創作 短編集
「なぁなぁ、まなって名前めっちゃ女みてぇだよな」
「あ、めっちゃわかる!」
いつものように騒ぎながら学校へ向かう少年達。彼ももその中の1人だった
「だろー!?もうちょいかっけぇ名前がよかったわー」
(……かなとの兄妹ってしるしだし、この名前気に入ってんだけどな)
そうは思っても素直に口に出せない。それだけならその年の少年ならよくある事だった。けれど彼はちがった。
「おーいまなーー!外でサッカーしねぇ?」
いつも話す相手のひとりがそう誘う。
「あー、俺。本の期限切れてたから返しに行かねぇと」
そう返すが彼は期限はおろか、本を借りてすらいない。
「ちぇ、ノリ悪いなーまな」
「悪ぃ悪ぃ、また今度誘ってくれー」
誘ってきた少年が口を尖らせ出ていくのをにこやかに見送り、ため息。
「……用事なんて、ねーのにな」
そのつぶやきを聞く人はいなかった
「まなー?算数の宿題っていつまでだっけ!?」
慌てた様子で聞いてくる少年。確か期限は来週のはずだった。
「……あれ、確か今日じゃなかったっけ!?俺やってねぇよ〜」
息をするように口から出る嘘、嘘、嘘……今日じゃないことなんて知っていた。それに出されたその日に少年が聞いてきた宿題は終えていた。
彼は嘘しか言えなかった。本当のことを言おうとしても口から発せられる言葉は全て嘘だった。
「……まなってさー、ノリ悪いよなぁ」
「わかる〜それによく体調崩してるけどさ?そんなに体調崩すものかなー」
「仮病だったりして!」
「うっわ、ありえる……あいつ嘘つくこと多いし」
帰り道で聞こえてくるひそひそ声。一瞬足が止まるが、すぐにまた歩き始める。
「っ……まな。聞いてた?」
恐る恐るそう問う少年。
「……なんのこと?」
こういう時は、嘘しかつけないことに感謝した。目の前の少年が安心したように肩を落とす。
「いや、なんでもねー!ところでさー」
わざとらしくふられる話題に相槌をうちながら、今日もいつものように家へ帰る。
「……ただいまぁ」
妹がいるであろう扉を開きながらそう声をかける。
「おかえりおにーちゃん」
予想通り妹の声が聞こえる。そのまま部屋へ入り、自分の机にランドセルを引っ掛ける。視界の端に写るのは妹の赤いランドセル。
「おにーちゃん顔くらーい!なんかあったのー?」
後ろから聞こえてくる妹の声にも当たり前のように嘘で返す。
「べーつに?なんもなかったよ」
「はいはい、お決まりの嘘おつ〜」
そう、けらけら笑いながら言う声を聞いて安堵する。妹は家族や、友達と違ってわかってくれる。妹は彼が嘘しか言えないことを知っていた。そして理解もあった。
「かなは?なんかあったかー」
「あったあった!クラスの子に『かなちゃん酷い!そんなこと言うなんて!』って泣かれたー。でもかな嘘つけなーい☆」
妹も彼と違うようで似ていたからだ。兄が嘘しかつけないように、妹は真実しか言えなかった。
くるりと椅子を回転させて妹を見る。
「……お前、その傷どうしたんだよ」
たまたま見ていなかったその姿をみて驚く。キュロットから覗く膝にはいくつも絆創膏が貼られ、半袖から覗く腕には痛々しいアザが出来ていた。
「えー?公園占領してるバカ中学生がいたからサッカーの勝負仕掛けてー?圧勝して思わず「うわ雑魚っ」て言ったら殴られたー!まぁ蹴り潰して再起不能にしてやったけど?ざまぁ〜」
何かえげつない言葉が聞こえた気がするが気のせいだろう。妹も、彼も。極端に嘘しかつけない、真実しか言えないせいで人間関係は上手くいっていなかった。妹はそのストレートな物言いを受け入れられる、極わずかの人間と、兄は八方美人なところから、仲良くなる人は多くとも、長続きはしなかった。
それは家族も一緒だった。嘘がつけない妹は何かにつけて怒られ、嘘ばかりの兄は信じられることがなかった。
「はっ……かなには傷がお似合いだよ」
思ってもいない、ひどい言葉を投げかける罪悪感から顔を背けてそう呟く。呆れたように妹も返事をする
「思ってもないことを〜」
妹も、家族も寝静まったのを確認してこっそり家を抜け出す。向かう先は途中が崖になっていて危ないと閉鎖された公園。誰もいないことを確認して奥へと進む。
「ふぅ……っぐ、ひっぐ……」
堪えていた涙がせきをきったように零れる。
「嘘っ……ぐす……つきたく、て……ひっく……ついてる、んじゃないぃい……」
妹の前ですら被っていた仮面が剥がれ落ちる。
「なんでっぐす……母さんも、父さん……ひぐ……も、わかってっ……くれっない、の……」
「かな、った、大切な……うぅ……妹、なのに……う……守れなく、て……ひどい……ぐす……こと、までぇ……」
「ごめ……ごめんなさ……」
「うぁあああああああっ……」
どれほどたっただろうか。涙も枯れ果てて、少し虚ろな目でふらふらと立ち上がり、家へと帰る道を行く。
帰る道すがら……濡らしたハンカチで目元を抑え、目がはれないように。泣いたことがバレないようにしながら。
「かなー?朝だよ!」
そしていつものようにカーテンを開ける。
