蝶ノ光
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「時雨、おっはよー!」
「おはよう、百合」
「今日から鬼ごっこあるけど逃げ切れるの? まともに追いかけっこしたら、すぐ捕まりそうだけど……」
「大丈夫、策はあるから!」
女子テニス部は火曜日に朝練がないらしく、私はいつもより早く教室に来た百合と話に花を咲かせていた。仁王と丸井がいつ教室に入ってくるか分からないので、変装グッズを見せられないのが残念だ。
「自信満々だね。時雨なら最終日まで捕まらなさそう」
「もちろん、そのつもり」
「ところで女テニの見学いつ来る? 今は仮入部の時期だから、いつでも平気だよ」
幸村と相談した結果、百合は鬼ごっこには参加せず、私は女テニを見学することになったのだ。
「それじゃあ、明日はどうかな」
「全然、大丈夫! 楽しみにしてるね」
「うん、お願いします」
しばらくすると仁王と丸井が教室に顔を出し、いつものように授業を受けたら、あっという間に放課後になった。
―鬼ごっこ一日目―
授業が終わり、廊下で部活や委員の仕事に向かう人があふれかえる中、私は鞄を持ってトイレへと向かっていた。
仁王と丸井が部活へ向かったのは確認済みだ。
「それじゃあ、俺の天才的走りで捕まえてやるぜ」
「どんな策を披露してくれるか楽しみナリ」
彼らはこう言い残して、教室から出ていった。どこか余裕があるように聞こえる言葉に、闘争心が刺激される。
簡単に捕まってやるものですか。
他のテニス部員がいないか気にしながらトイレに入ると、運がいいことに誰もいなかった。鏡の前に行き、鞄から変装グッズを取り出す。
まずはネットを被り、昨日購入したウィッグを着ける。
次に、化粧品を取り出し、軽くメイクを施した。まだ中学生だし、ガッツリとメイクをしたら逆に不自然だろう。
最後に眼鏡をかければ完成だ。
「あー、あー」
あとは、いつもと声のトーンが変えられるとよいのだが。
鬼ごっこだから会話することもないか。鬼を見つけたら速やかに逃げよう。
そう結論付けた私は再び鞄を持って図書館へ移動した。
図書館へ入り、すぐさま自習スペースへと向かう。
座る席は、机に仕切りがあり、集中して作業ができそうなところを選んだ。ちょうど入り口が見える場所でもある。
テニス部のジャージを着た生徒が来れば、一発で分かるだろう。
放課後一時間をぼーと過ごすのも時間がもったいないので、私は鞄から教科書とノート、筆箱を取り出し、授業で出た宿題に取り組むのであった。
黙々と宿題を消化していると、図書館の扉が開く音がした。
姿勢を変えずに目だけ動かしたら、そこにはジャージを着した柳生の姿が見えた。
勉強をしているふりをしつつ、そのまま観察する。どうやら彼は本を借りに来たようだ。
パキッ。
シャーペンの芯が折れた。
いや、違う。あれは柳生ではなく仁王だ。
彼が持っている本のタイトルを見て確信する。
詐欺師の楽園。それは以前仁王から聞いたことがある、彼の好きな本だった。
私の他にも自習スペースに人がいるから、目立つことをしなければ気づかれないだろう。
幸いこちらに気づいている様子はないので、何事もなかったかのように視線をノートに戻して課題を再開させる。しかし、脳裏に仁王のジャージ姿がちらつき、課題に集中できない。
なんとか区切りのよいところまで終わらせると、すでに鬼ごっこが終了している時刻だった。
安堵の胸をなでおろし、私物を片付けて出入口へ。
扉を開けると左手に紳士の皮を被った詐欺師がいた。彼は壁に凭れながら先ほど手にしていた本を読んでいる。
「……」
動揺が悟られれば、せっかくの変装も台無しになってしまう。私は素知らぬ顔で扉を閉め、昇降口に向かおうとした。
「そこのお嬢さん、お待ちください」
「……私?」
話しかけられたので、仕方なく足を止める。
「ええ、あなたです。私はここで白石さんを探していたのですが、図書館で見かけませんでしたか? 放課後、校内を案内する予定だったのですが……」
ダウト。そんな約束はしていません。
そもそも、名前まで出して、これは私の反応を伺うために質問しているのだろうか。わざわざ図書館の前で待ち伏せするなんて不自然すぎる。私が白石時雨であると分かっているならば、自習スペースまで来て捕まえればよいのだ。
ならば、返答はこうしよう。
「白石さん……? そのようなかたは知りません。私は用事があるので、それでは」
ぺこりとお辞儀をして、また昇降口へ歩む。
淡々とし過ぎただろうか。
「……はぁ~、白石さん待ちんしゃい」
「え」
右手首を捕まれた。手を離してもらえないと、前へ進めない。
やむを得ず振り向き、彼から逃れようと腕をじたばたさせた。
「そう暴れなさんなって」
「だったら素直に離してください」
「そしたら白石さん逃げるじゃろ」
