試合ができる腕前になったことを話した。
それからしばらく部員と仲を深めつつ、みんながテニスに集中できるようにサポートをする日々。
しかし、今思えば部員との距離が縮んだと感じていたのは、私だけだったかもしれない。
今から半年前、私は不二と混合ダブルスを組み、テニススクールの大会に出場することになる。
その頃から嫌がらせを受けるようになった。
ファンクラブの子からしたら面白くなかったのだろう、嫌がらせは次第にエスカレート。部室が荒らされ、部員の私物が紛失するようになった。
そして、その犯人は私だと部員たちは言う。どうやら私が物を盗んで逃げ去ったところを部室の近くで見たらしい。
もちろん犯人は私ではないので、違うのだが。
千夏に平手打ちされたり、マネージャーをやめろと言われたこともあったっけ。
そんなときに父の転勤が決まり、立海に転校することが決まった。
無実を訴える気力がないほど精神がすり減っていた私は、幸運が舞い降りてきたと喜んだ。
大会が終わったら誰にも言わずに部活を去ろう。
そう決意したはずなのに――――
「ある日、貞治に隠し事をしてないかって言われてね、転校することを話したの。そしたら部員に誤解を解くべきだと言われて、騒ぎを大きくしたくなかったから断ったんだけど、あの時は嬉しかったなぁ……」
その頃、部活ではよく白い目を向けられてたけれど、乾や不二、手塚が気にかけてくれたから耐えられた。
スクールの大会では一生懸命練習した甲斐あって、無事優勝。
私は逃げるように部活を辞めた。
「以上が部活を辞めるまでにあった大まかな出来事かな」
「今聴いた話からすると、時雨が転校するのを事前に知ってたのは乾先輩だけってこと?」
「そういうことになるね」
「……乾先輩が心配する気持ち、よくわかった。アンタが濡れ衣を着せられている状態に納得がいかない」
「リョーマ……」
「時雨さ、俺が待ち合わせ場所に着く前に、桃先輩と英二先輩見かけたんじゃない?」
「な、なんで知ってるの?」
蓮二といい仁王くんといい私の周り、行動が読める人多くないだろうか。
「駅に着く直前、その二人と会ったから。それで、時雨が心配になって駆けつけたら、顔色悪くてさ。何事もないように振る舞ってたけど、これはあの二人を見かけたんだろうなって確信した。待ち合わせ場所、違うところにするべきだったね、ごめん」
心配かけないように振る舞ったつもりだったが、どうやらリョーマにはお見通しだったらしい。
「ううん、気にしないで。これは私の問題だから」
「時雨は、もっと周りを頼るべきだよ。転校のことだって、乾先輩に話さなければ誰にも言わなかったんでしょ。……って、何笑ってるのさ。俺は真剣に話してるんだけど」
リョーマが不貞腐れながら言う。
真摯に心配してくれる姿が、兄に重なって見えた。
「ふふ、だってリョーマが兄さんみたいだったから……心配かけてごめんね」
「そりゃあ、吹雪さんにも頼まれたからね。時雨を元気づけてくれって。……早速失敗したけど」
すっかり拗ねてしまい、目をそらされてしまった。
私は慌ててリョーマの手を握り、語りかける。
「そんなことないよ。私はリョーマが約束覚えていてくれて嬉しかったわ。せっかく、ここに来たのだからお花見しましょう?」
こうして時刻が12時を過ぎたこともあり、お昼にすることになった。
地面にシートを敷き、お弁当を広げる。
するとリョーマがお弁当を覗き、目を輝かせた。
「もしかして、時雨が作ったの? 美味しそう」
「ええ、そうよ。リョーマの分もあるから、どうぞ召し上がれ」
「じゃあ、遠慮なく。あ、これ、母さんが作ってくれたから一緒に食べよう」
そう言いながら、リョーマも鞄からお弁当を取り出す。
お弁当の中には、エビフライや稲荷寿司、唐揚げ、タコさんウインナーなどが入っていた。
「倫子さんの料理好きだから嬉しいな。それじゃあ、いただきます」
早速、リョーマのお弁当から稲荷寿司を貰った。一口口にすると揚げに煮汁がじゅわっと染み込んでいて、頬が緩む。
「やっぱり、倫子さんの作った料理は美味しいわ」
「ん、時雨の作ってくれたのも美味しいよ」
「ありがとう。さっ、たくさん作ったからどんどん食べて」
食べ盛りの時期なことあってか、多目に作ったおかずは、あっという間にリョーマのお腹の中におさまった。
たくさん食べて満足したのか、リョーマは桜をぼんやりと眺めている。
