蝶ノ光
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明日からテニス部のレギュラー陣と鬼ごっこをする。ただ逃げ回るだけでは、すぐに捕まってしまうだろう。人数も運動能力もこちらが圧倒的に不利なのだ。
そこで策を考えた結果、私は放課後を利用して百貨店に訪れていた。変装グッズを購入するためだ。
まずはウィッグ専門店へと足を運ぶ。
「品揃えが豊富……」
専門店ということだけあって髪型や色など様々な種類があり、あれもこれもと目移りする。
変装するときは、普段とは真逆の印象を与えたほうが効果的だったりするのだろうか。髪は肩にかかるくらいの長さなので、いっそのことショートヘアーにしてみようか。どうせなら自分が楽しめる髪型にしようか。
色々と思考を巡らせる。
じっくり選んだ私は、最終的に緩くウェーブがかかったロングのウィッグを手に取ってレジへ向かった。
次は、眼鏡店へとトコトコ歩く。
視力が悪いわけではないが、眼鏡に憧れていたのだ。知的な印象を与える、乾や手塚の影響である。それに、普段お洒落をする際に伊達眼鏡が欲しかったというのもある。
今度は迷わず、スクエアタイプの黒縁眼鏡を購入した。
「白石さん、ここで何してるんじゃ」
無事に眼鏡が買えてホクホクしていると、後ろから聞き覚えのある声がした。振り返ってみると仁王がいた。
「あれ、仁王くん?」
まだ部活の時間なのでは。
不思議に思って時計を見てみると、すでに18時を過ぎていた。買い物に夢中になっていたら、いつの間にか日も落ちてきたらしい。
「嘘、もうこんな時間!」
慌てて荷物をカバンに纏める。
アクセサリー店も覗きたかったが、それはまた今度にしよう。
これ以上遅くなると親に心配かけそうだ。
「家はどの辺じゃ? 日も落ちてきたし送るぜよ」
「郵便局の近くだけど……仁王くんは買い物、大丈夫なの?」
「ああ、目星のものは買ったし問題ない」
「それじゃあ、お願いします」
「了解ナリ」
外へ出ると、お月様が顔を出していて星もちらほら見えた。
私は仁王と並んで歩を進める。いつもなら帰宅部なのでさっさと学校を後にするため、仁王と一緒に帰るのは初めてだった。
「まさか百貨店で会うとは思わなかったのう」
「私も。仁王くんは何買ったの?」
「姉貴に買い物頼まれたからそれを。そういう白石さんはどうなんじゃ?」
「…………黙秘」
心の中で滝のように流れる汗をかいた。さっきの質問は軽率だったと後悔する。
そのまま返球してくるとは考えていなかった。
私は明日から放課後に使う予定の変装道具しか買っていない。
素直に話してしまえば、鬼ごっこのときに警戒心を与えてしまうだろう。それは避けたい。
しかも仁王はコート上の詐欺師と名乗っていたから、恐らく駆け引きや欺くことが上手いはずだ。他の部員は騙せても、彼だけはすぐにバレる予感がした。
「詐欺師相手に隠し事とは。まぁ、明日あたりに分かるじゃろう」
「さては会ったときに袋の中見たね?」
じとりと隣を見つめる。彼は視線に気づいたのか、こちらを見てニヤリと笑った。
「どうかのう。それより前から気になっていたんじゃが」
仁王の足がとまったので、私もそれに倣って立ち止まる。
「これから言うことは俺の長い独り言じゃ。答えたくなければそれでも構わん。……お前さんを観察していると、どうもマネージャーを進んでやる気はなさそうに見える。しかし、完全には拒絶しない。本当にやりたくなければ、幸村の誘いを断ればいいんじゃからな。だから、どこか迷っている感じがしたぜよ。青学でマネージャーやっていたときに何かあったんかのう?」
いつになく真剣な表情をする彼に見つめられ、自然と言葉が零れ落ちた。
「……マネージャーをやろうか迷っているのは、テニス部で擦れ違いがあったから、かな」
*
中学一年の春、私はテニス部に入部しマネージャーをやることに決めた。同じテニススクールに通っていた友人に勧められたのもあるが、努力している人を見るのが好きだからだ。
私の他に、もう一人マネージャーになった人がいる。
名前は鈴川千夏。彼女はテニス初心者だったので「テニスを教えてほしい」と頼まれ、手の空いたときに教示した。
呑み込みが早く、ひと月経ったときには部員と試合で打ち合える腕前になった。
