蝶ノ光
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お弁当を食べ終えて仁王と共に跡部たちがいる場所へ戻ると、彼らは重箱をつついていた。
聞いたところによると、樺地が作ったらしい。色鮮やかで美味しそうだ。
「ずいぶんと豪華なお昼じゃのう」
「おっ、仁王、これ美味いぜ? ……って時雨! いきなりどっか行くから心配しただろい」
「ご、ごめん」
「まっ、こうして戻ってきたからいいけどな。そうだ、D2の試合見てくれたんだろ? 感想聞かせてくれい」
丸井はそう言いながら、私と仁王に座るよう促し、仁王は樺地と切原の間に座った。
私は跡部と丸井の間に腰を下ろす。
おそらく丸井は、私が忘れ物を思い出して席を外したのは嘘であると気づいているだろうに、触れないでくれることがありがたい。
その気遣いに甘え、試合の感想を述べた。
「正直に言うと実力に差がありすぎて、この練習試合は立海のためになるのかなって思ったわ」
おそらく相手校の練習試合の目的は、立海の偵察だろう。試合中、熱心にデータを取っている選手の姿がちらほら見受けられた。
立海くらいのレベルだと、練習試合の申し込みはいくらでもあるのではないかと思う。
しかし、ここまで実力差があると、なぜ今回の練習試合の申し込みを引き受けたのか疑問である。柳がデータを相手に易々と取らせるような真似をするとは思えないのだが。
練習試合に応じたのは、何か目的があるはずだ。
「もしかして、練習試合を引き受けたのは牽制するため……?」
「ご名答。昨年より練習試合の申し込みが多くて、断るのが大変らしくてさ。しかも試合しても手応えない連中ばかりで、テンションが下がるんだよな……」
丸井が過去の試合を思い出したのか、ため息をつく。
偵察目的でも、ある程度実力をつけてから挑戦をしに来てほしいということだろう。
「あとは、いつもと違う試合オーダーを試したいって柳が言ってたっけ」
「丸井先輩はジャッカル先輩とじゃないとダブルスやらないって言ってたッスけどね」
「ちょ、赤也、それは言わない約束だろい。それより、仁王。柳とダブルス組むわけだけど、もう作戦とか決めたのか?」
「それは試合まで秘密じゃきに。まっ、偵察なんぞ無意味なことを教えてやるぜよ」
あからさまに話を逸らした丸井に、やれやれと苦笑する仁王。
表情とは裏腹に、彼の言葉から試合に勝利するという自信が読み取れた。
データで勝利へと導く柳のテニスと数手先を読んで相手を欺く仁王のテニス。
二人のテニスが合わさると、どうなるのだろう。
午後の試合も楽しみだ。
お昼休憩が終わり、練習試合が再開された。
私は、跡部、樺地と共にコートの近くで試合を見ていた。
S2の試合は6-0で柳生の圧勝。彼の得意技であるレーザービームが見れなかったのが残念だが、また別の機会に見られるだろう。
そして、D1の試合がいよいよ始まった。
「お前が楽しみにしていたD1だが、おそらく柳生と同様に得意技を出さずに勝利するだろうな」
「……そうね。蓮二や仁王くんが、わざわざデータを取らせる真似しないだろうし」
跡部の言うとおり、柳たちは得意技を出さずに試合を終わらせるはずだ。
ただ、なぜだろう。
この試合、すんなりと終わる気がしなかった。
「昼に言ってた言葉も気になるし、お手並み拝見といかせてもらおうじゃねーの」
それから静かに試合を観戦した。
柳と仁王は、相手選手からのボールを素直に返している。
苦戦しているわけではなさそうだが、やけにラリーが長いのが印象に残った。
彼らの実力ならさらっと決められるだろうに、どこか調子が悪いのだろうか。いや、彼らはまだウォーミングアップくらいの力しか出してないように見えるし、それはないと考える。
試合開始から30分経ち、柳・仁王ペアがようやく1ゲーム先取。
そして、第2ゲームが始まった。第1ゲームとは違い、今度はサクサクと柳たちのショットが決まる。
「なるほど、そういうことか」
「え?」
跡部の納得した声が聞こえ、思わずそちらに顔を向ける。
「昼に言った仁王の言葉。試合を見てれば分かるぜ」
私は再びコートに顔を戻し、じっくり目に焼きつけるように柳と仁王のプレーを見る。
まず注目したのは、彼らのプレースタイル。第1ゲームとは明らかに動きが違うし、普段の動きとも異なる。
次に、相手選手のプレーを見る。
