蝶ノ光
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―鬼ごっこ四日目―
放課後になり、鬼ごっこの時間が訪れた。
二日目の出来事を思い出し、鞄を持って一階のトイレで変装する。準備を怠って窮地に陥るのは、もうこりごりだ。
柳生、真田、幸村には鬼ごっこの最中に遭遇していないので、四日目といえど油断できない。
都合よく、また柳が現れると思わない方が良いだろう。
今日は最初から生徒会室で避難しているのが無難だろうか。しかし、生徒会室にたどり着く前に他のレギュラーも出会う可能性はあるので、気を引き締めていかねば。
鏡の前でウィッグがずれてないか確認し、眼鏡をかけて廊下へ出た。
中央階段で二階へ上がり、レギュラー陣の動向を探ろうと寄り道をしながら歩く。
更衣室を通りすぎたあたりで、前方からテニス部のジャージを纏っている人物が見えた。彼は黒帽子を被り、姿勢よく歩いている。立海テニス部の副部長である真田だ。
私は怪しまれないよう、歩く速度や表情を変えず、そのまま前へ進み続けた。
ちょうどすれ違う直前だったか。
「おい、そこのお前」
真田に声をかけられた。
「……私のこと?」
変装をしているときは、堂々としていること。
仁王から教えられた変装の心得に従い、私は真田のオーラに臆せず返答した。
「ああ。人探しをしているのだが、このあたりで白石……白石時雨を見なかったか?」
「そうね、白石さんなら……図書館に行くって言ってたかしら」
もちろん図書館へ行く予定はない。少しでも向こうの戦力を減らすためだ。
「図書館か。情報提供、感謝する」
「真田副部長~!」
「……じゃあ私はこれで失礼するわ」
「え? ああ……」
後ろから聞き覚えのある後輩の元気な声がしたので、速やかにこの場を離れなければ。
私は真田に軽く会釈をして、生徒会室へ行くため、来た道をそのまま進んで階段へ向かった。
真田と切原の声が大きくて会話が聞こえるが、私は気にせず三階へ。
生徒会室に行くため踊り場から廊下へ足を踏み入れると、ちょうど仁王が生徒会室へ入っていく姿が見えた。彼は生徒会役員ではなく、委員会にも所属していなかったはず。
いったい何の用があるのだろう。
もしかして私が生徒会室へ来るのを知り、待ち伏せるためだろうか。
しかし制服姿だったから、仮に仁王に捕まってもマネージャーにはならない。誰かと作戦を立て、生徒会室で私を押さえたところで、相方が登場するのだろうか。否、柳がその様な状況を作らせるとは思えない。
「お~い、さっき真田副部長と話していた人いますかー!?」
階段の方から聞こえた切原の声で意識が現実に戻る。
私は再び踊り場へ戻り、屋上へ行くため階段をかけ上った。一呼吸置いて、屋上へ通じる扉を引く。扉の先には無数のシャボン玉が飛んでいた。
誰が飛ばしているのだろう。辺りを見渡すと柵に寄りかかっている人物と目が合った。
「え……?」
鞄がするりと肩から地面に落ちる。
なんと、シャボン玉を飛ばしていたのは仁王だった。
先程、生徒会室に入っていったはず。
おそらく屋上にいる仁王は変装した柳生であろう。
今すぐここを離れるべきだ。胸の奥で警鐘が鳴っている。
だからといって階段へ戻ったところで、切原か真田に出くわしたらと思うと中々動けない。
柳に助けを求めるべきか。
思考を巡らせていると、仁王はシャボン玉の容器を地面に置き、こちらに近づいてきた。
「お前さん、さっきから固まってどうしたんじゃ」
「え、あ……。ここから見る景色が好きだから、来てみたくなったの」
我ながら苦しい言い分だ。
狙っていた獲物が来て喜んでいるかのように、仁王の口角は上がっていた。
「ほーう。その様子だと部活は入ってないのか」
「ええ、帰宅部よ」
仁王が一歩こちらに進む度に、私は一歩後ろに下がる。会話をしながら、じわりじわりと扉へ追い詰められていた。
冷や汗が背中を伝う。
私は目の前の仁王――いや、柳生からずっと目を離せずにいた。
「俺はテニス部に入っててのう。今、鬼ごっこの最中なんじゃが……白石さんという女性を見なかったかのう」
「!」
コツン。
扉に踵がぶつかった。もう後ろに下がれない。
「……お前さん、なぜ俺が進む度に後退するんじゃ?」
「そ、それは……」
柳生の手が私の腕を掴もうと伸ばされる。
彼が身に纏っているのは、制服ではなくテニス部のジャージだ。このまま捕まったらゲームオーバーである。
