創作 短編集
誰からも距離を置くため、誰にも自分の事を悟らせないために使いづづけていた少しおかしい敬語。てんむに近づきたくて、彼と話す時だけは止めるようにした。彼と会ってからは嫌がられない範囲で行動を共にした。
ある時、彼が大きく動揺することを知った。彼の弟……ジャックの話を持ち出すとてんむは正気を失う。実のところ、ジャックとは知り合いだったのもあり、驚きが隠せなかった。それと共に彼の嘘だらけの微笑みの理由を知り、また自分には向けてくれない本心に嫉妬した。しかしそんなことはおくびにも出さず、まるはいつも通り無邪気に笑い、正気を失った彼の髪を優しく撫でた。
その後も特に変わりはなかった。そう思っていた時に意図せず起きたハプニング。風呂へ下着を持って行くことを忘れたのだ。部屋に呼ぶことや、家事を手伝って貰うことが多かったのもあって服の場所を把握しているだろうと見込んで、彼に下着を持ってきてくれないかと頼んだ。
……意外だった、いつも通りの嘘っぱちな顔の裏にほんの少しだが動揺が見えた。恥ずかしさが無いわけではないが、特に気にもならないから少し試してみただけだったのだ。けれどたまたまとはいえ初めて自分の手で彼の心を揺らがせた。
(私でも、弟くんじゃなくても……その、心を動かせた……)
彼女の心にほんの少し火が点った。思えば外してはいけないストッパーを外してしまったのかもしれない。
ーーーー彼の本心を引きずり出してやろう
もう止まらなかった。決行にうつしたきっかけは覚えていない。タブーである弟の話をあえて彼にふった。正気を失わないぎりぎりで話をつづける。彼の顔が徐々に色を失うのを見て彼女は笑う。酷いことをしているものだ、そう思いつつも彼女は彼の心を暴いていく。
ついに、彼の顔から笑顔が消えた。
暴いた中にほんの少しだけ嘘を交えた。彼は一人ぼっちではない。だって自分がずっと寄り添うつもりなのだから。
彼の表情が無から動かない。その時初めて彼女に焦りが生まれた。けれどもう、彼女にだって止められない。望みとは真逆の言葉を紡ぐ。
笑わせてあげたかったはずなのに、零れる言葉はひたすら彼を責め立てた。そしてとうとう致命傷を与えるに至った。
無表情から一転して現れたのは涙を流しながら怒りを顕にする彼の表情。
傷つけてしまった苦しみと裏腹に、真っ直ぐ向けられる怒りが嬉しくもある。
何度言葉を交わしただろうか。あれほど感情をあらわにしていた彼の面影はどこにも残っていない。向けられる言葉はいつになく空虚なものだった。
さっきから軋み続けていた心が悲鳴をあげる
(こんなふうにしたのは私だ)
偽りでもいいから笑顔がみたい。必死に笑いかけて、寄り添い、声をかける。けれど帰ってくるのは短く虚ろな言葉ばかりだった。
(どうしよう、どうしようどうしようどうしよう)
胸の痛みがひときわ強くなる
何かが壊れる音が、どこからか聞こえた気がした。
気づいた頃にはもう、彼女は亡き彼と、目の前の彼以外分からなくなっていた。
目の前の彼はだれだ?
覚えているたった2つの言葉のうち、彼を指すであろう言葉を紡ぐ。
「だんな、さま」
今まで流した事のない涙を流しながら彼女は無邪気に笑ってそう告げた
その涙の理由を彼女はわからない
ある時、彼が大きく動揺することを知った。彼の弟……ジャックの話を持ち出すとてんむは正気を失う。実のところ、ジャックとは知り合いだったのもあり、驚きが隠せなかった。それと共に彼の嘘だらけの微笑みの理由を知り、また自分には向けてくれない本心に嫉妬した。しかしそんなことはおくびにも出さず、まるはいつも通り無邪気に笑い、正気を失った彼の髪を優しく撫でた。
その後も特に変わりはなかった。そう思っていた時に意図せず起きたハプニング。風呂へ下着を持って行くことを忘れたのだ。部屋に呼ぶことや、家事を手伝って貰うことが多かったのもあって服の場所を把握しているだろうと見込んで、彼に下着を持ってきてくれないかと頼んだ。
……意外だった、いつも通りの嘘っぱちな顔の裏にほんの少しだが動揺が見えた。恥ずかしさが無いわけではないが、特に気にもならないから少し試してみただけだったのだ。けれどたまたまとはいえ初めて自分の手で彼の心を揺らがせた。
(私でも、弟くんじゃなくても……その、心を動かせた……)
彼女の心にほんの少し火が点った。思えば外してはいけないストッパーを外してしまったのかもしれない。
ーーーー彼の本心を引きずり出してやろう
もう止まらなかった。決行にうつしたきっかけは覚えていない。タブーである弟の話をあえて彼にふった。正気を失わないぎりぎりで話をつづける。彼の顔が徐々に色を失うのを見て彼女は笑う。酷いことをしているものだ、そう思いつつも彼女は彼の心を暴いていく。
ついに、彼の顔から笑顔が消えた。
暴いた中にほんの少しだけ嘘を交えた。彼は一人ぼっちではない。だって自分がずっと寄り添うつもりなのだから。
彼の表情が無から動かない。その時初めて彼女に焦りが生まれた。けれどもう、彼女にだって止められない。望みとは真逆の言葉を紡ぐ。
笑わせてあげたかったはずなのに、零れる言葉はひたすら彼を責め立てた。そしてとうとう致命傷を与えるに至った。
無表情から一転して現れたのは涙を流しながら怒りを顕にする彼の表情。
傷つけてしまった苦しみと裏腹に、真っ直ぐ向けられる怒りが嬉しくもある。
何度言葉を交わしただろうか。あれほど感情をあらわにしていた彼の面影はどこにも残っていない。向けられる言葉はいつになく空虚なものだった。
さっきから軋み続けていた心が悲鳴をあげる
(こんなふうにしたのは私だ)
偽りでもいいから笑顔がみたい。必死に笑いかけて、寄り添い、声をかける。けれど帰ってくるのは短く虚ろな言葉ばかりだった。
(どうしよう、どうしようどうしようどうしよう)
胸の痛みがひときわ強くなる
何かが壊れる音が、どこからか聞こえた気がした。
気づいた頃にはもう、彼女は亡き彼と、目の前の彼以外分からなくなっていた。
目の前の彼はだれだ?
覚えているたった2つの言葉のうち、彼を指すであろう言葉を紡ぐ。
「だんな、さま」
今まで流した事のない涙を流しながら彼女は無邪気に笑ってそう告げた
その涙の理由を彼女はわからない