異変が起き始めたのは今から半年前からだっただろうか。
その頃、私は不二と混合ダブルスを組み、テニススクールの大会に出ることになる。顧問の先生に許可を貰い、部活の時間帯にスクールへ行き、ニ人で練習することもあった。
不二はテニスが上手いし、顔が整っているからか校内にはファンクラブがあるという。そんな彼とニ人きりで練習していたのが気に入らなかったのか、ファンクラブの子から陰湿な嫌がらせを受けるようになった。
部活の皆には隠しておきたかったが、次第に嫌がらせはエスカレート。部室が荒らされ、部員の物が紛失した。
私がやったのではないのかと噂が立ち、一部の部員から白い目で見られるようになった。
とある部員の証言によると、私が物を盗んで逃げ去ったところを部室の近くで見たらしい。
もちろん犯人は私ではない。
そんなときに父の転勤が決まり、神奈川に引っ越すことが決まった。
四月から立海に転校するならば、大会が終わったらそのままテニス部から去ろう――
そう決意した次の日から、私は無心でマネージャーの仕事をこなし、テニスに打ち込んだ。部活中は無表情でいることが多かったと思う。
部活が終わり、帰る支度をして校門を出ると、小学生の頃からの友人である乾が待っていた。
「他の部員はどうしたの? いつも一緒に帰っているのに」
「ああ、手塚や大石たちには先に帰ってもらった。時雨と話したくてね」
「部内で私の噂が立っているのは知っているでしょう。一緒にいたら貞治に迷惑がかかるかも……」
「そんなことは気にしないし、君が犯人だとは思っていない。それと、俺に隠し事をしてないか?」
「隠し事……どうしてそう思ったの?」
「今日の君はどこか上の空だった。覇気がなかったし、いつもより辛そうだったから」
彼の中では私が隠し事をしていることが確定事項なのだろう。言い方に迷いがなかった。
「……立海に転校することになったんだ。お父さんが転勤することになったの」
「転校……。それなら、なおさら部員に誤解を解くべきではないか? 俺も協力しよう。犯人の目星がついた」
乾の指摘は尤もである。しかも犯人が絞れているということは、待ち伏せしていた時点で問いただす気満々だったということか。
「ほんとうはそうするべきだと思うけど、大会が終わったら部活辞めるって決めたんだ。大会まであと数週間だし、これ以上騒ぎを大きくしたくないの。だから、他の部員には黙っててもらえると嬉しい」
「……時雨がそういうなら」
かなり不満そうだが、私の意思を尊重してくれるようでほっとした。
それから、部活では冷たい視線を向けられることがあるけれども耐えられた。乾や不二、手塚がよく気にかけてくれたからである。信じてくれる仲間がいるのは心強かった。
だからこそ不二と手塚、――特に不二には引っ越しの件は言えなかった。これ以上迷惑をかけたくないし、大会前に余計なことを考えさせたくなかったからだ。
スクールの大会では練習した甲斐があり、無事優勝することができた。優勝できて勿論嬉しかったが、辛い生活から解放される喜びの方が大きかったと思う。
私は幼馴染にテニス部を辞めることを告げ、逃げるように去るのであった。
*
青学であったことを話し終えると、仁王は目を見開いていた。
「そんなことがあったのか……。話してくれて感謝するぜよ」
「このことがあってテニスが嫌いになったわけではないから、そこは勘違いしないでね」
「分かった。それと、ファンクラブの件……立海では安心するといいぜよ」
「どうして?」
「立海テニス部にもファンクラブみたいのがあったんじゃが、幸村がそういうの快く思ってなくてのう。一年くらい前だったか。ファンの子たちが毎日のように差し入れとか来て、貴重な練習時間を割くのがストレスになってきて。ある日、遂に幸村の堪忍袋の緒が切れたんじゃ。その姿は、まさに魔王降臨じゃった」
よほど恐ろしかったのか体をぶるりと震わせていた。
「それからファンクラブの活動もおとなしくなった。今ではテニス部に迷惑をかけずに応援することを信条としているらしいから安心しんしゃい」
「……!」
さりげなく手を握られ、胸が高鳴った。
異性と手を繋ぐのは小学生以来ではないかと思い返す。緊張で心臓の鼓動が伝わってないか心配だ。
「それじゃあ、遅くなるし帰るぜよ」
「……うん」
仁王に手を引かれながら、家まで送ってもらった。