柳生の手が腕に触れるまであと数センチ。
万事休す。もうダメだと思い、私は目を瞑った。
「全く、紳士が詐欺師の皮を被るとはのう。油断できない相手ナリ」
「あ――――」
突如扉が開き、私は浮遊感に襲われ、重心が後ろに傾く。そのまま倒れるかと思いきや、目を開けると声の主――仁王の腕の中に収まっていた。
軽く息が上がっていたから、慌ててきたのだろう。急いで駆けつけてくれたと思うと、胸が熱くなった。
柳生に目を向けると、彼はもう変装する必要がないと判断したのかカツラを外し、眼鏡をつけていた。
「仁王くん、なぜあなたがここに?」
「そんなん、白石さんが捕まりそうだったからぜよ」
「あなたは彼女に、マネージャーになってほしいと言っていたじゃないですか」
「今もその気持ちは変わらん。俺も上手く説明はできないんじゃが……白石さんには、自分の意思でマネージャーをやってほしいと思ってな」
「もちろん、それが一番よいと思いますが……」
「なーに、心配はいらんぜよ。白石さんに明日の試合を見てもらって……白石さん?」
「は、はい……?」
正直、意識がほわほわして二人の会話を聞いていなかった。
今、私は仁王の腕の中にいる。つまり彼と密着しているわけで。
緊張のあまり、いつもより速く刻まれている心臓の音が自分のものなのか、仁王のものなのかすら分からなかった。
「顔が赤いけど、大丈夫か?」
「うん……大丈夫、です!」
か、顔が近い……!
心配そうに顔を覗かれるが逆効果である。
異性とこのような場面に遭遇したことは今までない。免疫がなく、今にも心臓が爆発しそうな勢いだ。
「仁王くん、そろそろ彼女を離してあげた方が……」
「えっ? あっ、すまんすまん!」
仁王がパッと手を離し、ようやく彼の腕から解放される。
サッと仁王から離れ、私は鞄を拾った。
「あ、あの……仁王くん助け、てくれて、ありがとう。また、明日……!」
声が裏返った。
しかし、そんなことを気にすることではない。
今はこの場を去るのが最優先だ。
私は勢いよく扉を押し、屋上を後にした。
「え、ちょ、白石さん!」
慌てる仁王は、そうそう見れる光景ではないのだが。
このときの私は、それに気づく余裕もなく、変装を解いて生徒会室へ逃げ込むのに必死だったのである。
放課後になり、鬼ごっこの時間が訪れた。
二日目の出来事を思い出し、鞄を持って一階のトイレで変装する。準備を怠って窮地に陥るのは、もうこりごりだ。
柳生、真田、幸村には鬼ごっこの最中に遭遇していないので、四日目といえど油断できない。
都合よく、また柳が現れると思わない方が良いだろう。
今日は最初から生徒会室で避難しているのが無難だろうか。しかし、生徒会室にたどり着く前に他のレギュラーも出会う可能性はあるので、気を引き締めていかねば。
鏡の前でウィッグがずれてないか確認し、眼鏡をかけて廊下へ出た。
中央階段で二階へ上がり、レギュラー陣の動向を探ろうと寄り道をしながら歩く。
更衣室を通りすぎたあたりで、前方からテニス部のジャージを纏っている人物が見えた。彼は黒帽子を被り、姿勢よく歩いている。立海テニス部の副部長である真田だ。
私は怪しまれないよう、歩く速度や表情を変えず、そのまま前へ進み続けた。
ちょうどすれ違う直前だったか。
「おい、そこのお前」
真田に声をかけられた。
「……私のこと?」
変装をしているときは、堂々としていること。
仁王から教えられた変装の心得に従い、私は真田のオーラに臆せず返答した。
「ああ。人探しをしているのだが、このあたりで白石……白石時雨を見なかったか?」
「そうね、白石さんなら……図書館に行くって言ってたかしら」
もちろん図書館へ行く予定はない。少しでも向こうの戦力を減らすためだ。
「図書館か。情報提供、感謝する」
「真田副部長~!」
「……じゃあ私はこれで失礼するわ」
「え? ああ……」
後ろから聞き覚えのある後輩の元気な声がしたので、速やかにこの場を離れなければ。
私は真田に軽く会釈をして、生徒会室へ行くため、来た道をそのまま進んで階段へ向かった。
真田と切原の声が大きくて会話が聞こえるが、私は気にせず三階へ。
生徒会室に行くため踊り場から廊下へ足を踏み入れると、ちょうど仁王が生徒会室へ入っていく姿が見えた。彼は生徒会役員ではなく、委員会にも所属していなかったはず。
いったい何の用があるのだろう。
もしかして私が生徒会室へ来るのを知り、待ち伏せるためだろうか。
