蝶ノ光
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「時雨先輩、いい加減捕まってくださいよ!」
「早く諦めたほうが楽だぜぃ?」
「いーやーでーすー!」
長い廊下を駆け抜ける。早速昨日の宣言通り、私は切原と丸井に追いかけられていた。
―鬼ごっこニ日目―
これほど選択肢を間違えたことを後悔するのは久しぶりだった。
鬼ごっこの後、女テニを見学するからジャージに着替えて、校内あちこち隠れまわろう。昨日見抜かれてしまったし、変装はしなくていいと思った己の軽率さを呪うほかない。
ニ階の更衣室でジャージに着替え、隠れる場所を探すため廊下を歩いていると、反対側から歩いてくる切原の姿を捉えた。まだ廊下に出てからまだ一分も経っていないのに悲しきかな、隣にはやはりというべきか丸井までいる。
思わず足を止めると、切原と目が合った。みるみるうちに嬉しそうな表情へと変化する。
「見~つけた!」
「ひっ!」
すぐさま歩いてきた道を走って引き返す。
せめて変装はすべきだった――
「思ったより体力あるし、足も速いな」
「そうっスね。でも時間の問題っしょ! 俺たちでとっとと捕まえましょう」
「そうだな」
背後から丸井たちの会話が耳に届く。
冗談じゃない、全力で逃げ切るんだから。
しかし、少しずつだけど距離が狭まっているのも事実だ。
長い廊下を走りきり、階段に差し掛かった。一階から上がってくる生徒が見えたので、ぶつからないよう階段を上ることを選択する。
「赤也、来た道を戻って中央階段から上がってこい、挟み撃ちにしよう」
「了解っス」
中間踊り場まで上り、背後をちらりと見るとまだ丸井は階段にはたどり着いていなかった。
そのまま三階まで上りきる。今いる校舎は三階建てなので最上階だ。
「はぁ、はぁ……」
切原が中央階段から上がってくる前に、そこより先まで移動しないと。
踊り場で少し息を整えて再び廊下を全速力で駆け抜けようとすると、不意に教室側の壁から腕が現れた。
「えっ……!?」
一つ言い訳をするならば、注意力が低下していて教室で待ち伏せされるとは思わなかった。
全身から力が抜ける。
最終日まで逃げ切りたかったな――
そのまま扉から伸びる手に引っ張られ、私はあっけなく教室に飲み込まれるのであった。
*
時雨が三階へ向かったのを確認した丸井は、切原に中央階段から登るよう指示を出した。
「結構粘っているけど、赤也と挟み撃ちで捕まえて終わりだろぃ。この勝負もらったな」
己の勝ったときの姿を思い浮かべ、笑みが零れる。
しかし三階へ上ると、目の前に広がるのは丸井が思い描いたのとは異なる世界だった。
廊下には誰もいない。
「時雨のやつ、どこに行ったんだ……?」
キョロキョロ見渡してみるが、時雨の姿が見当たらない。
隠れるにしても、階段に一番近いのは生徒会室。基本的に生徒会役員以外は入れない教室である。
そのため、この教室にいる可能性は限りなくゼロに近い。
そもそも明かりもついていないから使用してないだろうと思い、次に生徒会室の隣の教室へ足を踏み入れる。
予想通り彼女はいない。いったいどこへ消えたというのか。
「お~い、丸井先輩! ……あれ、時雨先輩は?」
向かいから赤也が手を振りながらやってきた。
彼も時雨とは会わなかったようだ。
「それが階段を上がったら姿が見えなくてさ」
「どこかに隠れてるんすかね」
「俺もそう思ったけど、階段の一番近くの教室は生徒会室だぜ? 生徒会役員しか入れない教室にいるのは考えにくい。他を探そう」
「うぃーっス」
釈然としないが、姿が見えないのなら仕方ない。
ニ人は別の場所にいるか探すため、その場を離れるのであった。
まだ少女が近くで息をひそめているのを知らずに。
*
謎の手に引かれ見知らぬ教室へ入った私は、そのまま誰かの腕の中へとおさまった。
扉が閉まり、鍵が掛けられ、扉を背にしてしゃがみ込む。一連の動作に迷いがない。
「いったい、だ……んぐっ」
いったい誰なの。
その言葉は後ろから手で口を塞がれ、最後まで口にすることは叶わなかった。
「手荒な真似をしてすまないが、大声を出さないでくれ。丸井たちに見つかりたくないのであればな」
私はこくりと頷く。
正体は分からないが、後ろの彼に身を預けることにした。どこか懐かしい雰囲気を感じ、ほっとしたからだ。
それに、彼が制服姿だからというのもある。
扉の向こう側へ耳を傾けると、切原の声が聴こえた。
「どこかに隠れてるんすかね」
「俺もそう思ったけど、階段の一番近くの教室は生徒会室だぜ? 生徒会役員しか入れない教室にいるのは考えにくい。他を探そう」
「うぃーっス」
ニ人の足音が遠ざかるとともに、腕の力が緩む。
チャンスとばかりに身を翻すと、よく知った顔を前に目を見開いた。
「どうして蓮二がここに……」
