「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい。あっ、今日は日付変わる前には帰ってくるから！」

「もう！バイト先がバイト先だから許してるけどほんとは高校生がそんな夜遅くまで外いるなんて許したくないんだからね！」

「分かってるよ」


　あれからは毎日いつ頃帰ってくるか伝えるのを絶対欠かさないようにしている。

　
怖かったもんなぁー、、、


あの時の麗奈は思い出すだけでも背筋が凍る。


ーーーーーー

　

ここのバーは15時から23時までの営業。

バイトはいつも開店から出勤している。学校にも行ってないからなるべく多くシフトを入れて貰えるよう由依さんにお願いした。


「こんにちは」
「ども....」


藤吉さんはというと、最近になって少し挨拶を返してもらえるようになった。

　

普通の人だった距離を縮めるのにこのくらい一歩にも満たないと思うけど藤吉さん相手だったら大きな一歩だと思う。


　*


「お疲れ様でしたー」

　今日も無事営業を終え、続々と従業員さんが帰っていく。

　

ほうきどこにあるんだ、、、



バックヤードに入り掃除道具を探すがなかなか見つからない。

こんなことをしているのはいつも閉店後の清掃をしてくれる方がお休みで今日は私が代わりに清掃をすることになったから。


　「あった、あった」


部屋の隅にあったほうきを手に取り掃除を始めようとする。

　

あれ？誰かいる、？



電気が消され暗くなった店内に1箇所だけオレンジ色の光がともりそこから白い煙が浮かぶ。


暗くてよく見えない。



目を凝らしながら慎重に近づくとそこにはカウンターの一番端で煙草を持ちながらお酒を飲む藤吉さんがいた。

　

『....！』


ゆっくりとこっちを向いた藤吉さんとバチッと目が合う。


「なんだ....まだいたん、、」

「掃除しなきゃいけなくて。」

「あー、そう。」

初めてちゃんと声を聞いた気がする



ふーー....



「....」



気ダルげに煙草を吸うその人を見て話してみたいと思った。

ただの人見知りな訳じゃない。そんな気がしたから。何を考えているのか、どんな人生を歩んできたのか、知りたいと思った。



そっと隣の席に腰掛ける。


「煙草、貰っていいですか。」

「いいけど....」

　ｶﾁｯ

久しく吸っていなかった煙草を咥え火をつける。


　好きで吸い始めたわけでは無かった煙草。そこまで依存していたつもりはなかったけど、久しぶりに吸ってみるとこの癖のある苦味が体にじわっと染み渡る。



「未成年やろ」

「散々吸ってるんで今更ですよ」

「ははっ笑 中々やるなぁ」


初めて見た笑った顔。

その乾いたような笑みは昔の自分に重なった気がした。麗奈と出会う前の自分。



きっとこの人もこの汚い世界にうんざりしている。


「学校は行ってないん？」

「小学生以来ずっとバーで働いてます。」

「そっかそっか」


深く入り込んでこない。何も言わずとも理解してくれる雰囲気が心地いい。

　

スーーっと思いっきり煙を吸って吐き出す。


「藤吉さんは、」

「夏鈴でええよ。あとタメ口」

「夏鈴はいつからバーテンダーしてるの」

「高校3年の冬。大阪住んでたんやけど昔からずーっと虐められててな、ずっと耐えてたのに高校3年の秋やったかなぁ、、限界きて東京に逃げてきたわ。そっから由依さんに弟子入りして。」

「そっか」

「戦ってくれる子も1人だけおったんやけどな、一緒に。裏切っちゃったなぁ。」

「そっか、、」

　こんな性格だから虐められたんやろな〜っと苦笑いする夏鈴はどこか寂しそうで、、その気持ちが痛いほど分かった。


1人ということは嫌じゃないけどふと感じる孤独感。あの頃はその孤独感が何なのか分からずモヤモヤで終わらしていたけれど、麗奈と出会った今思えばきっと寂しかったんだとおもう。





　夏鈴も同じなのかな....




同情されるのは好きじゃないだろう。私だってそうだから。


　だったらせめて、



「ねぇ。友達になろ。」
　

「ふふ笑 なってくれるん？」
　

「夏鈴と話してると楽しい」
　
「それは良かった。自分も天ちゃんにならなんか話せる気する。」

　ふわっと笑うその顔を見ると普通の人なんだなぁと安心する。




「煙草友達出来たわ。未成年やけど。」

「うるさいな」

「嬉しいよ」


　久しぶりに吸った煙草は今までの中で一番美味しかった。




　麗奈にバレたら怒られるだろうなぁ....