誕生日の夜〈ブチャラティ〉
name change
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誕生日の夜
しとしとと涙のような雨が降る晩だった。
夜更けにチャイムが鳴り、既に寝支度を済ませていたnameは眉をひそめた。
こんな時間にと不審に思いながらも、一応玄関へ向かう。
「誰?」
扉を開ける前にそう声をかけると、返ってきた声は聞き慣れた人の、しかししばらく聞きたくても聞けなかった人のもので。
nameは慌てて扉を開け、そこに立っている人物を見ると、信じられないといった表情を浮かべた。
「…ブローノ…。」
会えない間に言いたかったことが溢れそうになったが、nameは直ぐに口をつぐんだ。
ブチャラティの足元は濡れていて、いつもの白いスーツからも、切りそろえられた髪からも、雨の雫が滴っていた。
部屋の外は、昨日の日中の暖かさが嘘だったかのような、雨に冷やされた冷たい風が吹いている。
「とりあえず、入って。そのままだと、風邪ひいちゃうから…。」
「グラッツェ…。」
部屋へ招き入れると、ブチャラティは急にnameの片方の手を取った。
「すまない…抱きしめてやりたいんだが、この通りずぶ濡れになっちまった。風呂まで入って寝る支度してたお前を、雨水で濡らすわけにはいかないからな。」
手を握られた。
たったそれだけのことなのに、nameの心臓はドクドクと脈打つ。
ここ数週間、会えない日が続いていた。
nameの恋人、ブチャラティの仕事は、不規則なもので時間帯も場所も様々、1ヶ月会えないということも珍しくなかった。
nameもそれを了解していたし、文句は言わないが、寂しさや恋しさが募るのはどうしようもないことだった。
思わずnameは自分からブチャラティに抱きついた。
「お、おい、name………。」
困惑するブチャラティにも、自分の身体が濡れてしまうことにも構わず、nameはブチャラティをしっかりと抱きしめる。
ブチャラティの身体はすっかり冷えてしまっていたが、nameの心には暖かい気持ちが満ちていった。
nameはブチャラティが自分の側にいて、自分が触れることができている事実に、心から安心した。
nameが自分を抱きしめて離さないので、やがてブチャラティも、控えめながらnameの背中に腕を回してくれた。
「…なんだ、name。…俺に会えなくて、寂しかった…?」
急に耳元で囁かれ、そのいつもより低い声に、またnameの心拍数が上がる。
「…本当に来てくれるとは、思わなかったから…。」
一緒にいると、誰より心が安らぐ一方で、誰よりも心を騒がされるということを再認識して、nameは照れたような、少しだけ悔しいような気持ちになる。
自分の胸に額を押し付けるnameの頭に、ブチャラティはそっと口付けた。
「明日が何の日かわかってるだろう?…俺は約束は守る男だぜ。」
昨晩、ずっと音沙汰なかったブチャラティから、急に連絡が入った。
『明日の晩、会いに行く。一緒にお前の誕生日を迎えたいんだ。』
明日はnameの誕生日。
しかし、多忙なブチャラティのことだ。
直前になって仕事が入っても仕方がない。
nameもそう割り切って、あまり期待しないようにしていた。
ブチャラティを信じていないというよりは、期待を裏切られて傷付くのが嫌だったからだ。
約束通り、自分の誕生日の前日に、本当にブチャラティが来てくれた。
それだけで、数週間会えなかったことも、ろくに電話すら寄越してくれなかったことも、全てがどうでも良く思えた。
ありがとう、そう口に出そうとした瞬間、ブチャラティの携帯の着信音が鳴った。
悪い、と言って、ブチャラティの身体が離れていく。
嫌な予感がした。
ブチャラティの体温が遠のき、nameは自分の体温ごと、一気に温もりが冷めていくような気がする。
ブチャラティは電話の相手と二言三言交わした後、nameに視線を戻した。
すまない、とブチャラティの唇が動く。
「直ぐに戻る。…もし良ければ、寝ずに待っていて欲しい。」
nameは何も言わなかった。
不平や不満は漏らさないと、ブチャラティと付き合い始めた時に、覚悟していたからだ。
口角を少し上げて頷くと、ブチャラティは小さく笑って、また扉の向こうへ消えていった。
外ではまだ冷たい雨が降り続いていた。