しかし制服姿だったから、仮に仁王に捕まってもマネージャーにはならない。誰かと作戦を立て、生徒会室で私を押さえたところで、相方が登場するのだろうか。否、柳がその様な状況を作らせるとは思えない。
「お~い、さっき真田副部長と話していた人いますかー!?」
階段の方から聞こえた切原の声で意識が現実に戻る。
私は再び踊り場へ戻り、屋上へ行くため階段をかけ上った。一呼吸置いて、屋上へ通じる扉を引く。扉の先には無数のシャボン玉が飛んでいた。
誰が飛ばしているのだろう。辺りを見渡すと柵に寄りかかっている人物と目が合った。
「え……?」
鞄がするりと肩から地面に落ちる。
なんと、シャボン玉を飛ばしていたのは仁王だった。
先程、生徒会室に入っていったはず。
おそらく屋上にいる仁王は変装した柳生であろう。
今すぐここを離れるべきだ。胸の奥で警鐘が鳴っている。
だからといって階段へ戻ったところで、切原か真田に出くわしたらと思うと中々動けない。
柳に助けを求めるべきか。
思考を巡らせていると、仁王はシャボン玉の容器を地面に置き、こちらに近づいてきた。
「お前さん、さっきから固まってどうしたんじゃ」
「え、あ……。ここから見る景色が好きだから、来てみたくなったの」
我ながら苦しい言い分だ。
狙っていた獲物が来て喜んでいるかのように、仁王の口角は上がっていた。
「ほーう。その様子だと部活は入ってないのか」
「ええ、帰宅部よ」
仁王が一歩こちらに進む度に、私は一歩後ろに下がる。会話をしながら、じわりじわりと扉へ追い詰められていた。
冷や汗が背中を伝う。
私は目の前の仁王――いや、柳生からずっと目を離せずにいた。
「俺はテニス部に入っててのう。今、鬼ごっこの最中なんじゃが……白石さんという女性を見なかったかのう」
「!」
コツン。
扉に踵がぶつかった。もう後ろに下がれない。
「……お前さん、なぜ俺が進む度に後退するんじゃ?」
「そ、それは……」
柳生の手が私の腕を掴もうと伸ばされる。
彼が身に纏っているのは、制服ではなくテニス部のジャージだ。このまま捕まったらゲームオーバーである。
柳生の手が腕に触れるまであと数センチ。
万事休す。もうダメだと思い、私は目を瞑った。
「全く、紳士が詐欺師の皮を被るとはのう。油断できない相手ナリ」
「あ――――」
突如扉が開き、私は浮遊感に襲われ、重心が後ろに傾く。そのまま倒れるかと思いきや、目を開けると声の主――仁王の腕の中に収まっていた。
軽く息が上がっていたから、慌ててきたのだろう。急いで駆けつけてくれたと思うと、胸が熱くなった。
柳生に目を向けると、彼はもう変装する必要がないと判断したのかカツラを外し、眼鏡をつけていた。
「仁王くん、なぜあなたがここに?」
「そんなん、白石さんが捕まりそうだったからぜよ」
「あなたは彼女に、マネージャーになってほしいと言っていたじゃないですか」
「今もその気持ちは変わらん。俺も上手く説明はできないんじゃが……白石さんには、自分の意思でマネージャーをやってほしいと思ってな」
「もちろん、それが一番よいと思いますが……」
「なーに、心配はいらんぜよ。白石さんに明日の試合を見てもらって……白石さん?」
「は、はい……?」
正直、意識がほわほわして二人の会話を聞いていなかった。
今、私は仁王の腕の中にいる。つまり彼と密着しているわけで。
緊張のあまり、いつもより速く刻まれている心臓の音が自分のものなのか、仁王のものなのかすら分からなかった。
「顔が赤いけど、大丈夫か?」
「うん……大丈夫、です!」
か、顔が近い……!
心配そうに顔を覗かれるが逆効果である。
異性とこのような場面に遭遇したことは今までない。免疫がなく、今にも心臓が爆発しそうな勢いだ。
「仁王くん、そろそろ彼女を離してあげた方が……」
「えっ? あっ、すまんすまん!」
仁王がパッと手を離し、ようやく彼の腕から解放される。
サッと仁王から離れ、私は鞄を拾った。
「あ、あの……仁王くん助け、てくれて、ありがとう。また、明日……!」
声が裏返った。
しかし、そんなことを気にすることではない。
今はこの場を去るのが最優先だ。
私は勢いよく扉を押し、屋上を後にした。
「え、ちょ、白石さん!」
慌てる仁王は、そうそう見れる光景ではないのだが。
このときの私は、それに気づく余裕もなく、変装を解いて生徒会室へ逃げ込むのに必死だったのである。