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創作 短編集

『手や体が冷たい人はね?代わりに心がとーーってもあったかいのよ』
それが、お母さんから聞いた最後の言葉になった。
元から体が弱くて、私のお母さんは入院していた。けれど体調のいい時はよくお散歩したりもした。この言葉を聞いたのも、一緒にお散歩していたときだった。

「お母さん?手ーつめたーい!もう春なのにー」
暖かな陽射しに反して、繋いだその手はとても冷たくて、私は思わずそう言っていた。その時お母さんが笑ってそう言っていたんだ。

けれどその日の夜からお母さんの容態は急激に悪化して、もう1度会うこともなくお母さんはこの世を去った。

「お母さん!おかぁさぁああん!」
泣くことしか出来ない私を、自分だって辛いはずなのにお父さんが優しくなだめてくれた。散々泣いた末にその日は疲れてねむってしまった。
翌日、目が覚めるとほんの少し違和感を感じた。それは泣き腫らして重たいまぶたなどではなく……

ほんの少しの、肌寒さ。

夏の近づく、少し暑いくらいのはずな部屋。特にクーラーをつけている訳でもないのに、私は涼しさに身を震わせた。そして顔を洗うために鏡をみてもう1度違和感。目立つほどではないけれど、違和感を感じる程度には髪の色が薄くなっていた。それだけじゃない、茶色だったはずの瞳にほんの少し朱が混じっていた。もちろん充血したからとかではなく。
けれどお母さんを失った悲しみから抜け出せない私は特に気にすることもなかった。

お母さんが死んで何日たっただろうか。とうにお葬式は済ませたけれど、私は未だふとした拍子に泣いてしまっていた。
そして……あの日感じた違和感は、違和感を超えていた。今の私の髪は銀色へと変わり、瞳は赤へと変わっていた。それに加えて周囲の人間でもわかるくらい冷えた体。人の体温では有り得なかった。
おかしい事ばかりだった。冷えてしまうのが原因なのかはわからないが、会話をするだけででも息が持たず今までとは比べ物にならないくらい体力も落ちていた。
友達はみんなこの変化に怯え、気持ち悪いと離れていった。だけどお父さんは変わらず優しかった。思い出したように泣く私を、私の傍にいたら寒いだろうに…ずっとなだめてくれた。

そんな日が続き、お母さんの49日を迎えた。
最近では泣くことも減っていたけれど、その日はお母さんが死んだとき見たいに泣いた。そしてあの日のように私は疲れて眠りに落ちた。

夢に、お母さんが出てきた。会いたい。けれど手を伸ばしても届かない。
お母さんの姿が揺らぎ、飛び起きた。
自分の目を疑った。異常な程気温が下がり、白くなる自分の息。霜のはった棚……垂れ下がるつらら。
視界の端にうつる大きな氷。ゆっくり顔の向きを変え、その氷をみる。
中には、見慣れたお父さんの姿。
「お父さん……お父さん!?!!」
氷にかけより叩くけれど割れるはずもない。それどころか触れる端から凍てついた。

反射する氷の表面に自分の姿がみえる。

銀へ変わった髪を飾る、透き通った氷の王冠
赤く変わった左目に浮かぶ大きな雪の結晶、右目は今の自分の心を表しているかのようにぐるぐると渦巻いていた。

「な、に……これ……」

家族はもういない。お父さんの姿を見ているのが怖くて当ても無く家を飛び出した。

私はもう、人殺しだ。それならいっそ

温水なんて似合わない。だってもうこんなに冷えきってしまっている。

『手や体が冷たい人はね?代わりに心がとーーってもあったかいのよ』

思い出すお母さんの言葉。ごめんね、お母さん。私はそんな人になれそうもありません。
私は冬姫……冬の、お姫様。
けれど氷の王冠を戴く自分の姿はお姫様なんて可愛いものではない。

ふと、お母さんの名前を思い出す。
「王、柯」
ぴったりではないか。お姫様とはかけ離れて、王と呼ぶ方がふさわしい。自分の周りで煌めくダイヤモンドを見れば誰しもそう思うだろう。

「私は……雪の、女王様」

その日から、私は雪城王柯を名乗ることに決めた。
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