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創作 短編集

「おーにーいちゃんっ!」
朽ち果てた屋根裏から長い黒髪を靡かせ、ひょいと飛び降りてきたのは1人の中性的な少女。余程身体能力が高いのだろう。本来ならハシゴか何かを使う様な高さであるが、平然とした顔でその場へと降り立った。
「なんだよかな、というか危ないだろ!」
「へーきへーき。お兄ちゃんみたいにかな、運動出来なくないもん」
少女をかなと呼ぶのは、長い白髪を後ろでゆるくまとめたこれまた中性的な少年。二人とも口調が違う為間違う事は無いだろうが、まるで同じ人物が喋っているかのようで。そんなそっくりな声が、見た目こそ全く似ていない二人の間に血の繋がりがあることを感じさせた。

「お兄ちゃん、かなお腹すいたんだけど。ご飯まだ?」
「お前、おれが作る飯食いたいの??甘いの嫌いなお前が???」
「お兄ちゃんに作って欲しいとは一言も言ってないってのこのバカ兄」
「んじゃなんでわざわざ聞いてくるんだ」
「材料的に?確かなかったなーって。買ってきてよ」
「ぜっってーーやだ」
「なんでさ!けち!」
「だって今日クソ日差し強いし。焼ける」
「女子か」
「なんとでも言え。とにかくおれは行かないからな」
「お兄ちゃん、かなに食材の買い出し任せていいわけー??かなが超のつく辛党だって知ってるでしょ?」
「ぐっ……っておい。その言葉、そっくりそのまま返すぞバカ妹」
「…………」
「…………」
「一緒に行くか……」
「そーだね……」

騒がしく仲がいいのか悪いのか分からないような会話を繰り広げつつも手早く出かける準備をしていく。その間も息のぴったりあった軽口を叩き合う二人、さぞかし準備の手は進んでいないのかと思えば、そんなことはなく。瞬く間に出かける準備を済ませた二人は勢いよく扉を開け放ち、外へと駆け出した。
年相応のはつらつさが見えるかなに対し、出てすぐにうんざりした顔をするまな。その歩みはかなにしてみたら酷く遅いものである。
「お兄ちゃんののーろまっ!あーやだやだ、年は取りたくないね」
「ひとつしか違わねぇだろ!年寄り扱いすんなよ!」
けれど、いつもの如く軽口を叩きはしても置いていくことはせずに歩調を合わせていた。

「はー……ようやくついた……」
「ひゃー、すずしー!さてお兄ちゃん?買うものをどうぞ」
「小麦粉」
「うんうん」
「卵」
「おけおけ」
「牛乳」
「いーれた」
「それにグラニュー糖とベーキングパウダーとチョコレートと……」
「ちょっと待とうかお兄ちゃん」
「なんだよかな?」
「どう見てもお菓子の材料だよね???」
「そうだけど」
「かな達はご飯の材料買いに来たんだよ!?」
「おれの飯がお菓子なのはいつもの事じゃん……」
「いやそうだけども」
「そう言うかなはどうなんだよ」
「かなはまともだよー!」
「どうだかねー?」
「ご飯でしょ?」
「おうよ」
「キャベツと白菜にー」
「はいはい」
「キムチの素と豆板醤にデスソース!」
「まてこらぁ!?」
「もーー、なに?お兄ちゃん」
「ど・こ・が!まともだ!」
「ご飯とキャベツに白菜な辺り」
「デスソースとかがおかしいのは自覚してんだな」
「いやぁ、家のデスソース切れちゃって」
「よーそんなもの食えるよな……」
「かなは辛党だもーん」
「知ってた……ちっ」
「どったの?お兄ちゃん」
不意にまなが眉をしかめ辺りを見回すとかなにも彼が眉をしかめた理由がすぐに分かった。目を引くまなの白髪、独り言かと思うほどよく似た声。それに加え二人自身は気にしていなかったが、兄妹ではまずありえないような程、それこそ恋人なのかと思われるほど近い距離。気づけば周りの視線を集め、何かしらをひそひそと囁かれていた。
「気になる?お兄ちゃん」
「……別に」
「そか……早く買い物終わらせて帰ろ!」
「はは、そうだな」
妹であるかなは、口でこそ言わないけれどまながこのような陰口を苦手とするのをとうの昔に知っていた。
「あ、お兄ちゃん。かな、一味も買いたいから先レジ行っててー」
「OK。ついでに今回いくら位になるのか計算しといて」
「りょうかーい」
そしてかなもまた、陰口を言われるのは好ましく思っていない。向けられたのが自分だけではない時は特に。彼がレジに向うのを確認すると未だかなの方をちらちらと見てくる客、中でも聞こえるような声で色々言っていた中年の女へと振り返る。
「こそこそと見知らぬ相手のこと言ってんじゃねぇよ、性格悪いクソババァ」
みるみる女性の顔が赤くなり、何か喚いて居るようだが兄に宣言した以上、そして彼女の嘘のつけない性分としても、手ぶらで兄の元へ行くことはできず、手早く一味をとり駆け出す。幸い、その女性が追ってくることは無かった。追ってきたにしても彼女の足に追いつけるはずもないのだが。
「たっだいまー!」
「かなにしては遅かったな」
「迷ったの……」
「あー……いつものことだな」
「酷くない???」
「で、合計いくら位?」
「8907円。9000円と12円だしたらお釣り105円で小銭少なくなるからよろしく」
「さんきゅ」
見たところ先程の女性は常連のようだし、当分この店に来るのは控えた方がいいかなと思いつつも小銭の計算をこなす。計算の得意な彼女が計算の苦手な彼の代わりに出す金額を示すのはいつものことであった。

(お兄ちゃんってばガラスメンタルなんだから)
(ったく、かなの奴。どうせまたおれを気遣ってなんか言ってきたんだろうな)
(かなが守ってあげる)
(別にそんなんしてくれなくてもいいのに……本当は、俺がかなを守らなきゃ行けないのにな)

「支払い、終わったぞかな」
「おつかれー。さ、帰ろ帰ろ!かなお腹すいて死にそー……」
「おれは帰り道の日差しで死にそう」
「あははっ!お兄ちゃんのもーやしー」
帰り道もまた、かなはまなに歩調を合わせ、お互い軽口を叩きあいながら、二人の家へと帰ってゆく。

彼らの日常は今までずっとこの調子で、これからもきっと代わり映えはしない。
これは、彼らがまだ二人きりだったある夏の日。
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