「私は白石さんではありません」
「意外と負けず嫌いじゃな。それじゃあ、名前はなんていうんじゃ」
「雪宮桜」
「雪宮、桜……」
仁王の声が震えている。おそらく笑いをこらえているのだろう。
「信じてないでしょう」
「お前さんが白石さんだと確信しているからのう」
疑いの眼差しを向けると、キッパリ返される。
「……いつ私が変装しているって分かったの?」
これ以上反論しても無駄だと思い、白旗を揚げる。
私が逃げないことを悟ったのか、仁王は腕の拘束を解いてくれた。
「正直、図書館へ入った時点では分からんかった。全校生徒の顔や名前を知っているわけじゃないからのう。だから本を借りて様子を見ることにした」
「ああ、それで詐欺師の楽園を借りたのね。私はあなたの好きな本を知っているから」
「正解。しかし、お前さんは手ごわかった。本を読んでいても、なかなか反応を示さない。図書館にはいないと思ったぜよ。その時、自習スペースからシャー芯の折れた音が聞こえた。音がした方向に着目すると、一人の女子生徒が俺の持っている本を見て固まっている。それで姿は違うけれど、白石さんじゃないかと目星をつけたんじゃ」
「待って、仁王くんの耳が良すぎる」
「んー、図書館は静かだから案外聞こえるし、その時は神経を尖らせていたからのう。あとは確信を得るために一旦廊下に出て待ち伏せをした」
「図書館から出るとき、平然としてたつもりだったけど……」
「たしかに、ぱっと見はそうじゃったけど一瞬、目が泳いでいた。それで確信したぜよ。この子は白石さんだってな」
私は息を呑んだ。たいした観察眼だと思う。
王者・立海のレギュラーである、仁王の強さが垣間見れた気がした。
「これで納得してもらえたかのう」
「ええ、完敗だわ。僅かな変化を見逃さないなんて」
「テニスの試合でも、些細な動作から相手の癖を見抜いたりするのも大事じゃからな」
「なるほど。……ところで、なんで柳生君に変装しているの?」
「プリッ」
プリッ……?
もしかして誤魔化されたのではないだろうか。
しかし、ここで諦める私ではない。めげずに仁王の顔を凝視した。
「そんなに見つめられても答えんぜよ。自分で考えんしゃい。俺はそろそろ練習に戻るナリ」
仁王は私の横を通り過ぎ、階段を下って行った。慌てて彼の背中を追いかける。
「もう、教えてくれてもいいじゃない。……部活頑張ってね!」
声が届いたようで、仁王は振り返ることはなかったが、手をひらひらとさせるのであった。
「おはよう、百合」
「今日から鬼ごっこあるけど逃げ切れるの? まともに追いかけっこしたら、すぐ捕まりそうだけど……」
「大丈夫、策はあるから!」
女子テニス部は火曜日に朝練がないらしく、私はいつもより早く教室に来た百合と話に花を咲かせていた。仁王と丸井がいつ教室に入ってくるか分からないので、変装グッズを見せられないのが残念だ。
「自信満々だね。時雨なら最終日まで捕まらなさそう」
「もちろん、そのつもり」
「ところで女テニの見学いつ来る? 今は仮入部の時期だから、いつでも平気だよ」
幸村と相談した結果、百合は鬼ごっこには参加せず、私は女テニを見学することになったのだ。
「それじゃあ、明日はどうかな」
「全然、大丈夫! 楽しみにしてるね」
「うん、お願いします」
しばらくすると仁王と丸井が教室に顔を出し、いつものように授業を受けたら、あっという間に放課後になった。
―鬼ごっこ一日目―
授業が終わり、廊下で部活や委員の仕事に向かう人があふれかえる中、私は鞄を持ってトイレへと向かっていた。
仁王と丸井が部活へ向かったのは確認済みだ。
「それじゃあ、俺の天才的走りで捕まえてやるぜ」
「どんな策を披露してくれるか楽しみナリ」
彼らはこう言い残して、教室から出ていった。どこか余裕があるように聞こえる言葉に、闘争心が刺激される。
簡単に捕まってやるものですか。
他のテニス部員がいないか気にしながらトイレに入ると、運がいいことに誰もいなかった。鏡の前に行き、鞄から変装グッズを取り出す。
まずはネットを被り、昨日購入したウィッグを着ける。
次に、化粧品を取り出し、軽くメイクを施した。まだ中学生だし、ガッツリとメイクをしたら逆に不自然だろう。
最後に眼鏡をかければ完成だ。
「あー、あー」
あとは、いつもと声のトーンが変えられるとよいのだが。
鬼ごっこだから会話することもないか。鬼を見つけたら速やかに逃げよう。
そう結論付けた私は再び鞄を持って図書館へ移動した。
図書館へ入り、すぐさま自習スペースへと向かう。
座る席は、机に仕切りがあり、集中して作業ができそうなところを選んだ。ちょうど入り口が見える場所でもある。
テニス部のジャージを着た生徒が来れば、一発で分かるだろう。
放課後一時間をぼーと過ごすのも時間がもったいないので、私は鞄から教科書とノート、筆箱を取り出し、授業で出た宿題に取り組むのであった。