こちらは先ほどから変わった様子はない。強いて言えば、疲れが現れ始め、動きが少し鈍ってきているところか。
もう一度、柳と仁王へ視線を移す。
そこで違和感を覚えた。
「動きが似てる……?」
そう、見比べると、柳と仁王は対戦相手と同じプレースタイルでポイントを取っていた。
「お前も気づいたか。大方、このくらいの実力をつけてから挑みにこいということだろう。……肝心の相手は、まだそのことに気づいていないようだが」
第1ゲームはデータを取るために、わざとラリーを長引かせた。
そして第2ゲームからは、そのデータをもとにプレースタイルを模倣。
柳と仁王にかかれば、この程度のことはどうってことないのだろう。
かまいたちなど得意技は出さないが、実に彼ららしい戦い方だ。
同じプレースタイルで相手の苦手コースを的確に狙っているあたり、さすがと言わざるをえない。
第4ゲームになり、ようやく相手側も気づいたようで、顔を真っ青にしていた。
だが気づいても、対処できなければ試合には勝てない。
相手校はそのままストレートで負け、その後S1の試合では真田に瞬殺されたのだった。
*
練習試合が終わり、相手校はぞろぞろと立海を後にした。
部員たちの様子を見ると、皆ぐったりとしていて、思わず苦笑してしまった。
振り返ってみれば、立海が全勝――しかも全試合ストレート勝ちだったのだ。
いくら偵察目的だったとはいえ、ここまで叩きのめされれば落ち込むだろう。
「俺たちは帰るが、時雨はどうする? 帰るなら送っていくが」
「ううん、私はもう少し学校にいるわ」
「そうか。なら、次会うときは俺様が開催する大会か。お前と対戦できるのを楽しみにしているぜ」
「ええ、私も跡部くんと対戦できるのを楽しみにしてるわ」
「フッ……行くぞ、樺地」
「ウス」
跡部たちを見送った後、私は3年B組の教室へ足を運んだ。
窓側の一番後ろにある自分の席に座る。
「今日の試合、圧倒的で凄かったな……」
肩肘をついて窓の外を眺めながら、ポツリと呟く。
この前見学させてもらった女テニとの合同練習と比較すると、実力の半分も出していないように感じられた。
背筋がゾクリとする。
さすが全国大会を制覇した学校。
短い間だが、彼らのテニスをする姿を見て、共にテニスがしたいと思うようになった。
しかも、望むならばマネージャーになって支えることも可能だという。
なんという幸運なのだろうか。
ガラリ。
突如、教室の扉が開き、思考が中断される。
「やはり、ここにいたか」
まさか教室に訪れる人がいると思わず、驚いて顔を上げると、柳がこちらへ向かってきた。
「ど、どうしてここに?」
「時雨が校舎へ向かっているのが見えたからな。自分の教室へ行ったと予測したまでだ」
「さすがね、蓮二。ミーティングはもう終わったの?」
「ああ、良ければ一緒に帰らないか?」
「喜んで」
校門を出ると、空は少し赤みを帯びていた。
私の家は柳の家と近いので、彼に送ってもらうことになった。
今日の試合について話しながら、ゆったりと並んで歩く。
「練習試合お疲れ様。D1の試合って、あの作戦は蓮二が考えたの? てっきり真田くんみたいに、サクッと終わらせると思ったんだけど……」
「ああ、それは仁王だ。俺も最初は早く終わらせようと思ったんだが、仁王に相談されてな。面白そうだったから、乗ってみることにした」
「ふふ、面白そうだったって……」
おそらく第1ゲームで柳がたっぷりデータを取り、第2ゲームが始まる前に相手の弱点を添えて仁王に伝えたのだろう。
対戦相手は、まさか自分たちのプレースタイルをコピーされるとは思わなかったはず。
テニスはメンタル面が大きく左右するスポーツだ。
コピーされていることに気づいた対戦相手は、見る見るうちに崩れていき、敵ながら同情をしてしまった。
「それより時雨、月曜は鬼ごっこ最終日だな」
「……そうね。長いようで短かったように感じるわ」
「それで最終日はどうするつもりだ……と聞くのは野暮だろうな。なんでもない、今のは聞かなかったことにしてくれ」
「蓮二がそういうなら」
「さて、今日は長時間立ちっぱなしで疲れただろう。お前の家に着いたことだし、ゆっくり休んでくれ」
「ええ、送ってくれてありがとう」
「どういたしまして。……それと、差し入れありがとう。時雨の作ったクッキー美味しかった。それじゃあ、また月曜」
柳は恥ずかしかったのか、そそくさと踵を返してしまった。