泣き虫な彼を知る人はいない
「あ、めっちゃわかる!」
いつものように騒ぎながら学校へ向かう少年達。彼ももその中の1人だった
「だろー!?もうちょいかっけぇ名前がよかったわー」
(……かなとの兄妹ってしるしだし、この名前気に入ってんだけどな)
そうは思っても素直に口に出せない。それだけならその年の少年ならよくある事だった。けれど彼はちがった。
「おーいまなーー!外でサッカーしねぇ?」
いつも話す相手のひとりがそう誘う。
「あー、俺。本の期限切れてたから返しに行かねぇと」
そう返すが彼は期限はおろか、本を借りてすらいない。
「ちぇ、ノリ悪いなーまな」
「悪ぃ悪ぃ、また今度誘ってくれー」
誘ってきた少年が口を尖らせ出ていくのをにこやかに見送り、ため息。
「……用事なんて、ねーのにな」
そのつぶやきを聞く人はいなかった
「まなー?算数の宿題っていつまでだっけ!?」
慌てた様子で聞いてくる少年。確か期限は来週のはずだった。
「……あれ、確か今日じゃなかったっけ!?俺やってねぇよ〜」
息をするように口から出る嘘、嘘、嘘……今日じゃないことなんて知っていた。それに出されたその日に少年が聞いてきた宿題は終えていた。
彼は嘘しか言えなかった。本当のことを言おうとしても口から発せられる言葉は全て嘘だった。
「……まなってさー、ノリ悪いよなぁ」
「わかる〜それによく体調崩してるけどさ?そんなに体調崩すものかなー」
「仮病だったりして!」
「うっわ、ありえる……あいつ嘘つくこと多いし」
帰り道で聞こえてくるひそひそ声。一瞬足が止まるが、すぐにまた歩き始める。
「っ……まな。聞いてた?」
恐る恐るそう問う少年。
「……なんのこと?」
こういう時は、嘘しかつけないことに感謝した。目の前の少年が安心したように肩を落とす。
「いや、なんでもねー!ところでさー」
わざとらしくふられる話題に相槌をうちながら、今日もいつものように家へ帰る。
「……ただいまぁ」
妹がいるであろう扉を開きながらそう声をかける。
「おかえりおにーちゃん」
予想通り妹の声が聞こえる。そのまま部屋へ入り、自分の机にランドセルを引っ掛ける。視界の端に写るのは妹の赤いランドセル。
「おにーちゃん顔くらーい!なんかあったのー?」
後ろから聞こえてくる妹の声にも当たり前のように嘘で返す。
「べーつに?なんもなかったよ」
「はいはい、お決まりの嘘おつ〜」
そう、けらけら笑いながら言う声を聞いて安堵する。妹は家族や、友達と違ってわかってくれる。妹は彼が嘘しか言えないことを知っていた。そして理解もあった。
「かなは?なんかあったかー」
「あったあった!クラスの子に『かなちゃん酷い!そんなこと言うなんて!』って泣かれたー。でもかな嘘つけなーい☆」
妹も彼と違うようで似ていたからだ。兄が嘘しかつけないように、妹は真実しか言えなかった。
くるりと椅子を回転させて妹を見る。
「……お前、その傷どうしたんだよ」
たまたま見ていなかったその姿をみて驚く。キュロットから覗く膝にはいくつも絆創膏が貼られ、半袖から覗く腕には痛々しいアザが出来ていた。
「えー?公園占領してるバカ中学生がいたからサッカーの勝負仕掛けてー?圧勝して思わず「うわ雑魚っ」て言ったら殴られたー!まぁ蹴り潰して再起不能にしてやったけど?ざまぁ〜」
何かえげつない言葉が聞こえた気がするが気のせいだろう。妹も、彼も。極端に嘘しかつけない、真実しか言えないせいで人間関係は上手くいっていなかった。妹はそのストレートな物言いを受け入れられる、極わずかの人間と、兄は八方美人なところから、仲良くなる人は多くとも、長続きはしなかった。
それは家族も一緒だった。嘘がつけない妹は何かにつけて怒られ、嘘ばかりの兄は信じられることがなかった。
「はっ……かなには傷がお似合いだよ」
思ってもいない、ひどい言葉を投げかける罪悪感から顔を背けてそう呟く。呆れたように妹も返事をする
「思ってもないことを〜」
妹も、家族も寝静まったのを確認してこっそり家を抜け出す。向かう先は途中が崖になっていて危ないと閉鎖された公園。誰もいないことを確認して奥へと進む。
「ふぅ……っぐ、ひっぐ……」
堪えていた涙がせきをきったように零れる。
「嘘っ……ぐす……つきたく、て……ひっく……ついてる、んじゃないぃい……」
妹の前ですら被っていた仮面が剥がれ落ちる。
「なんでっぐす……母さんも、父さん……ひぐ……も、わかってっ……くれっない、の……」
「かな、った、大切な……うぅ……妹、なのに……う……守れなく、て……ひどい……ぐす……こと、までぇ……」
「ごめ……ごめんなさ……」
「うぁあああああああっ……」
どれほどたっただろうか。涙も枯れ果てて、少し虚ろな目でふらふらと立ち上がり、家へと帰る道を行く。
帰る道すがら……濡らしたハンカチで目元を抑え、目がはれないように。泣いたことがバレないようにしながら。
「かなー?朝だよ!」
そしていつものようにカーテンを開ける。
泣き虫な彼を知る人はいない