髪に桜の花びらがついてて微笑ましい。
「そういえばさ……」
「ん?」
お弁当を片付けていると、リョーマが何か思い出したかのように呟いた。
「前に立海のレギュラー陣と鬼ごっこしてるって言ってたけど、あれどうなったの?」
「ちゃんと逃げ切れているわよ。ただ……」
「ただ?」
「昨日、立海で練習試合があったんだけどね……彼らのテニスをする姿を見て、一緒にテニスをしたいと強く思ったの。だから私はマネージャーやりたい」
立海の選手をサポートし、私だって力になることできることを証明したい。
そして、いつか青学テニス部に勝負を挑んで勝ってみせる。
そんな心情を読んでいるのか、リョーマは
「ふーん、いいんじゃない?」
と不敵の笑みを浮かべた。
「時雨もラケット持ってることだし、試合しようか。この前出来なかったし」
「望むところよ。ところで、どこで試合するの?」
一年前に、大自然に囲われた場所でリョーマとラリーをしたが、そこにはコートはなかったはず。
「ウチはどう? あそこなら邪魔も入らないと思うし」
「そうね。よし、片付けも終わったし、移動しましょう!」
花見をした場所は、リョーマの家の近所ということもあり、10分もかからないうちに彼の家へ着いた。
コートへ行く前に南次郎、倫子、菜々子に挨拶をする。
お弁当が美味しかったことを伝えると、『今度来るときは家でゆっくりしていってね』と倫子は微笑んだ。
そして今度こそコートへ向かい、鞄を隅に置く。ラケットを取り出し、リョーマのもとへと向かった。
「それじゃあ、始めようか」
久しぶりに彼との試合に、胸が高まった。
*
「んー、やっぱりリョーマは強いなぁ……」
「まだまだだね」
2セット試合を行ったが、1セット目は6-3、2セット目は6-4で2試合ともリョーマの勝利で終わった。
しかも彼はまだまだ余裕そうで、涼しげな顔をしている。
やはりシングルスだと分が悪いのだろうか。ダブルスなら勝てる自信しかなかったのだが。
大会もあることだし、今度蓮二か仁王くんに頼んで、特訓してもらおうかしら。
悶々と考えているとリョーマが近づいてきて、そろそろ日が落ちそうだからと、駅まで送ってもらうことになった。
駅に着くまで青学の誰かに遭遇するかと思いきや、それは杞憂だった。
「それじゃあ、今度会うのは、例の大会かな。吹雪さんによろしく言っといて」
「うん、今日はありがとう。次、試合するときは負けないわ」
「次も勝つのは俺だけどね」
「今度はダブルスで勝負よ」
「……リベンジするならシングルスでしょ」
「あら、ダブルスは自信がないのかしら?」
後日、跡部の主催する大会はシングルスではなく、ダブルスの大会だと判明するのだが――――
そのことをまだ知らない私たちは、しばらく試合形式について言い争うのだった。
今日はリョーマと会う約束をした日だ。
テニスウェアに着替え、お弁当やラケットなどを鞄につめる。
待ち合わせ場所である、リョーマの家の最寄り駅まで迎えに来てくれるということで、私は電車に乗っていた。
目的の駅に着いたので下車する。
電子掲示板の隣の時計を見ると、待ち合わせ時間の15分前。
予定より早く着いてしまったので、駅周辺を散策しよう。
そう思い、改札を出た時だった。
「買い物終わったらラーメン、英二先輩の奢りですからね!」
「分かってるてば、桃! 容赦ないんだから、も~」
どこからか馴染みのある声が聞こえた。
あの二人の声が大きいというのもあるが、そう遠い場所ではないはず。
血の気が引くのを感じつつも、慌てて隠れる場所を探す。
すると近くにコンビニがあったので、すぐさま駆け込み、雑誌コーナーへ向かった。雑誌を手に取り顔を隠しながら、外の様子を窺う。
「――――っ!」
数分すると、桃城、菊丸の姿が見えた。
手足が冷たくなっていく。
幸いなことに彼らはコンビニ前を通りつつも、こちらに気づかず通りすぎていった。安堵の胸をなでおろし、雑誌をもとの場所に戻す。
携帯で時間を確認すると待ち合わせ時間の5分前だったので、コンビニを出て改札前へ移動した。
近くの柱に背を預け、目を閉じる。
迂闊だった、まさか青学の選手とすれ違いそうになるなんて。
リョーマと会えるのが楽しみで、完全に浮かれてた。
気分を落ち着かせようと、ゆっくり深呼吸をする。目を開けるとそこには――――
「……時雨? 顔色悪いけど大丈夫?」
心配そうに顔を覗くリョーマがいた。