いつもクールな彼がそわそわとしているのが可笑しくて。
私は頬を緩めながら、玄関の扉に手をかけるのだった。
聞いたところによると、樺地が作ったらしい。色鮮やかで美味しそうだ。
「ずいぶんと豪華なお昼じゃのう」
「おっ、仁王、これ美味いぜ? ……って時雨! いきなりどっか行くから心配しただろい」
「ご、ごめん」
「まっ、こうして戻ってきたからいいけどな。そうだ、D2の試合見てくれたんだろ? 感想聞かせてくれい」
丸井はそう言いながら、私と仁王に座るよう促し、仁王は樺地と切原の間に座った。
私は跡部と丸井の間に腰を下ろす。
おそらく丸井は、私が忘れ物を思い出して席を外したのは嘘であると気づいているだろうに、触れないでくれることがありがたい。
その気遣いに甘え、試合の感想を述べた。
「正直に言うと実力に差がありすぎて、この練習試合は立海のためになるのかなって思ったわ」
おそらく相手校の練習試合の目的は、立海の偵察だろう。試合中、熱心にデータを取っている選手の姿がちらほら見受けられた。
立海くらいのレベルだと、練習試合の申し込みはいくらでもあるのではないかと思う。
しかし、ここまで実力差があると、なぜ今回の練習試合の申し込みを引き受けたのか疑問である。柳がデータを相手に易々と取らせるような真似をするとは思えないのだが。
練習試合に応じたのは、何か目的があるはずだ。
「もしかして、練習試合を引き受けたのは牽制するため……?」
「ご名答。昨年より練習試合の申し込みが多くて、断るのが大変らしくてさ。しかも試合しても手応えない連中ばかりで、テンションが下がるんだよな……」
丸井が過去の試合を思い出したのか、ため息をつく。
偵察目的でも、ある程度実力をつけてから挑戦をしに来てほしいということだろう。
「あとは、いつもと違う試合オーダーを試したいって柳が言ってたっけ」
「丸井先輩はジャッカル先輩とじゃないとダブルスやらないって言ってたッスけどね」
「ちょ、赤也、それは言わない約束だろい。それより、仁王。柳とダブルス組むわけだけど、もう作戦とか決めたのか?」
「それは試合まで秘密じゃきに。まっ、偵察なんぞ無意味なことを教えてやるぜよ」
あからさまに話を逸らした丸井に、やれやれと苦笑する仁王。
表情とは裏腹に、彼の言葉から試合に勝利するという自信が読み取れた。
データで勝利へと導く柳のテニスと数手先を読んで相手を欺く仁王のテニス。
二人のテニスが合わさると、どうなるのだろう。
午後の試合も楽しみだ。
お昼休憩が終わり、練習試合が再開された。
私は、跡部、樺地と共にコートの近くで試合を見ていた。
S2の試合は6-0で柳生の圧勝。彼の得意技であるレーザービームが見れなかったのが残念だが、また別の機会に見られるだろう。
そして、D1の試合がいよいよ始まった。
「お前が楽しみにしていたD1だが、おそらく柳生と同様に得意技を出さずに勝利するだろうな」
「……そうね。蓮二や仁王くんが、わざわざデータを取らせる真似しないだろうし」
跡部の言うとおり、柳たちは得意技を出さずに試合を終わらせるはずだ。
ただ、なぜだろう。
この試合、すんなりと終わる気がしなかった。
「昼に言ってた言葉も気になるし、お手並み拝見といかせてもらおうじゃねーの」
それから静かに試合を観戦した。
柳と仁王は、相手選手からのボールを素直に返している。
苦戦しているわけではなさそうだが、やけにラリーが長いのが印象に残った。
彼らの実力ならさらっと決められるだろうに、どこか調子が悪いのだろうか。いや、彼らはまだウォーミングアップくらいの力しか出してないように見えるし、それはないと考える。
試合開始から30分経ち、柳・仁王ペアがようやく1ゲーム先取。
そして、第2ゲームが始まった。第1ゲームとは違い、今度はサクサクと柳たちのショットが決まる。
「なるほど、そういうことか」
「え?」
跡部の納得した声が聞こえ、思わずそちらに顔を向ける。
「昼に言った仁王の言葉。試合を見てれば分かるぜ」
私は再びコートに顔を戻し、じっくり目に焼きつけるように柳と仁王のプレーを見る。
まず注目したのは、彼らのプレースタイル。第1ゲームとは明らかに動きが違うし、普段の動きとも異なる。
次に、相手選手のプレーを見る。
こちらは先ほどから変わった様子はない。強いて言えば、疲れが現れ始め、動きが少し鈍ってきているところか。
