｢ねえお姉さんかわいーね。ちょっとこっちで楽しいことしようよ。｣

　｢いや、あの、大丈夫です....｣

　｢そんなこと言わないでさ、ね？｣

「や、やめてください」

雨宿りに入った喫茶店。と思っていたのにそこは喫茶店と見せかけたバー。下心丸出しのいかにもな男たちが次々と目をギラギラさせて近寄ってくる。


あーもう、罪悪。。

　運悪すぎるでしょぉ。

　㌧㌧

　誰かに肩を叩かれ振り向くと黒マスクをつけたウエイトレスらしき女の人が立っていた

「お客さん。お友達がお呼びになられてます。」

「え？」

　

　友達？何で？

まずこんな場所に来るような友達と付き合ってきたつもりは1mmもない。

「ともだち、ですか？」

　｢はい。お友達です。｣

　ニコッと笑う女の人は少し気味が悪かった


*

　連れてこられたのはなぜか裏の部屋。そこにはソファやテレビ。机の上には煙草の箱と吸殻が置かれている。

「あ、あの友達って……」


　「何でこんなとこいんの。」

　え、？子ども？？

　黒マスクを外したその人は女の人というより、女の子と言った方が近いような気がする。

　｢え、いや、雨宿りしようと思ったらここ入っちゃって、、それで....｣

　｢はぁ....あのさもうちょっと危機感持った方がいいよ。｣

「うぇ、？」

「ここはヤクザの溜まり場。」

や、ヤクザ？

　さっきの人全員ヤクザなの？！

　確かにだいぶ強面だったけど、、

　え、麗奈相当危なくない？

てかこの子は何でこんなとこいるの、？


　「どうやってここに辿り着いたのか知らないけど誰でも入っていいような場所じゃない。ましてやあんたみたいな女。食われるよ」

「す、すみません..」

「....。その角曲がったら裏扉あるからそっから出て。あと二度と来ないように気をつけて。」

「あ、ありがとう」

　
どうやら逃がしてくれるらしい。

ただ、キリッとした切れ長の目、ツンとした鼻先、主張の強すぎない唇。こんなこと言っている場合では無いのは分かってるけど少しタイプ。
　
ここで逃したらもう絶対に会えない。普段は一目惚れなんて絶対にしないのに柄にもなくそう思って恐る恐る話しかけてみる。


「あ、あの」


「なに」

　ジロっと睨まれ肩がすくむ


「で、電話番号とか、教えてもらえない、ですよね....」

「は？」

「い、いや！ちょ、ちょっとタイプで……」

「…」

「キャッ！」

肩を押され乱雑にソファに倒される。

　｢あ、あの｣
　

足の間に膝を入れこまれスラッとした手が足首を撫でて太ももまでスルスルと蛇のように上がってくる。

　｢ちょ、ちょっと…｣

「あのさ、私が助けてあげたからって安心してる？」

　｢いや、んァ/…｣

　ニヤニヤしながら私を見つめる彼女の手がスカートの中に入り下着の上からそこをツーっとなぞる。

　
「あんま舐めてると食べちゃうよ？」

　そう耳元で呟かれた瞬間下がじわっと濡れ目からも涙があふれる。

　怖い、、

　｢ご、ごめんなさいっ....もう帰るから、、何も聞かないから、、｣


　「……」

　涙ながらに訴えるとずっとニヤニヤしていた彼女がスっと真顔になる。

　｢はぁ…紙｣
「へ？」
「何か書くもんと紙！」
「え、あ、はい、」

　急いで持っていた仕事用のバックからメモ帳とペンを取り出して渡す。

　何を書くのかと少し低めの机に大きな背中を丸めてペンを動かす彼女を見つめる。

「ん」
「え？」
「番号！！」
　｢え、ありがとう...ございます……｣

　手渡されたのはなんと電話番号。


え、いいの？

　びっくりして固まる

「これでもまだ興味あるなら連絡して。。月曜は、休みだから....」


　少し照れくさそうに言う彼女はさっきの狼のような雰囲気から一変。急に大型犬のような甘々オーラに変わりキュンとする。

「わ、分かった....連絡する。！」

　そう言うと少し微笑んだ。

「あ！笑った」

「うるさい。早く帰って...」

　耳を赤くする彼女に腕を捕まれ扉の外に放り投げられる。

　そう。私は名前も年齢も正体も知らない女の子に恋をした。
　
――――



　クソ親から産まれた子ども。

　幼い頃に親に捨てられ拾われたのはここのバー。学校にも行かずその頃からここの手伝いをする日々。

　自分の年齢は....多分今高３

　机の上に乱雑に置かれた箱から煙草を1本取り出し火をつける。

　｢ふーー⋯｣

　さっきまでのことを思い出して右手には煙草をもち左手で頭を抱える。

　何やってんだ....

