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Forest Variant 短編集

今日も彼女は扉を叩く。明かりひとつないせいで表情を読み取ることはできないけれど。君から紡がれる愛は嘘だということは知っている、そのはずなのに。彼が好きでたまらないから、どうやったって彼女の気持ちは変えることができないから。

────彼の恋が、叶うことはないと……知っているから。

『形だけでいいから私を愛してください』そう願って彼に体をすり寄せる。彼の想いは叶わない事につけ込んで、自分のワガママを突き通す事への謝罪の言葉が。卑怯な手だとしても、今彼は自分の側に居るという喜びの言葉が。これ以上に、もっと愛してと望む身勝手な願いの言葉が。次々と紡がれそうなる口をつぐんだ。言ってしまえば、自分に向けられる笑顔が失われることを知っているから。例えそれが諦めとあわれみに寄るものであったとしても、その笑顔を守りたいから。
強く激しく荒々しく抱かれたって構わない、乱暴に扱われって構わない。彼に触れられた全てが、じりじりと火照って、痛くて痛くて仕方がない。大好きな彼が今だけは自分を見てくれている。それだけで嬉しいのだから。すすり泣くようなうめき声と共に、一段と強く抱き締められる。理由は、彼も自分も知っていた。知っているけれど、見ないふりを、気付いていないふりをしているのだから。

『愛してる』

求められていないと分かっていても自分の気持ちを伝えなければという思いにかられて、そう囁く。ありきたりな言葉だけれど、言葉を良く知らない彼女はそんな言葉しか出てこなかった。そうやって、愛を囁けばもしかしたらいつかはと。今だけ彼女はそんな夢を見る。この部屋から出てしまえば、そんな夢は覚めてしまうと知っていながら。

そうして夜は更けていく。1人になった彼女は夢から覚めて虚しさや孤独、悔しさが入り交じった思いを胸にそっとベッド倒れ込んだ。さっき感じたはずの熱さはもうなく、ひたすら冷え切り、寒くて仕方がない。自分のこの想いも同じように冷えてしまえば楽なのに、そう望む彼女とは裏腹に、頬を涙が幾筋も伝う。そんな姿を見せた所で、何も変わらないから。そう強がってはいつも通りの憎まれ口をたたき、強気な笑顔を見せる。青い紫陽花を想うのは、消えてしまいそうで仕方がないときだけでいい。凍えてしまいそうなほど寒くて仕方がないときだけでいい。そうでないと、気持ちが抑えきれなくなってしまうから。どうしたらいいのか分からなくなってしまうから。

それだと言うのに、ふとした瞬間『私を見て』と願ってしまう。
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