nameは急に、自分の身体が冷えていくのを感じた。
「…着替えよう…。」
自分の付き合っている相手が、多忙な恋人なことはわかっている。
わかった上で付き合っている。
駄々をこねるつもりもなければ、涙を流して困らせる気もなかった。
それでも寂しくて空虚な気持ちを感じないわけはなかった。
後に残ったのは、ブチャラティが纏った雨の雫に濡れた、冷たい部屋着だけだった。
▽▽▽
再び雨雲の下へ舞い戻ったブチャラティは、聞き分けの良い恋人の、先程の寂しそうな笑顔に胸を痛ませていた。
彼女にはいつもこんな思いばかりさせている。
自分では彼女を幸せにできないかもしれない、いや、いつ死ぬともわからないギャングの恋人など、幸せになれる可能性は限りなく低いだろう。
そう思って離れようとしたこともあったが、結局ブチャラティは自分からnameを突き放すことができなかった。
好きだから幸せにしてやりたい。
しかし、そのために自分が身を引くという選択ができなかったのは、ブチャラティ自身にとって、nameがどうしても必要な存在だったからだ。
街の人々を守ることができ、皆から頼りにされる今の仕事に、ブチャラティは誇りを持っていた。
しかし、所詮堅気ではない職業なのだ。
時には自分の正義に反する仕事をしないといけないことも、少なくなかった。
そんな時彼の心を慰め、正しい方へ導いて引き戻してくれるのがnameだった。
nameがいるから、どんなに汚い仕事をしても、ブチャラティの心は救われていた。
nameの存在によって、ブチャラティは自分の正義と誇りを見失うことなく、生きてこれたのだ。
nameはいつでも聞き分けが良く、ワガママは言わない。
時々、そんなnameの性格を利用している気分になって、ブチャラティは心苦しさを感じていた。
nameと別れないのは完全に自分のエゴだ。
nameを不幸にさせる可能性が高いにもかかわらず、自分のエゴだけでそれに無理やり目を瞑っている。
(こんなに狡くて弱い俺を、どうか許してくれ…。)
心の中で懺悔しながら、まるで罰の代わりとでも言うように、屋根を避けて、冷たい雨を浴びながら歩く。
この程度のことで、許されるはずもないことはわかっていた。
それでも、たとえどんな罰を受けたとしても、ブチャラティはどうしようもなくnameを必要としていた。
だから守るしかない、そう覚悟を決めた。
任務は遂行する。部下も守る。そして自分も…。他でもないnameを守るために。
広場の時計塔は午後11時を指していた。
nameの誕生日まで時間がない。
ブチャラティは祈るようにnameを思いながら、雨の止まない闇に溶けた。
▽▽▽
直ぐ戻る。
そう言って彼は出ていったが、nameは昨日の電話以上にその言葉を本気にしていなかった。
良くて明け方、もしかするとこのまままた何週間か会えないことも考えられる。
どちらにせよ今日が明日になる時間には、到底間に合わないだろう。
もう寝ようかな、とnameは思った。
時刻は11:55。誕生日まであと5分しかない。
むしろ、本気にしていないと言いながら、ブチャラティの言葉をほんの1ミリでも期待して、この時間まで待っていた自分が酷く滑稽に思えた。
「傘、渡せばよかったな…。」
nameは1人そうつぶやいた。
1人きりの部屋に、その声がやけに虚しく響く。
自分が声を発した後の静寂が耳に突き刺さり、nameは涙が滲んできた。
ブチャラティのことでは、決して泣かないと決めていたのに。
拭っても拭っても、涙の粒が次々と溢れてくる。
傘を渡せばよかった、なんて、心の奥底で叫んでいる気持ちとはまるで違っていた。
nameはブチャラティに、素直に会いたい、寂しいなどという言葉を言ってはいけないと思っていた。
しかし素直にその言葉を言うことができないのもまた事実だった。
思うままにそのような言葉を言って、ブチャラティを困らせたくないのも本音だが、nameはいつだって忙しいブチャラティに遠慮して、素直にブチャラティを恋しがることができないでいた。
1人の時でさえ、自分に嘘をつき、自分の気持ちから無理やり目を背けようとしている。
そのことがどうしようもなく馬鹿らしく思えてきた。
寂しい、と訴えたところで、ブチャラティを困らせてしまう。それでももし、少しでも素直に気持ちを言えていたら。
どこへも行き場のない思いを1人で抱えて、こんなにも寂しくて虚しい気持ちになることはなかったかもしれない。