「リ、リョーマ? いつの間にかに」
「今来たばかりだけど。それより具合悪いなら別の日にする?」
「そんなことないよ、大丈夫!」
「そう? それならいいけど……」
リョーマは納得していなさそうだが、具合が悪くなったらちゃんと報告するということで、桜を見に行くことになった。
ひらり、ひらりと桃色の花びらが蝶のように舞う。
あたり一面に桜が咲き誇っていた。
「やっぱり、ここの桜綺麗ね!」
今年も来れるか心配だったが、無事来ることができた。
リョーマとの約束を果たせて良かったと思う。
だが、その彼はというと、心ここにあらずな状態だった。
「リョーマ?」
「ねぇ、時雨。……時雨が青学を辞めるまでのこと教えてくれない?」
リョーマがくるりと身を翻す。彼の力強い眼差しにドキリとした。
「え、えと……」
「もちろん、これが俺のワガママなのは分かってる。でもアンタに何があったのか知りたい」
リョーマの瞳が私から外れない。
この状況は、私が折れるまで続くだろう。こうなったリョーマを説得するのは難しい。
私はため息をつき、彼に話すことを決意した。
「まず私が青学テニス部に入部するところからね。最初は女テニに入るか迷ってたんだけど、貞治に勧められたこともあって、男テニのマネージャーをやることにしたの。そして、私の他にもう一人、千夏もマネージャーになった」
「…………」
リョーマの眉間に皺が寄った。
まだ話の序盤なのに、と内心苦笑いしつつ、私は話を進める。
千夏は初心者だったので、空き時間にテニスを教えたこと、呑み込みが早く、一ヶ月で部員と試合ができる腕前になったことを話した。
それからしばらく部員と仲を深めつつ、みんながテニスに集中できるようにサポートをする日々。
しかし、今思えば部員との距離が縮んだと感じていたのは、私だけだったかもしれない。
今から半年前、私は不二と混合ダブルスを組み、テニススクールの大会に出場することになる。
その頃から嫌がらせを受けるようになった。
ファンクラブの子からしたら面白くなかったのだろう、嫌がらせは次第にエスカレート。部室が荒らされ、部員の私物が紛失するようになった。
そして、その犯人は私だと部員たちは言う。どうやら私が物を盗んで逃げ去ったところを部室の近くで見たらしい。
もちろん犯人は私ではないので、違うのだが。
千夏に平手打ちされたり、マネージャーをやめろと言われたこともあったっけ。
そんなときに父の転勤が決まり、立海に転校することが決まった。
無実を訴える気力がないほど精神がすり減っていた私は、幸運が舞い降りてきたと喜んだ。
大会が終わったら誰にも言わずに部活を去ろう。
そう決意したはずなのに――――
「ある日、貞治に隠し事をしてないかって言われてね、転校することを話したの。そしたら部員に誤解を解くべきだと言われて、騒ぎを大きくしたくなかったから断ったんだけど、あの時は嬉しかったなぁ……」
その頃、部活ではよく白い目を向けられてたけれど、乾や不二、手塚が気にかけてくれたから耐えられた。
スクールの大会では一生懸命練習した甲斐あって、無事優勝。
私は逃げるように部活を辞めた。
「以上が部活を辞めるまでにあった大まかな出来事かな」
「今聴いた話からすると、時雨が転校するのを事前に知ってたのは乾先輩だけってこと?」
「そういうことになるね」
「……乾先輩が心配する気持ち、よくわかった。アンタが濡れ衣を着せられている状態に納得がいかない」
「リョーマ……」
「時雨さ、俺が待ち合わせ場所に着く前に、桃先輩と英二先輩見かけたんじゃない?」
「な、なんで知ってるの?」
蓮二といい仁王くんといい私の周り、行動が読める人多くないだろうか。
「駅に着く直前、その二人と会ったから。それで、時雨が心配になって駆けつけたら、顔色悪くてさ。何事もないように振る舞ってたけど、これはあの二人を見かけたんだろうなって確信した。待ち合わせ場所、違うところにするべきだったね、ごめん」
心配かけないように振る舞ったつもりだったが、どうやらリョーマにはお見通しだったらしい。
「ううん、気にしないで。これは私の問題だから」
「時雨は、もっと周りを頼るべきだよ。転校のことだって、乾先輩に話さなければ誰にも言わなかったんでしょ。……って、何笑ってるのさ。俺は真剣に話してるんだけど」
リョーマが不貞腐れながら言う。
真摯に心配してくれる姿が、兄に重なって見えた。
