◇



「ん…？」

あまりいい夢ではない夢に微睡んでいたnameは、頬に落ちてきたつめたい粒に、意識をすくい上げられる。
まだぼーっとする頭で薄く目を開いた途端、nameの眠気は一瞬で吹き飛んだ。

「どうしたの…！先生…！」

彼女の目の前にあったのは、彼女が愛してやまない、岸辺露伴…の、泣き顔。
露伴は美しい顔を歪ませることなく、その澄んだ両眼から、静かに涙を流していた。

nameは、頭がぶつかりそうな勢いで体を起こし、露伴の白い頬を両手で包み込んだ。

「せんせ…？………ん、」

心配そうな瞳で覗き込む彼女に、露伴はそっと口付けてから口を開いた。

「わるかった。」

自尊心の高い彼の唐突な謝罪に、nameは訳がわからずただ露伴の顔を見つめる。

「ヘブンズドアーの能力による架空の感情だとしても、君にこんな思いをさせてしまって、後悔しているよ僕は。」

言われて、nameは数時間前の露伴とのやり取りを思い出した。



◇



岸辺露伴とその妻・nameは、夕食を取った後、2人でテレビを見ながらゆったりとくつろいでいた。
テレビの中では、誰もが羨むような美人モデルと結婚した芸人の、不倫のニュースが流れていた。
それを観ていた露伴は、ぼんやりと呟いた。

「nameは、不倫したいと思ったことあるかい？」

「え…？！は？？ないですよ！何言ってるの先生…！」

テレビから慌てて視線を露伴に向けて、nameは泣き出しそうな目をした。

「先生はあるの…？」

「ないよ。ないから気になってるんじゃないか。不倫するヤツが、どんな気持ちなのか…。」

nameはそう言われて安心したものの、露伴の中に芽生えた好奇心を敏感に感じとる。

「先生…まさか浮気してみたいだなんて言わないですよね…？」

露伴はその言葉に、ムッとした表情を浮かべる。

「存外失礼なことを言うんだね君も。…しかし、そうだな…ちょっと実験してみてもいいかい…？」

「漫画のリアリティー追求のため」そう言われるとnameも断れず、露伴の提案を受け入れた。

『岸辺露伴には結婚相手がいる。私は岸辺露伴の不倫相手です。』

露伴のスタンド能力、ヘブンズドアーによってそう書き込まれたnameは、すっかりその書き込みに操られ、露伴の不倫相手として露伴と接していたのだった。

露伴は自分を不倫相手と思い込んでいるnameをベッドに押し倒し、いつもと変わらない熱い口づけを落とした後、彼女を本にして、彼女の心の中を読んでみた。
そこには、不倫相手・露伴に対する危ういほど真っ直ぐな愛がひたすら綴られていた。

露伴はnameの健気な思いを知って、先ほど好奇心から自分が書き込んだ文字を消し去った。
彼の目からは意図せず涙がこぼれていた。
読まれている間気を失っていたnameは、その涙で、目を覚ましたのだ。