今まで溜め込んできた思いが溢れ出るように、涙と嗚咽が止まらなくなる。
「…ほんとは寂しいよ…ブローノ…。」
「…すまない。」
急にそう声が聞こえたかと思うと、nameは急に後ろから抱きすくめられた。
「え………?!何で………?」
玄関の扉は鍵が閉まっている。
スタンド使いではないnameの目には見えないが、玄関のドアにはブチャラティが急いで部屋に入るために付けたジッパーが、ゆっくりと閉じながら消えていった。
「俺は約束は守る男だって、言っただろ?」
ボーン、と、部屋に置いた時計が0時を告げて優しく低い音を立てた。
「誕生日おめでとう。name。」
先ほどとは全く違う涙が溢れて、nameは俯いてそれを隠した。
「待たせてすまない。」
nameは俯いたまま首を振った。
涙は止まる気配がなかった。
「お前を泣かせてしまったな…。」
言葉を発せないまま、nameはただ首を振る。
「それに、本当にすまない…。誕生日を一緒に迎えたいなんて言いながら、誕生日を祝うためのケーキも花も、用意できなかった。」
nameは顔を上げると、鼻をすすって、やっとの思いで口を開けた。
「ううん…いいの。何もいらない…。ブローノが居てくれれば、それだけで…。」
不覚にもnameは自分の言葉にまた泣けてきた。
ブチャラティに側にいてもらう、それだけのことが、1番難しく、贅沢な願いなのだ。
ブチャラティもnameの気持ちを察したらしく、nameを抱きしめる腕に力を込めた。
ブチャラティはしばらくそうやって、落ち着くまでnameを抱きしめてくれていた。
「そうだ、name…。ケーキも花もないが、代わりに受け取って欲しいものがある。左手を出してくれ。」
nameはまだ小さく鼻を鳴らしながらも、言われた通りに左手をブチャラティに差し出した。
ブチャラティはどこから取り出したのか、指に小さく光る何かを持っている。
そのままブチャラティがnameの左手を包むと、nameの薬指に金属的な冷たい感覚があった。
「え…、これって…。」
信じられなくて自分の左手とブチャラティの顔を交互に見る。
ブチャラティはそんなnameの様子に優しく目を細めた。
「ずっと渡したくて、でも、俺のような男が、お前を幸せにできるのかって、渡せずに持っていたんだ。大きな仕事が片付くまで、今すぐには無理だが…。いつか俺と、結婚してくれないか。」
きらりとnameの薬指のリングが輝いた。
ダイヤが1粒あしらわれた、上品なデザインの婚約指輪。
nameは驚きと嬉しさとで、また涙が溢れた。
「寂しい思いをさせてしまっていることは、分かっている…でも、今はまだ、ずっとお前のそばにいてやることはできない。結婚…は、…約束してくれなくてもいい。お前が寂しい時、何か、俺とnameを繋ぐ、形のあるものがあればいいなと、思ったんだ。」
「………ありがとう…。」
やっとそれだけ言うと、nameはブチャラティにぎゅっと抱きしめられた。
「いつも1人にさせてすまない。…それでも、お前が好きなんだ、name…。」
nameは一瞬驚いたものの、ブチャラティの腕に包まれていることに安心して、自分もブチャラティの背中に腕を回した。
「…服が、濡れちゃうよ…。」
「…すまない、また着替えてくれるか。」
「さっきは濡れたらいけないから抱きしめないって言ったのに。」
「…お前が泣くから…。俺はそう器用じゃないんだ。お前が泣いた時、どうすれば泣き止ませることができるのか選択肢なんてろくに持ってない。それに…。」
ブチャラティはゆっくり身体を離して、nameと視線を合わせる。
「nameが愛しくて、抱きしめられずにはいられなかったんだ。」
ボッとnameの顔が真っ赤になる。
「もう…バカ………。」
目をそらすと、また強く抱きしめられた。
しばらく抱き合って、やがてnameの涙が止まると、どちらともなく微笑み合う。
「寂しいとか、辛いとか…ブローノにはバレてたけど…はっきり言えなくて、1人で溜め込んでた。でも、私、大丈夫だから。寂しくても、耐えられるよ。ブローノが、好きだから。」
ストレートなnameの言葉に、今度はブチャラティが顔を赤くする。
「直ぐじゃなくていい…。結婚してください、ブローノ。」
nameからのその言葉を聞いたブチャラティは一瞬目を見開いてから、嬉し涙を滲ませて笑った。