日が落ちてあたりが暗くて良かったと思う。今の私はリンゴのように顔が真っ赤だろう。頬が熱い。
ドキドキはしばらく治まらないのであった。
そこで策を考えた結果、私は放課後を利用して百貨店に訪れていた。変装グッズを購入するためだ。
まずはウィッグ専門店へと足を運ぶ。
「品揃えが豊富……」
専門店ということだけあって髪型や色など様々な種類があり、あれもこれもと目移りする。
変装するときは、普段とは真逆の印象を与えたほうが効果的だったりするのだろうか。髪は肩にかかるくらいの長さなので、いっそのことショートヘアーにしてみようか。どうせなら自分が楽しめる髪型にしようか。
色々と思考を巡らせる。
じっくり選んだ私は、最終的に緩くウェーブがかかったロングのウィッグを手に取ってレジへ向かった。
次は、眼鏡店へとトコトコ歩く。
視力が悪いわけではないが、眼鏡に憧れていたのだ。知的な印象を与える、乾や手塚の影響である。それに、普段お洒落をする際に伊達眼鏡が欲しかったというのもある。
今度は迷わず、スクエアタイプの黒縁眼鏡を購入した。
「白石さん、ここで何してるんじゃ」
無事に眼鏡が買えてホクホクしていると、後ろから聞き覚えのある声がした。振り返ってみると仁王がいた。
「あれ、仁王くん?」
まだ部活の時間なのでは。
不思議に思って時計を見てみると、すでに18時を過ぎていた。買い物に夢中になっていたら、いつの間にか日も落ちてきたらしい。
「嘘、もうこんな時間!」
慌てて荷物をカバンに纏める。
アクセサリー店も覗きたかったが、それはまた今度にしよう。
これ以上遅くなると親に心配かけそうだ。
「家はどの辺じゃ? 日も落ちてきたし送るぜよ」
「郵便局の近くだけど……仁王くんは買い物、大丈夫なの?」
「ああ、目星のものは買ったし問題ない」
「それじゃあ、お願いします」
「了解ナリ」
外へ出ると、お月様が顔を出していて星もちらほら見えた。
私は仁王と並んで歩を進める。いつもなら帰宅部なのでさっさと学校を後にするため、仁王と一緒に帰るのは初めてだった。
「まさか百貨店で会うとは思わなかったのう」
「私も。仁王くんは何買ったの?」
「姉貴に買い物頼まれたからそれを。そういう白石さんはどうなんじゃ?」
「…………黙秘」
心の中で滝のように流れる汗をかいた。さっきの質問は軽率だったと後悔する。
そのまま返球してくるとは考えていなかった。
私は明日から放課後に使う予定の変装道具しか買っていない。
素直に話してしまえば、鬼ごっこのときに警戒心を与えてしまうだろう。それは避けたい。
しかも仁王はコート上の詐欺師と名乗っていたから、恐らく駆け引きや欺くことが上手いはずだ。他の部員は騙せても、彼だけはすぐにバレる予感がした。
「詐欺師相手に隠し事とは。まぁ、明日あたりに分かるじゃろう」
「さては会ったときに袋の中見たね?」
じとりと隣を見つめる。彼は視線に気づいたのか、こちらを見てニヤリと笑った。
「どうかのう。それより前から気になっていたんじゃが」
仁王の足がとまったので、私もそれに倣って立ち止まる。
「これから言うことは俺の長い独り言じゃ。答えたくなければそれでも構わん。……お前さんを観察していると、どうもマネージャーを進んでやる気はなさそうに見える。しかし、完全には拒絶しない。本当にやりたくなければ、幸村の誘いを断ればいいんじゃからな。だから、どこか迷っている感じがしたぜよ。青学でマネージャーやっていたときに何かあったんかのう?」
いつになく真剣な表情をする彼に見つめられ、自然と言葉が零れ落ちた。
「……マネージャーをやろうか迷っているのは、テニス部で擦れ違いがあったから、かな」
*
中学一年の春、私はテニス部に入部しマネージャーをやることに決めた。同じテニススクールに通っていた友人に勧められたのもあるが、努力している人を見るのが好きだからだ。
私の他に、もう一人マネージャーになった人がいる。
名前は鈴川千夏。彼女はテニス初心者だったので「テニスを教えてほしい」と頼まれ、手の空いたときに教示した。
呑み込みが早く、ひと月経ったときには部員と試合で打ち合える腕前になった。
異変が起き始めたのは今から半年前からだっただろうか。
その頃、私は不二と混合ダブルスを組み、テニススクールの大会に出ることになる。顧問の先生に許可を貰い、部活の時間帯にスクールへ行き、ニ人で練習することもあった。