普段なら誰かが迷い込んでも面倒なことは避けたいので見て見ぬふりをするが、今日は違った。少し小柄でカジュアルなオフィスコーデをしたあの人。最初は放っておこうとしたけどどうしても気になって助けてしまった挙句、ちょっと体を触った時の反応があまりに色っぽくて綺麗で電話番号まで渡してしまった。

「あーーーー」

　頭をガシガシかきながら煙を吐く



「連絡くるかな...」

　ジュッとあと少しでフィルターまで達する煙草の火を消した。


　――――――

　｢なーにスマホとにらめっこしてんのさ｣

　｢保乃ちゃん....｣
「この前話してたひと？」
「う、うん...まだ連絡してないんだけど今日月曜だから、、」

　あの日から3日。今日は月曜日で、多分あの子の仕事が休みの日

「やばいとこで出会ったんやろ？？」
「うん、」
「連絡せんほうがええんちゃう？麗奈ちゃんが何かに巻き込まれるかもしれんし、嘘つかれてる可能性だってゼロちゃうし。」

　確かに出会った場所はちょっと、いやだいぶやばい場所だけど最後に見せたあの子の笑顔がどうしても悪い人には見えなかった。

　でも...

「そうだよね、、辞めとく」
　｢そうしとき｣

　1番避けたいのは変なことに巻き込まれること。今の平穏な生活はなるべく崩したくないのが本音。

　スマホの電源を落とし急いでオフィスに戻った。

　*

　｢お疲れ様でしたー｣
家に帰るのは残ってた仕事を終え定時から2時間過ぎた頃。

　あー遅くなっちゃった。


明日もいつも通り朝から出勤なので少し早足で通りを抜けようとすると人目につかないような裏路地に人が座り込んでいるのが見えた。

　え、？

　まさかと思って音を立てないようにゆっくり近づく。

｢だ、大丈夫ですかぁー｣

｢は、？｣

　(( あ ))

　そこに居たのはあの女の子。唇の端から血を流し脇腹を手で押えている。

　｢ど、どうしたの！！！｣
「いや、ちょっと、」
　｢手当しなきゃ！手当て！！｣

　急いでコンビニで消毒と絆創膏を買ってくる。

　｢イデッ｣
　｢ちょっと、じっとしてて｣
「ごめん、」


「……はい」
「ありがと」
絆創膏を貼り誰かに殴られたのか赤くなった頬をゆっくり撫でる。
「なに」
「なにじゃないでしょ、どうしたのこんなになって....」
「あんたには関係ないでしょ」

　助けてあげたのに素っ気ない態度をとる彼女にムッとする。
　
あと....
「麗奈！」
「え？」
「名前。麗奈。あんたじゃなくてそう呼んで」
　｢れ、な....｣

かっわいいぃぃ〜//
　照れくさそうにそう言う彼女が子どもっぽくて可愛いすぎる

「名前は？」
「……てん」
｢てん？天ちゃん、？｣
「そう、、」
　
どうやら名前は天ちゃんというらしい。

「年齢は？」
「たぶん、今高3」
「そっか、」


　たぶん....その言葉が少し引っかかるがあまりつっこみすぎるのも良くないかと深いことは聞かないようにした。


　え、待って今何時？
　
慌てて時計を見るとなんともう10時。
　
帰らなきゃ...
でも天ちゃんどうしよ、、



「帰っていいよ。」
「え？」
「明日も仕事でしょ」

　時計を凝視する私を見て何かを察したのか帰るように催促される
「でも、、」
「それに、、連絡、してこなかったじゃん」
「いやそれはっ」
「それは？」
「その……」
　天ちゃんを疑ってしまったなんて言えるはずがない

「はぁ帰ってよ」
ため息をついてそう言ってくる癖に顔は少し寂しそう。
　連絡しなかったことに対して少し拗ねるように文句を言ってくる姿も可愛い...


　放っておけるわけないか、、
　
天ちゃんの細くて長い腕を掴み立ち上がる

「？」
「お家、おいで」

　―*

「おじゃまします....」
「ふふ笑 緊張してるの？」
「ちょっと……」
「お風呂。沸かしてあるから入って」

　大人しくお風呂場に入っていく背中を見送り急いでリビングを片付ける。


「お風呂...ありがとう、」
「....うん、」

　髪を拭きながら出てきた天ちゃんに少しドキッとする。
　癖ひとつない黒くて長い髪の毛を濡らし少し長い前髪が目にかかっているその姿は端正な顔立ちをより際立たせ、高３とは思えないような雰囲気を醸し出している。

「ご飯、昨日の残りだけどあるから....//」
「そこまでしなくても、、」
「いいの。私がやりたいだけだから」

　まだ遠慮しているみたいだけど私が放っておけない。

　もぐもぐとご飯を口に入れる姿は本当にワンちゃん見たいで頭を撫でまわしたくなるけど怒られそうだからやめとく。




「あのさ、」
「ん？」
「私。親に捨てられたんだ。」
「.…」

　だからか...きっとバーにいたのはどこにも身寄りがないから。
　
　「あのバーの店長に拾われたんだけど、数ヶ月前に店長、銃で撃たれて死んだ。バーによく来てたヤツらにやられた。今日そいつらの手下が来ててちょっと口論になっちゃって、、それでっ」

「もう、、もういいよ。話さなくていいから。。」

　あまりに寂しそうな顔をするからこっちまで息が詰まる。
　きっとその店長が唯一信じられる人だったんだと思う。

　じゃあこの子が今頼れる人はいないってこと、？
　
まだ大人になっていない。私からしたらまだまだ子供の女の子のまわりに頼れる大人が一人もいないという状況に苦しくなる。

「ねぇ。うちにおいで」
「え、？」
「私が面倒見てあげるから、だから、もうあんな危ない場所行かないで」

　そう伝えると天ちゃんから溢れる涙。

　きっと私があのバーに迷い込んだのもこの子と出会うため。




偶然じゃなくて必然だった。