END
しとしとと涙のような雨が降る晩だった。
夜更けにチャイムが鳴り、既に寝支度を済ませていたnameは眉をひそめた。
こんな時間にと不審に思いながらも、一応玄関へ向かう。
「誰?」
扉を開ける前にそう声をかけると、返ってきた声は聞き慣れた人の、しかししばらく聞きたくても聞けなかった人のもので。
nameは慌てて扉を開け、そこに立っている人物を見ると、信じられないといった表情を浮かべた。
「…ブローノ…。」
会えない間に言いたかったことが溢れそうになったが、nameは直ぐに口をつぐんだ。
ブチャラティの足元は濡れていて、いつもの白いスーツからも、切りそろえられた髪からも、雨の雫が滴っていた。
部屋の外は、昨日の日中の暖かさが嘘だったかのような、雨に冷やされた冷たい風が吹いている。
「とりあえず、入って。そのままだと、風邪ひいちゃうから…。」
「グラッツェ…。」
部屋へ招き入れると、ブチャラティは急にnameの片方の手を取った。
「すまない…抱きしめてやりたいんだが、この通りずぶ濡れになっちまった。風呂まで入って寝る支度してたお前を、雨水で濡らすわけにはいかないからな。」
手を握られた。
たったそれだけのことなのに、nameの心臓はドクドクと脈打つ。
ここ数週間、会えない日が続いていた。
nameの恋人、ブチャラティの仕事は、不規則なもので時間帯も場所も様々、1ヶ月会えないということも珍しくなかった。
nameもそれを了解していたし、文句は言わないが、寂しさや恋しさが募るのはどうしようもないことだった。
思わずnameは自分からブチャラティに抱きついた。
「お、おい、name………。」
困惑するブチャラティにも、自分の身体が濡れてしまうことにも構わず、nameはブチャラティをしっかりと抱きしめる。
ブチャラティの身体はすっかり冷えてしまっていたが、nameの心には暖かい気持ちが満ちていった。
nameはブチャラティが自分の側にいて、自分が触れることができている事実に、心から安心した。
nameが自分を抱きしめて離さないので、やがてブチャラティも、控えめながらnameの背中に腕を回してくれた。
「…なんだ、name。…俺に会えなくて、寂しかった…?」
急に耳元で囁かれ、そのいつもより低い声に、またnameの心拍数が上がる。
「…本当に来てくれるとは、思わなかったから…。」
一緒にいると、誰より心が安らぐ一方で、誰よりも心を騒がされるということを再認識して、nameは照れたような、少しだけ悔しいような気持ちになる。
自分の胸に額を押し付けるnameの頭に、ブチャラティはそっと口付けた。
「明日が何の日かわかってるだろう?…俺は約束は守る男だぜ。」
昨晩、ずっと音沙汰なかったブチャラティから、急に連絡が入った。
『明日の晩、会いに行く。一緒にお前の誕生日を迎えたいんだ。』
明日はnameの誕生日。
しかし、多忙なブチャラティのことだ。
直前になって仕事が入っても仕方がない。
nameもそう割り切って、あまり期待しないようにしていた。
ブチャラティを信じていないというよりは、期待を裏切られて傷付くのが嫌だったからだ。
約束通り、自分の誕生日の前日に、本当にブチャラティが来てくれた。
それだけで、数週間会えなかったことも、ろくに電話すら寄越してくれなかったことも、全てがどうでも良く思えた。
ありがとう、そう口に出そうとした瞬間、ブチャラティの携帯の着信音が鳴った。
悪い、と言って、ブチャラティの身体が離れていく。
嫌な予感がした。
ブチャラティの体温が遠のき、nameは自分の体温ごと、一気に温もりが冷めていくような気がする。
ブチャラティは電話の相手と二言三言交わした後、nameに視線を戻した。
すまない、とブチャラティの唇が動く。
「直ぐに戻る。…もし良ければ、寝ずに待っていて欲しい。」
nameは何も言わなかった。
不平や不満は漏らさないと、ブチャラティと付き合い始めた時に、覚悟していたからだ。
口角を少し上げて頷くと、ブチャラティは小さく笑って、また扉の向こうへ消えていった。
外ではまだ冷たい雨が降り続いていた。
nameは急に、自分の身体が冷えていくのを感じた。
「…着替えよう…。」
自分の付き合っている相手が、多忙な恋人なことはわかっている。
わかった上で付き合っている。
