蝶ノ光

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 はらり、はらり――――
 また一枚、桜の花びらが舞う。

 そっと手で器をつくると、そこに花びらが落ちてきた。

『来年もまた一緒に桜を見よう』

 去年、そんな約束をリョーマとした。この約束は果たせるのだろうか。
 ここ最近、朝早く学校に来ては、こうしてただただ桜を眺めている。

「君は桜が好きなの?」

 桜に夢中になっていると、後ろから声がする。振り返ると肩にジャージを羽織っている男の人が立っていた。

「はい、好きです。大切な思い出がありますから」

「そうなんだ。ここの桜は綺麗だよね。白石さん毎日ここで眺めているから、気になって声かけてみたんだ」

 たしかに頻繫に訪れていたが、なぜ私の名前を知っているのだろう。彼とは初対面だったはず。それが顔に出ていたのか、すぐに答えてくれた。

「ああ、びっくりさせちゃったね。ブン太や仁王に聞いたんだ。俺は、幸村精市。よろしくね」

「よろしくお願いします」

「ははは、同級生なんだから敬語じゃなくていいのに」

「なんだか緊張しちゃって……」

 丸井や仁王に聞いたということは、彼もテニス部の可能性が高い。だから無意識のうちに壁を作ろうとしたのだろう。
 それに笑顔の下に底知れぬ力を持っていそうなところが、不二と似ている気がした。

「えーと……よ、よろしく、幸村くん」

「よろしく、白石さん」

 敬語がとれて嬉しかったのか、先ほどより幸村の笑みは柔らかい。

「ところで、これから時間あるかい? 少し話したいことがあるんだ」

「うん、大丈夫だよ。話って?」

「単刀直入に言うと、白石さんにテニス部のマネージャーになってほしい。青学でマネージャーをしていたと聞いてね」

 彼の口から出てきた言葉は予想していたものの、素直には頷けなかった。
 ドクン、ドクン。
青学での出来事が脳裏をよぎり、鼓動が速くなる。
 私は一度目を閉じて深呼吸をし、呼吸を整えた。そして、しっかり幸村を見据えて言い放つ。

「立海は全国大会をニ連覇していると聞きました。マネージャーがいなくても全国制覇していますし、私の力が役に立てるとは思えません」

「そうかな。とある部員から、君はスクールに通っていてテニスは強いと聞いたし、優秀なマネージャーがいたら、よりテニスに集中できると思うけど」

「誰に聞いたかは知りませんが、買い被りすぎです。あなたがたの方がよっぽど強いでしょう」

「思っていたより手ごわいね。はっきりと意見を言うところが好ましく思うけど。そうだな……それならレギュラー陣と鬼ごっこしよう」

「鬼ごっこ?」

 予想外の展開に思わず目をぱちくりさせた。てっきりマネージャーになるまで説得させられるのかと思ったら違うらしい。

「そう、鬼ごっこ。期間は明日から平日五日間の放課後一時間。今日は月曜だから、土日を挟んで来週の月曜まで。鬼はレギュラー全員で、場所は学校の敷地内であればどこでも。ただし、白石さんを捕まえられるのはテニスウェアを着ているときのみ。もし捕まえることができたら、君にはマネージャーになってもらいたい」

「レギュラーは少なくとも七人いるでしょう。私が圧倒的に不利だと思いますが」

 幸村から目を逸らし、地面に視線を向ける。思わず硬い声になってしまった。
 仕方ないじゃない。体力に差があるし、あっという間に捕まる未来しか想像できないんだもの。
 ちらりと幸村を見ると、右手を顎に添えて考えこんでいた。

「たしかに人数を考えれば君が不利だ。けれど、俺がレギュラー陣に鬼ごっこで君を捕まえてほしいと言っても、彼らにも選ぶ権利がある。君の意思を尊重したいのであれば、捕まえなくてもいい。俺は、別にそのことを咎めはしないよ」

「つまり、全員追いかけてくるわけではないってこと?」

「そういうこと。受けてもらえるかな」

「分かりました。受けて立ちましょう」

「勝負成立だね」

「はい」

 勝負となると負けるわけにはいかない。場所の指定はないから逃げるだけではなく、隠れるのもありだ。
 マネージャーうんぬんはおいといて、レギュラーと鬼ごっこなんて楽しそうだと思った。

「また敬語に戻ってる」

「あっ……」

「それと、なぜ頑なにマネージャーになりたくないのかは分からないけど、ここは青学ではなく立海だ。そのことは覚えておいて」

「……うん」

 ドキリとした。もしかして、幸村は青学での出来事を知っているのではないかと感じる。先ほどの話に出てきた、とある部員とやらに聞いたのだろうか。

「それじゃあ、そろそろ朝練が始まるから行くね。レギュラーのみんなにも伝えないと」

「頑張って、幸村くん」

「ふふ、ありがとう」

 そういって幸村は上機嫌で部室へ向かっていった。
 その後、部員たちに恐れられるのは、また別のお話。

 これが神の子、幸村精市との出会い。
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