もう一度、柳と仁王へ視線を移す。
そこで違和感を覚えた。
「動きが似てる……?」
そう、見比べると、柳と仁王は対戦相手と同じプレースタイルでポイントを取っていた。
「お前も気づいたか。大方、このくらいの実力をつけてから挑みにこいということだろう。……肝心の相手は、まだそのことに気づいていないようだが」
第1ゲームはデータを取るために、わざとラリーを長引かせた。
そして第2ゲームからは、そのデータをもとにプレースタイルを模倣。
柳と仁王にかかれば、この程度のことはどうってことないのだろう。
かまいたちなど得意技は出さないが、実に彼ららしい戦い方だ。
同じプレースタイルで相手の苦手コースを的確に狙っているあたり、さすがと言わざるをえない。
第4ゲームになり、ようやく相手側も気づいたようで、顔を真っ青にしていた。
だが気づいても、対処できなければ試合には勝てない。
相手校はそのままストレートで負け、その後S1の試合では真田に瞬殺されたのだった。
*
練習試合が終わり、相手校はぞろぞろと立海を後にした。
部員たちの様子を見ると、皆ぐったりとしていて、思わず苦笑してしまった。
振り返ってみれば、立海が全勝――しかも全試合ストレート勝ちだったのだ。
いくら偵察目的だったとはいえ、ここまで叩きのめされれば落ち込むだろう。
「俺たちは帰るが、時雨はどうする? 帰るなら送っていくが」
「ううん、私はもう少し学校にいるわ」
「そうか。なら、次会うときは俺様が開催する大会か。お前と対戦できるのを楽しみにしているぜ」
「ええ、私も跡部くんと対戦できるのを楽しみにしてるわ」
「フッ……行くぞ、樺地」
「ウス」
跡部たちを見送った後、私は3年B組の教室へ足を運んだ。
窓側の一番後ろにある自分の席に座る。
「今日の試合、圧倒的で凄かったな……」
肩肘をついて窓の外を眺めながら、ポツリと呟く。
この前見学させてもらった女テニとの合同練習と比較すると、実力の半分も出していないように感じられた。
背筋がゾクリとする。
さすが全国大会を制覇した学校。
短い間だが、彼らのテニスをする姿を見て、共にテニスがしたいと思うようになった。
しかも、望むならばマネージャーになって支えることも可能だという。
なんという幸運なのだろうか。
ガラリ。
突如、教室の扉が開き、思考が中断される。
「やはり、ここにいたか」
まさか教室に訪れる人がいると思わず、驚いて顔を上げると、柳がこちらへ向かってきた。
「ど、どうしてここに?」
「時雨が校舎へ向かっているのが見えたからな。自分の教室へ行ったと予測したまでだ」
「さすがね、蓮二。ミーティングはもう終わったの?」
「ああ、良ければ一緒に帰らないか?」
「喜んで」
校門を出ると、空は少し赤みを帯びていた。
私の家は柳の家と近いので、彼に送ってもらうことになった。
今日の試合について話しながら、ゆったりと並んで歩く。
「練習試合お疲れ様。D1の試合って、あの作戦は蓮二が考えたの? てっきり真田くんみたいに、サクッと終わらせると思ったんだけど……」
「ああ、それは仁王だ。俺も最初は早く終わらせようと思ったんだが、仁王に相談されてな。面白そうだったから、乗ってみることにした」
「ふふ、面白そうだったって……」
おそらく第1ゲームで柳がたっぷりデータを取り、第2ゲームが始まる前に相手の弱点を添えて仁王に伝えたのだろう。
対戦相手は、まさか自分たちのプレースタイルをコピーされるとは思わなかったはず。
テニスはメンタル面が大きく左右するスポーツだ。
コピーされていることに気づいた対戦相手は、見る見るうちに崩れていき、敵ながら同情をしてしまった。
「それより時雨、月曜は鬼ごっこ最終日だな」
「……そうね。長いようで短かったように感じるわ」
「それで最終日はどうするつもりだ……と聞くのは野暮だろうな。なんでもない、今のは聞かなかったことにしてくれ」
「蓮二がそういうなら」
「さて、今日は長時間立ちっぱなしで疲れただろう。お前の家に着いたことだし、ゆっくり休んでくれ」
「ええ、送ってくれてありがとう」
「どういたしまして。……それと、差し入れありがとう。時雨の作ったクッキー美味しかった。それじゃあ、また月曜」
柳は恥ずかしかったのか、そそくさと踵を返してしまった。
いつもクールな彼がそわそわとしているのが可笑しくて。
私は頬を緩めながら、玄関の扉に手をかけるのだった。