駄々をこねるつもりもなければ、涙を流して困らせる気もなかった。
それでも寂しくて空虚な気持ちを感じないわけはなかった。
後に残ったのは、ブチャラティが纏った雨の雫に濡れた、冷たい部屋着だけだった。
▽▽▽
再び雨雲の下へ舞い戻ったブチャラティは、聞き分けの良い恋人の、先程の寂しそうな笑顔に胸を痛ませていた。
彼女にはいつもこんな思いばかりさせている。
自分では彼女を幸せにできないかもしれない、いや、いつ死ぬともわからないギャングの恋人など、幸せになれる可能性は限りなく低いだろう。
そう思って離れようとしたこともあったが、結局ブチャラティは自分からnameを突き放すことができなかった。
好きだから幸せにしてやりたい。
しかし、そのために自分が身を引くという選択ができなかったのは、ブチャラティ自身にとって、nameがどうしても必要な存在だったからだ。
街の人々を守ることができ、皆から頼りにされる今の仕事に、ブチャラティは誇りを持っていた。
しかし、所詮堅気ではない職業なのだ。
時には自分の正義に反する仕事をしないといけないことも、少なくなかった。
そんな時彼の心を慰め、正しい方へ導いて引き戻してくれるのがnameだった。
nameがいるから、どんなに汚い仕事をしても、ブチャラティの心は救われていた。
nameの存在によって、ブチャラティは自分の正義と誇りを見失うことなく、生きてこれたのだ。
nameはいつでも聞き分けが良く、ワガママは言わない。
時々、そんなnameの性格を利用している気分になって、ブチャラティは心苦しさを感じていた。
nameと別れないのは完全に自分のエゴだ。
nameを不幸にさせる可能性が高いにもかかわらず、自分のエゴだけでそれに無理やり目を瞑っている。
(こんなに狡くて弱い俺を、どうか許してくれ…。)
心の中で懺悔しながら、まるで罰の代わりとでも言うように、屋根を避けて、冷たい雨を浴びながら歩く。
この程度のことで、許されるはずもないことはわかっていた。
それでも、たとえどんな罰を受けたとしても、ブチャラティはどうしようもなくnameを必要としていた。
だから守るしかない、そう覚悟を決めた。
任務は遂行する。部下も守る。そして自分も…。他でもないnameを守るために。
広場の時計塔は午後11時を指していた。
nameの誕生日まで時間がない。
ブチャラティは祈るようにnameを思いながら、雨の止まない闇に溶けた。
▽▽▽
直ぐ戻る。
そう言って彼は出ていったが、nameは昨日の電話以上にその言葉を本気にしていなかった。
良くて明け方、もしかするとこのまままた何週間か会えないことも考えられる。
どちらにせよ今日が明日になる時間には、到底間に合わないだろう。
もう寝ようかな、とnameは思った。
時刻は11:55。誕生日まであと5分しかない。
むしろ、本気にしていないと言いながら、ブチャラティの言葉をほんの1ミリでも期待して、この時間まで待っていた自分が酷く滑稽に思えた。
「傘、渡せばよかったな…。」
nameは1人そうつぶやいた。
1人きりの部屋に、その声がやけに虚しく響く。
自分が声を発した後の静寂が耳に突き刺さり、nameは涙が滲んできた。
ブチャラティのことでは、決して泣かないと決めていたのに。
拭っても拭っても、涙の粒が次々と溢れてくる。
傘を渡せばよかった、なんて、心の奥底で叫んでいる気持ちとはまるで違っていた。
nameはブチャラティに、素直に会いたい、寂しいなどという言葉を言ってはいけないと思っていた。
しかし素直にその言葉を言うことができないのもまた事実だった。
思うままにそのような言葉を言って、ブチャラティを困らせたくないのも本音だが、nameはいつだって忙しいブチャラティに遠慮して、素直にブチャラティを恋しがることができないでいた。
1人の時でさえ、自分に嘘をつき、自分の気持ちから無理やり目を背けようとしている。
そのことがどうしようもなく馬鹿らしく思えてきた。
寂しい、と訴えたところで、ブチャラティを困らせてしまう。それでももし、少しでも素直に気持ちを言えていたら。
どこへも行き場のない思いを1人で抱えて、こんなにも寂しくて虚しい気持ちになることはなかったかもしれない。
今まで溜め込んできた思いが溢れ出るように、涙と嗚咽が止まらなくなる。
