「ねぇ別れよう」

「ごめん、、保乃のせいで....」

「幸せになってね、、」

「ごめん、、」

　*




「え！保乃ちゃん別れたの！！？」

「うん、、別れた」
　

昨日の夜1年半付き合った恋人と別れた。


その子と過ごす日々はすごく幸せで、その子のために仕事だって頑張れた。全てが良い思い出。相性も良かったと思う。だから、1年半も付き合えたんだろうし……
　

それでも、やっぱり忘れられない。好意を寄せてくれる子と付き合う度にあの子が頭をよぎって、どうしても満たされない。100パーセントの愛を伝えきることができない。


また、中途半端なことをしてしまった。
　

「じゃあさ、保乃ちゃん。今日、仕事終わったらお酒飲みに行こ」
　
「え？、」

「だって、保乃ちゃんなんか元気ないんだもん。今日でパーっと忘れよう！」


落ち込む私を見かねたのかそう言う麗奈ちゃん。


最近は飲まないようにしてたけど、、今日くらいは･･･

「うん、！行こう。」





この時は知らなかった。まさかこんな事になるなんて


*


「ここ！」

麗奈ちゃんに連れられてきたのはバー。居酒屋かと思ってたから少しびっくりしたけど、一緒に暮らしている天ちゃんが働いているらしい。


ｶﾗﾝｶﾗﾝ

扉を開けると音を響かせるベル


「麗奈！待ってたよ〜」


お店の奥の方からこちらに気づいたのか背の高い女の子が走ってくる。

「はじめまして！山﨑天です。」

　
この子が天ちゃんかぁ。そりゃ麗奈も惚れるわ

「田村保乃です。」

「じゃ！天ちゃんよろしく」

「今日もいつもの席だから。」


　いつもの席といって案内される。店内はなかなかの人。


「こちらです」
　
「あ、あと、この人バーテンダーの、、保乃さん？」



「保乃ちゃん、？」


　ーーーーー


「か、りん、？」


天ちゃんが案内してくれたカウンター席。そのテーブルの向こう。

「ほの、、何で....」


真っ黒だった髪は綺麗な金色に染められ、身長は、保乃を上回っている。何もかも違う、保乃の知らない人のようだったけど、それは確かに、夏鈴ちゃんだった。


私が助けられなかった、手を握り続けることが出来なかった。ずっと恋をしていて、ずっと会いたかった人。

　

「れ、麗奈たち！先帰ってるね！」

「う、うん！何かあるみたいだし2人でゆっくり話な....」

察してくれたのか気を使ってくれる2人。

「ごめん、、ふたりとも。。ありがとう、、」

　また今度お礼しよう....

　*



聞きたいことは山のようにあるのに、中々口を開けない。

夏鈴ちゃんは時々くるオーダー通りにお酒を作って提供している。



謝りたい。あの時のことを。私が、手を掴めばいいだけの話やったのに。私に勇気がないから、なかったから、彼女を救えなかった。


*


昔から学校に馴染めない夏鈴ちゃんの手を私は毎日ひいて歩いていた。毎日近寄ってくるいじめっ子を追い払った。


それでもどんどんエスカレートする彼女への嫌がらせ。


高校生になって私はバレー部へ入部した。夏鈴ちゃんと毎日登下校することは出来なくなったけど、私はなるべく彼女に寄り添った。


高校3年生の秋。スポーツ推薦で大学に行くことになった保乃はまだ部活に参加していて、その日もいつも通り練習をしていた。

　

「ボールでたー！！！」

「保乃、取り行ってくる！」

　

ボールが体育館の外に転がる



「どこだ、、


あ！あった。もぉこんな遠くまで....」
　
　

ｶﾞﾀﾝ！(〜、じゃねぇぞ！)


「なんや…？」



体育館と物置の間。誰かの怒声と物音。
　

そっと覗いた。



「……え、、」


そこにいたのは数人の女子に囲まれた夏鈴ちゃん。

壁に叩きつけられて唇の端からは殴られたのか赤い液体を流している。

「……うそ、」


初めてだった。確かに今まで夏鈴ちゃんへの嫌がらせはあったけど、手を出すなんてことはなかったのに。


今までみたいに、声を出したいのに、夏鈴ちゃんを助けたいのに喉がキュッと締め付けられて息が通らない、足がすくんで前に進めない。


私はただただその光景を見ているだけだった。

「ほ、の……」


夏鈴ちゃんが保乃を見て手を伸ばしたのに、助けを求めていたのに、私はその手を掴まなかった。

　

次の日、いじめっ子たちは退学処分となった。




そして、その日から夏鈴ちゃんが学校に来ることは……なかった
　

　*


「お客さん。そろそろ閉めますよ？」
「え、！あ、すみません....」


ウェイトレスさんに声をかけられ時計を見るともう閉店の時間が近づいていた。




夏鈴ちゃんの方をチラっと見るとグラスを一つ一つ丁寧に拭いて棚に戻している。


「……はぁ」

声をかけたいのに何てかければいいのか分からなくて、もう無理なのかと肩を落とした。


「保乃....」
「……っ」


ずっと聞きたかったその声で呼ばれた自分の名前。ふと顔を上げると少し眉毛を下げた夏鈴ちゃんがいた。


「送ってくから、もう帰ろう....」


何でそんなに優しいの。見て見ぬふりをしたのに、もっと恨んだっていいはずなのに。




　*


「お待たせ、、行こっか....」

お店の入口から出てきたコートを着た夏鈴ちゃん。

「うん、、」


一度も視線を交わすことがないまま足を進める。


謝りたいのに、どんな言葉が帰ってくるか分からない恐怖に襲われる。



なんだ....これじゃ、昔と何も変わってないやん、、


何年経ったんだ。あの時から。



保乃のマンションの前につき足を止める。


「じゃあ、」
「か、りんちゃん、！」

　
帰ろうとした夏鈴ちゃんの腕を掴む。

　

どうしても目を見れない。でも、どうか、謝ることだけでも出来れば。



「ごめんなさい....あの時は、、私が、助けてれば……」


....

　
何も返ってこない。


その沈黙に耐えられなくて顔を上げた時だった

「....！」



自分の目が夏鈴ちゃんの目をとらえたその瞬間、あの時の記憶が鮮明にフラッシュバックした。



助けてと伸ばされる白く細い手。辛いと、苦しいと訴えかけるその大きな黒目。


今、この瞬間の夏鈴ちゃんの目はあの時と同じだった。酷く冷えきって、瞳の奥に光などなかった。


　

あぁ私がこの子をこうしたんだ。


私があの時救えていれば、彼女が私を見る目は今ももっと温かいものになっていたかもしれない。

　
私がそばにいたらこの子を苦しめてしまうかもしれない。夏鈴ちゃんと、昔と同じように過ごすことなんてもう出来ない。

暗くなりぼんやりとしたこの空間にその現実だけがはっきりとしている。

　



あぁ何ていじわるなんだろうか。






あの時、ボールがあそこに転がったのは偶然じゃなくて必然だった。

　





神様が、あの時、あの瞬間私を試したんだ。____.

　
　



　








　*