漫画家の不倫相手
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『今日の21時、僕の家。』
彼からの誘いの言葉は、いつもこんなふうに唐突で、素っ気ないもの。
けれど、週に1回あるかないかのそんなたった1通のメールが、私にとっては喉から手が出るほど、欲しくてたまらないものだった。
『わかりました。』
予定も確認せず、3分とたたずに抑えきれない思いをたった一言にのせて送信してしまう自分に、我ながら苦笑が漏れる。
私の思い人は岸辺露伴。
少し、いやかなり「普通」からはそれた天才漫画家。
そして、私ではない女の人の夫ー。
これは悪いことで、奥さんを傷つけるのはもちろん、奥さんに訴えられたら、私もたくさんお金を請求されるだろうし、こんな有名人とのスキャンダルが会社にバレたら、会社にもいられなくなるかもしれないということもわかっている。
それでも、私はこの感情に抗うことができないのだ。
彼が最終的に自分のものにならなくても、この関係の果てに幸せがなくても。
彼に求められるこの刹那の、彼を手に入れ、彼のものになれた錯覚、充実感。
私はその一瞬のために生きている。
◇
愛しい人が住む家のインターホンを鳴らす瞬間に、いつまで経っても慣れない。
変わり者の彼は、結婚こそしたものの、漫画を描く邪魔になるからと、独身時代から住んでいた豪邸に1人で住んでいる。
抜け目のない彼のことだから、奥さんと私が鉢合わせるようなことはないだろうし、パパラッチに尻尾を掴まれるようなこともないとは思う。
けれども、ガチャリと扉が開いた途端、奥さんに後ろから咎められるのではないか、植木の影から眩しいフラッシュとシャッター音を浴びせられるのではないかと、落ち着かない気持ちになる。
しかしその後ろめたさもまた、彼とあえる喜びを増長させる。
扉が開くと、彼の腕がスッと伸びて、私の腕を引く。
次の瞬間には愛しい人の胸に抱き竦められて、私は自分の中にわずかに残っていた良心をあっさり手放してしまう。
私は岸辺露伴の不倫相手。
そんな立場にもかかわらず、今日もこうして誰にも責められることなく彼と会えた。
それがただただ嬉しくて、彼の温もりに安堵する。
次に会う時まで覚えていられるよう、目も鼻も皮膚も、全身が必死になって彼の全てを記憶しようとするのだ。
「せんせぇ…会いたかった…。」
たまらずそんな言葉をこぼせば、黙れと言わんばかりに露伴先生に口を塞がれる。
彼にとって私はただの不倫相手で、スリルと背徳感とを伴う性の対象。
そこに情は不要なものなのだ。
そうわかっているから、私は彼に少しでも煩わしく思われたりしないよう、彼の思う通りの相手を演じている。
思いが強すぎて、先ほどのように演じきれず本心が漏れることもあるけれど、それくらいならば先生も目を瞑ってくれるようで、どうにか突き放されずにすんでいる。
ぎゅう、と、痛いくらいに抱きしめられると、先生のズボン越しに、硬さをもった熱が主張する。
それを太ももに感じると、熱で蕩けたように蜜が溢れて、下着が湿ってしまう。
彼に求められている。
この至上の喜びの前に、彼が誰のものかなんて、関係があるだろうか?
ベッドに押し倒されると、ろくに会話もないまま、行為が始まる。
先生の口づけには、愛などという都合のいい気持ちが込められているはずもないのに、先生の熱に浮かされた熱い眼差しに見つめられながら唇をはまれると、愛されている錯覚に陥る。
それは錯覚でしかないけれど、そこに虚しさを感じたことは、一度もない。
先生がこの瞬間求めているのは、世界で私だけ。
それは紛れもない事実で、それに私が応えれば、このひととき、先生の欲を私が満たすことができる。
それはこの上ない幸せだった。
この瞬間のために私は生きているのだと思えるのだ。
先生の奥さん、ごめんなさい。
でも、私のはかない一生の唯一の喜びを、どうか取り上げないで。
露伴先生、好きです。
もっと会いたいなんて言わない、昼間に手を繋いで外を歩きたいなんて言わない、貴方が欲しいなんて贅沢は、もっと言わない。
だからどうか…
貴方を愛してしまうことを許してください。
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