「じゃ、行ってくるから。大人しくお留守番してるんだよ？」

「ん。てかそんな子供じゃないし....」

「別に麗奈は天ちゃんを子供だと思ってるんじゃなくて、ワンちゃんと思ってるだけだから」

「どっちも一緒！」

　そんなやり取りをしたのは10時間ほど前。やらなくていいと言われた洗濯物を一通り片付けたあとはやることもなくなりソファの上でぼーっとしていた。


「あ。」


　そろそろ麗奈帰ってくるなぁ何て思っていると換気で開けていた窓から雨の匂いがただよう。

　麗奈傘持ってなかったよな... 持ってってあげた方がいいかなぁ。お節介すぎるかなぁ。

　何て頭の中で葛藤しているとふとかなり昔に読んだ漫画を思い出す。

『え、？雨？傘持ってないよ、、』
　『お姉さん傘忘れたの？』
　『はい...天気予報見たんですけど、』
　『俺、傘あるけど入ってく？家まで送ってくよ』
　『い、いいんですか？』
　『うん。お姉さんタイプだし』
　『え、//』

　… 憂鬱な雨の日からはじまる奇跡のようなこ、

「だめーー！！！！！」

　だめだめだめ。ダメ絶対。麗奈にそんなことがあってはならない。

　急いで傘をもち駅へダッシュした。

*

「やっぱ麗奈ちゃんその天ちゃん、？って子好きやろ」
　
「へ、？」

「今は親みたいな気持ちだなんて言ってるけど。好きじゃなきゃ一緒に住もうなんて言えんやろ。それに、顔。タイプ言うてたやん。」

「ぐぅ、、」

　電車の中で保乃ちゃんに突きつけられる正論に何も言えない。

　
確かに最初は顔がタイプだから電話番号を聞いたけど今は親みたいな気持ちが大きいっていうのもほんと。たまに天ちゃんの仕草にドキっとすることもあるけどこれが恋心なのかは、はっきりしていない。

「ま、はっきりする日が来るよ。じゃ私ここで下りるから。」

　また明日〜と言って去っていく保乃ちゃんの背中はウキウキが溢れている。いつもは同じ駅で下りるけど今日は彼女の家に泊まるらしい。

「はぁ。」

　そんなこと言われたら天ちゃんのこと意識しちゃうじゃん....
　
　さっき保乃ちゃんに言われたことが頭の中をぐるぐると駆け巡る。

「もーーー …って、雨？」

　改札を抜けるとざーざーと雨がアスファルトにうちつける音が聞こえる。

　え、傘持ってないよ？？買って帰るしかないー？

　どうしよかと考えながら次々に傘をさして歩き出す人達をみつめる。

「れ、ーー」
　
この人たちはしっかり天気予報見るタイプかーとかいつ降ってもいいように折り畳みを常備している丁寧な人なんだろうなーとかどうでもいいことまで考えているとふと誰かに名前を呼ばれた気がして辺りを見渡す。

「麗奈ーーーー」
「て、天ちゃん？！」
「どうしたの！？」
「はぁ、はぁ、れな、傘、持ってないんじゃないかと思って、、」

　全速力で走ってきたからか息切れをしながらそう言う天ちゃんの背中をさする。

「え、ありがとうー！！どうしようかと思ってたんだよね！」
「間に合ってよかったーー」



「よし、かえ、ろ！、、、って、げ...」

呼吸が落ち着いてきたと思ったら今度は変な声が出る。

「ど、どうした？」
「傘、、1本しか持ってきてないわ」
「え、？」

　どうやら自分でさしてきた傘だけで麗奈の分を持ってくるのを忘れていたらしい。

「ふふっ笑」
「な、なんで笑うん！笑」
　

　普段はスマートなのに時々出るおっちょこちょいな所が可愛くて思わず笑みがこぼれてしまいしばらく2人で笑い合う。

「よし！今度こそ帰ろう」
「うん！」

　

　*

『ただいまー』

　どんどん雨が強くなるからいつもより早足で帰ってきて家に着いたのはだいたい8時頃。

雨すごかったねーなんて言いながら傘の水を切って畳む天ちゃんを見ているとグレーのスウェットが右肩だけ黒くなっていることに気づく。

「天ちゃん。」
「んー」
「その、肩、、」
　
「？」

ちらっと自分の右肩を見て何でもないかのように首を傾げる。

「いや、濡れてるじゃん。。」
「あー、別にちょっと傘小さかったから。」

　嘘。そのビニール傘は前にコンビニで買った1番大きなもので女の子二人なんて容易に入るサイズなのに。

「風邪。ひいちゃうよ、、、」

「いや、麗奈スーツだし。濡れたらめんどくさいでしょ。あと私は風邪なんてひいてもいいけど、麗奈はだめ。」

　私が濡れないようにずっと左側に傘を寄せてくれていたらしい。当たり前のように言う彼女に心臓がギュッと押し潰される。


「ほら、そんなことより早くご飯食べよーよー」


　子供のように言いながら靴を脱いで脱衣所へ入っていく姿に何も言えなくなる。

「麗奈？大丈夫？」

　返事がないことを心配に思ったのか扉から顔をひょこっと出すからニコッと笑いかけると安心したようにまたいなくなる。



　　「……やっぱ好きなのかな〜、、｣


　一つ一つの彼女の些細な言動に振り回され、意識してしまう自分の頭を抱えながら廊下にしゃがみこんだ。