「…ほんとは寂しいよ…ブローノ…。」
「…すまない。」
急にそう声が聞こえたかと思うと、nameは急に後ろから抱きすくめられた。
「え………?!何で………?」
玄関の扉は鍵が閉まっている。
スタンド使いではないnameの目には見えないが、玄関のドアにはブチャラティが急いで部屋に入るために付けたジッパーが、ゆっくりと閉じながら消えていった。
「俺は約束は守る男だって、言っただろ?」
ボーン、と、部屋に置いた時計が0時を告げて優しく低い音を立てた。
「誕生日おめでとう。name。」
先ほどとは全く違う涙が溢れて、nameは俯いてそれを隠した。
「待たせてすまない。」
nameは俯いたまま首を振った。
涙は止まる気配がなかった。
「お前を泣かせてしまったな…。」
言葉を発せないまま、nameはただ首を振る。
「それに、本当にすまない…。誕生日を一緒に迎えたいなんて言いながら、誕生日を祝うためのケーキも花も、用意できなかった。」
nameは顔を上げると、鼻をすすって、やっとの思いで口を開けた。
「ううん…いいの。何もいらない…。ブローノが居てくれれば、それだけで…。」
不覚にもnameは自分の言葉にまた泣けてきた。
ブチャラティに側にいてもらう、それだけのことが、1番難しく、贅沢な願いなのだ。
ブチャラティもnameの気持ちを察したらしく、nameを抱きしめる腕に力を込めた。
ブチャラティはしばらくそうやって、落ち着くまでnameを抱きしめてくれていた。
「そうだ、name…。ケーキも花もないが、代わりに受け取って欲しいものがある。左手を出してくれ。」
nameはまだ小さく鼻を鳴らしながらも、言われた通りに左手をブチャラティに差し出した。
ブチャラティはどこから取り出したのか、指に小さく光る何かを持っている。
そのままブチャラティがnameの左手を包むと、nameの薬指に金属的な冷たい感覚があった。
「え…、これって…。」
信じられなくて自分の左手とブチャラティの顔を交互に見る。
ブチャラティはそんなnameの様子に優しく目を細めた。
「ずっと渡したくて、でも、俺のような男が、お前を幸せにできるのかって、渡せずに持っていたんだ。大きな仕事が片付くまで、今すぐには無理だが…。いつか俺と、結婚してくれないか。」
きらりとnameの薬指のリングが輝いた。
ダイヤが1粒あしらわれた、上品なデザインの婚約指輪。
nameは驚きと嬉しさとで、また涙が溢れた。
「寂しい思いをさせてしまっていることは、分かっている…でも、今はまだ、ずっとお前のそばにいてやることはできない。結婚…は、…約束してくれなくてもいい。お前が寂しい時、何か、俺とnameを繋ぐ、形のあるものがあればいいなと、思ったんだ。」
「………ありがとう…。」
やっとそれだけ言うと、nameはブチャラティにぎゅっと抱きしめられた。
「いつも1人にさせてすまない。…それでも、お前が好きなんだ、name…。」
nameは一瞬驚いたものの、ブチャラティの腕に包まれていることに安心して、自分もブチャラティの背中に腕を回した。
「…服が、濡れちゃうよ…。」
「…すまない、また着替えてくれるか。」
「さっきは濡れたらいけないから抱きしめないって言ったのに。」
「…お前が泣くから…。俺はそう器用じゃないんだ。お前が泣いた時、どうすれば泣き止ませることができるのか選択肢なんてろくに持ってない。それに…。」
ブチャラティはゆっくり身体を離して、nameと視線を合わせる。
「nameが愛しくて、抱きしめられずにはいられなかったんだ。」
ボッとnameの顔が真っ赤になる。
「もう…バカ………。」
目をそらすと、また強く抱きしめられた。
しばらく抱き合って、やがてnameの涙が止まると、どちらともなく微笑み合う。
「寂しいとか、辛いとか…ブローノにはバレてたけど…はっきり言えなくて、1人で溜め込んでた。でも、私、大丈夫だから。寂しくても、耐えられるよ。ブローノが、好きだから。」
ストレートなnameの言葉に、今度はブチャラティが顔を赤くする。
「直ぐじゃなくていい…。結婚してください、ブローノ。」
nameからのその言葉を聞いたブチャラティは一瞬目を見開いてから、嬉し涙を滲ませて笑った。
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