黙々と宿題を消化していると、図書館の扉が開く音がした。
姿勢を変えずに目だけ動かしたら、そこにはジャージを着した柳生の姿が見えた。
勉強をしているふりをしつつ、そのまま観察する。どうやら彼は本を借りに来たようだ。
パキッ。
シャーペンの芯が折れた。
いや、違う。あれは柳生ではなく仁王だ。
彼が持っている本のタイトルを見て確信する。
詐欺師の楽園。それは以前仁王から聞いたことがある、彼の好きな本だった。
私の他にも自習スペースに人がいるから、目立つことをしなければ気づかれないだろう。
幸いこちらに気づいている様子はないので、何事もなかったかのように視線をノートに戻して課題を再開させる。しかし、脳裏に仁王のジャージ姿がちらつき、課題に集中できない。
なんとか区切りのよいところまで終わらせると、すでに鬼ごっこが終了している時刻だった。
安堵の胸をなでおろし、私物を片付けて出入口へ。
扉を開けると左手に紳士の皮を被った詐欺師がいた。彼は壁に凭れながら先ほど手にしていた本を読んでいる。
「……」
動揺が悟られれば、せっかくの変装も台無しになってしまう。私は素知らぬ顔で扉を閉め、昇降口に向かおうとした。
「そこのお嬢さん、お待ちください」
「……私?」
話しかけられたので、仕方なく足を止める。
「ええ、あなたです。私はここで白石さんを探していたのですが、図書館で見かけませんでしたか? 放課後、校内を案内する予定だったのですが……」
ダウト。そんな約束はしていません。
そもそも、名前まで出して、これは私の反応を伺うために質問しているのだろうか。わざわざ図書館の前で待ち伏せするなんて不自然すぎる。私が白石時雨であると分かっているならば、自習スペースまで来て捕まえればよいのだ。
ならば、返答はこうしよう。
「白石さん……? そのようなかたは知りません。私は用事があるので、それでは」
ぺこりとお辞儀をして、また昇降口へ歩む。
淡々とし過ぎただろうか。
「……はぁ~、白石さん待ちんしゃい」
「え」
右手首を捕まれた。手を離してもらえないと、前へ進めない。
やむを得ず振り向き、彼から逃れようと腕をじたばたさせた。
「そう暴れなさんなって」
「だったら素直に離してください」
「そしたら白石さん逃げるじゃろ」
「私は白石さんではありません」
「意外と負けず嫌いじゃな。それじゃあ、名前はなんていうんじゃ」
「雪宮桜」
「雪宮、桜……」
仁王の声が震えている。おそらく笑いをこらえているのだろう。
「信じてないでしょう」
「お前さんが白石さんだと確信しているからのう」
疑いの眼差しを向けると、キッパリ返される。
「……いつ私が変装しているって分かったの?」
これ以上反論しても無駄だと思い、白旗を揚げる。
私が逃げないことを悟ったのか、仁王は腕の拘束を解いてくれた。
「正直、図書館へ入った時点では分からんかった。全校生徒の顔や名前を知っているわけじゃないからのう。だから本を借りて様子を見ることにした」
「ああ、それで詐欺師の楽園を借りたのね。私はあなたの好きな本を知っているから」
「正解。しかし、お前さんは手ごわかった。本を読んでいても、なかなか反応を示さない。図書館にはいないと思ったぜよ。その時、自習スペースからシャー芯の折れた音が聞こえた。音がした方向に着目すると、一人の女子生徒が俺の持っている本を見て固まっている。それで姿は違うけれど、白石さんじゃないかと目星をつけたんじゃ」
「待って、仁王くんの耳が良すぎる」
「んー、図書館は静かだから案外聞こえるし、その時は神経を尖らせていたからのう。あとは確信を得るために一旦廊下に出て待ち伏せをした」
「図書館から出るとき、平然としてたつもりだったけど……」
「たしかに、ぱっと見はそうじゃったけど一瞬、目が泳いでいた。それで確信したぜよ。この子は白石さんだってな」
私は息を呑んだ。たいした観察眼だと思う。
王者・立海のレギュラーである、仁王の強さが垣間見れた気がした。
「これで納得してもらえたかのう」
「ええ、完敗だわ。僅かな変化を見逃さないなんて」
「テニスの試合でも、些細な動作から相手の癖を見抜いたりするのも大事じゃからな」
「なるほど。……ところで、なんで柳生君に変装しているの?」
「プリッ」
プリッ……?
もしかして誤魔化されたのではないだろうか。
しかし、ここで諦める私ではない。めげずに仁王の顔を凝視した。
「そんなに見つめられても答えんぜよ。自分で考えんしゃい。俺はそろそろ練習に戻るナリ」
仁王は私の横を通り過ぎ、階段を下って行った。慌てて彼の背中を追いかける。
「もう、教えてくれてもいいじゃない。……部活頑張ってね!」
声が届いたようで、仁王は振り返ることはなかったが、手をひらひらとさせるのであった。