「どうして蓮二がここに……とお前は言う」
目の前にいる柳が本物かどうか確かめるため、彼にペタペタと触る。
「データから導き出した答えだ。昨日、丸井と赤也が鬼ごっこの最中、外でお前を見かけなかったから校舎内を徹底的に探すと言っていたからな。一方、真っ向勝負で挑んだら捕まると踏んでいるお前は、点々と隠れたいから見晴らしのよい外に行く確率は極めて低い。そうなると、校舎内のどこかで遭遇するのも時間の問題だ。だから、ここで待ち伏せをさせてもらった」
「もし生徒会室の前に通りかからなかったらどうするつもりだったの?」
「その時はお前がここに避難できるように、丸井たちを誘導させた。生徒会役員に協力してもらっているから、そのくらいは容易い。それに今日は変装していなかったから、分かりやすくて好都合だった」
生徒会役員に協力してもらった……?
さらりと言っているので、これはツッコミを入れるべきなのか分からない。
ひょっとすると、階段を上るときに見た生徒は生徒会役員だったのだろうか。
それにしても気になる点がある。変装に関してのことだ。
「……もしかして昨日、蓮二も図書館にいた?」
仁王から聞いた可能性も考えられるが、聞かずにはいられない。
「さぁ、どうだろうな」
どうやら、この質問は答えてはもらえなさそうだ。クスッと笑っているので、勝手にいたのだろうと結論付ける。
次の質問へ移ろう。
「ここって生徒会室だよね。生徒会役員しか入れないんじゃ……」
「問題ない。俺は生徒会書記だからな。ここの鍵を借りて時雨を待っていた」
「職権乱用」
「……丸井たちに捕まりそうなのは誰だったか」
「助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。こちらとしても、お前と二人きりで話す機会が欲しかったからな。まだ質問はあるか?」
「とりあえずは大丈夫」
「そうか。ならば今度はこちらから聞きたいことがある」
「どうぞ」
柳の纏う雰囲気が変化したのを感じる。
何を問われるのか予測がつくので、あえて淡々と言った。
「……フッ、話しやすくて助かる。青学での出来事を貞治から聞いた。犯人の目星もついていると。鬼ごっこの件は抜きにして、お前はマネージャーを引き受けるのか?」
「正直迷ってる。けど、彼女らみたいなやり方で仕返しをしようとは思わない。報復するなら、マネージャーとしてテニスで勝負を挑みたい。もしサポートした選手が試合で勝利できたら、私だって誰かの力になることができるってね。相手が青学の選手ならなおのこと」
――『役に立てないなら、とっととマネージャーなんてやめてしまえ』
いつの日か、下駄箱に入れられていた紙に書かれた言葉が、今も私の心に刺さっている。その言葉が、自分は選手の力になることができないのかもしれないと決断を鈍らせていた。
「精市は、時雨が自らマネージャーをやりたいと言うのを待っているはずだ」
「マネージャーをやってほしいと、勝負を持ち掛けてきたのは幸村くんだけど」
「鬼ごっこはあくまできっかけに過ぎない。おそらく精市は追いかけてこないだろう」
「ふーん……?」
「俺も時雨が己の意思でマネージャーになってほしいと望む。それに、青学の部員に誤解されたままという状況が許しがたい」
柳の眉間にシワがよる。
「ふふ、貞治も同じこと言ってた」
「どうして嬉しそうな顔をしてるんだ」
「心配してくれて嬉しいな~って思って」
「当たり前だろう、お前は大切な仲間だからな。困ったときはいつでも頼ってくれ」
「ありがとう、とても心強いわ」
教室の時計を見ると、鬼ごっこの時間はすでに過ぎていた。
女子テニス部の見学に行くために立ち上がった。私に続き、柳も立ち上がる。
「明日も生徒会室にいるから、来てくれて構わない」
「えっ、いいの?」
「もちろん。時雨の考えがまとまるのを俺はゆっくり待つ」
幼馴染が心の冷えた部分を溶かしてくれる。
もしマネージャーになっても、立海のみんなと上手くやっていけるかもしれないと思いながら、軽やかな足取りでテニスコートへ向かうのだった。
これが達人、柳蓮二との再会。
「早く諦めたほうが楽だぜぃ?」
「いーやーでーすー!」
長い廊下を駆け抜ける。早速昨日の宣言通り、私は切原と丸井に追いかけられていた。
―鬼ごっこニ日目―
これほど選択肢を間違えたことを後悔するのは久しぶりだった。
鬼ごっこの後、女テニを見学するからジャージに着替えて、校内あちこち隠れまわろう。昨日見抜かれてしまったし、変装はしなくていいと思った己の軽率さを呪うほかない。
ニ階の更衣室でジャージに着替え、隠れる場所を探すため廊下を歩いていると、反対側から歩いてくる切原の姿を捉えた。まだ廊下に出てからまだ一分も経っていないのに悲しきかな、隣にはやはりというべきか丸井までいる。