「ふふ、だってリョーマが兄さんみたいだったから……心配かけてごめんね」
「そりゃあ、吹雪さんにも頼まれたからね。時雨を元気づけてくれって。……早速失敗したけど」
すっかり拗ねてしまい、目をそらされてしまった。
私は慌ててリョーマの手を握り、語りかける。
「そんなことないよ。私はリョーマが約束覚えていてくれて嬉しかったわ。せっかく、ここに来たのだからお花見しましょう?」
こうして時刻が12時を過ぎたこともあり、お昼にすることになった。
地面にシートを敷き、お弁当を広げる。
するとリョーマがお弁当を覗き、目を輝かせた。
「もしかして、時雨が作ったの? 美味しそう」
「ええ、そうよ。リョーマの分もあるから、どうぞ召し上がれ」
「じゃあ、遠慮なく。あ、これ、母さんが作ってくれたから一緒に食べよう」
そう言いながら、リョーマも鞄からお弁当を取り出す。
お弁当の中には、エビフライや稲荷寿司、唐揚げ、タコさんウインナーなどが入っていた。
「倫子さんの料理好きだから嬉しいな。それじゃあ、いただきます」
早速、リョーマのお弁当から稲荷寿司を貰った。一口口にすると揚げに煮汁がじゅわっと染み込んでいて、頬が緩む。
「やっぱり、倫子さんの作った料理は美味しいわ」
「ん、時雨の作ってくれたのも美味しいよ」
「ありがとう。さっ、たくさん作ったからどんどん食べて」
食べ盛りの時期なことあってか、多目に作ったおかずは、あっという間にリョーマのお腹の中におさまった。
たくさん食べて満足したのか、リョーマは桜をぼんやりと眺めている。
髪に桜の花びらがついてて微笑ましい。
「そういえばさ……」
「ん?」
お弁当を片付けていると、リョーマが何か思い出したかのように呟いた。
「前に立海のレギュラー陣と鬼ごっこしてるって言ってたけど、あれどうなったの?」
「ちゃんと逃げ切れているわよ。ただ……」
「ただ?」
「昨日、立海で練習試合があったんだけどね……彼らのテニスをする姿を見て、一緒にテニスをしたいと強く思ったの。だから私はマネージャーやりたい」
立海の選手をサポートし、私だって力になることできることを証明したい。
そして、いつか青学テニス部に勝負を挑んで勝ってみせる。
そんな心情を読んでいるのか、リョーマは
「ふーん、いいんじゃない?」
と不敵の笑みを浮かべた。
「時雨もラケット持ってることだし、試合しようか。この前出来なかったし」
「望むところよ。ところで、どこで試合するの?」
一年前に、大自然に囲われた場所でリョーマとラリーをしたが、そこにはコートはなかったはず。
「ウチはどう? あそこなら邪魔も入らないと思うし」
「そうね。よし、片付けも終わったし、移動しましょう!」
花見をした場所は、リョーマの家の近所ということもあり、10分もかからないうちに彼の家へ着いた。
コートへ行く前に南次郎、倫子、菜々子に挨拶をする。
お弁当が美味しかったことを伝えると、『今度来るときは家でゆっくりしていってね』と倫子は微笑んだ。
そして今度こそコートへ向かい、鞄を隅に置く。ラケットを取り出し、リョーマのもとへと向かった。
「それじゃあ、始めようか」
久しぶりに彼との試合に、胸が高まった。
*
「んー、やっぱりリョーマは強いなぁ……」
「まだまだだね」
2セット試合を行ったが、1セット目は6-3、2セット目は6-4で2試合ともリョーマの勝利で終わった。
しかも彼はまだまだ余裕そうで、涼しげな顔をしている。
やはりシングルスだと分が悪いのだろうか。ダブルスなら勝てる自信しかなかったのだが。
大会もあることだし、今度蓮二か仁王くんに頼んで、特訓してもらおうかしら。
悶々と考えているとリョーマが近づいてきて、そろそろ日が落ちそうだからと、駅まで送ってもらうことになった。
駅に着くまで青学の誰かに遭遇するかと思いきや、それは杞憂だった。
「それじゃあ、今度会うのは、例の大会かな。吹雪さんによろしく言っといて」
「うん、今日はありがとう。次、試合するときは負けないわ」
「次も勝つのは俺だけどね」
「今度はダブルスで勝負よ」
「……リベンジするならシングルスでしょ」
「あら、ダブルスは自信がないのかしら?」
後日、跡部の主催する大会はシングルスではなく、ダブルスの大会だと判明するのだが――――
そのことをまだ知らない私たちは、しばらく試合形式について言い争うのだった。