不二はテニスが上手いし、顔が整っているからか校内にはファンクラブがあるという。そんな彼とニ人きりで練習していたのが気に入らなかったのか、ファンクラブの子から陰湿な嫌がらせを受けるようになった。
部活の皆には隠しておきたかったが、次第に嫌がらせはエスカレート。部室が荒らされ、部員の物が紛失した。
私がやったのではないのかと噂が立ち、一部の部員から白い目で見られるようになった。
とある部員の証言によると、私が物を盗んで逃げ去ったところを部室の近くで見たらしい。
もちろん犯人は私ではない。
そんなときに父の転勤が決まり、神奈川に引っ越すことが決まった。
四月から立海に転校するならば、大会が終わったらそのままテニス部から去ろう――
そう決意した次の日から、私は無心でマネージャーの仕事をこなし、テニスに打ち込んだ。部活中は無表情でいることが多かったと思う。
部活が終わり、帰る支度をして校門を出ると、小学生の頃からの友人である乾が待っていた。
「他の部員はどうしたの? いつも一緒に帰っているのに」
「ああ、手塚や大石たちには先に帰ってもらった。時雨と話したくてね」
「部内で私の噂が立っているのは知っているでしょう。一緒にいたら貞治に迷惑がかかるかも……」
「そんなことは気にしないし、君が犯人だとは思っていない。それと、俺に隠し事をしてないか?」
「隠し事……どうしてそう思ったの?」
「今日の君はどこか上の空だった。覇気がなかったし、いつもより辛そうだったから」
彼の中では私が隠し事をしていることが確定事項なのだろう。言い方に迷いがなかった。
「……立海に転校することになったんだ。お父さんが転勤することになったの」
「転校……。それなら、なおさら部員に誤解を解くべきではないか? 俺も協力しよう。犯人の目星がついた」
乾の指摘は尤もである。しかも犯人が絞れているということは、待ち伏せしていた時点で問いただす気満々だったということか。
「ほんとうはそうするべきだと思うけど、大会が終わったら部活辞めるって決めたんだ。大会まであと数週間だし、これ以上騒ぎを大きくしたくないの。だから、他の部員には黙っててもらえると嬉しい」
「……時雨がそういうなら」
かなり不満そうだが、私の意思を尊重してくれるようでほっとした。
それから、部活では冷たい視線を向けられることがあるけれども耐えられた。乾や不二、手塚がよく気にかけてくれたからである。信じてくれる仲間がいるのは心強かった。
だからこそ不二と手塚、――特に不二には引っ越しの件は言えなかった。これ以上迷惑をかけたくないし、大会前に余計なことを考えさせたくなかったからだ。
スクールの大会では練習した甲斐があり、無事優勝することができた。優勝できて勿論嬉しかったが、辛い生活から解放される喜びの方が大きかったと思う。
私は幼馴染にテニス部を辞めることを告げ、逃げるように去るのであった。
*
青学であったことを話し終えると、仁王は目を見開いていた。
「そんなことがあったのか……。話してくれて感謝するぜよ」
「このことがあってテニスが嫌いになったわけではないから、そこは勘違いしないでね」
「分かった。それと、ファンクラブの件……立海では安心するといいぜよ」
「どうして?」
「立海テニス部にもファンクラブみたいのがあったんじゃが、幸村がそういうの快く思ってなくてのう。一年くらい前だったか。ファンの子たちが毎日のように差し入れとか来て、貴重な練習時間を割くのがストレスになってきて。ある日、遂に幸村の堪忍袋の緒が切れたんじゃ。その姿は、まさに魔王降臨じゃった」
よほど恐ろしかったのか体をぶるりと震わせていた。
「それからファンクラブの活動もおとなしくなった。今ではテニス部に迷惑をかけずに応援することを信条としているらしいから安心しんしゃい」
「……!」
さりげなく手を握られ、胸が高鳴った。
異性と手を繋ぐのは小学生以来ではないかと思い返す。緊張で心臓の鼓動が伝わってないか心配だ。
「それじゃあ、遅くなるし帰るぜよ」
「……うん」
仁王に手を引かれながら、家まで送ってもらった。
日が落ちてあたりが暗くて良かったと思う。今の私はリンゴのように顔が真っ赤だろう。頬が熱い。
ドキドキはしばらく治まらないのであった。