思わず足を止めると、切原と目が合った。みるみるうちに嬉しそうな表情へと変化する。
「見~つけた!」
「ひっ!」
すぐさま歩いてきた道を走って引き返す。
せめて変装はすべきだった――
「思ったより体力あるし、足も速いな」
「そうっスね。でも時間の問題っしょ! 俺たちでとっとと捕まえましょう」
「そうだな」
背後から丸井たちの会話が耳に届く。
冗談じゃない、全力で逃げ切るんだから。
しかし、少しずつだけど距離が狭まっているのも事実だ。
長い廊下を走りきり、階段に差し掛かった。一階から上がってくる生徒が見えたので、ぶつからないよう階段を上ることを選択する。
「赤也、来た道を戻って中央階段から上がってこい、挟み撃ちにしよう」
「了解っス」
中間踊り場まで上り、背後をちらりと見るとまだ丸井は階段にはたどり着いていなかった。
そのまま三階まで上りきる。今いる校舎は三階建てなので最上階だ。
「はぁ、はぁ……」
切原が中央階段から上がってくる前に、そこより先まで移動しないと。
踊り場で少し息を整えて再び廊下を全速力で駆け抜けようとすると、不意に教室側の壁から腕が現れた。
「えっ……!?」
一つ言い訳をするならば、注意力が低下していて教室で待ち伏せされるとは思わなかった。
全身から力が抜ける。
最終日まで逃げ切りたかったな――
そのまま扉から伸びる手に引っ張られ、私はあっけなく教室に飲み込まれるのであった。
*
時雨が三階へ向かったのを確認した丸井は、切原に中央階段から登るよう指示を出した。
「結構粘っているけど、赤也と挟み撃ちで捕まえて終わりだろぃ。この勝負もらったな」
己の勝ったときの姿を思い浮かべ、笑みが零れる。
しかし三階へ上ると、目の前に広がるのは丸井が思い描いたのとは異なる世界だった。
廊下には誰もいない。
「時雨のやつ、どこに行ったんだ……?」
キョロキョロ見渡してみるが、時雨の姿が見当たらない。
隠れるにしても、階段に一番近いのは生徒会室。基本的に生徒会役員以外は入れない教室である。
そのため、この教室にいる可能性は限りなくゼロに近い。
そもそも明かりもついていないから使用してないだろうと思い、次に生徒会室の隣の教室へ足を踏み入れる。
予想通り彼女はいない。いったいどこへ消えたというのか。
「お~い、丸井先輩! ……あれ、時雨先輩は?」
向かいから赤也が手を振りながらやってきた。
彼も時雨とは会わなかったようだ。
「それが階段を上がったら姿が見えなくてさ」
「どこかに隠れてるんすかね」
「俺もそう思ったけど、階段の一番近くの教室は生徒会室だぜ? 生徒会役員しか入れない教室にいるのは考えにくい。他を探そう」
「うぃーっス」
釈然としないが、姿が見えないのなら仕方ない。
ニ人は別の場所にいるか探すため、その場を離れるのであった。
まだ少女が近くで息をひそめているのを知らずに。
*
謎の手に引かれ見知らぬ教室へ入った私は、そのまま誰かの腕の中へとおさまった。
扉が閉まり、鍵が掛けられ、扉を背にしてしゃがみ込む。一連の動作に迷いがない。
「いったい、だ……んぐっ」
いったい誰なの。
その言葉は後ろから手で口を塞がれ、最後まで口にすることは叶わなかった。
「手荒な真似をしてすまないが、大声を出さないでくれ。丸井たちに見つかりたくないのであればな」
私はこくりと頷く。
正体は分からないが、後ろの彼に身を預けることにした。どこか懐かしい雰囲気を感じ、ほっとしたからだ。
それに、彼が制服姿だからというのもある。
扉の向こう側へ耳を傾けると、切原の声が聴こえた。
「どこかに隠れてるんすかね」
「俺もそう思ったけど、階段の一番近くの教室は生徒会室だぜ? 生徒会役員しか入れない教室にいるのは考えにくい。他を探そう」
「うぃーっス」
ニ人の足音が遠ざかるとともに、腕の力が緩む。
チャンスとばかりに身を翻すと、よく知った顔を前に目を見開いた。
「どうして蓮二がここに……」
「どうして蓮二がここに……とお前は言う」
目の前にいる柳が本物かどうか確かめるため、彼にペタペタと触る。
「データから導き出した答えだ。昨日、丸井と赤也が鬼ごっこの最中、外でお前を見かけなかったから校舎内を徹底的に探すと言っていたからな。一方、真っ向勝負で挑んだら捕まると踏んでいるお前は、点々と隠れたいから見晴らしのよい外に行く確率は極めて低い。そうなると、校舎内のどこかで遭遇するのも時間の問題だ。だから、ここで待ち伏せをさせてもらった」
「もし生徒会室の前に通りかからなかったらどうするつもりだったの?」
「その時はお前がここに避難できるように、丸井たちを誘導させた。生徒会役員に協力してもらっているから、そのくらいは容易い。それに今日は変装していなかったから、分かりやすくて好都合だった」
生徒会役員に協力してもらった……?
さらりと言っているので、これはツッコミを入れるべきなのか分からない。
ひょっとすると、階段を上るときに見た生徒は生徒会役員だったのだろうか。
それにしても気になる点がある。変装に関してのことだ。
「……もしかして昨日、蓮二も図書館にいた?」
仁王から聞いた可能性も考えられるが、聞かずにはいられない。
「さぁ、どうだろうな」
どうやら、この質問は答えてはもらえなさそうだ。クスッと笑っているので、勝手にいたのだろうと結論付ける。
次の質問へ移ろう。
「ここって生徒会室だよね。生徒会役員しか入れないんじゃ……」
「問題ない。俺は生徒会書記だからな。ここの鍵を借りて時雨を待っていた」
「職権乱用」
「……丸井たちに捕まりそうなのは誰だったか」
「助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。こちらとしても、お前と二人きりで話す機会が欲しかったからな。まだ質問はあるか?」
「とりあえずは大丈夫」
「そうか。ならば今度はこちらから聞きたいことがある」
「どうぞ」
柳の纏う雰囲気が変化したのを感じる。
何を問われるのか予測がつくので、あえて淡々と言った。
「……フッ、話しやすくて助かる。青学での出来事を貞治から聞いた。犯人の目星もついていると。鬼ごっこの件は抜きにして、お前はマネージャーを引き受けるのか?」
「正直迷ってる。けど、彼女らみたいなやり方で仕返しをしようとは思わない。報復するなら、マネージャーとしてテニスで勝負を挑みたい。もしサポートした選手が試合で勝利できたら、私だって誰かの力になることができるってね。相手が青学の選手ならなおのこと」
――『役に立てないなら、とっととマネージャーなんてやめてしまえ』
いつの日か、下駄箱に入れられていた紙に書かれた言葉が、今も私の心に刺さっている。その言葉が、自分は選手の力になることができないのかもしれないと決断を鈍らせていた。
「精市は、時雨が自らマネージャーをやりたいと言うのを待っているはずだ」
「マネージャーをやってほしいと、勝負を持ち掛けてきたのは幸村くんだけど」
「鬼ごっこはあくまできっかけに過ぎない。おそらく精市は追いかけてこないだろう」
「ふーん……?」
「俺も時雨が己の意思でマネージャーになってほしいと望む。それに、青学の部員に誤解されたままという状況が許しがたい」
柳の眉間にシワがよる。
「ふふ、貞治も同じこと言ってた」
「どうして嬉しそうな顔をしてるんだ」
「心配してくれて嬉しいな~って思って」
「当たり前だろう、お前は大切な仲間だからな。困ったときはいつでも頼ってくれ」
「ありがとう、とても心強いわ」
教室の時計を見ると、鬼ごっこの時間はすでに過ぎていた。
女子テニス部の見学に行くために立ち上がった。私に続き、柳も立ち上がる。
「明日も生徒会室にいるから、来てくれて構わない」
「えっ、いいの?」
「もちろん。時雨の考えがまとまるのを俺はゆっくり待つ」
幼馴染が心の冷えた部分を溶かしてくれる。
もしマネージャーになっても、立海のみんなと上手くやっていけるかもしれないと思いながら、軽やかな足取りでテニスコートへ向かうのだった。
これが達人、柳蓮二との再会。